0
1

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?

「裏切り度スコア」は裏切られた ── 隣接県差異で"460年の医療史"と"福祉哲学の分岐"を発掘した話

Last updated at Posted at 2026-01-31

TL;DR

  • 前回の裏切り度スコア(全国回帰の残差)はデータ特徴を正しく検出できたが、出てきた発見は全て既知だった(長野の公民館=公民館発祥の地、徳島の薬剤師=医療県として有名、等)
  • **「隣接県との差異」**という重みを導入。地理的に近い=似ているはずなのに違う県を検出する
  • 空き家の細分類154カテゴリがノイズ源だったので除外フィルタを適用
  • 結果、大分県の有床診療所が全国1位(1557年の西洋医療伝来に遡る)、島根vs鳥取の福祉施設の選択が真逆(措置型vsリハビリ型)という、統計でしか見えない文化の差分を発掘

1. 前回の裏切り度スコア、何がまずかったか

前回の記事(E-Stat全探索は「意外性」を殺す)で「裏切り度スコア」を設計した。全国47都道府県の回帰線から外れた県を検出する手法だ。

per capita正規化で人口効果を除去し、沖縄・徳島・島根・長野など「構造的に独自の県」を浮上させた。データ特徴の検出としては正しかった。

問題:発見が全て「既知」

裏切り度スコアの目玉だった発見を改めて検証してみる。

長野県:公民館が異常に多い(裏切り度5.5)
全国モデルの予測: 人口1万人あたり公民館 1.1~2.1
長野県の実測:    人口1万人あたり公民館 8.7
→ 予測の4~8倍。5.5シグマの上振れ。

統計的には見事な検出だ。
だが調べると、長野県は「公民館発祥の地」として広く知られている

戦後、上田市の公民館活動がモデルとなり全国に広まった歴史がある。
地域活性化の文脈では常識レベルの話だった。

他の発見も同様:

発見 裏切り度 既知度
長野の公民館数が突出 5.5 高い。公民館発祥の地として有名
沖縄の住宅構造が独自 5.5 高い。米軍基地・島嶼部の影響は常識
徳島の薬剤師が多い 4.2 高い。「医療県徳島」として知られている
福井の共働き率が高い 3.3 高い。共働き率日本一は定番ネタ

データ分析としては正しいが、Googleで検索すれば出てくる事実の「統計的裏付け」をしただけだった。

3つの具体的な弱点

弱点1: 比較対象が「全国平均」しかない

47都道府県の回帰線は、東京(1400万人)と鳥取(55万人)を同じ直線上に並べる。
外れ値が「文化の違い」なのか「スケールの違い」なのか区別できない。

弱点2: 空き家の細分類がノイズ源

354指標のうち154個が「空き家_X_Y」(築年数×構造×所有形態の組み合わせ)。小さな値のわずかな差がz-scoreで増幅され、上位を空き家が独占する。

弱点3: 「知ってた」の壁を越えられない

全国モデルから外れる県は、そもそも「独自性が有名な県」だ。
沖縄、長野、徳島 ── いずれも「うちの県は特殊だ」と自他共に認める県ばかり。

有名だから検出される。
検出されたから有名になったのではない。

データ分析で「知られていないデータ特徴」を出すのは、やはり困難だった。

2. 発想の転換:「全国から外れている」→「隣と違う」

改めて初期の手法に戻ろうと思った、、、

「全国の期待値からは外れていなくても、隣り合う県と全く違う動きをしている県があれば、それは統計上の誤差ではなく、その県独自の政策や文化に突き当たる確率が非常に高い」

これは筋が良い。なぜか。

**隣接する県は、気候・文化・経済圏が似ている。
** 東京と鳥取を比べても意味がないが、島根と鳥取を比べれば、「似ているはずなのに違う」が文化の差分として浮かぶ。

隣接県差異スコアの設計

1. 各指標を全国で標準化(z-score)
2. 隣接県ペア(A,B)の差分 = |z_A - z_B|
3. この差分を全ペアの差分分布で標準化 → 隣接県差異スコア
4. 高スコア = 「隣り合うのに全然違う」

さらに「ローカル乖離」として、ある県の値を隣接県グループの平均・分散と比較する手法も追加した。

47都道府県の隣接関係マッピング

Pythonの辞書で89の隣接ペアを定義。
海峡・橋も考慮(青函トンネル、瀬戸大橋、しまなみ海道等)。
沖縄は隣接県なしで分析対象外。

ADJACENCY = {
    '北海道': ['青森県'],
    '青森県': ['北海道', '岩手県', '秋田県'],
    '富山県': ['新潟県', '石川県', '長野県', '岐阜県'],
    '石川県': ['富山県', '福井県', '岐阜県'],
    '島根県': ['鳥取県', '広島県', '山口県'],
    # ... 全47都道府県
}

