はじめに
セキュリティ製品の進化を見ていると、少しずつ判断材料が増えてきたことが分かります。
昔ながらのアンチウイルスは、ウイルス定義ファイルやシグネチャをもとに「既知の悪意あるファイル」を見つけていました。
その後、EPP、EDR、XDR、SIEM、SOARと進み、端末の挙動、ログ、通信、ID、クラウド、メールなどを横断して見るようになりました。
では、Claude Mythosのような高性能AIがサイバー領域に入ってくると、次は何が起きるのでしょうか。
本稿の仮説は、次のとおりです。
セキュリティAIの次の進化は、「単体イベントの検知」ではなく、「脆弱性、構成、ログ、業務影響、攻撃可能性を複合的に判断する推論レイヤー」になる。
つまり、これからの防御AIは、単に「怪しい通信を見つける」だけでは足りません。
「この脆弱性は、本当に今すぐ直すべきなのか」
「このログは、単なる失敗アクセスなのか、攻撃の前兆なのか」
「この資産は、業務上どれだけ危ないのか」
まで判断する方向に進むはずです。
1. EPPは「既知の悪」を止める仕組みから始まった
まず、EPPから整理します。
EPPはEndpoint Protection Platformの略で、PCやサーバーなどのエンドポイントを保護するソフトウェア群を指します。NISTの用語集では、アンチウイルス、アンチスパイウェア、パーソナルファイアウォール、ホスト型IDS/IPSなどを含む、エンドユーザー端末を守るソフトウェア的な保護策として説明されています1。
昔ながらのアンチウイルスは、悪意あるファイルのパターン、ハッシュ、シグネチャなどをもとに検知していました。Microsoft Defender Antivirusでも、セキュリティインテリジェンス更新を定期的に取得し、最新のマルウェアや攻撃手法に対応する仕組みが用意されています2。
ただし、シグネチャ中心の検知には限界があります。
NIST SP 800-83でも、マルウェアがカスタマイズされると検知対象の種類が大きく増え、主にシグネチャベースの防御では追いつきにくくなることが指摘されています3。
整理すると、EPPの初期的な発想は次のようなものです。
| 観点 | 典型的なEPPの発想 |
|---|---|
| 主な対象 | 端末上のファイル、プロセス、マルウェア |
| 判断材料 | シグネチャ、定義ファイル、ハッシュ、既知IOC |
| 得意なこと | 既知のマルウェアを止める |
| 苦手なこと | 未知の攻撃、ファイルレス攻撃、正規ツール悪用 |
| 判断の性質 | 既知パターンとの照合が中心 |
もちろん、現在のEPPは単純なパターンマッチだけではありません。
ふるまい検知、機械学習、クラウドレピュテーション、攻撃面削減なども組み込まれています。
それでも、原点にあるのは「端末に来た悪いものを止める」という思想です。
2. EDRは「何が起きたか」を時系列で見るようになった
次にEDRです。
EDRはEndpoint Detection and Responseの略です。NISTの用語集では、エンドポイント上の不審な活動を検知・調査・対応するための技術として整理されています4。
EPPが「侵入前に止める」ことを重視するのに対して、EDRは「侵入後に何が起きているか」を見る色合いが強くなります。
Microsoft Defender for Endpointの説明でも、EDRは高度な攻撃検知をほぼリアルタイムで提供し、アナリストがアラートを優先順位付けし、侵害範囲を把握し、対応アクションを取れるようにするものと説明されています5。
EDRで重要なのは、単発のイベントではなく、プロセスツリーや時系列の流れです。
たとえば、次のような流れです。
メール添付ファイルを開く
↓
OfficeプロセスがPowerShellを起動する
↓
PowerShellが外部URLへ通信する
↓
不審なスクリプトを取得する
↓
資格情報を読み取ろうとする
↓
横展開を試みる
個々のイベントだけを見ると、すべてが即座に悪とは限りません。
PowerShellは正規ツールです。外部通信も業務で発生します。認証失敗も珍しくありません。
しかし、流れとして見ると攻撃に見えます。
Microsoft Defender for Endpointの「Behavioral blocking and containment」では、脅威がすでに開始されている場合でも、挙動やプロセスツリーにもとづいて脅威を識別・停止する機能が説明されています6。
つまりEDRは、EPPよりも少し上位の判断をしています。
| 観点 | EPP | EDR |
|---|---|---|
| 主な関心 | 悪いファイルを止める | 端末で何が起きたかを見る |
