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日本の家計は所得ではなく「知覚リスク」で動いていた — SSQ仮説をOOS予測まで通した話

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TL;DR

  • 日本の家計の裁量消費構成(外食・娯楽・被服など)は、所得よりも 「将来に対する知覚リスク」 によって予測できる
  • 求人倍率と消費者態度指数を反転合成したSTI(Social Threat Index) を構築し、消費構成との関係を段階的に検証した
  • Granger因果性で一方向(STI→消費、逆は短期で不成立)、Out-of-sample予測でRMSE 6.9%改善、Diebold-Mariano検定で10%有意
  • これは「消費関数に心理変数を入れました」という話ではない。社会全体に「脅威場」が存在し、家計はその場の勾配に沿って支出配分を変える という構造仮説である
  • 個人研究として、感覚→デトレンド→ラグ分析→代理変数改善→統制回帰→Granger→OOS検証まで一気通貫した記録

0. 何が面白いのか — 3行で

従来のマクロ消費関数:

消費 = f(所得, 金利, 資産)

この研究が示したもの:

消費構成 = f(知覚リスク)    ← 所得より4.78倍強い

しかも知覚リスクは観測可能で、所得を統制しても消えない。


1. 問題設定 — なぜ「消費額」ではなく「消費構成」なのか

経済学で消費を語るとき、普通は「消費額がいくらか」を問う。
ケインズの消費関数もフリードマンの恒常所得仮説も、消費の水準の話だ。

しかし家計の行動変化は、金額の変化よりも先に配分の変化として現れるのではないか。

不安を感じたとき、人はいきなり消費額を激減させるのではなく、まず外食をやめ、旅行を控え、服を買わなくなる。つまり裁量消費の比率が下がる

この仮説を定式化すると:

裁量消費比率 = (外食 + 教養娯楽 + 交通 + 被服 + 家具) / 消費支出 × 100

この比率が「社会のストレス」に応答しているなら、それは社会全体に知覚リスクの「場」が存在することの証拠になる。


2. SSQ(Social Stress Quotient)仮説

2.1 場のアナロジー

物理学では:

  • 重力場 → 物体は落ちる
  • 電場 → 電荷は動く

SSQが提案するのは:

  • 社会脅威場(Threat Field) → 家計は防衛消費へシフト

個々の家計は「自分の所得」ではなく、社会全体に充満する脅威の強さに反応して支出配分を変える。

2.2 事前登録仮説

H1: DiscretionaryShare_t = α + β₁·STI_t + β₂·Income_t + ε_t
    β₁ < 0 (STI上昇 → 裁量消費比率低下)
    |β₁| > |β₂| (所得よりSTIが強い)

2.3 なぜ「社会心理学」ではなく「社会物理学」か

心理学なら「人は不安を感じると節約する」で終わる。
当たり前すぎて研究にならない。

SSQが狙うのはもっと大きな話だ:

  1. 社会全体に「場」が存在する — 個人の心理状態ではなく、社会の巨視的変数
  2. その場は観測可能である — 行動データのみで構成(心理尺度を使わない)
  3. 場の変化が行動変化に先行する — 予測構造がある
  4. 閾値を超えると相転移が起きる — 常時作動するのではなく、ストレスが臨界点を超えたときに作動する

これは「社会心理学」ではなく「社会物理学」のフレームである。


3. STI(Social Threat Index)の構築

3.1 設計思想

STIは行動データのみで構成する。アンケートや心理尺度は使わない。
「社会が不安を感じているかどうかを、社会の行動から読む」という設計。

3.2 2段階の構成

第1世代(STI_lagging): 遅行系

系列 ソース 理由
完全失業率 e-Stat 景気動向指数 直接的な経済脅威
常用雇用指数(反転) e-Stat 景気動向指数 雇用の安定性
刑法犯認知件数率 e-Stat 犯罪統計 社会的脅威