3. 最初の実行:空き家ノイズに埋もれる

最初の実行結果。

隣接ペア差異イベント: 1,081件検出
ローカル乖離イベント: 1,472件検出

TOP10を見ると:

1位: 三重 vs 和歌山 | 空き家_9_4 | 5.85
2位: 愛媛 vs 高知   | 空き家_7_3 | 5.58
3位: 愛知 vs 静岡   | 空き家_5_9 | 5.09
4位: 秋田 vs 青森   | 空き家_7_8 | 4.83

また空き家だ。

空き家の細分類154カテゴリが隣接県比較でもノイズ源になっている。
「空き家の築30年以上・木造・賃貸用」の微妙な分類差が増幅されているだけで、政策や文化の差分ではない。

4. 改善:空き家を除外する

EXCLUDE_PREFIXES = [
    '空き家_',   # 空き家の細分類(154カテゴリ)はノイズが多すぎる
]

valid_cols = [c for c in valid_cols
              if not any(c.startswith(prefix) for prefix in EXCLUDE_PREFIXES)]

354指標 → 194指標に絞られた。

160指標の除去は大きいが、空き家の細分類は元々「同じ事実を154通りに分割しただけ」なので情報量の損失は小さい。

5. 結果:文化と政策の差分が浮上

空き家除外後のTOP(地理系も除く実質ランキング):

順位 ペア 指標 スコア 内容
1 大分 vs 福岡 一般診療所病床数 5.22 大分29.8 vs 福岡11.5
2 大分 vs 福岡 有床一般診療所数 5.01 大分2.0 vs 福岡0.8
3 京都 vs 福井 就業者数(主に仕事) 4.63 福井4455 vs 京都3293
4 愛媛 vs 高知 療養病床を有する病院数 4.44 高知1.0 vs 愛媛0.5
5 島根 vs 鳥取 養護老人ホーム数 4.38 島根0.3 vs 鳥取0.1

(全て人口1万人あたり)

空き家が消えた途端、医療・福祉・労働の「文化の差分」が一気に浮上した。

6. 深掘り:大分県の有床診療所 ── 全国1位の謎

データ

大分県は有床一般診療所数・一般診療所病床数ともに全国1位

指標 大分 福岡 全国平均 大分の順位
有床一般診療所数 1.97 0.84 0.65 全国1位
一般診療所病床数 29.76 11.51 9.08 全国1位

隣の福岡の2.4〜2.6倍。全国平均の3倍

九州内の比較で見える構造

九州7県は全体的に有床診療所が多い(西高東低パターン)。
だが大分は九州の中でもさらに突出している。

有床一般診療所数(人口1万人あたり):
  大分県:   1.97  ← 九州1位、全国1位
  鹿児島県: 1.77
  佐賀県:   1.69
  長崎県:   1.54
  熊本県:   1.45
  宮崎県:   1.25
  福岡県:   0.84  ← 九州最下位

面白いのは、医師数は全国平均並み(z=0.52)、薬剤師はやや少ない(z=-0.76) こと。
施設数は日本一だが、医療従事者数は普通。
「少ない医師が、小さな施設に分散配置されている」 構造が見える。

なぜ大分だけ突出するのか

調査すると、大分には日本の西洋医療の原点がある。

1557年、ポルトガル人宣教師ルイス・デ・アルメイダが、豊後府内(現・大分市)に日本初の西洋式病院を建設した。戦国時代のことだ。

以降、大分は早い時期から「地域に密着した小規模医療施設」が根付いた。
山間部が多く大規模病院へのアクセスが困難なため、「入院できる小さな診療所」が地域医療の受け皿として発展し続けた。

隣の福岡は九州大学病院を中心とした大規模病院への集約型。
同じ九州でも、分散型(大分)vs 集約型(福岡)の対比が、460年前から続いている。

460年の医療史が、統計の1行に凝縮されている。
これは全国回帰の裏切り度スコアでは見えなかった。隣接県比較で初めて浮かんだ発見だ。

7. 深掘り:島根 vs 鳥取 ── 福祉の「哲学」が真逆

データ

同じ山陰の隣県で、高齢化率も近い。
だが老人福祉施設の「種類の選び方」が正反対。

島根が強い指標(生活支援・措置型):

指標 島根 鳥取 島根の順位
養護老人ホーム数 0.34 0.07 全国1位
養護老人ホーム定員数 18.94 7.41 全国1位
介護老人福祉施設数 1.37 0.80 全国1位
障害者支援施設数 0.92 0.58 全国1位
保育所等数 4.43 3.38 全国1位

鳥取が強い指標(リハビリ・自立支援型):

指標 島根 鳥取 鳥取の順位
介護老人保健施設数 0.55 0.99 全国1位
介護老人保健施設定員数 38.74 53.67 全国2位
軽費老人ホーム数 0.25 0.52 全国1位
軽費老人ホーム定員数 14.90 21.20 全国1位
公営保育所等数 0.70 1.64 全国3位

