この記事の構成について
「ブラックホールを数式で眺めてみた」の記事は、以下の3本で構成されています。
順番にご覧ください。
・ブラックホールを数式で眺めてみた その1(準備編)サクッと特殊相対性理論と一般相対性理論を概観しよう!
・ブラックホールを数式で眺めてみた その2(前半) ブラックホールの時空を表す数式の導出をイメージしよう!
・ブラックホールを数式で眺めてみた その3(後半)シュワルツシルト解からブラックホールの驚くべき特徴を見つけよう!
さて、前回の記事「ブラックホールを数式で眺めてみた その1(準備編)」では、特殊相対性理論と一般相対性理論の概念、そして関連する様々な知識をみてきました。
そして、今回の記事では、これらの知識をベースに、「ブラックホールの特徴を数式で理解するためのシュワルツシルト解」を求めます。
ただ、この式の導出は非常に複雑な計算を必要としますので、今回は導出のプロセスの全体イメージと主要な物理量や数式をみていきます。
この記事は、ブラックホールの特徴を数式で理解することを目標とした「ブラックホールを数式で眺めてみた その3(後半)」のための準備となります。
では、早速始めましょう!
1. ブラックホールの時空を表す数式の導出をイメージしよう
ブラックホールの時空を表す数式にはいくつかの種類がありますが、本記事では最も基本的でシンプルなシュワルツシルト解を導きます。
<参考>
ブラックホールの時空を表す解には、例えば下記のようなものがあります。
シュワルツシルト解(非回転・無電荷)⇐ 今回の対象
(Schwarzschild solution (non-rotating, uncharged))
ライスナー・ノルドシュトロム解(電荷あり)
(Reissner–Nordström solution (charged))
カー解(回転あり)
(Kerr solution (rotating))
カー・ニューマン解(回転+電荷)
(Kerr–Newman solution (rotating + charged))
前回の記事 その1(準備編)で出てきた「アインシュタインの重力場方程式」を実際に解くことで、ブラックホールの様々な特徴を説明する「シュワルツシルト解」を得ることが出来ます。
重力場方程式を解く際に、準備編で取り上げた「計量テンソル $g_{\mu\nu}$」、「リッチテンソル $R_{\mu\nu}$」の意味と関連性を見ていくことになります。
途中、接続係数 $ \Gamma^\lambda_{\mu\nu} $やスカラー曲率$R$が出てきますが、軽く流してください。
1.1 重力場方程式からシュワルツシルト解を導く
では、これから重力場方程式を解く手順と計算のイメージをみていきます。
その際、重力場方程式の左辺のリッチテンソル、計量テンソル、そして最終的に導かれる線素がどのように関係しているのかといったイメージも重量となります。
1.改めて計量テンソルと線素の関係を確認する
時空の基本量は計量テンソル $g_{\mu\nu}$ であり、時空の微小距離は、
線素
ds^2 = g_{\mu\nu}\, dx^\mu dx^\nu
で表されました。
この線素から、時間の進み方、空間距離、光円錐が定まり、さらに計量テンソルから導かれる測地線方程式によって、物体や光の運動が決まります。
そして、計量テンソル $g_{\mu\nu}$ は、この線素の形を決めます。
2. 計量テンソルから時空の曲がり(曲率)を求める手順
時空の曲率は、計量テンソルから次の手順で計算されます。
まず、計量テンソル $g_{\mu\nu}$ から、曲がった時空での微分のルール(ベクトルが少し移動したとき、どれだけ向きが変わるか)を表す接続係数 $\Gamma^\lambda_{\mu\nu}$ を作ります。
次に、この接続係数から、時空の曲がりそのもの(時空がどの方向に、どれだけ曲がっているか)を表すリーマン曲率テンソル $R^\rho{}_{\sigma\mu\nu}$ を定義します。
リーマン曲率テンソルは、曲率に関する最も基本的で情報量の多い量となります。
さらにリーマン曲率テンソルの縮約として、「重要な部分だけ」を抜き出したリッチテンソル$R_{\mu\nu}$ と、時空全体の曲がりの強さ(時空の平均的な曲がり具合)を表すスカラー曲率 $R$ が得られます。
スカラー曲率のイメージとしては、「この点のまわりの時空は、全体としてどれくらい曲がっているか」を1 つの数で表したものです。
ステップで表すと下記となります。
⓵ 計量テンソル $g_{\mu\nu}$ から
⓶ 接続係数 $ \Gamma^\lambda_{\mu\nu} $ を作り
