はじめに:AIが「公式な歌」を作る時代になった
三重県桑名市の小中一貫校「多度学園」で、AIを活用して校歌が作られたというニュースが出ました。桑名市はこの校歌を、全国初の「AI共創校歌」と説明しています。子どもたちや地域住民から募ったキーワードをAIが歌詞化し、小中学生らがAIで生成したメロディ候補を選び、編集するワークショップを経て完成したものです。1
ここで面白いのは、単に「AIが曲を作った」ことではありません。
校歌は、学校にとってかなり重い公式表現です。入学式、卒業式、地域行事で歌われ、卒業生の記憶にも残ります。企業のテーマソングや自治体イベントのイメージソングよりも、共同体の象徴に近い存在です。
つまり、AI校歌のニュースは、生成AIがクリエイティブに使われたという話だけではありません。 AIが公式な表現にどこまで関わってよいのか という問いを投げています。
この記事では、AIで公式な歌を制作した実例を整理しながら、評価が分かれるポイントを考えます。
先に結論を言うと、評価を分けるのは「AIを使ったかどうか」ではありません。重要なのは、次の三つです。
- 誰の記憶や価値観を歌に入れたのか
- AIがどの工程まで担当したのか
- 人間がどこで責任を持って選び、直し、公表したのか
1. AI校歌の特徴は「自動生成」ではなく「共創」にある
多度学園の校歌制作は、ボタン一つでAIが完成曲を出した、という話ではありません。
桑名市の説明では、地域住民や子どもたちから募ったキーワードをAIが歌詞化し、小中学生らが生成メロディ40候補を選出・編集したとされています。完成までの過程では、校歌企画会議、歌詞案の決定、作曲授業、人の手による音楽的観点からの修正を経ています。1
理化学研究所の説明を見ると、さらに工程が細かく分かります。子どもたちが作った40曲を1小節ずつに分割し、それらを素材として組み合わせ、AIで歌詞への適合度を測って100通りのメロディを選出。その後、東京藝術大学の協力で候補曲を4曲にし、小室哲哉氏らが参加した選曲ミーティングで1曲を決めています。2
この事例を「AIが校歌を作った」とだけ言うと、実態を少し見誤ります。
むしろ近いのは、次のような制作です。
- 地域と子どもたちが材料を出す
- AIが大量の候補を出す
- 専門家が音楽として整える
- 関係者が公式な歌として選ぶ
つまり、AIは作曲家の完全な代替というより、候補生成と探索のための道具として使われています。
理研の担当者も、2024年時点で「AIで自動生成といっても、ボタン一つで曲ができ上がるわけではありません」と説明しています。大部分はAIが生成しても、細かいチューニングをして芸術性を上げるのは人間の仕事、という見方です。3
ここが、多度学園のAI校歌が比較的受け入れられやすい理由だと思います。主役がAIではなく、地域、子ども、専門家の参加プロセスになっているからです。
2. 公式ソングでAIを使った実例
AIを使った公式な歌は、校歌以外にも少しずつ出てきています。ここでは、公開情報で確認できる範囲の代表例を見ます。
2-1. 多度学園のAI共創校歌
多度学園の校歌は、学校という公式な場で使われる歌です。特徴は、AIが関わっている一方で、地域参加と人間の編集がかなり厚いことです。
理研、iU、B Labの共同研究「超校歌」では、AI技術を用いて、価値観が多様化する時代にふさわしい校歌のあり方を検討すると説明されています。プロジェクト自体も、単なる楽曲制作ではなく、校歌という文化をAI時代にどう再設計するかという研究色が強いものです。4
ここでのAIは、公式表現を奪う存在というより、関係者が歌づくりに参加するための支援システムに近いと言えます。
2-2. 宮城県・全国育樹祭のイメージソング
宮城県は、2025年の知事記者会見で、第48回全国育樹祭のイメージソング「緑のたましい」を発表しました。会見では、歌詞をChatGPTで作成し、音楽制作AIのSunoで歌を制作したと説明されています。音楽も歌声もAIで作ったもので、あえて手を加えていないとも述べています。5
これは多度学園とは対照的です。
