わたしのこれまでの経験から、オフショア開発──特にその立ち上がりの時期に、現場の日本人エンジニアが気をつけるべき最も重要なことのひとつとして コミュニケーション が挙げられると思います。
われわれとは異なる文化に属し、異なる言語を話し、異なる教育を受けてきた、いわば「つうと言えばかあと来ない」人たちと一緒に開発するときに、どのようなコミュニケーションスキルをもってすれば、円滑に仕事を進めることができるでしょうか。
以下、わたしの考える必要なコミュニケーションスキルとして 「1. 英語力」「2. 対話力」「3. 継続力」 の3点を挙げていきます。
1. 英語力
業務に耐えうるレベルの日本語を扱えるエンジニアは、おそらく世界のどこであっても希少かつ高価です。日本の企業がオフショア開発をおこなう場合、マネージャーなど現地の要職には日本語のできる人材を置くことが一般的だと思いますが、「日本語ができる」ということは希少性を極端に高めます。別の言い方をすれば、日本語ができなくても構わない(英語さえできればよい)のであればほぼ同等の能力の人材をもっと安価に雇用できる、ということになります。
また、プログラマーやテスターなどの実働部隊にも日本語話者を揃えられるケースは極めて稀でしょう。そんなことをすればオフショア開発の最大の目的のひとつであるコストメリットが出しにくくなるからです。しかし、彼らが日本語を話せないからといって、彼らと日本人エンジニアの間のすべてのやりとりにコミュニケーターを介していては、作業の効率が悪くなりますし、コミュニケーターがボトルネックになる可能性も考えられます。
このような背景により、日本人エンジニアも最低限の英語力を身につけることが望ましいでしょう。わたしが経験したフィリピンとベトナムでは、現地のエンジニアはみな一定の英語教育を受けていましたので、おおむねすべてのプログラマーやテスターとも直接会話することができました。とは言っても、彼らの多くの英語力はTOEICのスコアでいえば400〜500点程度なのですが、重要なことはそれにもかかわらず彼らが 臆せずに英語で話そうとする 点だと思います。日本人エンジニアは「わたしは英語ができない」などと言いがちですが、実際にまったくできないはずはありません。しかし、英語を使おうとしなければ、それは結果的に「まったくできない」のと同じことになってしまうのです。
2. 対話力
では、英語が話せればそれだけで「コミュニケーションスキルがある」ということになるのでしょうか。わたしはそうは思いません。
陥りがちなのは、「英語でメールなりコメントなりをひたすら書き上げて、それを相手(現地のエンジニア)に渡せば、コミュニケーションは成立する」という錯覚です。実際は、これは「コミュニケーション」ではなく、単なる一方的な「アナウンスメント」にすぎません。
「コミュニケーション」(communication = やりとり、連絡、通信、共感)において重要なことは、それが 相互作用 であるという点です。相互作用であるからには、自分の発信したことを、相手がどのように受け止め、どのように考え、どのようなリアクションを取るか、というところまで配慮する必要があります。
特に、オフショア開発の場合、われわれの対話の相手である現地のエンジニアは、日本で育った日本人ではありません。たとえ十分な日本語教育を受けていて、業務に耐えうる日本語力を持っているエンジニアであったとしても、決して母語話者ほどの語彙があるわけではなく、また日本の風習や文化、地名、著名人などに詳しいとも限りません。
つまり、日本語にせよ英語にせよ、現地のエンジニアと対話しようとするわれわれ日本人エンジニアは、相手が「異文化の外国語を話すことを強いられている」状態であることに配慮してあげることが重要です。
以下は、わたしが経験から実践している配慮の一例です。このような配慮は、日本語で対話しようとするときに特に怠りがちです。(1.で述べたわれわれが英語を学ぶことのメリットには、外国語を話すことの難しさを改めて意識することでこうした配慮の必要性を実感できる、ということも含まれると思います)
- 二重否定(〜でないわけではない)などの分かりづらい表現を避ける
- なるべく平易な語彙に置き換える
- 業界用語的な省略語、カタカナ語を避ける(最悪な例:プロマネ、カンスト)
- 日本の祝祭日のことを当たり前のように話さない
- 日本のシステム(e.g. ICカードで電車やバスに乗れる、コンビニで公共料金が払える、街じゅうに自動販売機がある)を当然のこととしない
- 労働・雇用環境の違いを意識する
3. 継続力
コミュニケーションとは、人と人とのつながりです。たとえ一過的な開発体制であったとしても、人と人がつながるためには信頼関係が不可欠であり、信頼関係の醸成にはある程度の期間の継続的なコミットメントが必要です。
業務に必要な対話を、必要なときに、必要な分だけおこなうのでは、十分な信頼関係は構築できません。(あなた自身が逆の立場だったら、と想像してみてください)
たとえば相手の近況や趣味、また相手国の祝祭など、些細な話題だとしても業務外の対話を日常的に交わし、 こちらが相手に興味を持っている という姿勢を見せることで、相手の心理的な障壁は下がって行くことでしょう。そして、顔を合わせる機会があれば一緒に食事をして、また他愛のない話をする──そうしたことを繰り返すことで、友情とまではいかなくても一種の信頼関係は作れるはずです。