| 判断材料 | シグネチャ、ハッシュ、レピュテーション | プロセス、通信、ファイル操作、レジストリ、認証 |
| 時間軸 | 点の検知 | 時系列の検知 |
| 対応 | ブロック、隔離、削除 | 調査、端末隔離、封じ込め、復旧 |
| 判断の性質 | 既知パターン照合+ふるまい | ロジック、相関、ふるまい、機械学習 |
この時点で、すでに「ロジックだけ」とは言い切れません。
EDRには、ルール、ふるまい検知、機械学習、脅威インテリジェンス、アナリストの判断が重なっています。
Microsoftのクラウドセキュリティベンチマークでも、EDRはシグネチャの有無にかかわらず、ふるまい監視と機械学習によって悪意ある活動を識別すると説明されています7。
3. ただし、今の検知はまだ「証拠の束ね方」に限界がある
ここまで来ると、現在のEDRやXDRはかなり高度に見えます。
実際、高度です。
XDR、SIEM、SOAR、UEBA、CNAPP、CSPMなどは、すでに複数のログやイベントを束ねて判断しています。
たとえば、次のような情報を組み合わせます。
| データ源 | 見ているもの |
|---|---|
| EDR | 端末のプロセス、ファイル、通信、レジストリ |
| NDR | ネットワーク通信、DNS、HTTP、TLS、横展開 |
| IAM | ログイン、MFA、権限昇格、異常な場所からのアクセス |
| WAF | Webリクエスト、SQLインジェクション、XSS |
| Firewall | 通信許可・拒否、ポート、送信元・宛先 |
| SIEM | 各種ログの集約、相関分析 |
| CSPM | クラウド設定ミス、公開ストレージ、過剰権限 |
| 脆弱性管理 | CVE、CVSS、パッチ状況、資産情報 |
ここまで来ると、かなり「複合判断」に近づいています。
しかし、現場ではまだ限界があります。
限界1:ログの相関はできても、攻撃可能性の判断が弱い
たとえば、あるサーバーに重大なCVEがあるとします。
しかし、本当に危ないかどうかは、CVEの深刻度だけでは決まりません。
- 外部公開されているか
- 認証なしで到達できるか
- WAFで防げるか
- 攻撃コードが公開されているか
- 対象バージョンに本当に該当するか
- そのサーバーに重要データがあるか
- 侵害された場合に横展開できるか
- パッチ適用による業務影響がどれくらいあるか
これらを総合しないと、本当の優先順位は出ません。
限界2:検知ロジックは「後追い」になりやすい
EDRやSIEMのルールは、過去の攻撃手法、既知のTTP、既知のIOCをもとに作られることが多いです。
もちろん、未知の攻撃にも対応するためのふるまい検知や機械学習はあります。
それでも多くの場合、「こういう挙動は怪しい」という観測可能な現象に依存します。
攻撃者が正規ツールを使い、少しずつ権限を広げ、ログに残りにくい経路を使うと、判断が難しくなります。
限界3:業務文脈が足りない
セキュリティ製品は技術的には多くの情報を持っています。
しかし、次のような業務文脈までは、製品単体では持っていないことが多いです。
- このサーバーは決算処理に使う
- このAPIは取引先に公開している
- このバッチは月末だけ止められない
- この部署の端末は特権IDを扱う
- このシステムは監査対象である
- この端末の利用者は情シス管理者である
技術的なリスクと業務上の重要性がつながらないと、判断はぶれます。
つまり、現在のセキュリティ基盤は「証拠を集める」能力は上がっています。
一方で、「証拠をどう解釈し、どの順番で対処するか」は、まだ人間に強く依存しています。
4. Mythos型AIが入ると「脆弱性判断」が変わる
ここでClaude MythosのようなAIが出てきます。
AnthropicはProject Glasswingを通じて、Claude Mythos Previewを重要ソフトウェアの防御目的に限定して提供しています。公式資料では、Claude Mythos Previewは未公開のフロンティアモデルであり、ソフトウェア脆弱性の発見・悪用可能性の検証において、非常に高い能力を示したと説明されています8。
また、AnthropicのFrontier Red Teamは、Claude Mythos Previewが主要OSやブラウザなどでゼロデイ脆弱性を発見・悪用できる能力を示したと説明しています。ただし、一般提供はせず、防御目的に限定したProject Glasswingとして扱っています9。
OpenAIも同じ方向の取り組みをしています。Trusted Access for Cyberでは、本人確認・組織確認にもとづいて、確認済みの防御者に対してGPT-5.5のサイバー能力をより有用にする仕組みを説明しています10。
