はじめに
「画像生成AIが進化すれば、絵師はいなくなる」
生成AIをめぐる議論では、たびたびこのような言葉を目にします。
実際、短い指示から高品質な画像を生成し、背景や構図を変更し、複数案を短時間で比較できるようになりました。従来はイラストレーターへ依頼していた画像の一部が、生成AIに置き換わる可能性はあります。
ただし、ここでは次の2つを分けて考える必要があります。
- イラストレーターという職業がなくなること
- イラストレーターが現在担当している仕事の一部がなくなること
この2つは同じではありません。
本稿では、写真、デジタルカメラ、スマートフォンの普及によって、画家や写真家の仕事がどのように変化したのかを確認します。そのうえで、生成AIによって代替されやすい仕事と、人間の価値が残りやすい仕事をタスク単位で整理します。
なお、「絵師」はイラストを描く人を指すインターネット上の呼称です。本稿では、職業や事業として扱う場合は「イラストレーター」と表記します。
1. 写真は画家を消したのか
写実の一部は写真へ移った
写真が普及する以前、人物や風景を視覚的に記録するには、画家による肖像画や風景画が重要な役割を担っていました。
写真の登場によって、現実の外観を比較的短時間で記録し、複製する手段が生まれました。写真は単なる記録技術にとどまらず、美術作品を広く伝える媒体としても普及しています。
米国のNational Gallery of Artは、19世紀の写真について、印象派を含む新しい美術表現へ影響を与えただけでなく、同時代美術に関する知識を広く流通させた媒体でもあったと説明しています。1
つまり、写真は画家の仕事をすべて奪ったのではなく、画家が担っていた「現実を記録する」という機能の一部を引き受けました。
印象派は写真だけから生まれたわけではない
ここで注意したいのは、「写真が登場したから印象派が生まれた」と単純化しないことです。
印象派の成立には、写真だけでなく、絵具や画材の進歩、都市生活の変化、日本美術からの影響、美術市場の発達、官展に依存しない展示活動など、複数の要因が関係しています。
1874年に開かれた最初の印象派展も、公式のサロンから独立して作品を発表しようとした画家たちの活動でした。会場は写真家ナダールが使用していたスタジオです。2
写真は印象派の構図や視点に影響を与えましたが、印象派を生んだ唯一の原因ではありません。
より重要なのは、写真によって絵画の価値が失われたのではなく、絵画が担う価値の範囲が広がったことです。
画家たちは、現実を正確に再現することだけでなく、次のような表現を追求するようになりました。
- 一瞬の光や色彩の変化
- 作者自身の感情や知覚
- 現実には存在しない構成
- 形、色、線そのものによる表現
- 夢や無意識の視覚化
抽象芸術は、現実を正確に描写する代わりに、形、色、線、身振りなどを表現手段として用います。3
シュルレアリスムも、自動記述、夢、無意識、偶然の組み合わせなど、写実とは異なる領域を開拓しました。4
技術によって既存の役割が代替されると、人間はその技術では表現しにくい領域へ進むことがあります。
2. スマートフォンは写真家を消したのか
写真の次に起きたのが、撮影技術の民主化です。
フィルムカメラからデジタルカメラへ移行し、さらにカメラがスマートフォンへ組み込まれました。現在では、多くの人が日常的に写真を撮影し、加工し、公開できます。
カメラを所有し、写真を撮影するだけであれば、専門家へ依頼する必要は大きく減りました。
それでも、写真家という職業はなくなっていません。
米国労働統計局は、写真家の雇用者数について、2024年の約15万1,200人から2034年には約15万4,000人になると予測しています。伸び率は10年間で2%と全職業平均を下回りますが、退職や転職に伴う補充を含め、年間平均約1万2,700件の雇用機会が見込まれています。5
同局は、スマートフォンで撮影できる写真の品質向上や、オンラインのストックフォトサービスが、プロの写真家に対する需要を弱める可能性も指摘しています。
その一方で、人物撮影や商業広告などでは、引き続き専門家の需要が残るとしています。
これは米国の統計であり、日本のイラストレーター市場へそのまま適用できるものではありません。ただし、技術の普及と職業の存続が同時に起こり得ることを示す事例にはなります。
