「とりあえずAIに聞いてみる」ではうまくいかない理由
正直に言うと、最初は「プロンプトエンジニアリング」という言葉を少し疑っていました。「AIに質問を打ち込む」ことに、わざわざ名前をつけているだけなのでは、と。ところが、会計監査の実務でAIツールを数週間本気で使い込んでみて、考えが変わりました。
多くの人が最初にぶつかる壁はこうです。「この財務諸表を要約して」とだけ入力し、当たり障りのない、あまり役に立たない回答が返ってきて、「AIは使えない」と結論づけてしまう。でも、問題はツールではなく、質問の仕方にあることがほとんどです。
新人スタッフに仕事を頼むのと同じ
たとえば、入社したばかりの新人に試算表を渡して「これで何かやっといて」とだけ伝えたら、どうなるでしょうか。おそらく期待した結果は返ってきません。誰向けなのか、どのくらいの詳しさが必要か、何に注意すべきか——具体的に伝える必要があります。
AIも基本的には同じです。ただし、あなたの会社やクライアントについての記憶は一切ありません。質問に空白があれば、AIはそこを自分なりの推測で埋めます。その推測が的外れなことも少なくなく、特に会計・財務の領域では、もっともらしく見える誤りが一番厄介です。
つまり本当に必要なスキルは、プロンプトを速く打つことではなく、初日の新人に仕事を説明するように、AIに文脈を渡すことです。
実際に効果があった工夫
魔法のような公式があるわけではありませんが、試行錯誤の中で効果を感じた工夫がいくつかあります。
役割を先に与える。 「あなたは固定資産台帳をレビューする監査シニアマネージャーです」と一言添えるだけで、返ってくる内容のトーンや深さが変わります。単純すぎるように見えて、意外と効きます。
データは説明せず、そのまま渡す。 試算表を扱うなら、実際の数字を貼り付けること。記憶で説明すると、AIはその隙間を自信満々に埋めてしまいます。
やってほしくないことも伝える。 「税務管轄を勝手に仮定せず、不明な場合は指摘してください」といった一言が、AIが黙って詳細をでっち上げるのを防ぎます。会計の世界では、もっともらしい誤答は、答えがないことより厄介です。
結論だけでなく、根拠も求める。 重要性の判断やリスクスコアリングなど、判断が絡む作業では、結論の前に理由を示すよう求めましょう。少し時間はかかりますが、検証可能な回答になります。
具体例で比較してみる
同じ依頼でも、書き方でこれだけ差が出ます。
弱いプロンプト:「監査の遅延についてメールを書いて」
強いプロンプト:「あなたは監査シニアで、クライアントのCFO宛にメールを書きます。棚卸資産のテストが、クライアント側のデータアクセスの問題により1週間遅れることを説明してください。150語以内で、相手を責めているように聞こえないようにし、最後に明確な次のステップを示してください」
前者は結局書き直すことになるメールです。後者は、そのまま送れるかもしれないメールです。同じモデル、同じツールでも、伝えた情報量だけで結果がまったく変わります。
日々の実務での使いどころ
これはメールの文面をきれいにするだけの話ではありません。実務では、スキャンした財務諸表から特定の項目だけを正確に抜き出す、繰り返し使うタスク用のプロンプトをテンプレート化して毎回ゼロから書かない、AIに自分の計算結果を検算させてから採用する、といった場面で効いてきます。
コーディングの知識は不要です。プログラミング言語を学ぶというより、精度の高いエンゲージメントレターを書けるようになる感覚に近く、練習を重ねることで身についていくスキルです。
結局のところ
いま会計・財務の分野でAIから本当に価値を引き出せている人たちは、必ずしも最新・最高性能のモデルを使っている人たちではありません。何を求めているかを具体的に言語化できる人たちです。これは、良い会計士がもともと持っているスキル——答えを探す前に、正しい問いを立てる力——とほぼ同じものだと思います。
もし実践してみたいなら、毎回書いているタスク(クライアントへのメール、差異分析のコメント、チェックリストなど)を一つ選び、プロンプトを4〜5通り書き換えて結果を比較してみてください。思ったより早くパターンが見えてくるはずです。
会計・監査・税務の現場でAIをどう活用するか、より詳しい実践例は Clarity With AI でも取り上げています。