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エスペラントとオープンソースの意外な共通点

Last updated at Posted at 2018-06-12

この文章はとある技術系同人誌向けに執筆した文章をQiita向けに再編集したものです。

はじめに

2017年8月の終わりごろ、 Twitterの一部で「ことのはアムリラート」という百合ゲームが話題になりました。このゲームのあらすじは、日本語も英語も通じない異世界に飛ばされてしまった主人公が、その世界の言語「ユリアーモ」をプレイヤーと一緒に勉強し、悪戦苦闘しながらも言語の壁を少しずつ乗り越えていき、ヒロインとの仲も親密になっていくという内容です。この「ユリアーモ」は、ゲームのためにゼロから言語を作るのは困難であるため、どの国にも民族にも属さない言語エスペラントがベースになっています。

私自身、今まで日本語と英語以外の言語を学ぶ機会がなく、このゲームをきっかけに軽い気持ちでエスペラントの勉強を始めてみたのですが、エスペラントの生い立ちや発展の過程を知るうち、言語の世界の奥深さに感動したのと同時にエスペラントとオープンソースには意外にも共通点があることに気づきました。

今回は、エスペラントの特徴からオープンソースとの共通点、OSSでの翻訳状況などを紹介したいと思います。

エスペラントが生まれた経緯

エスペラントは、ポーランドで生まれたルドヴィーコ・ラザーロ・ザメンホフ(1859-1917)によって1887年に発表された人工言語です。当時のポーランドはロシア領に属し、ユダヤ人、ポーランド人、ロシア人、ドイツ人が混在して暮らしていたため、言葉や宗教の違いから発するコミュニケーション不足により、いざござが絶えなかったと聞きます。

このような環境のなかで、「それぞれの民族が意思疎通しながら互いの意見を尊重し合うには、どんな人にも覚えやすい共通の言葉が必要なのでは」という発想から、いくつかの言語の良い部分を取り入れつつも文法を一から作り出されたのがエスペラントです。

英語ではだめだった理由

世界の実情を考えると英語が実質的な共通語となっているため、「円滑なコミュニケーションを目的とするためなら、英語を覚えればよいのでは?」という疑問が生まれます。しかし、次に述べる理由から英語では対等な立場が生まれにくいと考えられました。

文法に例外が多い

英語の大きな欠点のひとつに表記と読みの一貫性が乏しいことが上げられます。これにより、「読めるけど単語のスペルが出てこない」、「文字で見ると言いたいことはわかるけど読めない」といった経験は誰しもが持っているかと思います。また、複数形や過去形といった単語の変化に関しては、ルールは一応あるものの不規則な変化も意外と多く、中学時代に初めて単語一覧表を見たとき青ざめた方もいらっしゃるかと思います。

歴史的な経緯などから生まれるこのような例外は、英語を母国語としていない人からすると学習コストを上げる大きな要因となります。

ネイティブスピーカーとの差は消えない

学習コストの高さは、非英語圏の人が自分の伝えたいことを英語で表現することの難易度を上げ、場合によっては立場的な差を生むきっかけになることすらあります。これを改善するために、1925年ごろにはBasic English (British, American, Scientific, International, Commercial) という簡略化された英語も考案されました。Basic Englishは使用する単語が850語に限られていて、単語の変化もある程度割り切ったルール化がされています。
しかし、表記と読みのズレの問題は依然として解決されないのと、少ない語彙で複雑な表現をしようとすると頓知のような発想力が求められるため意外と難しく、ネイティブスピーカーとの立場的な差を完全に拭いきることはできないとも言われています。

エスペラントの文法

例外が多く盛り込まれた自然言語とは違い、エスペラントの文法には基本的に例外がありません。
まず、エスペラントは28の文字で構成されていますが各文字に割り当てられている音は1つしかなく、表記と読みの一貫性が保たれています。このうち母音は日本語と同じA[a], I[i], U[u], E[e], O[o]の5つだけなので、子音と組み合わせていわゆる「ローマ字読み」のような感覚で読むことができます。例えば、C[ts]の場合、母音と組み合わせた読み方は「ca=つぁ、ci=つぃ、cu=つ、ce=つぇ、co=つぉ」となります。また、イントネーションの位置についても「単語の後ろから2番めの母音」と固定化されているため、発音のルールさえわかれば初めてみる単語でも独学で覚えることができます。

単語の変化については、英語と同様にエスペラントにも過去形・現在形・未来形といった変化がありますが、これらにも例外はありません。それどころか、名詞は-o、形容詞は-aといったように品詞の種別も語尾によって決まります。このことは、単語を見ただけでどんな表現をしたいのか一目でわかるのと同時に、新しいものや事柄に対して柔軟に表現できる多様性を生むことができます。

語根 名詞(-o) 形容詞(-a) 副詞(-e) 動詞 現在形(-as) 動詞 過去形(-is)
am amo(愛) ama(愛の) ame(愛情を込めて) amas(愛する) amis(愛した)