⓷ そこからリーマン曲率 $R^\rho{}_{\sigma\mu\nu}$ を作り
⓸ その縮約でリッチテンソル$R_{\mu\nu}$ とスカラー曲率$R$ が得られます。
まとめると、計算の流れはこんな感じです。
g_{\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
\Gamma^\lambda_{\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
R^\rho{}_{\sigma\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
R_{\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
R
<参考>
一般相対性理論では、位置や向きによって値が変化する情報をテンソルという形で表現しています。テンソルによっては多くの情報(添え字)が付くものもあり、そのままでは計算が煩雑になることがあります。そこで、数学的に決められたルールに従って操作をすることで、添え字の数を減らすことができます。これを縮約と呼んでいます。これにより、計算がよりシンプルになるので、この手法がよく使われています。
3. 重力場方程式を解く条件を設定する
重力場方程式は
R_{\mu\nu} - \frac{1}{2} g_{\mu\nu} R = \frac{8\pi G}{c^4} T_{\mu\nu}
で与えられ、左辺が時空の曲がり、右辺が重力源である物質・エネルギーを表します。もう少し詳しく言うと、右辺のエネルギー・運動量テンソル$T_{\mu\nu}$の及ぼす重力により、左辺の曲率テンソルが決まるという形をしています。
ところで、「重力場方程式を解く」とは、まず物質やエネルギーの分布をエネルギー・運動量テンソルとして与え、一般に最大で独立な 10 個の非線形連立偏微分方程式を解くということです。
この方程式系を解析的に解くことは極めて困難で、数値的に解く場合でも数値相対論ではスーパーコンピュータが用いられています。(例えば、京コンピューター)
そのため、現実的には様々なモデル化や理想化を行うことで、ようやく解を得ることができます。
実際、シュワルツシルトも、中心にある質量の外側が真空で、重力場が時間変化せず、しかも球対称であるという条件を設定することで、一般相対性理論の重力場方程式を厳密に解きました。
以下が、その条件です。
条件1) 真空であること(真空場方程式)
中心の外側には 物質やエネルギーが存在しない領域を仮定しこれを解く
・質量の「外側の空間」だけを解く
・内部構造には立ち入らず、外部解だけを求める
このため、シュワルツシルト解は「外部解」とも言われます。
条件2) 重力場が時間的に変化しない(静的性)
重力場が 時間に依らず一定である時空を設定
・質量分布が変化しない
・時空のゆがみが時間で変化しない
・計量成分が時間 $t$ に依存しない
条件3) 空間的に球対称であること(空間の回転対称性)
中心から見て どの方向でも同じという球対称性を設定
・空間的な対称性(回転対称性)がある
・角度方向の物理量はすべて等しく、方向による違いがない
・重力場の強さや時空の曲がり方が、中心からの距離 $r$ だけで決まる
ただし、このままだと「条件1」の真空場方程式は様々な解が得られるので、重力源から遠く離れると、普通の平坦時空(ミンコフスキー時空)になることを条件として追加しています。
では、上の条件を見ながら進めて行きます。
先ず、真空で、物質もエネルギーも無いと仮定しているので、エネルギー・運動量テンソルはゼロとなり、右辺はゼロです。
T_{\mu\nu}=0
なので、重力場方程式は
R_{\mu\nu} - \frac{1}{2} g_{\mu\nu} R =0
となります。
つまり、重力場方程式を解くということは、計算すると
R_{\mu\nu} - \frac{1}{2} g_{\mu\nu} R =0
になるような $g_{\mu\nu}$ を探すということになります。
ところで、左辺のテンソルを計算して整理していくと、スカラー曲率$R$は$R=0$ となることが分かります。
これを元の式に代入すると、真空では左辺は、$R_{\mu\nu}=0$ となるので、実際には$R_{\mu\nu}=0$ となる $g_{\mu\nu}$ まで計算すればいいことになります。
4. 球対称・静的な線素の一般形を仮定する
シュワルツシルト解では、解を求める際の条件の1つに「球対称性」を設定したので、球対称の座標(極座標)を使います。
