はじめに
「十年一昔」という言葉があります。
ところが、ITや生成AIに関わっていると、10年どころか5年前でもかなり昔に感じます。2022年末には一般向けの生成AIサービスが広がり始め、その数年後には文章生成だけでなく、調査、プログラミング、画像生成、業務操作までAIが担うようになりました。
これは単なる印象論だけでもありません。世界経済フォーラムの「Future of Jobs Report 2025」では、企業は2025年から2030年までの5年間に、労働者の中核スキルの39%が変化する、または陳腐化すると予測しています。1
日本でも、経済産業省とIPAが2022年12月に策定した「デジタルスキル標準」は、生成AIなどの技術変化を受けて2023年、2024年に改訂され、2026年4月にはAX(AI Transformation)やデータマネジメントを反映したver.2.0へ更新されています。2
国が作るスキル標準ですら、数年単位で書き換えられています。
そう考えると、「学校を卒業して、一度身につけた専門知識で40年間働く」というキャリアモデルには無理があります。
では、毎年流行を追いかけ、常に最新技術へ飛びつけばよいのでしょうか。
それも現実的ではありません。
仕事もあります。生活もあります。家族もできます。すべての技術変化へ即応し続けられる人ばかりではありません。
そこで本稿では、キャリアをもっとゲーム的に考えてみます。
5年ごとに、一度セーブする。
そして次の5年間を始めるとき、それまでの経験を持ったまま「強くてニューゲーム」を始めます。
転職してもしなくても構いません。
重要なのは、5年ごとに自分のキャリアを選び直すことです。
1. 「10年後」を考える前に、「次の5年」を考える
社会人になると、「10年後のキャリアを考えましょう」と言われることがあります。
もちろん長期的な方向性を考えることには意味があります。
しかし、10年前を振り返ってみると、その時点では現在の仕事環境を正確に想像できなかった人の方が多いはずです。
特に技術領域では、2年、3年で前提が動きます。
そこで、キャリアを3つの時間単位に分けて考えます。
| 時間軸 | 役割 | ゲームにたとえると |
|---|---|---|
| 1〜3年 | 社会や技術の変化へ小さく対応する | パッチアップデート |
| 5年 | スキル、仕事、会社、生活を再評価する | セーブポイント |
| 20〜25年 | 働き方そのものを再設計する | メジャーバージョンアップ |
新しいAIが登場したからといって、すぐ会社を辞める必要はありません。
一方で、10年間まったく同じ仕事を続けた後になって、「いつの間にか市場が変わっていた」と気づくのも危険です。
だから1〜3年では小さく学び、5年で大きく棚卸しします。
ここで重要なのは、5年ごとに転職するのではなく、5年ごとに転職しないことも含めて選び直すという点です。
- 今の会社に残る。
- 異動する。
- 転職する。
- リスキリングする。
- 副業を始める。
- 専門性を深める。
- マネジメントへ進む。
- いったん休む。
選択肢を並べた結果、「今の場所でもう5年経験を積む」が最善なら、それで構いません。
キャリアで怖いのは同じ会社にいることではありません。
選んで残ることと、何となく残ることが区別できなくなることです。
2. 15歳から5年刻みでセーブデータを作る
キャリア設計というと、就職後から考え始めるものと思われがちです。
しかし、社会やビジネスを意識し始める時期まで広げれば、15歳前後から考えてもよいでしょう。
もちろん、15歳で将来の職業を決める必要はありません。
むしろ逆です。
5年単位で考えるなら、一度の選択に人生全部を賭けなくてよくなります。
15〜20歳:世界を知る
この5年間では、職業を決めるより「どんな仕事が存在するのか」を知ります。
学校生活だけでは、社会に存在する仕事のごく一部しか見えません。
エンジニアという職種一つ取っても、アプリケーション開発、インフラ、セキュリティ、データ、AI、組み込みなど多くの領域があります。営業、企画、コンサルティング、研究、デザインなどとの境界領域もあります。
最初のセーブデータへ保存するのは、完成された専門性ではありません。
興味を持ったこと、得意だったこと、苦手だったこと、自分が面白いと思ったことです。
20〜25歳:自分というキャラクターを知る
実際に働き始めると、学生時代には分からなかった自分の特性が見えてきます。
-
人と調整する仕事が得意なのか。
-
一人で考える時間が必要なのか。
-
曖昧な問題を整理するのが好きなのか。
-