多度学園は、子どもたち、地域、研究者、音楽専門家が関わる「共創型」です。一方、宮城県のイメージソングは、県のウェブサイトの情報をChatGPTに入れ、Sunoで曲にした、かなり短時間の「生成型」です。知事は制作時間を15分ほどと説明しています。5
この手軽さは、生成AIの強みです。予算や時間を大きくかけず、イベントの認知を広げる話題を作れます。
ただし、公式イベントの歌として使う場合、権利確認や利用条件の説明は重くなります。会見でも、Sunoの無料アカウントで作ったため非商用利用として使う、類似曲チェックを行った、といった説明がされています。5
ここから見えるのは、AIで作ること自体よりも、確認プロセスの重要性です。 公式利用に耐える確認プロセスを持てるか が問われます。
2-3. 横須賀市の自治体AI活用マガジンのテーマソング
横須賀市生成AI推進チームが運営する「自治体AI活用マガジン」では、2023年にChatGPTとSuno AIを使ってテーマソングを作った記事が公開されています。歌詞をChatGPTで作り、曲調を指定してSuno AIで楽曲を作る流れです。6
この事例は、公式な市歌や校歌のような重い位置づけではありません。自治体の情報発信チームが、生成AIの可能性を紹介するためにテーマソングを作ってみた、という実験に近いものです。
そのぶん、受け止め方も軽くなります。読み手は「自治体もこんな使い方を試しているのか」と受け取れます。公式な恒久利用というより、生成AIの体験共有として成立しているからです。
3. 評価は「AIの関与度」で変わる
AI音楽への評価は、かなり割れます。
同じ「AIで作った歌」でも、好意的に見られることもあれば、手抜き、権利侵害、クリエイター軽視と受け取られることもあります。その違いは、AIがどこまで関わったかで整理すると見えやすくなります。
レベル1:発想や言葉の整理にAIを使う
この段階では、AIは壁打ち相手です。
たとえば、校歌に入れたい地域名、理念、季節感、学校の特徴を整理する。歌詞の方向性を複数案出す。言葉の重複を減らす。こうした用途です。
この使い方は、比較的受け入れられやすいはずです。最終的な表現を人間が書き、選び、直すなら、AIは制作補助にとどまります。
記事、企画書、スピーチ原稿でAIを使うのと近い位置づけです。
レベル2:歌詞やメロディの候補をAIが出す
多度学園の校歌は、この段階に近いです。
AIが候補を出しますが、人間が材料を与え、参加者が選び、専門家が整えます。AIの関与は大きいものの、公式表現としての責任は人間側に残ります。
この形の強みは、参加型の制作にしやすいことです。
通常、校歌づくりは専門家に委託することが多く、子どもたちが作曲工程に深く関わるのは簡単ではありません。しかしAIを使うと、音楽経験が少ない人でも候補づくりに参加できます。
ここでは、AIの価値は「安く作る」ことだけではありません。制作過程を開くことにあります。
レベル3:完成音源までAIが作る
宮城県の全国育樹祭イメージソングは、この段階に近いです。歌詞、作曲、歌声までAIで作り、完成音源として使う形です。5
この形は、スピードとコスト面では強いです。イベント告知、SNS向けの短期キャンペーン、内部向けの軽いテーマソングなら、かなり有効でしょう。
一方で、公式性が高いほど説明責任が重くなります。
- なぜ人間の作曲家に依頼しなかったのか
- 利用規約上、商用・非商用の扱いは問題ないのか
- 既存曲や既存歌詞との類似確認をしたのか
- AIの歌声が誰かの声に似ていないか
- 著作権が発生するのか、誰が管理するのか
このあたりを曖昧にしたまま「AIでできました」と出すと、便利さより不安が前に出ます。
レベル4:人間の声や作風を再現する
ここからは、かなり慎重に扱うべき領域です。
特定の歌手、声優、作曲家、バンドのように聞こえるものをAIで作ると、著作権、パブリシティ、人格的利益、ブランド毀損の問題が一気に出てきます。