ここで重要なのは、AIが単に「ログを要約する」だけではないことです。
Mythos型AIが本当に効いてくるのは、次のような判断です。
このコードには脆弱性がある
↓
この脆弱性は現実に悪用できる可能性がある
↓
このシステムは外部公開されている
↓
この通信経路から到達できる
↓
このログには探索行動の兆候がある
↓
この資産は業務上重要である
↓
したがって、CVSSよりも高い優先度で直すべき
これは、従来の単純な脆弱性スキャンとは違います。
CVSSが高いから危ない、という話ではありません。
ログに出たから危ない、という話でもありません。
ファイアウォールで拒否されたから安全、という話でもありません。
コード、構成、経路、ログ、攻撃可能性、業務影響を合わせて判断するということです。
私は、このレイヤーを仮に「Cyber Risk Reasoning Layer」と呼びたいです。
Cyber Risk Reasoning Layerのイメージ
[資産情報]
サーバー、端末、クラウド、API、業務重要度
↓
[脆弱性情報]
CVE、SBOM、ライブラリ、パッチ状況
↓
[到達可能性]
FW、WAF、ルーティング、公開範囲、認証条件
↓
[観測ログ]
EDR、NDR、IAM、WAF、プロキシ、アプリログ
↓
[脅威情報]
攻撃コード、悪用状況、TTP、キャンペーン
↓
[AI推論]
悪用可能性、侵害可能性、業務影響、修正優先度
↓
[対応判断]
今すぐ遮断 / 監視強化 / パッチ適用 / 例外承認 / 経営報告
この構造になると、AIは単なるチャットボットではありません。
SOC、CSIRT、脆弱性管理、IT運用、開発、経営判断の間に入る「判断補助エンジン」になります。
5. すでに出ているものと、まだ空いている領域
ここで冷静に見ておきたいのは、「まったく新しい話ではない」という点です。
すでに近い製品や考え方はあります。
Microsoft Security Copilotは、Microsoft Sentinelのセキュリティデータを使ってインシデント分析やハンティングクエリ生成を支援すると説明されています11。Microsoft Defender XDR、Sentinel、Security Copilotの組み合わせは、すでにAIを使ったセキュリティ運用支援にかなり近い領域です。
既存のXDRやSIEMも、複数のイベントを相関分析します。
脆弱性管理製品も、CVSSだけでなく、資産重要度や悪用状況を加味する方向に進んでいます。
CNAPPやCSPMも、クラウド設定、権限、脆弱性、公開範囲をまとめて見ます。
そのため、「AIが複合的に判断するセキュリティシステム」は、すでに一部出ています。
ただし、まだ空いている領域があります。
それは、技術ログ、ソースコード、脆弱性、ネットワーク到達性、業務影響を、ひとつの説明可能な判断にまとめる領域です。
| 領域 | 現在の主な製品 | まだ不足しやすい部分 |
|---|---|---|
| EPP | 端末保護 | 業務影響までは見ない |
| EDR | 端末の挙動検知 | ネットワーク経路や資産文脈は限定的 |
| XDR | 複数領域の相関 | 深いコード脆弱性推論は限定的 |
| SIEM | ログ集約・相関 | ログの意味付けは人間依存が残る |
| CNAPP | クラウドリスク管理 | オンプレ・業務プロセスとの接続が課題 |
| 脆弱性管理 | CVE・パッチ管理 | 悪用可能性と業務影響の統合判断 |
| AIセキュリティ支援 | 要約・調査・クエリ生成 | 判断責任、監査、再現性の設計 |
この空白に入るのが、Mythos型の複合判断AIだと思います。
ただし、ここには大きなリスクもあります。
AIが「この脆弱性は危険です」と言ったとき、その根拠を人間が検証できなければなりません。
AIが「今すぐ遮断すべきです」と言ったとき、その業務影響を確認できなければなりません。
AIが「悪用可能です」と言ったとき、その説明が攻撃手順そのものになってしまう危険もあります。
つまり、Mythos型AIは強力ですが、そのまま自動実行させるには危険です。
必要なのは、次のような設計です。
| 設計要素 | 内容 |
|---|---|
| 根拠提示 | どのログ、どのコード、どの設定を根拠にしたか示す |
| 再現性 | 同じ入力に対して判断理由を追える |
| 権限分離 | 調査、提案、遮断、削除を別権限にする |
| Human in the Loop | 重要判断は人間承認を挟む |
| 監査証跡 | AIの判断、入力、出力、承認者を記録する |