第2世代(STI_leading): 先行系 ← こちらが主力

系列 ソース 理由
有効求人倍率(反転) e-Stat 景気動向指数 将来の雇用見通し
消費者態度指数(反転) e-Stat 景気動向指数 家計の将来期待

各系列をz-scoreに変換し、等ウェイトで平均。

3.3 なぜ2世代あるか — CCFの証拠

STI_lagging と STI_leading を裁量消費比率とのCCF(交差相関関数)で比較すると:

  • STI_lagging: ピーク k=-4(STIが4ヶ月先行)
  • STI_leading: ピーク k=0(同時)

ピークが+4ヶ月シフトした。これは同一の潜在変数をより先行的に捕捉できていることを意味する。

k=0は「不安を感じた瞬間に支出配分を変える」ということ。
理論的に自然だ。


4. 検証ロードマップ — 感覚から因果へ

ここからが本題。SSQは「思いつき」で終わらせない。
段階的に証拠の強度を上げていく。

Phase A: デトレンド → 方向確認
Phase B: 危機期間ディープダイブ → 目視確認
Phase C: CCFラグ分析 → 構造確認
Phase C+: STI改善 → 代理変数の妥当性
Phase D: 統制回帰 → 所得を入れても生き残るか
Phase D+: Granger因果性 → 予測方向は一方向か
Phase E: OOS予測 → 過学習ではないか

4.1 Phase A: デトレンドで方向反転

raw相関は r=+0.29(仮説と逆)。原因は長期トレンドの共線。

前年同月比(YoY)変換でトレンドと季節性を同時除去すると:

r = -0.19 → 仮説方向に反転

トレンドに騙されない。これが時系列分析の基本。

4.2 Phase B: 3つの危機で目視確認

リーマンショック(2008)、東日本大震災(2011)、COVID-19(2020)の前後12ヶ月を拡大。

3つの危機すべてでSTI急上昇 → 裁量消費比率低下のパターンが目視確認できた。

4.3 Phase D: 統制回帰 — 3つの成功基準

フルモデル(Newey-West HAC標準誤差):

裁量消費比率(YoY) = α + β₁·STI + β₂·所得 + β₃·CPI + β₄·失業率 + ε
基準 結果 判定
β₁ < 0 かつ p < 0.05 β₁ = -1.185, p = 0.0004 PASS
所得統制後も存続 M1→M2→M3で一貫して有意 PASS
期間分割で符号安定 前半:-0.14 / 後半:-1.51 PASS

標準化係数:

  • |β₁_STI| = 0.539
  • |β₂_Income| = 0.113

STIは所得の4.78倍強い

4.4 Phase D+: Granger因果性 — 予測方向は一方向か

「同時に動いている」だけでは因果は言えない。
Granger因果性検定で、過去のSTIが将来の消費を予測するかを検証。

方向 短ラグ(1-6ヶ月) 有意数
STI → 消費 5/6 有意 一方向
消費 → STI 0/6 有意 不成立

一方向Granger因果が成立

ただし長ラグ(10ヶ月以上)では逆方向も有意。
これは次の構造を示唆する:

短期: 知覚リスク → 支出配分変更     (心理 → 行動)
長期: 実体経済変化 → 知覚リスク変化  (経済 → 心理)

これは心理学・行動経済学・マクロ経済学の3つと整合する。

4.5 Phase E: OOS予測 — 最終ゲート

in-sampleで良い結果が出ても、過学習かもしれない。
本当のテストはout-of-sample(OOS)予測だ。

設計:

  • Model A (baseline): DS自己回帰(1-4) + 所得 + CPI + 失業率
  • Model B (+STI): Model A + STI_L1..L4
  • 拡張窓: 最小60ヶ月訓練 → 1ステップ先予測 → 128期間

In-sample:

指標 Model A Model B 改善
AIC 584.5 554.1 -30.4
BIC 610.3 592.9 -17.4

F検定: F(4,176) = 9.96, p = 3 x 10⁻⁷

Out-of-sample:

指標 Model A Model B 改善率
RMSE 1.321 1.230 +6.9%
MAE 0.904 0.866 +4.2%

Diebold-Mariano検定: DM = +1.72, p = 0.086 → 10%水準で有意

5/5 基準PASS: STIは既存マクロ変数では捕捉できない新しい予測情報を持つ


5. オーバーシュート型動学 — 最も面白い発見

Phase Eで判明した STI のラグ係数:

ラグ 係数 p値 解釈
L1 -1.96 0.009 即座に裁量消費減少
L2 +2.34 0.009 反発(買い控えの解消)
L3 +0.36 0.493 調整期(有意でない)
L4 -1.19 0.0002 数ヶ月後に再調整

これはオーバーシュート型動学だ。

月1: 不安上昇 → 裁量消費を急に減らす(過剰反応)
月2: 減らしすぎた反動 → 少し戻す
月3: 様子見
月4: 状況が改善しないと悟り → 再び減らす(恒常的シフト)

この「衝撃 → 反発 → 再調整」のパターンは、単純な景気変数(GDPや失業率)からは出にくい。
むしろ期待形成モデル習慣形成+不安ショックモデルに近い動きだ。

これがSTIが「既存マクロ変数の合成」ではない最も強い定性的証拠になっている。


6. 相転移仮説 — STIは常時作動しない

Phase Dの期間分割で興味深い結果が出た:

期間 β₁ (STI) p値
前半 (2010-2017) -0.14 0.50 (不有意)
後半 (2018-2025) -1.51 0.0008

STIは常に消費を動かしているわけではない
ストレスが閾値を超えたときに初めて「作動」する。

これは物理学でいう相転移に近い。

平時:   知覚リスク < 閾値 → 消費構成は所得で決まる(従来理論が成立)
危機時: 知覚リスク > 閾値 → 消費構成はリスク認知で決まる(SSQが作動)

2018年以降は米中摩擦、消費増税(2019)、COVID-19(2020)、ウクライナ侵攻(2022)、物価高騰と、脅威イベントが連続した。STIが常態的に閾値を超えた時代。

つまりSSQは 「法則が常に成り立つ」のではなく「場が強くなったときに支配的になる」 という構造を持つ。


7. 因果ループの全体像

全検証を通して浮かび上がった因果構造:

知覚リスクショック(潜在変数)
        |
        v
   STI(観測代理) ←----- [長期フィードバック: 10ヶ月+]
        |                          ^
        v                          |
  家計の支出配分変更                |
        |                          |
        v                          |
   実体経済の変化 ----------------+
  • 短期(1-6ヶ月): 心理 → 行動(STIが消費を駆動)
  • 長期(10ヶ月+): 経済 → 心理(実体経済がSTIにフィードバック)

これはどの既存理論とも矛盾しない:

  • 行動経済学: 期待・不安が行動を変える
  • マクロ経済学: 実体経済が心理に影響する
  • 心理学: 認知→行動の因果は確立されている

SSQが追加しているのは、このループが社会全体のマクロレベルで観測可能であるという主張だ。


8. 従来の消費関数への追加説明

従来のマクロ消費関数:

消費 = 所得 + 金利 + 資産効果

SSQが加えるもの:

消費「構成」 = 知覚リスク場の強度

これは消費関数の否定ではなく拡張である。

  • 所得は消費の水準を決める → 従来通り
  • 知覚リスクは消費の配分を決める → SSQの発見

しかも知覚リスクの効果は所得の4.78倍大きい。
「いくら使うか」より「何に使うか」のほうが、社会の脅威感に強く応答する。


9. 技術的な詳細

9.1 データソース

すべてe-Stat API + 日銀APIで取得。手作業なし。

# e-Stat API(景気動向指数テーブル)
table_id = "0003446462"
# 有効求人倍率: cat01=2090
# 消費者態度指数: cat01=1060(季調済)
# 完全失業率: cat01=3060(季調済)

