1. はじめに
以前、秋葉原ロボット部の理論グループの相対性理論の勉強会に参加しており、そのなかで、ブラックホールについて興味深く学習しました。(勉強会で使用したテキストは、ベル出版の「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する」です。)
勉強会が終了したあとはしばらく相対性理論から離れていましたが、改めてブラックホールについてまとめてみようと思い、今回、勉強会で使用した教科書に載っていない部分も含めて書いてみました。
タイトルにあるように、ブラックホールの特徴を数式を通して見てみようというのが記事の趣旨となります。
この記事を含め、下記の3本で構成されていますので、順番にご覧ください。
・ブラックホールを数式で眺めてみた その1(準備編)サクッと特殊相対性理論と一般相対性理論を概観しよう!
・ブラックホールを数式で眺めてみた その2(前半) ブラックホールの時空を表す数式の導出をイメージしよう!
・ブラックホールを数式で眺めてみた その3(後半)シュワルツシルト解からブラックホールの驚くべき特徴を見つけよう!
(注)今回の一連の記事では、相対性理論の概念や物理的な意味などを全て専門書レベルで厳密に記しているわけではありません。イメージとしての解説も含まれています。
それでは、相対論の主な概念やブラックホールの特徴を、数式と図解で読み解いていきましょう!
手始めに、ブラックホールのイメージについてみていきます。
2. ブラックホールの不思議な現象
ブラックホールについては、様々なイメージがあると思います。
例えば、ある物体がブラックホールに近づいていくと、その物体を遠くから見ると、その物体の時間が遅くなって、やがて止まっているように見え、最後は見えなくなる(その物体にとっては通常通りの時間が流れています)とか、一旦ブラックホールの境界の中に入ると、光ですら外に脱出できないとか、更には、気の遠くなるような時間をかけると、ブラックホール自体も少しずつエネルギーが減っていき、最後は量子効果で蒸発して消えてしまうなど、他にも様々な面白い不思議な現象を想起するかと思います
3. なぜ数式で眺めるのか
ブラックホールについては、上記のような様々な不思議な現象が本やネットなどで紹介されていますが、なぜそのような現象が起こるのかを直感的に理解するのが難しいこともあるでしょう。
しかし、数式や図でその意味を眺めてみると、「なるほど、そうだよね」と思えるかもしれません。
これが、本記事の趣旨となります。
3.1 例えば、どんな数式がでてくるの?
この記事で出てくる数式の例として
ds^2= -\left(1 - \frac{2GM}{c^2 r}\right)c^2 dt^2+ \frac{1}{1 - \frac{2GM}{c^2 r}}\, dr^2+ r^2 d\theta^2+ r^2 \sin^2\theta\, d\varphi^2
というのがあります。
これはブラックホールを考えるうえで重要な式です。くらくらするような式ですが、後ほど、この式の意味を大きく捉えていきます。
ちなみに、この式は「シュワルツシルト解」と呼ばれています。「解」という言葉から連想できるように、これはアインシュタインの重力場方程式を解くことで得られる解の一つです。
4. どんな準備が必要?
ブラックホールを本当に理解しようとすると、相対性理論という物理の理論が必要になります。これは、ブラックホールが「時空のゆがみ」として説明される存在だからです。その性質は数式で表されており、時空とは何か、光はどのように進むのか、といった考え方を知ることで、ブラックホールの不思議な振る舞いが見えてきます。
ただ、相対性理論を全て理解するのは結構ハードルが高いので、必要なものだけをピックアップします。
そこで、今回の記事では主に次の3つの概念を使います。
1.時空で光が届く範囲を表す図 (光円錐)
光円錐(こうえんすい)とは、ある時刻と場所から光が広がるときに、光が到達し得るすべての空間方向をひとつの図形としてまとめたものです。
光はどの方向にも光速で進むので、光が進み得る全ての進行方向を時空図上で描くと、それらが円錐状の面(境界)として表れます。
ブラックホールに近づくにつれて、この光円錐の傾きは次第に変化していきます。その変化を調べることで、ブラックホールの近くで時空がどのような構造をしているのかが分かってきます。
★時空やその他の詳細は、後程見ていきます。
2.重力に関する概念と数式 (アインシュタインの重力場方程式)
一般相対性理論では、宇宙に存在するすべての物質や場(たとえば電磁場)が持つエネルギーや運動量によって時空が曲げられ、その曲がりとして重力が現れると考えます。ここでは、そのような重力の基本的な考え方を概観します。
この関係を数式で表したものが、アインシュタインの重力場方程式です。ブラックホールを記述する数式(解)も、この重力場方程式を解くことで導き出されます。