そこで、平坦な時空の極座標の線素を用意します。
ds^2 =
- c^2 dt^2
+ dr^2
+ r^2 d\theta^2
+ r^2 \sin^2\theta\, d\phi^2
球対称なので、係数は角度$θ$と$φ$には依存せず、半径$r$のみの関数となります。なので、未知の関数としては $A(r)$ と $B(r)$ の2つを求めればいいことになります。
従い、求める線素の形は、
ds^2 =
- A(r)c^2 dt^2
+ B(r)\, dr^2
+ r^2 d\theta^2
+ r^2 \sin^2\theta\, d\phi^2
となります。
ちなみに、上記のように、真空かつ静的・球対称であることを条件として得られる厳密解であるため、シュワルツシルト解は「静的・球対称な真空の厳密解」と呼ばれこともあります。
<参考>極座標のイメージ (wikipediaより)
下図は3次元空間の極座標ですが、実際には上の線素のように時間も含めた4次元の極座標を用います。正確には、極座標$(x^\mu)$=$(ct,r,\theta,\phi)$となります。
5.曲率の計算
ところで、「2. 計量テンソルから曲がりを求める手順」で見た計算の手順は、
g_{\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
\Gamma^\lambda_{\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
R^\rho{}_{\sigma\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
R_{\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
R
でしたが、先ほどみたように、 $R_{\mu\nu}$ まで求めればいいので、流れは、
g_{\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
\Gamma^\lambda_{\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
R^\rho{}_{\sigma\mu\nu}
\;\Rightarrow\;
R_{\mu\nu}
となります。
つまり、リッチテンソル$R_{\mu\nu}=0$ となる計量テンソル $g_{\mu\nu}$ を求めることになります。
そこで、仮定した計量からリッチテンソル $R_{\mu\nu}=0$ を計算し、真空条件 $𝑅=0$ を満たすような $A(r)$ と $B(r)$ に関する微分方程式を解くと(途中の計算は非常に複雑なので省略します)
A(r)=1-\frac{2GM}{c^2 r},
\qquad
B(r)=\frac{1}{1-\frac{2GM}{c^2 r}}
が得られます。
6.得られた線素(シュワルツシルト解)
そこで、上記で得られた $A(r)$ と $B(r)$ を下記の線素の原型に代入して
ds^2 =
- A(r)c^2 dt^2
+ B(r)\, dr^2
+ r^2 d\theta^2
+ r^2 \sin^2\theta\, d\phi^2
最終的に求めたい線素
ds^2 = -\left(1-\frac{2GM}{c^2 r}\right)c^2 dt^2
+ \frac{dr^2}{\,1-\frac{2GM}{c^2 r}\,}
+ r^2\left(d\theta^2 + \sin^2\theta\, d\phi^2\right)
が得られます。
また、この線素から、計量テンソルは、
g_{\mu\nu}
=
\begin{pmatrix}
- \displaystyle\left(1-\frac{2GM}{c^2 r}\right) & 0 & 0 & 0 \\[10pt]
0 & \displaystyle\frac{1}{1-\dfrac{2GM}{c^2 r}} & 0 & 0 \\[10pt]
0 & 0 & r^2 & 0 \\[6pt]
0 & 0 & 0 & r^2 \sin^2\theta
\end{pmatrix}
であることが分かり、この行列の対角成分の
g_{tt} = -\left(1-\frac{2GM}{c^2 r}\right),\quad
g_{rr} = \frac{1}{1-\dfrac{2GM}{c^2 r}},\quad
g_{\theta\theta} = r^2,\quad
g_{\phi\phi} = r^2\sin^2\theta.
