はじめに
近年の大型インフラ入札では、受注後に撤退や頓挫が起きる事例が目立ちます。
例を挙げると、三菱商事は、秋田×2・千葉×1の計3海域で進めていた洋上風力について、2025/08/27に開発中止を公表しました。背景として、物価上昇・円安・金利上昇・供給網の混乱により、入札時のコスト・スケジュール・収入の前提が崩れたことを挙げています。(三菱商事)
一方、太陽光パネルのリサイクルは制度整備が進むものの、現状では回収・物流・処理の費用が再資源の売却価値を上回りやすいという構造的な課題があり、廃棄ピークは2030年代後半と見込まれています。また、太陽光パネル再利用の義務化を政府が断念したとの報道もありました。(環境省、共同通信)
大阪・関西万博では予算執行の監視委員会により資料が公開され、計画当初には1,850億円だった建設予算が2,350億円に増額、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会では、招致時の約7,340億円から会計検査院の報告で3兆円超に膨らんだとしています。ここから得られる示唆は、「どこまでを費用に含むか」という説明の枠組みを初期から固定し、定点で比較できるようにする重要性です。(経済産業省、会計検査院)
1.原因を分解してみる
1-1.仮説A:低価格で落札するほど、想定外の変化に弱くなる
- 根拠:三菱商事の撤退は、資材価格の上昇・円安・金利上昇・供給網の混乱で原価・工期・収入見込みが崩れ、実行可能な計画を組めないと判断したため。予定外のコスト増に耐える調整条項や価格見直しの入口が不足していると、採算割れがそのまま撤退に直結しやすい。(三菱商事)
- 再検証:入札段階で材料指数・為替・金利・工期の感度表を提出させ、一定以上の乖離で価格を見直す条項を標準搭載できていたか。
1-2.仮説B:事前の調整に時間がかかるほど、金利負担とコストは膨らむ
- 根拠:洋上風力は漁業との調整・送電系統の接続・環境影響などの前提整備が難しく、遅延=金利負担増+原価上振れに直結しやすい。これに対応するため、政府はセントラル方式(国・自治体がサイト調査・系統確保・環境手続などを事前に集約する仕組み)を整理している。(経済産業省)
- 再検証:前倒し調査パッケージを応札条件として十分な粒度で提供し、定期更新できていたか。
1-3.仮説C:スケールが効くまで“単価が下がらない”領域は採算が揺れやすい
- 根拠:太陽光パネルのリサイクルは、排出量の山(2030年代後半)まで時間があり、現時点では回収・選別・処理の単価が高くなりやすい。量の集約・品質統一・物流設計が整うまで、事業性の振れ幅が大きい。(環境省)
- 再検証:広域集約・拠点整備・規格統一により、単価逓減の道筋を描けているか。
2.なぜなぜで掘り下げ
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なぜ受注後に撤退・頓挫が起きるのか?
→ 物価上昇・円安・金利上昇・供給網の混乱でコストと工期が入札時の想定を上回り、採算割れになるから。 -
なぜ想定を上回ると致命的になるのか?
→ 価格の見直し条項ややめ方(退出手順)が弱いと、赤字のまま進めるか撤退の二択になりやすいから。 -
なぜ条項が弱くなりがちなのか?
→ 低価格での落札を優先し、リスクを見積もりに織り込む余地を削ってしまうため。 -
なぜ発注側で制御しにくいのか?
→ 事前調査・系統確保・環境手続などの共通前提の整備が遅れると、不確実性が各社にバラバラに残るから(セントラル方式で是正中)。(経済産業省) -
なぜ社会的な誤解が生まれるのか?
→ 費用の“含む/含まない”の定義が案件で違い、「当初より膨らんだ」の比較が難しいから(万博の監視資料・東京2020の最終報告は枠組みの手がかり)。(経済産業省)
3.契約・見積もり・制度の三位一体で現場で使う打ち手を考える
3-1.見積もりに“変化への耐性”を組み込む(受注側の実装)
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感度表の必須化:
材料指数・為替・金利・工期
を軸に±X%レンジで原価・工期の感度表を提出。 - 価格スライド条項:一定の乖離が出た場合に単価・工期・支払い条件を自動調整できる式と閾値を契約票に明記。
- 2系統の見積もり:通常条件と厳しめ条件(価格・為替・金利が悪化したケース)の2案で応札し、レンジで審査してもらう。
- ヘッジ計画の添付:為替や金利のヘッジ方針(先物・スワップ等)を見積書とセットで提出。
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略語の注釈:
- FIP(Feed-in Premium:市場価格に上乗せの支援方式。価格変動の影響は残る)
- FIT(Feed-in Tariff:固定価格での長期買取。投資回収は安定するが制度負担が増えやすい)
- EPC(Engineering, Procurement and Construction:設計・調達・建設を一括で請け負う契約)
3-2.不確実性を“前倒しで共通化”する(発注側・制度の実装)
- セントラル方式の徹底:サイト調査・系統確保・環境手続の共通パッケージを最新状態で公開し、応札前提にする。(経済産業省)
- 更新KPI:前提情報の更新頻度・粒度・確度を指標化し、四半期ごとに差分を開示。
- スコープ固定:建設・運営・関連インフラなどの費用の含む/含まないを初回から定義し、定点比較を可能にする(万博・東京2020の公開手順を参照)。(経済産業省)
- やめ方の設計:退出条件(コスト増・金利上振れ・遅延の閾値)、違約金の考え方、権利譲渡・再公募の手順をガイド化しておく。
3-3.実装チェックリスト(コピペ運用OK)
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入札必須の感度表(
材料指数・為替・金利・工期
)を用意した - 価格スライド条項と退出条項を契約票に書いた
- 2系統見積もり(通常/厳しめ)でレンジ審査に対応した
- セントラル方式の前提パッケージを最新版で参照し、残る不確実性を洗い出した
- 費用のスコープ定義を初回から固定し、四半期レビューで差分を説明した
おわりに
低価格での落札を狙うだけでは、物価・為替・金利・工期の変化で採算が崩れ、撤退になりかねません。
見積もりに耐性を組み込み(感度表・スライド・2案提示・ヘッジ)、共通前提を前倒しで整える(セントラル方式)、費用の範囲を固定して定点で比較する。この三位一体が、「当初予算より膨らんでも続ける」という歪みを正し、再発防止につながります。