3.「時空の曲がりを記述するための定規」としての線素とその形を決める計量テンソル
一般相対性理論では、重力は時空の曲がりによって生じると考えますが、その重力の様子は、イメージ的には「時空がどのように曲がっているか」によって決まります。
そこで、時空の曲がりを調べるためには、この時空がどのような形をしているのかを記述するための、いわば「定規」が必要になります。
この定規に相当するのが線素と呼ばれる量です。線素は、時空の中での微小な「長さ」や「時間の間隔」を測るための基本的な道具で、アインシュタインの重力場方程式の解は、この線素の形として表現されます。
そのため、先ほど登場したシュワルツシルト解も、線素の形で書かれています。
この線素の具体的な形は、計量テンソルによって決まり、どのような計量テンソルを持つかによって、時空の性質(つまり、解としての時空)が違ってきます。詳細については、後ほど見ていきます。
他には、微分・積分、微分方程式などの数学や、質量や速度の単位、重力定数などといった物理もでてきますが、記事では必要最小限に見ていきます。
では、これ以降、ブラックホールの特徴を知るための準備として、
1.光円錐
2.アインシュタインの重力場方程式
3.線素と計量テンソル
を見ていきます。
5. 準備その1 光円錐 (light cone)
相対性理論は、「特殊相対性理論」と「一般相対性理論」の二つから成り立っています。光円錐の考え方は、まず特殊相対性理論の中で現れるため、ここでは最初に特殊相対性理論の基本的な概念の一部を見ていきます。
今回は特殊相対性理論の下記の項目については割愛します。
・ローレンツ変換の概念と式
・固有時の詳細
・速度、加速度、運動量、力の4元化
・$E=mc^2$ の導出
など。
5.1 光速度不変の原理 (the invariance of the speed of light)
「特殊相対性理論」には二つの基本原理があります。そのうちの一つが、「光の速さは、どのような速さで運動する観測者が測定しても同じ値になる」という光速度不変の原理です。
アインシュタインが相対性理論を発表する以前のニュートン力学では、物体の速度は相対的なものと考えられていました。たとえば、時速100kmで走る車は、静止している人から見れば時速100kmですが、同じ方向に時速80kmで動いている人から見れば、その車の速さは時速20kmに見えます。
ところが、ニュートン以後に発展した電磁気学の研究から、「光の速さは常に一定の値をとる」ことが分かってきました。現在では、光速は1983年の国際度量衡会議によって 299,792,458 m/s と定義されています。
これは、「観測者がどのような運動をしていても、光は常に同じ速さで観測される」ことを意味します。観測者の運動状態によって光の速さが変わらないという性質は、ニュートン力学では説明することができません。そこでアインシュタインは、この事実を出発点として特殊相対性理論を作り上げました。
5.2 光速度不変の原理から導き出されること(時空の概念)
詳細は割愛しますが、この光速度不変の原理を深堀していくと以下が導き出されます。
⓵ 静止している観測者から見ると、一定の速さで運動している物体の時間の進み方は遅れて見える。
⓶ 同じく静止している観測者から見ると、一定の速さで運動している物体の進行方向の長さは短く見える。
これらは、光速度不変という同じ原理から同時に現れる現象です。
さらに重要なのは、これらの効果が片方だけに現れるわけではないという点です。動いている物体から見ると、静止している観測者の方が逆向きに同じ速さで動いているように見え、その人の時間が遅れ、進行方向の長さが短く見えます。
これは、相手の時間や長さそのものが物理的に変化するという意味ではなく、観測者の運動状態によって、時間や空間を測る尺度が変化するために、結果として異なって見えることを意味しています。
このように、状況によって「時間」も「空間」も異なって測定されることが分かってきたわけです。
そこで、従来のように時間と空間を別々のものとして扱うのではなく、両者をまとめて一つの存在として扱う必要が生じました。
その結果、時間と空間を合わせた 「時空(spacetime)」 という概念が導入されました。
5.3 ミンコフスキー時空 (Minkowski spacetime)
この時空の概念を図で表したのが、ミンコフスキー時空図と呼ばれるものです。
この図は、縦軸に時間(1次元)と他の軸に空間(3次元)を統合した4次元の時空の概念を表現するもので、光速 $(c)$ と時間 $(t)$ を掛けた $ct$(長さの単位になります)を縦軸にし、横軸に空間をとります。
4次元を図で表すのは難しいので、下の図では、時間と空間(2次元分)を使った簡略化した表現にしています。
図の中央にある原点は、観測者が「今、この瞬間にいる場所」を表しています。
5.4 光円錐 (light cone)