スマートフォンが代替したのは、主に「写真を撮るために専門機材を操作する」という希少性です。
一方、次のような価値は残りました。
- 被写体の魅力を引き出す演出
- 光や構図の設計
- 撮影場所や時間帯の選定
- 一度しか起こらない瞬間の判断
- 広告やブランド戦略との整合
- 撮影対象者とのコミュニケーション
- 撮影結果に対する責任
カメラを持っていることと、依頼目的を満たす写真を撮れることは同じではありません。
画像生成AIについても、同じ構造が起きる可能性があります。
3. 置き換わるのは職業ではなくタスクである
国際労働機関が2025年に公表した生成AIと雇用に関する分析では、約3万件のタスクを基に職業への影響を評価しています。
その結果、世界の労働者の約4人に1人が、何らかの生成AIの影響を受ける職業に就いていると推計されました。一方で、人間による入力や判断が引き続き必要となるため、多くの職業は消滅するよりも変容する可能性が高いとしています。6
画像、音声、動画を生成する能力の向上により、メディアやWeb関連職種の一部では自動化可能性が高まっています。
しかし、ここで評価されているのは、職業名そのものではなく、その職業を構成するタスクです。
イラストレーターの仕事も、次の3層に分けると影響を整理しやすくなります。
| 層 | 主な業務 | AIによる影響 | 人間側の差別化要因 |
|---|---|---|---|
| 制作作業 | ラフ案、背景案、色違い、サイズ展開、簡易素材 | 代替されやすい | 速度、品質管理、修正能力 |
| 設計・統合 | アートディレクション、キャラクター統一、構図設計、仕様調整 | AIによる支援が進みやすい | 文脈理解、判断、整合性、説明責任 |
| 作家・関係性 | 世界観、物語、作家性、顧客との対話、ファンとの関係 | 短期的には代替されにくい | 信頼、評判、体験、継続性 |
制作作業は価格競争になりやすい
目的や構図が明確で、成果物の良し悪しを短時間で判定できる仕事は、自動化との相性がよい領域です。
例えば、次のような仕事です。
- 一般的な人物アイコン
- 記事内容を抽象的に表した見出し画像
- 背景や小物のバリエーション
- 広告素材のサイズ違い
- 既存のデザインに沿った量産素材
- 仮置き用のラフ画像
これらは、誰が作っても成果物の差が小さくなりやすく、発注者も低価格と短納期を優先しやすい領域です。
生成AIによって厳しくなるのは、イラストレーターという職業全体ではなく、要件が定型化され、差別化しにくい制作作業だと考えられます。
設計と統合はAIを使う側に回る
画像が生成できても、制作物として完成するとは限りません。
同一人物を複数の場面で描けば、顔、衣服、体格、年齢、持ち物などが変化することがあります。広告であれば、ブランドガイドライン、商品仕様、文字を配置する余白、法令、媒体ごとの入稿条件も考慮しなければなりません。
AIが案を作り、人間が次の処理を担う形が考えられます。
- 目的と対象読者を定義する
- 表現方針を決める
- 出力を比較し、採否を判断する
- 不自然な部分を修正する
- 複数の素材を統合する
- 権利やブランド上のリスクを確認する
- 最終成果物に責任を持つ
この層では、AIは競合というよりも制作工程を高速化する道具になります。
作家性も無条件に安全ではない
「作家性があればAIに負けない」という説明も、楽観的すぎます。
特徴的な画風や構図は、画像生成AIによって表面的に模倣される可能性があります。作品数が増えれば、既存作家に似た表現が市場へ大量に供給されることも考えられます。
そのため、作家性を単なる描画スタイルとして捉えるのは危険です。
今後の作家性には、次のような要素も含まれます。
- 何を描くかという問題意識
- 作品同士をつなぐ物語
- 制作の背景や経験
- 発表方法やコミュニティ
- 過去作品からの継続性
- 作者本人との関係
- 依頼者と共同で作り上げる過程
「この絵柄が欲しい」だけであれば、AIで近い画像を作れる可能性があります。
一方、「この人が何を考え、どのような過程で描いた作品なのか」まで含めた価値は、単一の画像ファイルだけでは代替できません。
4. 「この人に描いてほしい」は経済的な価値になる
「この人に描いてほしい」という感情は、精神論やファン心理だけではありません。
