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【進化の枝で読む】「安い労働力」に依存する企業は淘汰されるのか?― 就職氷河期世代・中国からASEAN/南アジアへのシフトまで

Last updated at Posted at 2025-09-14

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はじめに

生物の系統樹(進化の枝)というものがあります。進化の過程で枝分かれをし、淘汰された枝はそれ以上伸びていかないという図です。これは企業にでも当てはまるのではないかと考えたのがきっかけです。

進化の枝の思考法を借りて、企業が直面する世界の変化に対応する能力として、「安い労働力」への依存という適応戦略が長期的に企業を次の世代へバトンタッチできるのかを検証します。
論点として、就職氷河期世代が投げかける日本固有の労働市場のねじれ、中国の賃金上昇と自動化の急伸、そしてインド・タイ・ミャンマーなどへの工場シフト/オフショアの現実も考えてみましょう。

なお、就職氷河期世代は1993〜2005年に卒業し就職活動を行った層を指すという日本政府の定義にならうものとします(ウィキペディア)。


1.仮説

  • 仮説A:「安い労働力」に依存して競争力を維持する企業は、賃金の平坦化(賃金収斂)・自動化・地政学リスクという複合的な変化と圧力の前に、分岐の先で淘汰されやすいのではないか。
  • 仮説B: 自動化 × 技能高度化へと進化の枝を乗り換えられた企業は、同じ環境変化がむしろ適応の追い風になりうるのではないか。

2.進化の枝:企業の適応分岐を描く

環境の選択圧(賃金上昇・自動化・地政学・規制)
├─ 枝1:低賃金依存を継続
│   ├─ 国際移転の繰り返し(中国 → ASEAN/南アジア → アフリカ諸国…)
│   └─ 自動化の波に飲み込まれ一般化(コモディティ化) → 利鞘縮小 → 淘汰
└─ 枝2:効率化/差別化へ転座
    ├─ 自動化/ロボティクス × 現地高技能化(中国の近年の像)
    └─ サービス化/知財収益化(設計・ブランド・アフター)

具体例1: 中国では賃金上昇にもかかわらず、低価格ロボットの普及で労働集約の置換が進み、小型製造品の世界シェアを伸ばす動きが報じられています。「枝2」の実例です(フィナンシャル・タイムズ)。
具体例2: ベトナムを中心とする「チャイナ+1」は続く一方、対米関税リスクの高まりや電力・人材の制約が新たな変化の要素となっています(フィナンシャル・タイムズ)。
具体例3: タイは ポリ塩化ビフェニル(PCB) をはじめとする電子部材での集積が進み、サプライチェーン多様化の受け皿として台頭しています(フィナンシャル・タイムズ)。
具体例4: ミャンマーは政情不安で縫製工場の休止・閉鎖が多数発生し、低賃金依存の脆さが露呈しました(T.wai)。
具体例5: インドは BPO/ITES の巨大供給地であり続けますが、生成AI/自動化が定型業務を侵食し、再スキル化圧力が強まっています(The Washington Post)。


3.根拠とデータ(具体 → 抽象)

3.1 地域別の選択圧とシグナル

地域/テーマ 主なシグナル 選択圧の方向 実務上の含意
中国 賃金上昇 × 低価格
ロボット普及

自動化が急伸
「低賃金優位」は
弱化、自動化適応
が生存条件
現地は紫の襟
(ロボ技術者)育成、
ライン設計力が鍵
ベトナム China+1加速
だが対米関税
不確実性
政策/関税で
利益が一変
サプライルートの多重化、
原産地管理の厳格化が必須
フィナンシャル・
タイムズ
タイ PCB 等で集積、
投資呼び込み
電子部材の
新ハブ化
電力・熟練人材の確保と
品質標準化が課題
ミャンマー 政情不安で
工場休止・閉鎖
低賃金でも操業
リスク
が高い
「最安」だけでの立地
選定は破綻しがち
インド BPO/ITESが巨大
だがAIで定型が
自動化
コストより再スキルと
知的付加価値
GCC(自社開発拠点)で
高付加価値化が潮流
The Times of India

アジア全体では賃金の上昇都市間格差が拡大しており、「場所替え」だけでは優位を維持しづらい構造が強まっています(ジェトロ)。

3.2 サプライチェーン全体の潮流

GVC(グローバル・バリューチェーン)は世界貿易の大半を占め、効率・持続可能性・レジリエンスの同時最適が求められる時代です。単純な労務費最小化は、全体最適の観点で局所最適に陥る可能性が高いとされます(OECD)。


4.再検証

問い:なぜ「安い労働力」に依存する企業は淘汰されやすいのか?