上のミンコフスキー時空図の中に円錐状のものがありますが、これを光円錐(こうえんすい) といいます。
光円錐とは、ある時刻に、ある場所から発した光が広がるときに、光が到達し得るすべての方向を、ひとつの図形としてまとめたものです。(ちょっと、ややこしいですね。)
光はどの方向にも同じ速さ(光速)で進むため、ある時刻における光の到達範囲は三次元空間では球面として表されます。
これを時間の経過とともに時空上で描くと、光の軌跡は円錐状の面となり、これを光円錐と呼びます。
光円錐の図では、縦軸に時間 $𝑡$ に光速 $𝑐$ を掛けた $ct$ を取り、横軸に空間座標を取ります。これにより、縦軸も横軸も同じ「長さ(メートル)」の単位で表すことができます。
また、光は1秒間に約30万km進むため、1秒後には $ct$ 方向にも空間方向にも同じだけ進みます。その結果、時空図上では光の軌跡は $x=ct$ を満たす直線、つまり、45度の線として表されます。(再度上図で確認してみて下さい)
ところで、この円錐は、「光より速く影響は伝わらない」という宇宙の因果関係の境界を示しています。
そこで、境界の内側の因果関係はどうか、外側の因果関係はどうなっているのかを、光速をベースに考えてみます。ここでいう因果関係とは、2つの出来事の間に原因と結果の関係があることをいいます。
時空内で起こる出来事を、事象とかイベントとか呼んでおり、どんな事象でも時空のどこにでも起こり得ますが、その事象と因果関係を持つことができるのは、その事象が光円錐の内側で発生した場合に限られます。これは、因果関係を保てる領域は、光速以下で到達できる範囲に限られるということを意味します。(円錐の内側を「時間的領域」と言います)
光円錐の外側にある出来事とは、光速未満では互いに到達し合えず、原因と結果として結びつくことができません(そこへ影響を及ぼすには光速を超える必要がありますが、これは相対性理論では不可能です)。(円錐の外側を「空間的領域」と言います)
また、平坦な時空では重力が存在しないため、光円錐はどこでも同じ形をしています。一方、時空が曲がると、光円錐は傾いたり歪んだりします。
後の記事では、「ブラックホールからは光ですら脱出できない」という話が登場しますが、これは光円錐が次第に内側へ傾いていく様子として、数式から理解することができます。そのとき、光の進む道筋は・・・(続きはお楽しみに)。
5.5 特殊相対性理論のまとめ
光の速さは、誰がどのように動いていても同じ速度に見えます。そのため、時間の進み方や空間の長さが、観測者によって変わってしまいます。つまり、観測者によって“測り方(尺度)が変わる”ため、時間や長さが異なって見えてくるわけです。
この性質を正しく説明するために、アインシュタインは「時間」と「空間」をまとめて「時空」として扱う考え方を導きました。これが特殊相対性理論です。
又は、やや専門的な表現になりますが、
「光速が不変であるという原理の下では、時間と空間は独立した量ではなく、ミンコフスキー時空の4次元幾何学的構造として統一的に扱われる。」
と言う表現することもできます。
また、今回は詳細には触れませんでしたが、特殊相対性理論では、時間は、誰にとっても同じように流れるものではなく、観測者ごとに異なる測られ方をする量であることが示されています。
日常生活では、たとえば日本国内であれば日本標準時に基づき、「誰にとっても同じ時間が流れている」と感じています。
しかし特殊相対性理論では、観測者それぞれが自分自身に固有の時間を持っており、誰の時計で測ったかによって時間の進み方が違ってきます。
各観測者は、自分と一緒に運動している時計を持っており、その時計が直接刻む時間を 固有時 $\tau$(タウ) と呼びます。
固有時 $\tau$ は、「その観測者自身が実際に体験している時間」ともいえます。
たとえば、高速で飛ぶロケットに乗っている人と、地上に静止している人では、同じ出来事を比べても経過する時間は一致しません。
地上の観測者が計算によって求める時間 $t$ と、ロケットの搭乗者が自分の時計で直接測る時間 $\tau$ は異なります。
このように、固有時 $\tau$ は観測者一人ひとりの固有の時間を表す量です。
ブラックホールの近くで「時間が遅れる」と言われる現象も、実際には、その場所にいる観測者の固有時 $\tau$ が、遠方の観測者からどのように見えるかを表したものです。
詳細は、後続の記事「ブラックホールを数式で眺めてみた その3(後半)シュワルツシルト解からブラックホールの驚くべき特徴を見つけよう!」で詳しく見ていきます。
<参考> 時間の遅れや空間の長さを数式で求める
※以下の数式の時間や長さの表記は簡略して書いています。
\ T'\;=\; \sqrt{1 - \frac{v^2}{c^2}}\ T \
ここで、$\ T' $は動いている物体の時計が測る時間(固有時とも言います)で、$\ T $は止まっている時計が測る時間です。$\ v $は動いている物体の速さで、$\ c $は光速です。