米国労働統計局は、画家やイラストレーターを含む芸術家の仕事として、作品の制作だけでなく、次のような業務を挙げています。7
- 新しい表現や制作方法を考える
- 構図、色彩、空間、遠近法を使い分ける
- 自身のスタイルを示すポートフォリオを作る
- 顧客や画廊などと関係を構築する
- 評判を形成する
- 継続的に新しいアイデアを開発する
つまり、プロのイラストレーターが販売しているのは、描画作業だけではありません。
依頼者は、次のようなものも購入しています。
- 要望を理解してもらえること
- 必要な修正へ対応してもらえること
- 納期や仕様が守られること
- ブランドや作品を継続して任せられること
- 問題が発生した際に説明してもらえること
- 権利関係を含めて安心して利用できること
生成AIには、契約上の責任を負わせることはできません。最終的には、AIを利用した人や事業者が判断と責任を引き受けます。
人間の創作的な関与は著作権上も重要になる
文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」では、AI生成物が著作物に該当するかどうかは、個々の生成物について、人間による創作的な寄与を含めて個別に判断すると整理されています。8
詳細なプロンプトであっても、それが単なるアイデアの提示にとどまる場合は、創作的寄与として評価されない可能性があります。
また、生成回数が多いことや、複数の画像から単純に1枚を選んだことだけで、直ちに著作物性が認められるわけではありません。
一方で、人間が生成結果を確認しながら具体的な指示を修正した場合や、創作的な加筆・修正を行った部分については、著作物性が認められる可能性があります。
米国著作権局も2025年の報告で、単なるプロンプトの入力だけではなく、人間が表現要素を決定した場合や、生成物を創作的に配置・修正した場合には、著作権による保護が成立し得ると整理しています。9
ただし、米国と日本では法制度が異なります。また、日本の文化庁資料も、個別事件に対する確定的な法的判断を示すものではありません。
重要なのは、AIを使ったかどうかという二択ではなく、人間が制作工程のどこで具体的な判断と創作を行ったかです。
制作過程を記録する価値が高まる
AIを業務利用する場合、完成画像だけでなく、制作過程も管理対象になります。
例えば、次の情報を記録します。
- 利用したAIサービスとモデル
- 入力した指示や参照素材
- 生成日時
- 採用した画像と不採用画像
- 人間が修正した箇所
- 使用した素材の出典とライセンス
- 顧客との合意内容
- AI利用の開示範囲
顧客の未公開情報やNDA対象の資料を外部AIサービスへ入力すると、契約やサービス設定によっては情報管理上の問題が発生する可能性があります。
業務利用では、サービスの利用規約、入力データの保存条件、学習利用の有無、商用利用条件、権利侵害時の責任分担を事前に確認する必要があります。
「どのように作ったか」を説明できること自体が、プロフェッショナルとしての差別化要因になります。
5. イラストレーターはどう動くべきか
生成AI時代の対応は、全員が同じである必要はありません。
AIを積極的に使う人もいれば、使用しないことを価値として提示する人もいます。重要なのは、自分がどの価値を提供するかを明確にすることです。
1. 定型作業と創作判断を分離する
まず、自分の制作工程をタスクへ分解します。
AIや自動化へ任せられる作業と、人間が判断すべき作業を区別します。
例えば、次のように整理できます。
- 資料収集や構図案の洗い出しはAIで補助する
- 表現方針と最終構図は人間が決定する
- 背景案や配色案は複数生成する
- キャラクターの設定や感情表現は人間が統制する
- 入稿仕様や権利確認は人間が検証する
制作時間を短縮できれば、単価を下げるのではなく、ヒアリング、企画、品質管理へ時間を振り替えることもできます。
2. 「描ける」から「設計できる」へ進む
今後は、1枚の絵を上手に描けることに加えて、複数の制作物を一貫した世界観へ統合する能力が重要になります。
- キャラクターデザイン
- 世界観設定
- シリーズ全体のトーン管理
- 映像、Web、印刷物への展開
- 他のクリエイターとの連携
- ブランドガイドラインの策定
