はじめに
掲載する記事は去年10月初頭頃に作成していました。
タイトルのFIPを発症した猫が予断を許さなかったことや、ややもすると死に触れなければならない可能性があったため、外部公開は避けていました。
ですが、今日の時点ですでに一定の区切りがつけられたことから、その時の記憶と記録を手元以外に残したいと思い、内容に一部手を加えた内容で投稿します。
うちの猫がFIPと診断されました。
FIPとは?
FIPとは猫伝染性腹膜炎と呼ばれる病気です。
FIPは猫コロナウイルスが原因となります。
猫コロナウイルスに感染した猫の一部が発症します。
発症すると予後不良で診断後の平均生存期間は9日間と報告されています。
サイトによっては平均生存期間は1月未満と書かれていたりと多少のバラツキはありますが、何れの情報も発症後極めて短期間で死に至るとされています。
つまり、FIPは致死率ほぼ100%の病気であり、FIP診断は死の宣告と言って等しい内容です。
そんな病気が、そらに発症しました。
お家に来て一月足らずの出来事です。
FIP発症当時
最初の症状は微熱と食欲不振で、風邪かな? と思いつつも、大事を取って診察しにいったのです。
ですが、念のため検査をしましょうということになり、その数日後に検査結果を踏まえてFIPと宣告されました。
正直、愕然としました。
ですが、かかりつけ医の言葉が信じられなかったわけではありません。
検査結果を待つ数日、そらの容体は悪くなる一方で、腹水が溜まり黄疸が出るようになり、ひょっとして……、と予感をさせられていたからです。
そらの症状
- 腹水、胸水の貯留
- 呼吸困難
- 黄疸
- 発熱
- 食欲低下
- ほぼ食べない
- 貧血
- 嘔吐
- 下痢
処方された薬
- ステロイド
かかりつけ医からは、FIPに関しては当院では為す術がなく、僅かな余生をそらの好きなように生かせてあげてほしいと言われました。
FIP治療との向き合い方
治療薬の存在
かかりつけ医からは為す術がないと診断されたそらですが、望みがまったくない訳ではないことは知っていました。
FIP治療のために開発された薬がいくつかあります。
- MUTIAN(Xraphconn)
- GS-441524
但し、それらの薬は保険適用されないために、とても高額です。
保険適用されない理由の詳細は本記事では割愛しますが、薬の特許などを理由に現在流通しているのは非正規の薬剤であり、その経路はブラックマーケットが多く占めていることが原因となっているようです。
そう言った背景があることから、積極的に治療に取り入れている獣医は少なく、少なくとも僕が住んでいる地域にはいらっしゃいませんでした。
その当時ですと、関東か関西にしか取り扱える動物病院はなかったと記憶しています。
僕たち家族の判断
高額なのは家計をやりくりすれば何とかなりそうとは考えました。
しかし、治療を続けるには通院が必要です。
関西であろうが関東であろうが、僕がいる地域からはかなりの時間がかかることから、それが大きな壁となりました。
ただでさえ猫さんは長距離移動が苦手ですし、何より弱り切っていたそらが再三の移動に耐えられるとは思えません。
それらの検討を踏まえ、妻と相談した結果、治療を諦めようという結論になりました。
これ以上、苦しませるくらいなら、そらの思うように生かせてあげたほうがいいんじゃないか、と。
しかし、治療してあげられない絶望感は堪えます。
鎮痛剤は痛みを緩和こそすれど、症状が軽くなることはありません。
残された時間、家族がそらの終末活動をする中で、僕はそらに何かできることはないかと胸中常に燻るものがありました。
FIP発症傾向
猫コロナウイルスがFIPへと変異する原因として挙げられているのは以下です。
- 多頭飼育
- 無理な出産
- 飢餓状態などによるストレス
変異する直接的な原因は分かりませんが、どうやら猫さんにとってストレスのある環境が一因するようです。
お家にはそら以外にも2頭の猫さんがいます。
あくまで可能性の話ではありますが、それがそらにとってストレスになったのかもしれません。
家族として判断後の僕の判断
そらの終末活動をする中でも、FIPのことを学び、夫婦間で情報共有を続けていました。
その共有の中で、先のFIP発症傾向について妻に伝え時のことです。
そらを撫でながら、ぽつりと彼女は呟きました。
「私たちが飼ってごめんね。別の家族だったら幸せに生きられたのかな」
そらは近所のペットショップで出会った猫でした。