例えば、動く速度を光速の95%とすると、
$\ T' $は約0.312$\ T $となり、運動している物体の時計の進み方は、静止系からみると約3.2倍遅くなります。
言い換えると
・静止系の1時間=運動している物体の時計では約19分
・静止系の3.2時間=運動している物体の時計では1時間
となります。
長さについては、次の式になります。
\ L'\;=\; \sqrt{1 - \frac{v^2}{c^2}}\ L \
ここで、$\ L' $は運動している物体の長さで、$\ L $は止まっている物体の長さです。
例えば、光速の95%で運動する物体を静止系から見ると、本来の長さの約31%に縮んで見えます。
10mの物体なら約3.1mに見えます。
6. 準備その2 アインシュタインの重力場方程式 (Einstein’s field equations (EFE))
特殊相対性理論 (Special Relativity (SR))と一般相対性理論 (General Relativity (GR))
特殊相対性理論は、観測者の運動状態によって時間や空間の尺度が変化することを説明しています。
しかし、時空そのものの幾何学(曲がり)が変化するわけではなく、あくまで平坦な時空を前提としています。この平坦な時空が、先ほどの図で出てきた「ミンコフスキー時空」であったわけです。
アインシュタインは、1905年に発表した特殊相対性理論をさらに発展させ、時空の曲がりと重力の本質を探究しました。そして1915年に完成し、1915〜1916年にかけて発表されたのが、一般相対性理論です。
6.1 一般相対性理論とは
今回は、一般相対性理論の下記の項目については割愛します。
・等価原理、潮汐力
・リーマン空間におけるテンソル解析
リーマン空間、テンソルの詳細、接続係数、平行移動、共変微分 等
など。
では、一般相対性理論の考え方を簡単に見ていきましょう。
一般相対性理論は、物質やエネルギーが存在すると、その周囲の時空が曲がることを示しています。そして、この「時空の曲がり」によって生じる現象が、重力として感じているものになります。
(下図は「曲がった時空」のイメージ)
6.2 物体や光は曲がった時空に沿って進む
重力があると物が落ちたり、引き合ったりするイメージがあると思いますが、一般相対性理論では、「落ちる」のでなく、物体が曲がった時空の中で最もまっすぐな経路(測地線と言います)に沿って進み、外から見ると曲がった軌道に沿って運動している(落ちている様子)に見えます。
また、物体同士が引き合っているように見えるのは、それぞれの物体によって出来た時空の曲がりに沿って互いに運動しているだけで、引力のような「力」というよりも、測地線に沿って運動しているというイメージです。
また、物だけでなく、光も曲がった時空に沿って進むので、光は太陽近傍の曲がった時空をまっすぐ進みますが、地球から見ると光が曲がって進んでいるように見えます。
6.3 時空の曲がりと物体の運動の関係(上記のまとめ)
物質やエネルギーの分布が、時空の曲がり具合を決めます。そして、物体や光は、その曲がった時空の中で最も「まっすぐ」な経路(測地線)に沿って運動します。
6.4 時空の曲がりと時間の進み方
また、時空が曲がると、時間の進み方も変わります。
・重力が強いところ(例えば地球の表面)では、時間はゆっくり進む。
・重力が弱いところ(例えば宇宙空間の遠く)では、時間は速く進む。
こうした重力による時間の遅れについては、3つ目の記事「ブラックホールを数式で眺めてみた その3(後半)シュワルツシルト解からブラックホールの驚くべき特徴を見つけよう!」で詳しく見ていきます。
<参考> 重力による時間の変化
重力源から十分遠方(重力の影響が無視できる場所)で測った時間と、半径 $r$ に静止している観測者の固有時との関係は、次の式で与えられます。
\Delta t_r \;=\; \Delta t_\infty \sqrt{1 - \frac{2GM}{rc^2}}
・ $\Delta t_\infty$:無限遠(重力の影響が無視できる場所)で測った時間
・$\Delta t_r$:半径 𝑟に静止する観測者の固有時
・$\ G $:万有引力定数
・$\ M $:中心の質点の質量
・$\ c $:光速
・$\ r $:中心からの距離
例えば、誤差が100億年に1秒という非常に高精度の光格子時計を地上と階高さ450mの展望台にそれぞれ設置し、両者の時間の流れを比較すると、展望台の時計の方が地上階の時計よりも1日に4.26ナノ秒早く進んでいることが測定されています。検証の結果、誤差の範囲内で相対性理論と合致していることが分かりました。
特殊相対性理論では、時間と空間を一体の「時空」として統合して捉えましたが、一般相対性理論は、物質やエネルギーが時空の形を決め、その曲がった時空の構造に従って物体が運動する、という関係を明らかにした理論です。