が、それぞれ元の球対称の線素に係数としてかかっていることが分かります。
尚、詳細は「その3」の記事で述べますが、この解は、質量 $𝑀$ をもつ天体の外側の領域(真空領域)、つまり、 物質が存在しない領域で成り立つ解です。その意味で、この解は「外部解」と呼ばれます。
7.まとめ
以上の流れの重要なポイントは、
「真空領域では、リッチテンソルがゼロ $(R_{\mu\nu}=0)$ になるような計量テンソルを求める」
ということであり、
「その計量が与えられると、線素が定まる」
と言う点にあります。
シュワルツシルト解はまさにこの典型例です。
つまり、
1.対称性(球対称で静的)を反映した一般的な形の計量(線素)を仮定し
2.そこから時空の曲がり(リッチテンソル$R_{\mu\nu}$)を計算し
3.真空条件 $R_{\mu\nu}=0$ を満たすように計量を決定すると
4.シュワルツシルト解が決まる
ということになります。
尚、重力場方程式の左辺の、計量テンソル$g_{\mu\nu}$、線素 $ds^2$、リッチテンソル $R_{\mu\nu}$、そしてスカラー曲率 $R$ の役割とシュワルツシルト解での関係を下の表にまとめています。
| 量 | 役割 | シュワルツシルト解での関係 |
|---|---|---|
| 計量テンソル $(g_{\mu\nu})$ | 時空そのものの形を表す | 求めたい量 |
| 線素 $(ds^2)$ | 計量から作る微小距離 | 計量の具体形 |
| リッチテンソル $(R_{\mu\nu})$ | 計量から得られる「時空の曲がりの重要な部分」」 | 真空条件として $R_{\mu\nu}=0$ を満たすことが要求される |
| スカラー曲率 $(R)$ | 時空全体の曲がりの強さを1つの数にまとめたもの | 真空条件$R_{\mu\nu}=0$ から $R=0$ となる |
以上、重力場方程式からシュワルツシルト解を導くプロセスと内容をイメージしてきました。
次の記事では、ブラックホールの特徴を様々な数式でみていきます。
お楽しみに!
<参考>
先程見たように、重力場方程式を厳密に解くことは極めて困難なので、得られた解には発見者の名前が付けられることも多いです。
シュワルツシルト解の他にも、宇宙の大域構造を記述するド・ジッター解やフリードマン・ルメートル・ロバートソン・ウォーカー解(FLRW解)などが良く知られています。
また、日本人研究者による厳密解としては、回転する真空解の一つである冨松・佐藤解などがあります。
参考文献
1.石井俊全「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する」ベル出版
2.杉山直 「相対性理論」講談社
3.富岡竜太「あきらめない一般相対性理論」プレアデス出版
4.河辺哲次「相対性理論」裳華房
5.内山龍雄「相対性理論」岩波書店
6.砂川重信「相対性理論の考え方」岩波書店
7.深川峻太郎「アインシュタイン方程式を読んだら「宇宙」が見えた」講談社
8.小林晋平「ブラックホールと時空の方程式」森北出版
9.佐藤勝彦「世にも不思議で美しい「相対性理論」」実務教育出版
10.吉田伸夫「宇宙を統べる方程式」講談社
11.田中貴浩「深化する一般相対性理論」丸善出版
12.広江克彦「趣味で相対論」理工図書
13.スティーブ・ネイディス「時空のゆがみを解きほぐす数学」スバル舎
その他、wikipedia等のサイト
