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はじめに

自動車業界で働くエンジニアの皆さん、あるいはこれからこの業界に飛び込もうとしている皆さん、こんにちは。
本アドベントカレンダー ゾンビ機能安全サバイバルガイドブック(自動車業界でエンジニアをするための基礎教養 機能安全編)へようこそ。

自動車開発の現場は、年々複雑さを増しています。
「とりあえず動くコード」だけでは車は走らせられませんし、「昔ながらのすり合わせ」だけでは説明責任を果たせない時代になりました。

本連載では、現場で飛び交う専門用語や概念に振り回されず、エンジニア同士が「共通のコンテキスト(文脈)」で議論できるようになるための「基礎教養」 を提供します。ゾンビ機能安全(誤解された機能安全)に惑わされない歩き方を学べます(たぶん)。

想定読者

  • 自動車業界の現役エンジニア:
    • 「機能安全? ああ、面倒な書類仕事でしょ?」と思っている方。
    • 用語の定義が曖昧なまま議論が進み、手戻りに苦しんでいる方。
  • これから業界に入る方(学生・異業界エンジニア):
    • Web系やアプリ開発とは異なる「自動車特有の作法」を予習しておきたい方。

本連載のゴール(学習効果)

  • 機能安全(ISO 26262)を中心とした基礎知識(リテラシー)が身につく。
  • 現場での会議で「何が論点なのか」が即座に理解できるようになる。
  • 「共通言語」を持つことで、無駄な確認作業を減らし、本質的な技術議論(ドメイン知識の追求)に時間を使えるようになる。

自動車エンジニアの「4つの神器」

本連載のメインテーマは「機能安全」ですが、それ単体では車は作れません。
私は、現代の自動車エンジニアに必要な基礎教養として、以下の4つを 「4つの神器」 と呼んでいます。

これらは互いに連携しており、エンジニア同士をつなぐプロトコル(通信規約)の役割を果たします。

  1. ISO 26262 (Functional Safety): 「安全のルール」
    • システム故障時に、いかにして人の命を守るか。リスクベースで安全を設計・論証するための規格。
    • ★本連載のメインテーマ
  2. A-SPICE (Automotive SPICE): 「品質の証明」
    • 「言ったこと(要件)」と「やったこと(テスト)」の一致を保証するプロセスモデル。
    • これがないと、機能安全の正しさを証明できません。
  3. AUTOSAR: 「共通の構造」
    • 複雑な車載ソフトウェアを標準化するアーキテクチャ。
    • 安全機構の実装(E2E保護やWatchdog管理など)の基盤となります。
  4. Bosch Automotive Handbook: 「物理の真理」
    • 車の挙動、センサーの原理などのドメイン知識。
    • どんなにプロセスが立派でも、物理法則(限界)は無視できません。

これらを知っているだけで、「それは故障(ISO 26262)ですか? 性能限界ですか?」 という切り分けができ、議論の解像度が格段に上がります。


本連載のスコープとスタンス

執筆にあたり、いくつかお断りと前提条件を共有させてください。

1. 「システム」と「ソフトウェア」にフォーカスします

自動車開発は広大です。本連載では、筆者の専門領域である 「システム設計」および「ソフトウェア開発」 に焦点を当てて深掘りします。
ハードウェア(電子回路、半導体素子レベルの故障率計算など)については、専門外であるため本連載のスコープ外とします。
(ハードウェアのプロフェッショナルの皆様、補足コメントお待ちしています!)

2. あくまで「個人の見解」です

上記で挙げた「4つの神器」という分類や、各規格の解釈は、あくまで筆者の経験に基づいた 「現場視点での最適解(個人の見解)」 です。
自動車開発には多種多様な開発文化があり、メーカーやサプライヤによって解釈が異なる場合が多々あります。
本連載の内容が唯一絶対の正解ではありません。「こういう見方もあるんだな」という一つの視点として活用していただければ幸いです。


本連載を楽しむためのアイディア

本連載では、基礎知識と現場で見たことがあるような場面を用いて、楽しく機能安全を学ぶことを目指しています。
機能安全について、理解が間違っていることをゾンビ化していると例えています。

🧟‍♂️ ゾンビサバイバルガイドの世界観定義

1. ゾンビ(Zombies)とは何か?

定義: 機能安全の本質を理解していない、または理解しようとしないエンジニアや組織のこと。

特徴(生態):

「動けばいいじゃん」と、テストもせずにリリースしようとする。
「ドキュメントなんてただの紙切れだ」と、トレーサビリティを軽視する。
「今まで事故ってないから大丈夫」という根拠なき性善説(傲慢)で動く。
安全の話をすると「面倒くさい奴だ」「コストがかかる」と唸り声を上げて襲ってくる。

危険性: 彼らは悪人ではないが、 「無知という猛毒」 を持っている。

2. 感染(Infection)とは何か?

定義: ゾンビ(機能安全の理解が浅い先輩や上司)に囲まれ、彼らの思考停止したやり方に染まってしまうこと。

症状:

「まあ、先輩が良いって言ってるし、これでいいか…」と考えるようになる。
安全機構の設計を「面倒な作業」と感じるようになる。
最終的に、自分も「動けばいいじゃん」と唸るゾンビになってしまう。

3. サバイバー(Survivors / あなた)の使命

定義: この狂った世界で、まだ「エンジニアとしての良心(機能安全の心)」を失っていないエンジニア、これから学ぶ初級エンジニア。

目的: ゾンビに噛まれないように、 「正しい知識と倫理観(ワクチン)」 で武装し、まともなシステムを作り続けられるようになること。


明日からの予定

次回からは、いよいよ 「機能安全(ISO 26262)」 の中身に入っていきます。

教科書的な定義をなぞるだけでなく、
「なぜ、絶対壊れない車を作ろうとしてはいけないのか?」
「なぜ、Excel方眼紙はなくならないのか?」
といった、現場のリアリティを交えながら解説していきます。

それでは、25日間よろしくお願いいたします。


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