6.5 アインシュタインの重力場方程式 (Einstein’s field equations (EFE))
これまで見てきたように、
「物質やエネルギーが存在すると時空は曲がり、その曲がりが重力として現れます。
物体は力を受けて引かれるのではなく、曲がった時空の中の最も自然な経路に沿って運動します。」
この「物質・エネルギー」と「時空の曲がり」の関係を、正確に数式で表したものが、アインシュタインの重力場方程式です。この方程式を解くと時空がどのように曲がっているのかが分かります。
では、その方程式と物理的な意味(イメージ)を見てみましょう。
以下が、重力場方程式です。
R_{\mu\nu}
-\frac{1}{2} R\, g_{\mu\nu}
=
\frac{8\pi G}{c^{4}}\,
T_{\mu\nu}
ここで $ G $ は万有引力定数、$ c $ は光速です。
$ R_{\mu\nu}$、$ g_{\mu\nu} $、$ T_{\mu\nu} $ はテンソルと呼ばれる量です。
この方程式は、右辺が「時空を曲げる原因(物質・エネルギーの内容)」、左辺が「その結果として生じる時空の曲がり」 を表しています。(詳細は後ほど)
相対性理論では「物理法則は、どの観測者に対応する座標系で書いても、同じ形を保つ」という基本原理があります。
テンソルを用いることで、座標の取り方が変わっても、物理法則そのものの意味が変わらない形で記述することができます。
6.6 右辺の物理的な意味
この方程式の「右辺」が時空に存在する「物質やエネルギーの分布」を表す量で$T_{\mu\nu}$で表現されます。
この$T_{\mu\nu}$は、「運動量・エネルギーテンソル」と呼ばれ、
・運動量(どの方向にどれくらい動いているか)
・エネルギー密度(どれくらいエネルギーが詰まっているか)
・圧力や応力(押す力・引っ張る力)
などをまとめて表す「4次元の表」です。
こうした物質やエネルギーの存在が時空を曲げる要因となります。
イメージとしては、
右辺=「時空を曲げる原因(物質・エネルギーの内容)」
となります。
もう少し詳しく言うと、
「右辺(エネルギー・運動量テンソル)は、時空を曲げる“原因”を表しているだけで、
実際にどのように曲がるかは、左辺の計量テンソルや曲率テンソルによって決まる。」
となります。
6.7 左辺の物理的な意味
左辺は、時空がどれだけ曲がっているか(幾何学的なゆがみ)を表します。
左辺には、以下のような情報が含まれています。
・空間の距離がどうゆがむか
・時間の進み方がどう変わるか
・光の進む道がどう曲げられるか
もう少し詳しく見ると、左辺には2つの重要なテンソル(左から、$ R_{\mu\nu}$、$ g_{\mu\nu} $ )が含まれており、それぞれ以下の意味を持っています。先に$ g_{\mu\nu} $ を説明します。
$ g_{\mu\nu} $:計量テンソル
イメージ的に一言でいうと、計量テンソルとは、時間と空間を測る「定規」の基準を決めるものです。
「基準を決める」とは、時空における距離や時間の測り方、つまり目盛りの「間隔」を定めることです。
これにより、時空の中で距離や時間を計算するための「定規」に相当する量(線素)を定義することができます。ちなみにこの「定規」そのものは、「線素」と呼ばれる式です。
また、重力があると時空が曲がって「定規」そのものが変形するので、場所ごとに変形する「定規」を決めています。質量やエネルギー(重力源)に近いほど強く変化します。
計量テンソルと線素が与えられると、次のような物理的内容が決まります。
・どの方向に、どれだけの時空間隔があるか
つまり、時間の進み方や空間の距離が、その場所でどのように定義されているかが計算できます。
・時空が曲がっているかどうか
計量テンソルが場所によって変化する場合、その変化は時空の曲がり(重力の存在)を意味します。
・物体や光がどのように運動するか(測地線)
測地線とは、時空の幾何に従って物体が「最も自然に」進む道であり、ニュートン力学でいう運動方程式に相当します。
$ R_{\mu\nu} $:リッチテンソル
一言でいうと、時空が「どれだけ曲がっているか」を示す量となります。この量も場所ごとに異なってきます。質量やエネルギーの近くでは大きな曲率となり、遠ざかるにつれて小さな曲率となります。
具体的には、
・時空の曲がり具合が
・どの方向で
・どれくらい大きいのか
を示す量です。
もっと簡単に表現すると、
「時空の曲がりの方向別の量」
となります。
まとめると、
左辺=「時空がどう形を変えているか(結果)」 となります。
6.8 重力場方程式を簡単に言うと
右辺(物質・エネルギーの分布)が、左辺(時空の曲がり方)を決定する関係式
となります。
この関係式から、
「ここに質量やエネルギーがある」⇒ 「その周りの時空はこう曲がる」
が分かり、さらに
「時空がこう曲がっている」⇒ 「物体はその道に沿って進む(重力のように見える)」
と言うことが分かってきます。