決まった手順を高い精度で回すのが得意なのか。
-
技術を突き詰めたいのか。
-
人を動かすことに興味があるのか。
最初の会社が自分に合っているかどうかも、この時期に初めて分かることがあります。
新卒時点で「一生の適職」を当てられなかったからといって、失敗ではありません。
この5年間は、仕事を覚えると同時に、自分の性能を測る期間と考えた方が使いやすいでしょう。
25〜30歳:一本目の武器を作る
5年ほど働けば、完全な初心者ではなくなります。
ここからは、自分の武器を意識します。
何でも少しできます、ではなく、
「この領域なら任せてもらえる」
というものを一本作ります。
開発でも、営業でも、設計でも、プロジェクト管理でも構いません。
そして30歳前後で、一度セーブデータを開きます。
今の仕事をあと5年続けると、何が身につくのか。
その能力は別の会社でも使えるのか。
自分が伸ばしたい方向と一致しているのか。
5年前には存在しなかった仕事や技術はないか。
ここで初めて、本格的な転職やリスキリングを検討してもよいでしょう。
30〜35歳:経験を組み合わせる
30代になると、単独のスキルだけではなく、経験同士の組み合わせが効き始めます。
例えば、以下のような形です。
- 営業×IT
- 経理×データ分析
- 人事×AI
- 開発×マネジメント
- 現場経験×コンサルティング
- デザイン×マーケティング
一つひとつは珍しくなくても、複数の経験が交差すると、自分固有の強みになっていきます。
ここから先は、経験値を増やすゲームから、持っている経験値を組み合わせるゲームへ少しずつ変わります。
3. 転職しても、レベル1には戻らない
転職をためらう理由の一つに、「今まで積み上げたものが無駄になるのではないか」という不安があります。
確かに、業界を大きく変えれば覚え直すことは増えます。
新しい会社では、その会社固有のルールも分かりません。
使ったことのない技術に触れれば、その分野では初心者になります。
しかし、人間のキャリアはゲームのニューゲームほど単純ではありません。
職場が変わっても持っていけるものがあります。
例えば次のようなものです。
- 人に説明する能力
- 問題を整理する能力
- 顧客との交渉経験
- トラブルの兆候を見つける感覚
- プロジェクトの進め方
- 失敗した経験
- 学習方法
- 業界知識
- 人脈
- 自分の得意不得意への理解
プログラミング言語が変わっても、設計経験まで消えるわけではありません。
業界が変わっても、顧客との折衝経験までゼロにはなりません。
役職が変わっても、人がどこで困るかを見抜く経験は残ります。
この状態を、本稿では「セーブデータの持ち越し」と呼びます。
ここで一つ、キャリアに対する見方を変えてみます。
25歳と50歳では、単に年齢が2倍違うわけではありません。
20代から仕事をしてきた人なら、その間には約25年分の仕事経験があります。
50歳の人が25歳の人より能力的に優れている、と言いたいわけではありません。新しい技術への知識なら若い人の方が詳しいこともありますし、個人差も非常に大きいでしょう。
しかし、25年間に遭遇した成功、失敗、判断、顧客、上司、部下、プロジェクト、トラブルといった経験は存在します。
その経験をうまく次の環境へ移植できれば、かなり強い状態から新しいことを始められます。
つまり、初心者には戻れても、新人には戻らない。
これがリスキリングを考えるうえで重要です。
40歳でAIを学び始めても、20歳のAI専攻学生と同じキャラクターになる必要はありません。
40歳までに培った営業、経営、設計、法務、製造、人事などの経験にAIを足せばよいのです。
これはリセットではありません。
既存のセーブデータへ新しい能力を追加する作業です。
4. 5年ごとに「残す・捨てる・足す・選ぶ」
では、実際に5年ごとのセーブポイントで何を確認すればよいのでしょうか。
複雑なキャリア診断をしなくても、四つに分ければ整理できます。
| 確認すること | 問い |
|---|---|
| 残す | 次の5年でも使える経験は何か |
| 捨てる | 昔は正しかったが、今は邪魔になっている常識は何か |
| 足す | 次の5年に必要になる知識・経験は何か |
| 選ぶ | それを得るために、どこで何をするか |
特に重要なのが「捨てる」です。
経験は基本的に資産ですが、成功体験だけは時として負債になります。
以前うまくいった方法を、
「自分はこれで成功した」
という理由だけで使い続けると、環境変化へ対応できなくなります。
持ち越すべきなのは、昔使っていたツールや手順そのものではありません。
その方法を選んだ理由や、問題を解決したときの判断力です。