海外では、RIAAがSunoとUdioに対して、著作権で保護されたサウンドレコーディングを無許諾でAIモデルの訓練に使ったとして訴訟を起こしています。RIAAは、許諾や対価なく人間の創作物を利用することが、音楽市場やクリエイターの生活を脅かすと主張しています。7
公式ソングでこの領域に踏み込むメリットは、ほとんどありません。
「有名アーティスト風に」「あの声っぽく」は、短期的には目を引きます。しかし、公式な歌としてはリスクのほうが大きい。学校、自治体、企業が使うなら、避けるべきです。
4. 公式な歌ほど、AIの透明性が問われる
AI音楽の評価が分かれる理由は、作品の出来だけではありません。
特に校歌、社歌、市歌、イベントソングのような公式な歌では、次のような感情が絡みます。
- 自分たちの歌なのか
- 誰かが手間をかけて作ってくれたのか
- 地域や組織の記憶が入っているのか
- ただ安く済ませただけではないのか
- クリエイターの仕事を奪っていないか
だから、AI利用を隠すよりも、どの工程で使ったかを説明したほうがよいと思います。
多度学園の事例が興味深いのは、AIを前面に出しつつ、同時に人間の参加も見えることです。地域住民や子どもたちがキーワードを出し、児童生徒が作曲授業に参加し、専門家が候補を整えています。これなら「AIに丸投げした歌」ではなく、「AIを使ってみんなで作った歌」と説明できます。
逆に、完成音源までAIで作る場合は、透明性の要求が上がります。
宮城県の会見では、ChatGPTとSunoを使ったこと、AIの歌声であること、無料アカウントの利用条件、類似確認の方法まで説明しています。5 その説明が十分かどうかは別として、公式利用ではこの種の説明が必要になる、という実例になっています。
5. 著作権で見ると「人間の創作的寄与」が焦点になる
AIで公式ソングを作るとき、避けて通れないのが著作権です。
文化庁は、AIと著作権について、令和6年3月に「AIと著作権に関する考え方について」を取りまとめています。文化庁のページでは、生成AIと著作権の関係に関する懸念に対応するため、判例や裁判例の蓄積がない現状を踏まえて考え方を整理した、と説明されています。8
実務上、特に見ておきたいのは次の二つです。
一つ目は、生成物が既存の著作物に似ていないかです。AIで作ったから安全、とは言えません。既存曲や既存歌詞と類似し、依拠が問題になれば、著作権侵害の議論になります。
二つ目は、その歌を誰の著作物として扱えるのかです。人間がAIを道具として使い、創作意図と創作的寄与が認められる場合は、人間の著作物として評価される余地があります。一方、AIが自律的に出したものをほぼそのまま使う場合、人間の著作物として守られるかは弱くなります。
これは、公式ソングではかなり重要です。
なぜなら、公式な歌は一度作ると長く使われるからです。校歌なら数十年使う可能性があります。社歌や自治体ソングも、動画、式典、配信、印刷物、広報素材に展開されます。
作る瞬間だけでなく、後から安心して使い続けられるかを見なければいけません。
6. では、AI公式ソングはどう作るのがよいのか
公式な歌にAIを使うなら、私は次の整理が現実的だと思います。
校歌・市歌・社歌のように長く残る歌
AIは、発想、候補生成、参加型ワークショップに使うのがよいです。
ただし、最終的な歌詞、メロディ、編曲、歌唱、権利整理は人間が責任を持つ。ここを外すと、後から「これは誰の歌なのか」という問題が出ます。
多度学園のように、地域や子どもたちの参加プロセスを設計できるなら、AI利用はむしろ価値になります。AIを使うことで、専門家だけの制作から、関係者が関わる制作へ広げられるからです。
イベントやキャンペーンの短期ソング
AIで完成音源まで作る選択肢はあります。
ただし、利用規約、商用利用可否、クレジット表記、類似確認、公開範囲を事前に確認する必要があります。無料ツールで作った音源を、公式動画、広告、配信、会場BGMに使う場合は、特に注意が必要です。
短期利用なら、AIのスピードは大きな武器になります。宮城県の事例のように、話題化や気運醸成を目的にするなら、AIで作ったこと自体が広報テーマにもなります。
有名人風・既存曲風の歌
公式用途では避けるべきです。