その結果、私たちが見る「重力」という現象が説明されます。
重力場方程式を解くと、以下のような事が分かってきます。
・ブラックホールの存在
・光が重力で曲がる
・時間が重力で遅れる
・宇宙膨張の方程式(フリードマン方程式)が得られる
・重力波の予言
・GPS補正(重力による時間の遅れ)
など
以上、特殊相対性理論と一般相対性理論をまとめると、
特殊相対性理論は、従来別々に扱っていた「時間」と「空間」を一つにまとめ、一般相対性理論は、それまで単なる容れ物として扱われていた「時空」と、その容れ物の中身の「物質やエネルギー」を統一し、「時間」と「空間」と「物質・エネルギー」をひとまとめにした理論と言えます。
<参考> 添え字について
重力場方程式のテンソル$ R_{\mu\nu} $、$ g_{\mu\nu} $, $ T_{\mu\nu} $ には、 ギリシャ文字の添え字 $ \mu\ $と$ \nu\ $が付いています。相対性理論ではこうしたギリシャ文字を使うことがあります。それぞれ、ミュー、ニューと読み、テンソルの成分を区別するために使われます。
詳細は割愛しますが、相対性理論では「どの観測者から見ても物理法則は同じ形で成り立つ」ことが重要であり、テンソルはその性質を保つための表現方法です。
■ 添え字 $\mu$, $\nu$ の意味
添え字 $(\mu, \nu = 0,1,2,3)$ は時空の 4 つの方向を表し、それぞれ
$\mu = 0: 時間方向 t$
$\mu = 1:空間方向 x$
$\mu = 2:空間方向 y$
$\mu = 3:空間方向 z$
に対応します。 $\nu$も同様です。
${\muと\nu}$ は、「どの時空方向とどの時空方向の関係を表す成分か」を示す住所のようなものです。
また、重力場方程式は、時間方向や空間の各方向について、どれか一つだけを見るのではなく、すべての方向の組み合わせについて成り立っている式です。
7. 準備その3 線素(line element)と計量テンソル (metric tensor)
7.1 線素とは何か
先ほど「6.5」で述べたように、一般相対性理論では、物質やエネルギーが存在すると、その周囲の時空が曲がり、その曲がりが重力として現れると考えます。
この時空の曲がり具合はどこでも同じではなく、重力源に近いほど時空の曲がりは大きく、遠ざかるにつれて小さくなります。また、状況によっては時間的にも変化します。
そこで一般相対性理論では、時空全体を一度に調べるのではなく、できるだけ小さな領域での時空の性質を考えます。 これは、曲がった地面の形を知るために、広い範囲を一気に測るのではなく、足元の傾きや距離を少しずつ測っていくのと同じ考え方です。つまり、時空の曲がりを調べるには、「局所的な測り方」が必要となるわけです。
このように、限りなく近い2点の間の時空の隔たりを数式で表したものを 線素(せんそ, line element) と呼びます。
線素は、ある一点の場所において距離がどのように測られるのか、時間がどのように進むのかといった 「時空の測り方(計測基準)」 を定める役割を持っています。
線素の形は、場所や方向によって変化します。その変化の仕方を調べることで、
・どの方向にどれだけ時空が曲がっているのか
・重力がどのように働いているのかを知ることができます。
まとめ
一般相対性理論では、重力とは、「時空そのものの計測基準が変形していること」と理解されます。
この計測基準の変形をイメージで表すと、例えば次のようになります。
・時計の進み方が、場所によって変わる
・定規の長さが、方向や位置によって変わる
これら 時間と空間の測り方の変化をすべてまとめて表現したものが、線素です。
つまり、線素とは
「曲がった時空における、時間と距離の最小単位での測り方を完全に記述したもの」
と言えます。
7.2 線素の式のイメージ
線素とは、「曲がった時空における、時間と距離の最小単位での測り方を記述した式」です。
そのため、線素の式は、時間成分と空間成分を組み合わせた形で表されます。
時間の成分は、時間 $t$ をそのまま使うのではなく、光速 $c$ を掛けて距離と同じ単位(メートル)にそろえた $ct$ の微小変化、つまり$c^2dt^2$として表します。
そして空間の成分としては、3次元空間の座標 $x, y, z$ の微小変化である $dx^2$、$dy^2$、$dz^2$を用います。
これらをまとめた量を、線素 $ds^2$ と呼びます。
線素の最も基本的な例として、重力の影響がない平坦な時空であるミンコフスキー時空の線素は、次のように書かれます。
ds^2 = -c^2 dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2
このミンコフスキー時空は重力の影響がない時空なので、上記の様に線素の時間成分と空間成分の係数は-1と+1で、場所によって変化しません。つまり定数です。
そのため、この時空はどこでも同じ測り方ができ、時空は曲がっていないと解釈されます。
