はじめに
はじめまして!株式会社LITALICOでデザイナーをやっています@mrstchrです!
気づけば入社して4年。
ずっと、対象ユーザーが社内の事業所(LITALICOワークスでいう「センター」やLITALICOジュニアの「教室」)に限られる事業直結のSaaSプロダクトのデザイナーとしてお仕事してきました。
一般的なtoB SaaSとは違い、利用者は限定的で、かつ事業そのものと密接に結びついた領域です。
この仕事に求められてるのは、
「現場の業務効率を最大化すること」ではあるのですが、
「でも、単純に効率化を平たく整理するだけでいいのだろうか?」
という感覚に、何度も立ち止まらされます。
こうした迷いに直面するたび、
私は 「正解を探しているというより、判断の前提そのものが揺らいでいる」 感覚を持つようになりました。
効率化か、現場の裁量か。どちらかを選ぶ以前に、何を善いとするかの軸が定まっていない。
そんな状態でいた頃、たまたま聴いたラジオがきっかけで、仏教思想に触れました。
ブッダの考え方は想像以上に哲学的で、しかも驚くほどロジカル。(宗教の思想がすべてロジックであることに感銘受けたのは今でも覚えています)宗教というより、人間の迷いや判断を整理するための思考体系だと感じたのです。
「この問い方は、迷いを払拭する手助けになるのでは?」と思い、哲学そのものを学んでみようと手に取ったのが、飲茶さんの『史上最強の哲学史入門』でした。(めちゃ有名な本ですが笑)
哲学は初心者ですが、そこで語られる“前提を疑い、問い直す”という姿勢は、障害福祉のUXを考える仕事と不思議なほど重なっています。
ここからは、そんな哲学初心者が、福祉のUXに必要だと感じたことを書いていきます
1.技術だけでは語れない、障害福祉のUX
障害福祉×UXは、一般的なSaaSの改善とは前提がまったく違います。
効率化や自動化が価値になる場面ももちろんあるけれど、それがそのまま“正義”にはならない。
支援の現場には、「最も効率的な操作」よりも、「その人に合わせて考える余白」や「経験的判断を大切にする文化」が根づいています。
支援とは、人の生き方に関わる営みであり、これは完全に哲学的な領域と感じます。
だから、その支援を支えるプロダクトにも倫理や哲学の問いがつきまとうのは当然なのだと最近思うようになりました。
2. 効率化が“正解”ではない理由
ある教室に訪問したときのことです。
目の前には、棚いっぱいのファイル。
そこには“紙”に出力された様々記録が整然と並んでいました。
私は「紙運用は非効率だからWeb化した方がよい」という前提を、当然のように握っていました。
でも現場の方は、
「紙だとパッと取り出せるし、一覧性があって、ある程度満足してるんですよね」と淡々。
さらに話を聞くと、
スプレッドシートでの運用に慣れていて、
「Webアプリだとどうしても操作の段取りが増えて、スプシのようなスピード感が出ない」とのこと。
極めつけは、
「アルゴリズムに沿った評価より、児発管や指導員それぞれの“感覚的な判断”を織り込んだ方が、その子に合った支援になる場面が多い」
という話。
この瞬間、
「なにを『改善』と呼ぶのか?」
という問いが、私の中で大きく揺れた時間でした。
生成AIを組み合わせれば効率的な仕組みは作れますし、どんどん取り入れたい!という現場の要望もあります。
でも“どこまで自動化すべきなのか”は、効率の問題だけでは決まらない。
支援者の裁量、判断の余地、彼らが積み上げてきた経験…。
それらをどう扱うかは、単なる操作性の話ではない、と感じています。
3.そこから生まれた「哲学的問い」
現場での気づきから、頭の中にいくつかの“哲学的問い”が浮かびました。
何が「良い支援」なのか?
成果の数値だけでは測れない領域。
支援には「その人の人生に寄り添う」という視点が絡む。
自動化は専門性を奪うのか?支えるのか?
生成AIは強力だけれど、支援者の身体知や経験値をどう補完するのかは慎重に考えたい。
現場の自由度と標準化のバランスはどこにある?最適化は誰にとって最適なのか?
こうした問いは、哲学の本が教えてくれた“問い方そのもの”で生まれました。
4.正解は一つではない
現場で得た気づきと哲学的な問いを重ねると、ある結論にたどり着きます。
Webアプリにすべてを一本化することが“正解”ではない。
生成AIを使った効率化を考えると、選択肢はむしろ無限に広がる。
- Webアプリ
- スプレッドシート
- 紙
- 外部ツール
- 生成AIとのハイブリッド運用
選ぶべきはいつだって 「現場にとって善いかどうか」 であって、
技術的に“作れる・統合できる”という理由だけで決めてはいけない。
デザイナーの役割は正解を押し付けることではなく、現場と一緒に問いを耕すこと。
どれが良いかを即答するのではなく、
「なぜそれが良いのか?」を一緒に考えられる状態をつくること。
障害福祉領域のUXデザインは、正しさではなく態度が試される場所だと感じています。
5.問いとともに働くということ
最近ようやく気づいたのですが、福祉のプロダクトに携わるということは、
“答えの出ない問い”と共存し続けるということなんだと思います。
技術が進化しても、
人がどう生きるべきか、
支援はどうあるべきか、
その問いは消えないし、むしろ深くなる。
哲学初心者の私だからこそ、
「答えがないから向き合う」
という姿勢そのものが大事だと感じています。
この記事が、同じように課題と向き合う誰かの
小さな“問いの支え”になれば嬉しいです。