その時、別の家族からもそらを飼いたいと希望が上がったようなのですが、タッチの差でこのお家に来ることが決まったと妻と子どもの喜ぶ声を聞いていました。
恐らく、妻はそのことに触れたのでしょう。
そんな諦めや申し訳なさから口に出た一言。
この一言を耳にして、僕の中でスイッチが入りました。
過去の『たられば』を語ってはいけない。
新しい家族としてお祝いして迎えた子なのに、それを呪いのようなものに塗り替えてはならない。
そんな風に思ったのです。
キーワードはリモート診察
世間はコロナウイルスの影響化にあったこともあり、リモート診察が浸透しつつありました。
人に使われている手法なのですから、動物にも採用している病院があるかもしれない。
そう考えて、手当たり次第探しました。
『リモート診察可』と表立てる病院はなかなか見つからなかったのですが、検索を続けた結果、動物病院間の連携という方法に辿り着くことができました。
初診こそは直に観て頂く必要がありますが、それ以降は地方のかかりつけ医と連携してFIP治療を行うことが可能とする病院を見つけることができたのです。
ようやく、そらを生き延びさせるための線と線が繋がった瞬間です。
僕たちはこれに賭けることにしました。
動物病院までドアtoドアで1060kmとかなり遠い場所ではありましたが、次の休みで調整して動くべく、すぐさま電話で予約を入れます。
ですが、電話越しの医師から
「事態は一刻も争う。明日の朝一で病院に来て欲しい」
と言われました。
その時は16時頃でかなり慌てたと記憶しています。
会社の理解もあって有休を頂くことができ、翌日……、と言うか、24時頃から病院に向かうこととなりました。
(快く承諾くださったEC-CUBEメンバーには感謝の言葉しかありません)
ドアtoドア 1060Kmの壁
先にも書きましたが、移動にそらの体力が持つかが最大の懸念です。
電車での移動を最初は考えましたが、「荷物」として扱ってはそらの体力は持ちません。
そのため大きめのレンタカーを借りて、ケージをまるっと入れて移動します。
朝9時の診察に間に合わせるためのプランは以下の通りです。
- 0:00 出発
- 1h45mに15mの休憩
- そらのお世話や仮眠のため
これを数セット繰り返せば到着する計算です。
生憎とその夜はHardening2022DECADEのチームミーティングがありましたが、そのミーティング終了と共に活動を開始しました。
病院に辿り着いて
幸いながら、そらは車酔いすることなく、無事に病院にまで辿り着くことができました。
初診後の検査にて2h程度待たされることになりましたが、病院に預けたそらが心配で仮眠することもできず、埼玉県某市をぶらぶらと散策したのを覚えています。
検査の結果
結果は、混合型の中後期でした。
数日前にかかりつけ医から伝えられた結果よりも、確実に悪化していた事実を数字と共に伝えられました。
もはやタイムリミットはなかったとのことです。
次の休みの日に来ればと当初は判断しましたが、数日待って動いたのではやはり手遅れだったのです。
しかし、症状はかなり悪かったのですが、比較的元気であることから、回復する見込みはあると仰っていただけました。
想定外のトラブル
病院にて最初の投薬をしていただいてから帰路へにつきます。
そらもちょっと元気になったので一安心です。
このまま無事に帰宅できればと思っていたのですが、妻からトラブルが起きたと連絡がありました。
それは、かかりつけ医から病院間連携をお断りされたという内容でした。
病院間連携は聞こえはいいが、別の医師の指示によって医療活動をしなければならないことへ責任が取れないとのこと。
その理由を聞いた直後は驚きましたが、至極当たり前の回答ではあります。
他の医者の指示に従ってくれと突然頼まれれば、そりゃ誰だって嫌がるものですから。
そうなると予想できていたのに調整が足りていなかったと自分を恨みましたが、時間が無い中の活動だったため、連携部分に関しては賭けをするしかなかったのです。
どうしたものか。
今から転院するとしても受け入れてくれる病院があるのか。
埼玉県までやはり通院するしかないのか等と運転をしながら悩んでいたのですが、もう一度、妻から連絡が入ります。
泣き声の彼女は、なんとかなったと伝えてきました。
どうやら彼女は泣き落として、連携への合意を得たとのことでした。
……かなり申し訳なくなって、かかりつけ医に僕のほうから連絡を入れて謝罪しました。