ところが、ブラックホールなどの大きな時空の曲がりがある場合は、上記の線素の係数が場所によって変化するわけです。
何度も出てきましたが、下記のシュワルツシルト解の係数は±1ではなく、時間成分や空間成分の係数が $r$ に依存しているので、場所によって時間や距離の測り方が変わることが分かります。
つまり、線素の係数を見ることで時空が曲がっていることがわかります。
ds^2= -\left(1 - \frac{2GM}{c^2 r}\right)c^2 dt^2+ \frac{1}{1 - \frac{2GM}{c^2 r}}\, dr^2+ r^2 d\theta^2+ r^2 \sin^2\theta\, d\varphi^2
(注)シュワルツシルト解は極座標で記述されているため、見た目はミンコフスキー時空の線素と異なりますが、線素としての考え方は同じです。
まとめ
このように、時間と空間の要素を組み合わせることで、時間成分と空間成分を統一した「時空での距離(線素)」 が定義されます。
この距離や時間の測り方が、場所や状況によって変化することが、「時空が曲がっている(=重力が存在する)」 ということの本質になります。
アインシュタインの重力場方程式は、未知量としてこの線素(正確にはその係数)を決める式であり、その方程式を解いて得られた線素が、重力場、すなわち時空の曲がり方を示します。
シュワルツシルト解も、このようにして導かれました。
では次に、線素の係数とは何か、それが線素とどのように関係しているのかを見ていきます。
7.3 線素と計量テンソルの関係
7.2 で線素の形をみましたが、一般化すると下記のような式で表されます。計量テンソル$g_{\mu\nu}$が時空の成分の係数になっている点がポイントです。
ds^2 = g_{\mu\nu}\, dx^\mu dx^\nu
ここで、$g_{\mu\nu}$ の成分を行列で書くと
g_{\mu\nu}
=
\begin{pmatrix}
g_{00} & g_{01} & g_{02} & g_{03} \\
g_{10} & g_{11} & g_{12} & g_{13} \\
g_{20} & g_{21} & g_{22} & g_{23} \\
g_{30} & g_{31} & g_{32} & g_{33}
\end{pmatrix},
\qquad
(\mu,\nu = 0,1,2,3)
<参考>
成分の物理的意味
$g_{00} $: 時間(重力による時間の遅れ)
$ g_{0i} \ (i=1,2,3)$: 時間と空間(回転・重力の流れなど)(注)
$ g_{ij} \ (i,j=1,2,3)$: 空間の距離の測り方(空間のゆがみ)
(注)時間の進行と空間の動きが結びついていることを表す成分であり、回転する重力源のまわりで、時空が引きずられる効果を記述する。
ご覧のように、この式の右辺には計量テンソル$g_{\mu\nu}$が係数として使われており、この計量テンソルの成分によって、線素の全体の形が決まります。
上の式だけでは時空の具体的な性質は分かりませんが、計量テンソル$g_{\mu\nu}$を具体的に求めることで、その時空における距離や時間の測り方、すなわち線素の具体的な形が分かります。
例えば、重力の影響のない平坦な時空であるミンコフスキー時空の計量テンソルと線素は以下となります。
g_{\mu\nu}={\eta}_{\mu\nu}=
\begin{pmatrix}
-1 & 0 & 0 & 0 \\
0 & 1 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 1 & 0 \\
0 & 0 & 0 & 1
\end{pmatrix}
ds^2 = -c^2 dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2
この線素 $ds^2$ は、先ほどの、
ds^2 = g_{\mu\nu}\, dx^\mu dx^\nu
の具体例です。
また、ミンコフスキー時空の計量は、${\eta}_{\mu\nu}$ で表記します。
ミンコフスキー時空の計量は、本質的には $g_{\mu\nu}$ の一例ですが、「平坦で固定された時空」であることを強調し、一般の重力場と区別するために ${\eta}_{\mu\nu}$という記号が使われます。
計量テンソルは添え字を2つ持ち、それぞれが時間と空間を合わせた4次元を取るため、形式的には成分は16個あり、4×4 の行列として表すことができます。
ただし、計量テンソルは対称テンソルであるため、独立な成分は10個です。
また、時空が曲がっていると、この計量テンソルの値が変化します。逆に言うと、時空が曲がると、この計量テンソルが場所によって変化します。