  1. なぜ? 低賃金は長期に維持できないから。
    理由: 賃金は経済成長とともに上昇し、同時に関税/規制/地政学の外生ショックで優位が吹き飛ぶ。
  2. なぜ? 賃金が上がると競争力を失うのか?
    理由: 労働投入比率が高いほど利鞘が圧迫され、自動化・設計力で差別化する企業との差が拡大。中国のロボ普及は典型。
  3. なぜ? 自動化に遅れると致命的なのか?
    理由: 固定費化によるスケールメリットと品質安定で、低賃金優位恒常的に上回るため。
  4. なぜ? それでも企業は「新たな安い国」へ移り続けるのか?
    理由: 短期の損益インパクトが明瞭で、既存能力を前提にできるから。だが ベトナム/関税ミャンマー/政情など諸問題は移転先で再発。
  5. なぜ? 生き残るには何が必要か?
    理由: 労働集約から知識/設計/装置集約枝を乗り換える(自動化、人材再教育、GVC全体設計)。安い労働力を求める「場所」より**組織的な能力(ケイパビリティ)**が本質。

5.診断フレーム

「安い労働力」依存度のセルフ診断(各項目を 0〜5 点)

指標 観点 目安
労務費弾力性 労務費 +10% で営業利益が
どれだけ減るか
影響が大きいほど要注意
自動化余地 工程のうち物理/情報の
自動化可能割合
50% 超なら短中期で投資回収余地大
付加価値比率 売上に占める設計/ソフト/
ブランドの割合
高いほど賃金上昇に強い
原産地/
関税感応度
原産地規則・関税変更の
利益感応
高いほど多国拠点/BoM再設計が必要
人材構成 現地中間技能(監督/保全/
品質)の厚み
自動化の受け皿

合計スコアが低いほど「枝1(低賃金依存)」に偏り、淘汰リスクが高くなります。


6.実装ロードマップ

  1. 工程分解:工程を情報/物理/判断に分け、自動化 → 標準化 → 外製/内製最適化を設計。
  2. GCC/CoE 戦略India 等に GCC(グローバル開発拠点) を設置し、設計・テスト・データの能力を強化(日本企業の進出増も近年の潮流です)。
  3. 人材の枝替えオペレーター → 設備保全/品質/データへ再教育。BPOAIコパイロット前提で高度相談業務に移行。
  4. 二重起点のサプライベトナム/タイ を含むデュアル/トリプル・ソーシングで原産地・関税に強い設計。
  5. KPI自動化投資回収期間、労務費弾力性、工程不良率、原産地感応度を四半期でトラッキング。

7.再検証

  • 仮説Aは、中国の自動化と ASEAN/南アジアのリスク露呈で強化。一方、地域ごとに選択圧の波形は異なる(例:ベトナムの関税リスクは政策次第、タイの電力/技能は投資で改善余地)。
  • 仮説Bは、自動化 × スキルで枝替えした企業が競争力を維持/強化している事例(中国の低価格ロボ群、日系のインド GCC)により妥当性が増す。
  • 限界:賃金や電力、関税の最新値は変動が早い。意思決定では現地一次情報で補完し、試作 → 量産の段階で段階的にコミットすべき。

8.示唆・次のアクション

  • 意思決定の単位を「国」から「能力」へ安い場所ではなく、必要能力の最短経路を設計(設備・人材・制度)。
  • オペレーションの“進化の枝”を可視化:自社の工程がどの枝にいるか明確化し、枝替えのための中間技能(保全・品質・データ)を先行育成。
  • 地政学を前提条件化原産地・関税・電力KPI化し、複線化(デュアル拠点、部材冗長)。
  • 人への投資を固定費化:現地教育プログラム/GCC年間固定費として織り込み、回転率で回収する発想へ。
  • 氷河期世代の再活用:日本国内では、就職氷河期世代設備保全/品質/工程改善熟練中核として再配置する設計が、自動化前提の現場に適合しやすい(※スキルギャップの個別評価は必須)。

9.トレードオフと代替案

  • 結論「安い労働力」依存は、進化の枝としては行き止まりになりやすい。コストという単一形質では多圧環境(賃金・自動化・関税・電力・政情)に適応できないため。
  • トレードオフ:自動化・GCC・二重起点は初期投資/複雑性を高めるが、利鞘の安定性/回復力を獲得。
  • 代替案:小規模事業は、ニッチ化(短納期・高混載・ローカル密着)で規模の経済と勝負しない戦略も有効。

おわりに

安い労働力を使い捨てる時代は終わり、少ないリソースをいかに効率よく事業につなげるかが今後の企業が生き残る術です。企業は「どの枝に立つか」を決め場所替えに頼る枝は細く、能力替えに賭ける枝は太いと認識しましょう。淘汰は自然現象ですが、適応は設計できます。
今日、自社の進化の枝を描き直すところから始めてみてはいかがでしょうか。


参考・出典

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