前回の記事では、わたしのこれまでのオフショア経験から、現地のエンジニアと円滑にコミュニケーションをおこなうために必要だと思われることをご紹介しました。
そのうちのひとつ「対話力」の一例として、「相手の知識レベルに配慮する」といった趣旨のことを述べましたが、今回の記事では、やはりわたしの経験に基づいて、現地のエンジニアの業務知識について事例をご紹介したいと思います。
現在、わたしがオフショア開発に関わっているプロジェクトは、企業の経理業務に関するものです。この開発には、当然ながら 仕訳 や 支払 といった会計に関する知識が必要となってきますが、これらについては、日本人のエンジニアでも誰もがもともと十分な業務知識を持っているわけではなく、簿記などの学習を通じて知識を高める必要がありますので、この点については日本でもベトナムでも極端な差はないものとします。(日商簿記のような学習のための制度が整っているかどうか、という大きな違いはありますが)
一方で、経理業務には、たとえば交通費などの経費の精算やその支払方法(立替、仮払、法人カードなど)も関わってきますが、これらを理解するための前提知識については、日本人の一般的なエンジニアとベトナム人の一般的なエンジニアでは、明らかに差があると感じます。ここでは、「日本人のエンジニアにとっては当然の知識であっても、ベトナム人のエンジニアにとってはそうではないもの」の特に顕著な例を挙げていきます。
1. クレジットカード
近年、クレジットカードの利用はベトナムでもかなり一般的になってきていますが、それでも、特にソフトウェア開発でコーディングやテストを担う若い世代のエンジニアの多くにとっては、まだほとんど馴染みのないものです。(一方で、スマホを利用したマイクロファイナンス系の決済サービスが若者を中心に普及しはじめているようです)
彼らは、クレジットカードに馴染みがありませんので、イシュアー(カード発行者)、アクワイアラ、加盟店、カード名義人、決済口座の間にどのような関係があり、どのようなトランザクションが日々発生しているかについて、(日本の社会人であればこれまでの社会生活から自然と頭に入っているであろうレベルの)ざっくりとしたイメージも描けていないように見受けられます。
特に、**「カードを持っている人がお店でカードを使うと、その売上データがカード会社に送られる」**という仕組みはクレジットカードの大前提であり、わたしも含めて日本人のエンジニアは「これくらいは当然の知識である」という前提で話を進めてしまいがちですが、ベトナム人にとっては全然当然ではない、という点に注意が必要だと思います。
2. 電車
ベトナムには日本や他の先進諸国のような鉄道網・地下鉄網はほとんど存在せず、市民の主な交通手段はバイク一択です。わたしがオフショア開発をおこなっている舞台のホーチミン市にも、現時点で地下鉄は完成しておらず(2018年に第1号が開業予定)、電車といえばハノイを目指して走る長距離路線(南北鉄道)の1路線しかありません。
つまり、電車という存在は、ベトナム人が普段の生活で関わることのほとんどない「非日常」です。このため、たとえば**「社用で電車に乗って、立て替えた運賃を後で会社に精算してもらう」という、日本の企業活動においてはごくごく当たり前の行為も、彼らにとってはまったく当たり前のことではなく、容易にイメージできるものではありません。
もちろん、路線図や経路の概念(=複数の経路で運賃や所要時間が異なる)、さらには交通系ICカードの仕組み**は、やはり日本人であれば(日本以外の国の事例であっても日本の事例を重ね合わせれば)すでに一定の前提知識は得られていますが、電車という存在すら漠然としかイメージできていないベトナム人のエンジニアには、これらに対する最低限の理解が開発に必要となる場合、一から説明してあげる必要があるでしょう。
3. OEM
上記の事例は、大まかにいえば「触れる機会がないから理解が乏しい」という類のものですが、それだけが業務知識の不足の理由でもないようです。
わたしが、「触れる機会があろうとなかろうとある程度の知識はあるだろう」と誤解していたのは、OEMの概念でした。特にエンジニアとしてICT業界に関わっている以上、業務としてOEM案件に関わったことがある・ないに関わらず、**「OEMとは何か?」→「他社の製品の受託製造」**といった程度の知識はあるものと前提を置いてしまっていましたが、ベトナムでの実情は異なりました。
ここからはわたしの推測とやや乱暴な一般化ですが、ベトナム人のエンジニアは、自身の専門である開発言語や関わる技術以外のこと、特に業界全体の動向や、経済情勢、ビジネスなど、「社会人の常識」とされるような分野の知識・情報の習得にあまり積極的でないように思えます。もちろん、「そういった知識・情報を得るための書籍や雑誌、ウェブサイトが自国語(ベトナム語)で十分に整備されていない」という外的な要因も影響しているように見受けられますが、しかし、仮にそれが事実だとしても、ベトナム語で十分に整備されないのはそもそも需要がないから、とも考えることができます。
4. Microsoft Office
実は、今回のテーマに関して、最も顕著にわたしの実業務に影響があったのは、ベトナム人のエンジニアの多くが「Excelをろくに使えない」ことでした。VLOOKUP関数などは当然扱えないとして、条件付き書式やウィンドウ枠の固定、さらにはシートの複製、複数オブジェクトの一括コピーといったごく単純な操作さえも、ともに仕事を進める中で日本側から指導して覚えてもらう必要がありました。
ベトナムでは、学生生活などでExcelを使用する機会があまりないそうです。経緯はともあれ、正しい操作方法を知らないで作業することは作業効率を低めますので、指示を出す日本側は、「具体的に指示しなくてもこのくらいのドキュメント編集はできる」という前提を安易に置かずに、場合によっては彼らがExcelを操作する様子を横から観察し、**「こういうことができる」「こうする方が効率が良い」**ということを指示してあげるべきだと思います。
ちなみに、彼らの一部は「監視されるとやりにくい」などと反発してくるかもしれません。しかし、事前に十分なコミュニケーションが取れていれば反感を軽減することは可能です。また、このような問題の改善に取り組む日本人エンジニアの側も、「君たちの作業効率が悪いから手間をかけて改善しているのに『監視するな』とは生意気な」などとさらに反感を抱かないように、心の準備をして気持ちを切り替えて望む必要があるでしょう。