尚、ミンコフスキー時空の場合、計量テンソルの対角成分が $(-1,1,1,1)$で、それぞれ線素の時間成分$c^2 dt^2$と3次元空間成分$x^2$,$y^2$,$z^2$にかかってくるので、線素の右辺の符号は上記のように$(-,+,+,+)$なります。
また、ミンコフスキー時空の線素は「どこでも同じ形」をしているため、その時空には曲がり(曲率)が存在せず、平坦な時空だと分かります。
ちなみに、時空の曲がりを示しているシュワルツシルト解の計量テンソルと線素は下記となります。
計量テンソル
g_{\mu\nu}
=
\begin{pmatrix}
- \displaystyle\left(1-\frac{2GM}{c^2 r}\right) & 0 & 0 & 0 \\[10pt]
0 & \displaystyle\frac{1}{1-\dfrac{2GM}{c^2 r}} & 0 & 0 \\[10pt]
0 & 0 & r^2 & 0 \\[6pt]
0 & 0 & 0 & r^2 \sin^2\theta
\end{pmatrix}
線素
ds^2= -\left(1 - \frac{2GM}{c^2 r}\right)c^2 dt^2+ \frac{1}{1 - \frac{2GM}{c^2 r}}\, dr^2+ r^2 d\theta^2+ r^2 \sin^2\theta\, d\varphi^2
8. 次のステップ
以上が「ブラックホールを数式で眺めてみた(準備編)」となります。
次の記事「ブラックホールを数式で眺めてみた(前半)」では、ここまで見てきた内容を元に、アインシュタインの重力場方程式から「時空の構造を説明する式(線素)」を導出していきます。これは、重力場方程式の解を求めるという作業です。
この解は、本記事の冒頭に出てきた「シュワルツシルト解」です。
ただ、この解の導出は非常に複雑なので、次の記事では重要なポイントを抑えつつ導出の全体がイメージできるように見ていきます。
では、お楽しみに!
<参考>
3次元空間での光とピタゴラスによる線素の導出
ステップ 1:空間のピタゴラス(微小差分)
微小な空間変位 $\Delta x, \Delta y, \Delta z$ に対する空間距離の2乗はピタゴラスの定理で表されます。
(\Delta s_{\text{space}})^2 = (\Delta x)^2 + (\Delta y)^2 + (\Delta z)^2
時間差 $\Delta t$ を長さの単位に変換すると $c \Delta t$ となり、「時間の長さ」は $(c \Delta t)$ です。
ステップ 2:光についてのピタゴラス的関係
光が進むとき、空間的距離と時間的距離は光速 $c$ によって結ばれます。
\Delta \mathbf{x} = c\,\Delta t
\quad\Longrightarrow\quad
(c \Delta t)^2 = (\Delta x)^2 + (\Delta y)^2 + (\Delta z)^2
これは光に沿うイベント対(光線に沿った2点)の特徴です。
ステップ 3:光に沿うことを「ゼロにする」不変量を作る
光に沿うときにゼロになる量として、次を定義します。
\Delta S^2 \equiv (c \Delta t)^2 - \bigl((\Delta x)^2 + (\Delta y)^2 + (\Delta z)^2\bigr)
光に沿えば右辺は0になります。
ステップ 4:不変な二次形式としての線素
微分表示にすると次のように書けます。
ds^2 = c^2 dt^2 - dx^2 - dy^2 - dz^2
ステップ 5:符号の慣習
多くの教科書では時間成分に負号を与える慣習を取り、次の形で表します。物理的な意味は同じです。
ds^2 = -c^2 dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2
\\[2em]
参考文献
1.石井俊全「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する」ベル出版
2.杉山直 「相対性理論」講談社
3.富岡竜太「あきらめない一般相対性理論」プレアデス出版
4.河辺哲次「相対性理論」裳華房
5.内山龍雄「相対性理論」岩波書店
6.砂川重信「相対性理論の考え方」岩波書店
7.深川峻太郎「アインシュタイン方程式を読んだら「宇宙」が見えた」講談社
8.小林晋平「ブラックホールと時空の方程式」森北出版
9.佐藤勝彦「世にも不思議で美しい「相対性理論」」実務教育出版
10.吉田伸夫「宇宙を統べる方程式」講談社
11.広瀬立成「相対性理論の一世紀」新潮社
12.田中貴浩「深化する一般相対性理論」丸善出版
13.齋田浩見「時空図による特殊相対性理論」森北出版
14.広江克彦「趣味で相対論」理工図書
15.スティーブ・ネイディス「時空のゆがみを解きほぐす数学」スバル舎
16.アインシュタイン「特殊および一般相対性理論について」白楊社
その他、wikipedia等のサイト