画像生成AIが大量の案を作れるようになるほど、どの案を選び、何を削り、どこへ向かわせるかという編集能力の価値が高まります。
3. AIを使わない場合も、理由を価値に変える
AIを使用しない方針も、十分に成立し得ます。
ただし、単に「AIを使っていません」と述べるだけでは、顧客にとっての価値が伝わらない場合があります。
例えば、次のように具体化します。
- 手描きの原画を納品できる
- 制作工程を公開できる
- 作家本人による一点物である
- 特定の画材や技法に専門性がある
- ライブ制作や展示体験を提供できる
- 学習利用やデータ入力に関する懸念を避けられる
非AIであることを、品質、希少性、証明可能性、体験価値と結び付ける必要があります。
4. 「この人に頼む理由」を蓄積する
AIによって画像の供給量が増えるほど、発注者は誰へ依頼すべきか判断しにくくなります。
そのため、過去作品だけでなく、次の情報も資産になります。
- 得意分野
- 制作意図
- 顧客との仕事の進め方
- 修正対応の方針
- 納期や品質に対する実績
- 権利とAI利用に関する方針
- 継続案件での一貫性
画像の品質だけでは差が付きにくくなったとき、信頼できる制作主体であることが選定理由になります。
おわりに
「AIで絵師はいなくなる」という予測は、職業とタスクを混同しています。
写真は画家の仕事の一部を置き換えましたが、画家そのものを消滅させませんでした。デジタルカメラやスマートフォンは撮影を民主化しましたが、写真家の仕事も残っています。
ただし、過去の職業が残ったからといって、すべてのイラストレーターが現在と同じ仕事、同じ単価、同じ人数で生き残れるとは限りません。
生成AIによって大きな影響を受けるのは、次の条件を満たす仕事です。
- 要件が定型化されている
- 誰が作っても差が出にくい
- 大量生産が求められる
- 成果物だけで評価できる
- 修正や説明責任が小さい
反対に、企画、設計、対話、継続性、責任、作家性が求められる仕事では、人間の役割が残りやすいと考えられます。
新しい表現へ進む人もいます。
AIを制作道具として取り込む人もいます。
現在の技法をさらに磨き、手仕事や一点物の価値を高める人もいます。
職業の形は変わります。しかし、イラストレーターが提供する価値まで、すべて画像生成AIへ吸収されるわけではありません。
これから必要なのは、「AIに勝てる絵」を考えることではなく、「なぜ自分に依頼するのか」を設計することです。
参考
-
National Gallery of Art, Birth of Impressionism Explored in Exhibition at Musée d'Orsay and National Gallery of Art, Washington — 写真が印象派と美術知識の流通へ与えた影響 ↩
-
Musée d'Orsay, Paris 1874: Inventing Impressionism — 1874年の印象派展と当時の社会・美術制度 ↩
-
Tate, Abstract art — 抽象芸術の定義 ↩
-
The Museum of Modern Art, Surrealism — シュルレアリスムの技法と表現 ↩
-
U.S. Bureau of Labor Statistics, Photographers — 写真家の雇用見通し、スマートフォンとストックフォトの影響 ↩
-
International Labour Organization, Generative AI and jobs: A 2025 update — 生成AIによる職業・タスクへの影響 ↩
-
U.S. Bureau of Labor Statistics, Craft and Fine Artists — 画家やイラストレーターを含む芸術家の業務、技能、雇用見通し ↩
-
文化庁「AIと著作権に関する考え方について」 — AI生成物に対する人間の創作的寄与、プロンプト、選択、加筆・修正の整理 ↩
-
U.S. Copyright Office, Copyright Office Releases Part 2 of Artificial Intelligence Report — 生成AIを用いた作品における人間の創作性と著作権保護 ↩