| 情報制御 | 攻撃手順に直結する情報を不用意に出さない |
| 例外管理 | 業務都合で直せない場合のリスク受容を記録する |
このあたりを実装できる企業やベンダーには、かなり大きなチャンスがあるはずです。
おわりに
EPPは、既知の悪意あるファイルを止めるところから始まりました。
EDRは、端末上で何が起きたかを時系列で見るようになりました。
XDRやSIEMは、複数のログやイベントを横断して相関分析するようになりました。
そして次は、さらに上のレイヤーに進むと思います。
セキュリティAIは、検知ロジックから複合判断へ進む。
その複合判断とは、単に「アラートをまとめる」ことではありません。
- この脆弱性は本当に悪用可能か
- このシステムには外部から到達できるか
- このログは攻撃の前兆か
- この資産は業務上どれほど重要か
- 今すぐ遮断すべきか
- パッチを当てるべきか
- 監視強化で一時的に耐えられるか
- 経営に報告すべきレベルか
こうした判断を、AIが根拠付きで支援する世界です。
Claude MythosやOpenAIのTrusted Access for Cyberは、その入口に見えます。
ただし、完全自動化に飛びつくべきではありません。
むしろ大切なのは、AIに判断させることではなく、AIの判断を人間が検証できる形にすることです。
次に企業が考えるべきことは、単に「どのEDRを入れるか」ではありません。
自社のセキュリティ判断に必要なデータは、AIが読める形でつながっているか。
これが次の論点になります。
EPP、EDR、XDR、SIEM、脆弱性管理、資産管理、業務台帳。
それぞれがバラバラに存在しているだけでは、Mythos型AIの価値は出ません。
AIが強くなるほど、組織側には「判断材料を整える力」が求められます。
セキュリティの次の勝負は、AIモデルの賢さだけではありません。
AIが複合判断できるだけの文脈を、組織が持っているかです。
参考
-
NIST CSRC「Endpoint Protection Platform」 — EPPの定義の根拠 ↩
-
Microsoft Learn「Microsoft Defender Antivirus security intelligence and product updates」 — Defender Antivirusのセキュリティインテリジェンス更新の根拠 ↩
-
NIST SP 800-83 Rev.1「Guide to Malware Incident Prevention and Handling for Desktops and Laptops」 — シグネチャベース防御の限界に関する根拠 ↩
-
NIST CSRC「Endpoint Detection and Response」 — EDRの定義の根拠 ↩
-
Microsoft Learn「Overview of endpoint detection and response capabilities」 — Defender for EndpointにおけるEDR機能の根拠 ↩
-
Microsoft Learn「Behavioral blocking and containment」 — 挙動・プロセスツリーにもとづく検知と封じ込めの根拠 ↩
-
Microsoft Learn「Microsoft cloud security benchmark v2 - Endpoint Security」 — EDRのふるまい監視・機械学習に関する根拠 ↩
-
Anthropic「Project Glasswing: Securing critical software for the AI era」 — Claude Mythos PreviewとProject Glasswingの概要の根拠 ↩
-
Anthropic Frontier Red Team「Assessing Claude Mythos Preview’s cybersecurity capabilities」 — Claude Mythos Previewのサイバー能力評価の根拠 ↩
-
OpenAI「Scaling Trusted Access for Cyber with GPT-5.5 and GPT-5.5-Cyber」 — Trusted Access for CyberとGPT-5.5-Cyberの根拠 ↩
-
Microsoft Learn「Security Copilot with Microsoft Sentinel」 — SentinelとSecurity Copilotによるインシデント分析・ハンティング支援の根拠 ↩