# 家計調査テーブル
table_id = "0002070001"
# 外食(098), 教養娯楽(156), 交通(146), 被服(122), 家具(112)
# 消費支出計(059), 可処分所得(233)

9.2 統計手法

  • デトレンド: 前年同月比(YoY 12ヶ月差分)
  • 回帰: OLS + Newey-West HAC標準誤差(maxlags=12)
  • Granger因果性: 標準F検定 + HAC-robust Wald検定
  • OOS予測: 拡張窓(expanding window)1ステップ先予測
  • 予測精度検定: Diebold-Mariano検定

9.3 再現方法

python -X utf8 scripts/build_ssq_first_chart.py

e-Stat APIキーは config/estat_config.json に設定。
実行すると Phase A〜E が一気通貫で走り、9枚のチャートと3つのJSON結果ファイルを出力する。


10. 到達地点と限界

確立されたこと

  • STIは消費構成の独立した予測変数である
  • 所得を統制しても効果が消えない(しかも4.78倍強い)
  • 予測方向は一方向(STI→消費)
  • OOSでも改善する(過学習ではない)

まだ言えないこと

  • STIが「物理的な社会の状態量」であること → 再現性検証が必要

    • 地域パネル(都道府県別)
    • 他国データ(米国・英国)
    • マイクロ個票(世帯属性別)
  • 相転移の閾値の特定 → レジーム切替モデルの推定

  • STI構成の最適性 → 現在2系列のみ

論文タイトルとしてのスコープ

今の証拠で言えること:

"Perceived Social Risk as a Predictor of
 Household Expenditure Composition in Japan"

「社会の状態量」と言い切るにはまだ早い。
しかし「空想ではなかった」ことは確実だ。


11. おわりに — 個人研究でどこまで行けるか

この研究は大学の研究室でも企業のリサーチチームでもなく、個人が政府統計APIとPythonだけで行ったものだ。

検証の段階:

  1. 感覚(「なんとなく関係ありそう」)→ 最初の1枚のチャート
  2. デトレンド → 方向が反転して仮説整合
  3. 危機ディープダイブ → 3つの危機で目視確認
  4. CCFラグ分析 → ピーク構造が理論と一致
  5. 代理変数改善 → CCFピークが+4ヶ月シフト
  6. 統制回帰 → 所得を入れても消えない、4.78倍強い
  7. Granger因果性 → 一方向(短ラグ5/6有意、逆方向0/6)
  8. OOS予測 → RMSE 6.9%改善、DM p=0.086

ここまでを一気通貫で通した。

普通、ここまでの検証フローを走らせるには研究室の環境と数年の時間がかかる。
しかしe-Stat APIとプログラマティックな分析パイプラインがあれば、個人でもここまで来れる。

SSQが「社会物理法則」かどうかはまだわからない。
でも「知覚リスクが消費構成を駆動する」という構造は、かなり堅い統計的証拠で支持されている。

次は地域パネルだ。


リポジトリ構成

25_municipal-consulting/
├── scripts/
│   └── build_ssq_first_chart.py    # 全Phase統合 (~2560行)
├── data/ssq/
│   ├── sti_leading_monthly.csv     # STI月次データ
│   ├── discretionary_share_monthly.csv
│   ├── phase_d_regression_results.json
│   ├── phase_d_granger_results.json
│   └── phase_e_prediction_results.json
├── output/ssq/
│   ├── ssq_first_chart.png         # Phase 0: 最初の1枚
│   ├── ssq_detrended_chart.png     # Phase A: デトレンド
│   ├── ssq_crisis_panels.png       # Phase B: 危機パネル
│   ├── ssq_ccf_comparison.png      # Phase C+: CCF比較
│   ├── ssq_phase_d_regression.png  # Phase D: 回帰
│   ├── ssq_granger_causality.png   # Phase D+: Granger
│   └── ssq_phase_e_prediction.png  # Phase E: OOS予測
└── config/
    └── estat_config.json            # e-Stat APIキー
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