エスペラントの特徴

エスペラントは国家や民族を越え人と人とを直接繋ぐことを目的に作られた言語であるため、次のような特徴を持っています。

すべての人の第二言語

エスペラントを母国語とする国家はありません。このことは「エスペラントを使って会話をする」ということ自体が互いの共通点となり、親近感や連帯感が生まれやすくなります。また、誰もが第二言語として扱うため、言語によって優劣がつけられることがなくなることを目指しています。

グローバル市民主義

「○○ファースト」といった自国中心主義や弱肉強食となりがちな資本主義では、討論により相手を押し切ってしまいたとえ良い少数意見であってもかき消されてしまうことがあります。かといって、お互い妥協し合ってばかりでは自分の主張がなかなか通らずフラストレーションが溜まってしまいます。 エスペラントは、その生まれた経緯から国家や民族・宗教等の影響を受けることなく、言語の力で人と人とが対等な立場で話し合えるプラットフォームを提供することができます。

第三の場

エスペラントはどんな人も母国語とは別に学習をしなければなりません。そのため、母国語のようにネイティブに話せる人は少なくなってしまいますが、同時に好奇心の強い人が興味を持ちやすい性質を持っています。これにより、互いに不慣れでありながらも普段では交わることのない多種多様な人々を集め、常連が集まる居酒屋にも似た先入観のないコミュニケーションを生む場を作りだします。

オープンソースとの共通点

エスペラントの関連書籍やイベント等でこれらの特徴を目にしたとき、オープンソースの理念と共通している部分があるのではないかと思い、その意外性からわたしは思わず驚いてしまいました。これらエスペラントの特徴とオープンソースの理念とを比較してみたいと思います。

すべての人が開発者になれる

エスペラントでは「第二言語」という共通点で人と人とを結んでいましたが、オープンソースではどんな人でも開発者となれるため、企業と個人、地域や民族、OSやアーキテクチャーといった垣根を越え「ソース」で開発者同士を結ぶと言っても過言ではないと思います。

バザール方式(伽藍とバザール)

OSSの開発は、プロジェクトにもよりますが「バザール方式」を取り入られることが多く、参加者の独自性が尊重され、誰もが対等な立場で自由に開発することができます。これにより少数意見も取り入れやすく主張が通りやすい環境が生まれています。

オープンソース系勉強会やカンファレンス

オープンソースに関するイベントでは、多様性を受け入れ広くて深い繋がりを生むことができます。これらのイベントに集まる人たちはやはり好奇心が旺盛で、継続的に活動していくうちに時には人生の方向さえも変えてしまうことがあります。

エスペラント大会と各OSSのカンファレンス

エスペランティストのための組織である世界エスペラント協会(UEA)では、1905年から世界エスペラント大会(Universala Kongreso de Esperanto)を毎年開催されています。開催地は毎年世界各地を転々としており、1965年の第50回と2007年の第92回では日本も選ばれました。国内でも 1906(明治39)年より日本エスペラント協会(JEI)が日本エスペラント大会(Japana Esperanto-Kongreso)を各地持ち回りで毎年開催されており、エスペラント自体の検討から文化・歴史・宗教・教育などさまざまな講演や議論が行われています。

このようなカンファレンスイベントの開催形式は、OSS界でも世界規模で盛んに行われております。

OSSやオープンデータでの翻訳状況

WindowsやMacOSの言語設定には設定一覧の中にエスペラントはあるものの、実際には翻訳されていなくGUIやCLIでエスペラントを利用することができません。しかし、OSSやオープンデータではエスペラントへの翻訳や対応が比較的進んでいます。

Ubuntu Linux

インストーラーを立ち上げると言語一覧に「Esperanto」があり、選択するとインストールウィザードはほぼエスペラントで進めることができます。インストール後の環境も体感的には7割程度翻訳されており、GUI環境だけでなくCLI環境でも利用することができます。

Libre Office

UIに関しては約99%翻訳されており、大抵のことはエスペラントで操作することができます。ドキュメントに関しても40%程度翻訳されています。

Wikipedia

英語版と比較した場合、割合で比べてしまうとどうしても劣ってしますが、エスペラントの記事はおよそ220,000記事にもおよび(日本語はおよそ1,100,000記事)、数自体はなかなか健闘しているのではないかと感じます。

あとがき

エスペラントの発展の歴史や周辺環境を紐解くとオープンソース界隈にも似た環境が広がっており、エスペラントの良い部分と悪い部分の両方を知ることで今後OSSの活動を進めるにあたってのヒントなどを得られるのではないかと感じました。現状の普及度合いを考えると実生活での利用場面は少ないかもしれませんが、文化や言語学の知見を広げるきっかけにもなり、学習して損をすることは決してないと思います。

参考文献 等

この記事を作成するにあたり、以下の書籍・Webサイト・イベント講演を参考にさせていただきました。

  • ニューエクスプレス エスペラント語
    • 安達信明 著 / 白水社 / 2,800円 / ISBN:978-4-560-06793-2
  • エスペラント - 異端の言語
    • 田中克彦 著 / 岩波新書 / 740円 / ISBN:978-4-00-431077-8
  • Wikipedia - エスペラント
  • 第104回 日本エスペラント大会 (2017/11/3-5)
    • 基調講演「エスペラントは今日の世界に何を提供できるか」 木村護郎クリストフ(上智大学)
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