経済産業省のデジタルスキル標準が分かりやすい例です。2022年にver.1.0が策定された後、生成AIの進展などを受けて2023年、2024年に改訂され、2026年にはAXやデータマネジメントを踏まえたver.2.0へ更新されました。2
「標準」でさえ固定されていません。
ならば、個人のスキルセットだけが20年間固定でよい理由もありません。
一方で、毎回すべてを捨てる必要もありません。
OSを再インストールするのではなく、アップデートする感覚に近いでしょう。
5. 75歳まで働け、という話ではない
ここまでを15歳から5年刻みで延ばすと、
15、20、25、30、35、40、45、50、55、60、65、70、75歳
という長い時間軸になります。
ここで誤解してはいけないのは、「75歳まで会社員として働こう」という話ではありません。
2026年現在、日本の高年齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保措置が事業主に義務付けられており、70歳までの就業機会確保については努力義務とされています。75歳定年が制度として決まっているわけではありません。3
本稿で75歳までを見る理由は、もっと単純です。
人生を長く眺めるためです。
仮に15歳から75歳までを考えれば60年間あります。
5年刻みなら12回です。
一度の進路選択、一度の就職、一度の転職で、残り60年を決めなくてよいことが分かります。
20歳で選択を間違えても、25歳で直せます。
30歳で市場が変わっても、35歳へ向けて学び直せます。
40歳で新技術が登場しても、それまでの経験へ追加できます。
50歳になれば、25歳のころにはなかった大量の経験があります。
60歳を過ぎれば、フルタイムの会社員ではなく、顧問、講師、副業、執筆、小規模事業、プロジェクト単位の仕事などへセーブデータを変換する選択肢も考えられます。
そして、途中で仕事をやめても構いません。
ゲームをクリアする条件は、最後まで会社員として働くことではありません。
自分が欲しい生活へ到達することです。
おわりに
キャリアという言葉には、どこか一本道の印象があります。
良い学校へ行き、良い会社へ入り、昇進しながら定年まで進む。
しかし、社会そのものが数年単位で変化するのであれば、一度描いた40年計画を守り続ける方が難しくなります。
だから、最初から完璧な人生設計を作らなくてもよいのだと思います。
5年だけ考えます。
その5年間で経験を積みます。
そして次のセーブポイントで確認します。
何を残すか。
何を捨てるか。
何を足すか。
次はどこへ行くか。
間違っていたら修正します。
新しい技術が出たらパッチを当てます。
会社を変えるなら、持ち出せる経験を持っていきます。
そして再び5年間プレイします。
人生には、本当の意味でのニューゲームはありません。
時間を巻き戻して20歳へ戻ることもできません。
しかし、これまでの経験を持ったまま、新しいことを始めることはできます。
若いうちは、そのセーブデータはまだ小さいでしょう。
それで構いません。
5年働けば5年分増えます。
さらに5年経てば、また増えます。
重要なのは、古いデータを抱えたまま同じゲームを続けることではありません。
経験を引き継ぎながら、何度でも新しいゲームを始めることです。
5年後に世の中がどうなっているかは、正確には分かりません。
だからこそ、5年後の正解を今決めるのではなく、5年後にも選び直せる自分を作っておく。
これから社会に出る人、社会人になって数年の人には、そのくらいのキャリア設計がちょうどよいのではないでしょうか。
参考
-
World Economic Forum, Future of Jobs Report 2025。2025〜2030年に労働者の中核スキルの39%が変化または陳腐化するとする企業調査。本稿における「5年でスキルを見直す」という時間軸の参考とした。(世界経済フォーラム) ↩
-
経済産業省「デジタルスキル標準 ver.2.0」。DSSは2022年12月のver.1.0策定後、2023年8月、2024年7月に改訂され、2026年4月にはAX、データマネジメント、AIガバナンス等を反映したver.2.0が公表されている。(経済産業省) ↩ ↩2
-
厚生労働省「高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~」。65歳までの雇用確保措置と、70歳までの就業機会確保に関する制度上の位置付けを確認した。70歳までの定年引上げそのものが義務化されているわけではない。(mhlw.go.jp)
::: ↩