「誰々風」「あの曲風」「この声に似せて」は、プロンプトとしては簡単でも、公式利用では説明が難しくなります。仮に法的に直ちにアウトでない場面があったとしても、組織の信用を賭けてやることではありません。
生成AIの面白さは、他人の創作物に近づけることではなく、自分たちの言葉や記憶を新しい形に変換するところに置いたほうがよいです。
7. AI校歌が示した本当の論点
AI校歌のニュースを見て、「ついに校歌までAIか」と驚くのは自然です。
ただ、もう少し丁寧に見ると、論点はAIが校歌を作れるかではありません。
本当の論点は、参加の設計です。 公式な表現を作るプロセスに、誰を参加させるのか が問われます。
従来の校歌制作では、専門家が作詞作曲し、学校側が確認する形が中心でした。それはそれで質を担保しやすい方法です。一方で、子どもたちや地域住民が制作過程に深く関わる余地は限られます。
AIを使うと、候補を大量に出せます。音楽経験がない人も、言葉やメロディ選びに参加できます。専門家は、ゼロから作るだけでなく、出てきた候補を評価し、整え、意味づける役割を担えます。
これは、音楽制作の民主化と言ってもよいかもしれません。
ただし、民主化と手抜きは紙一重です。
関係者の思いを拾い、AIの出力を選び、整え、権利を確認し、公式な歌として責任を持つなら、AIは強力な道具になります。逆に、安く早く済ませるためにAIへ丸投げすると、歌はできても、納得感は残りません。
AI校歌が示したのは、生成AIが人間の創作を置き換える未来というより、創作に参加できる人の範囲を広げる未来です。
公式な歌で大事なのは、誰が作ったかだけではありません。
誰のために、誰の言葉を入れて、誰が責任を持って歌い継ぐのか。
AI時代の校歌や公式ソングは、そこを問われるようになっていくと思います。
おわりに
AIで歌を作ること自体は、もう珍しくありません。ChatGPTで歌詞を作り、Sunoのような音楽生成AIで曲にすれば、数分でそれらしい音源ができます。
けれども、公式な歌はそれだけでは足りません。
校歌、社歌、市歌、イベントソングは、組織や地域の顔になります。だからこそ、AIを使うなら、安さや速さだけでなく、参加、透明性、権利確認、人間の責任まで含めて設計する必要があります。
AI校歌の価値は、「AIが校歌を作った」ことではありません。
AIを使って、みんなで校歌を作る道が見えたことにあります。
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桑名市「日本初!AIとつくる多度学園の校歌完成!」 ↩ ↩2
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理化学研究所「研究紹介映像『AIと多度のみんなで作る校歌の記録』を公開しました」 ↩
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理化学研究所「人間とAIが共創する『校歌』の未来形とは?」 ↩
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B Lab「超校歌 AIがつくるみんなの校歌」 ↩
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自治体AI活用マガジン(運営:横須賀市)「話題のSunoAIで自治体AI活用マガジンのテーマソングを作ってみた」 ↩
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RIAA「Record Companies Bring Landmark Cases for Responsible AI Against Suno and Udio in Boston and New York Federal Courts, Respectively」 ↩
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文化庁「AIと著作権について」 ↩