かかりつけ医からは、確かに唐突すぎて判断に困ったと苦言を頂きましたが、認可されていないFIP治療は当院では治療できないが医者として何とかしたい気持ちがあるからこそ受けさせていただく旨と共に、FIPの病院間連携は初めてだが可能な限り協力するとお約束頂くことができました。
かかりつけ医の矜持に感謝するしかありませんでした。
そして帰宅
トラブルやちょっと疲れが出たりとあって、途中休みながらの移動となったために、結果としてスケジュール通りには帰れず、レンタカーのレンタル時間を大幅に超過してしまいました。
そんなことより、帰宅までそらが無事だったのが何よりも良かったです。
家に付いた直後、ケージの中のそらに「生きているか?」と声をかけて、ごそっと動く音がしたのに安堵したのを覚えています。
治療開始
こうして、そらの治療は開始できました。
うれしかったことは、次の日から元気に動けるようになったことです。
薬が効き始めるまでに一週間かかると説明を受けていたので、動き回る様子にちょっと心配にはなりましたが、とは言えケージに閉じ込めてストレスを抱えさせるのもあまりよくありません。
他の猫さんへの感染リスクを抑えるために、僕の部屋に隔離となったこともありますし、そらの動きを観察しつつ、適度に接してあげるのを心がけようと思います。
ここまでが当時の記事を一部修正した内容です。
FIPの治療は85日前後かかり、完治まで治療後半年間の経過観察が必要です。
その経過観察期間がようやく終わりを迎えたことで、この記事を公開することとしました。
感染の可能性があったため最近まで僕の部屋で隔離状態だったのですが、それもようやく終わりを迎えました。
僕の元から離れていったそらは、他の二匹と仲良く……、頻繁に喧嘩してますが、健やかに過ごしてくれています。
最後に
そらの完治までかかった費用は50万 〜 60万程度でした。
他の薬と比べて比較的安く済んだとは言え(100万以上かかる)、かなりの金額です。
そのため、今回は助けることができましたが、次がもしあったら……、正直に言えばその時もまた命を天秤にかけてしまうと思います。
ですが、様々なご協力があってこそですが、地方であっても、FIPに感染した猫を助けることができたのは事実で、それを可能としたのは病院間連携です。
それは今はまだ希有なケースで、責任などの問題で実施するのは難しかったのだと承知していますが、もし、そういった問題が解消されて連携がしやすい環境が整えれば、命が救いやすくなるのではないでしょうか。
これは、医者ではない人間の無責任な願いでしかありません。しかし、今よりもより良い環境になっていってくれればと思います。
また、そう遠くない未来にFIP治療が認可され、かかりつけ医の方を含めた多くの獣医の方々にとって、命を救うための手立てが増える日が来ることも心から願います。
尚、パブリックに公開する記事では、双方の病院にご迷惑をおかけする可能性があるため、諸々と詳細は伏せさせて頂きました。
ですが、もし地方で同じ境遇に見舞われた猫さんを飼われている方で、記事の詳細を知りたいと思われた場合は、どうぞご遠慮なくDMにてご連絡ください。
恐らく、決断するまでの時間はそう多くはないはずです。
おまけ
病院に行きがけの高速道路を車で走る中、そう言えば悩んだなーと思い出します。
本当にそらを生き延びさせていいのだろうかという葛藤があったが故です。
お金がかかるのもあるし、何より治療が大変なのは目に見えています。
聞いた話では、人によっては苦しむ猫さんを観ていられないばかりに、ペット保険を利用して健康な猫さんに『交換』される方もいらっしゃるようです。
そんなことをしたいわけじゃないけど、救う・助ける行為が、途轍もない自己満足に思えてしまって、強い自己嫌悪に陥りかけていました。
きっと、寝不足だったのが大きな理由でしょう。
だけど、シンプルに考え直すことにしたのです。
そらはお家に来てまだ一ヶ月です。妻も子どもはそらを可愛がってくれていますが、まだまだ家族になりきれていません。
薄汚く考えれば、ペットショップで買った金額分の元を取っていないって感じです。
そんなことを考えるのはやはり寝不足だったからなのでしょうが、寝不足のノリのままで僕は後部座席のケージで蹲るそらに訊ねたのです。
生まれてまだ五ヶ月。お前はお前で、生まれてきたことにまだ元を取ってないよな、て。
元を取っていない者同士、治療を受けるのはWin-Winな関係を築く上で必要な儀式みたいなもんだよな、て。
そうしたら、にゃ、と一声返ってきたのです。
ひょっとしたら気のせいかもしれません。
ですが、その一声で、僕は決断に対する覚悟が決まったのでした。