パターンの解読

  • 島根 → 「措置型・生活丸抱え型」: 養護老人ホーム(生活困窮高齢者の居住施設)、特別養護老人ホーム(重度要介護者の長期入所)。行政が責任を持って生活を丸ごと支える思想
  • 鳥取 → 「リハビリ・自立復帰型」: 介護老人保健施設(リハビリして自宅復帰を目指す中間施設)、軽費老人ホーム(自立度の高い高齢者の低コスト住居)。自立支援・在宅復帰を重視する思想

どちらも全国1位を取っている。
同じ「高齢者を支える」でも、支え方の哲学が真逆だ。

なぜこの違いが生まれたか

島根: 隠岐諸島をはじめ離島・中山間地域が多い。在宅サービスだけでは地理的にカバー困難。
介護保険制度以前から社会福祉法人・社協が施設型福祉を整備してきた。
「帰る家がない/帰れない」高齢者のセーフティネットとして養護老人ホームを積極整備。

鳥取: 県土がコンパクトで、鳥取市・米子市の平野部に人口集中。在宅サービスの提供が相対的に容易。
「施設に入れる」より「リハビリして自宅に帰す」路線。
公営保育所が多いのも「地域で暮らし続ける」を支える姿勢の表れ。

同じ山陰でも、地理の微妙な違いが福祉の哲学を分岐させた。
養護老人ホーム(生活支援)vs 老健施設(リハビリ)の選択は、データにしか刻まれていない"政策思想の化石"だ。

8. 前回と今回の比較:何が変わったか

観点 前回(全国裏切り度) 今回(隣接県差異)
比較対象 全国47県の回帰線 隣接する2~6県
TOPに来るもの 有名な独自性(長野の公民館) 知られていない独自性(大分の医療史)
ノイズ 人口規模・地理規模 空き家細分類(除外で解決)
発見の質 正しいが既知 未知の発見が出る
解釈の深さ 「この県は外れている」で止まる 「なぜ隣と違うのか」が問える

前回の発見 vs 今回の発見:既知度の比較

前回の目玉(全国裏切り度):

発見 裏切り度 既知度 検索で出るか
長野の公民館が突出 5.5 高い 「公民館発祥の地」で即ヒット
沖縄の住宅構造が独自 5.5 高い 米軍基地・島嶼部は常識
徳島の薬剤師が突出 4.2 高い 「医療県徳島」は有名
福井の共働き率が高い 3.3 高い 「共働き率日本一」は定番

今回の目玉(隣接県差異):

発見 差異スコア 既知度 検索で出るか
大分が有床診療所全国1位 5.22 低い 大分の医療関係者以外はほぼ知らない
大分vs福岡が2.6倍差 5.01 非常に低い 隣県比較しなければ見えない
島根vs鳥取の施設選択が真逆 4.38 低い 施設類型別の比較が必要
京都vs福井の就業率ギャップ 4.63 中程度 福井の共働きは有名だが京都との対比は新鮮

前回は「統計的に正しい → 調べたら有名だった」のパターン。
今回は「統計で初めて見えた → 調べたら深い背景があった」のパターン。

比較対象を変えたことで、発見の「新規性」が上がった。

9. まとめと次の一手

今回学んだこと

  1. 全国回帰は「スケールの違い」を拾う。 隣接県比較は「文化の違い」を拾う
  2. ノイズ源の特定と除外が重要。 空き家154カテゴリは「同じ事実の154通りの分割」であり、除外しても情報損失は小さい
  3. 「隣と違う」は「全国で外れている」より解釈が深い。 比較対象が具体的なので「なぜ?」が問いやすい

次の一手

  • e-Statから追加データ取得: 糖尿病死亡率、図書館貸出冊数、貯蓄額(全て社会・人口統計体系で取得可能)
  • 徳島 vs 香川の「医療×食文化」仮説検証: 徳島は医師・薬剤師が日本トップクラスなのに糖尿病死亡率ワースト級。隣の香川はうどん文化。この矛盾を隣接県比較で定量化する
  • 時系列の隣接県差異: 「昔は似ていたのに、ある時期から乖離し始めた」を検出すれば、政策変更の効果測定になる

前回の裏切り度スコアは「答えの出ない問い」を量産した。
今回の隣接県差異は「答えに辿り着ける問い」を生成した。

全探索 → 裏切り度 → 隣接県差異。
分析手法の進化は「何と比べるか」の進化だ。


使用データ: e-Stat 社会・人口統計体系(47都道府県 x 354指標 → 空き家除外後194指標)
コード: Python / pandas / scipy / 隣接県マッピング(89ペア)
前回記事: E-Stat全探索は「意外性」を殺す ── 裏切り度スコアで47都道府県の"常識破り"を発見する

0
1
0

Register as a new user and use Qiita more conveniently

  1. You get articles that match your needs
  2. You can efficiently read back useful information
  3. You can use dark theme
What you can do with signing up
0
1

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?