要点(3行)
- オントロジーは、業務に出てくるモノと関係と決まりを決めて書き残した一枚のこと。要は業務の設計図。
- もとは哲学の「存在論」で、情報科学が範囲を区切って借り、いまはその範囲が自社の業務になっている。製品では、それを扱う画面のことも「オントロジー」と呼ぶ。
- AI が業務を動かす側に回り、書く手間も下がったので、いま名前を聞くようになった。
「オントロジーの画面に戻りますね」
ここ数か月、AI まわりの話で「オントロジー」という言葉によく出くわす。哲学の用語だという記憶はあったので、たぶん概念の整理みたいな話なんだろう、くらいに流していた。
流せなくなったのは、打ち合わせでこう言われたときだ。
「じゃあ、オントロジーの画面に戻りますね」
画面。概念だと思っていた単語が、いきなり画面の名前として出てきた。相槌は打ったものの、頭の中には何の像も結ばなかった。
先に結論を書くと、オントロジーは業務の設計図で、あの画面は業務システムの「設定」側にあたるものだった。どんなモノを扱い、何と何が繋がるかを決める側の画面を、会社全体で一枚にしたもの。以下はそこに辿り着くまでの記録。
1. もともとの意味
もとは哲学の言葉で、「存在論」と訳される。世界には何が存在するのか、それらをどう分類し、互いにどう関係づけるのか。それを扱う分野を指す。
たとえば「会社」というものは存在するのか。存在するとすれば、それは人や建物の集まりとどういう関係にあるのか。
2. 意味が変わってきた
2-1. 相手にする範囲を区切った
1990 年代、コンピュータ同士で知識を共有したい、という課題があった。片方のシステムで「顧客」といえば請求書を送る先の会社を指し、もう片方では日々やり取りしている担当者ひとりを指している。どちらも社内では「顧客」で通っている。人間なら文脈で読み分けるが、機械は書いてある通りに受け取る。
そこで情報科学が、哲学のこの言葉を借りた。要するに、定義を決めて書き残すようになった。相手にする範囲を「受発注で扱う範囲」のように区切り、その中で顧客が何を指し、それが契約や請求とどう繋がるのかを、一枚に書き出しておく。
両方のシステムが、この同じ一枚を見に行く。すると片方が「顧客」と言ったとき、もう片方も同じものを思い浮かべられる。この書き出した一枚のことを、オントロジーと呼ぶようになった。
難しい言い方をすると、これが「概念化の明示的な仕様」。1993 年に Gruber が書いた、いちばんよく使われる定義だ。
2-2. 区切る範囲が「自社の業務」になった
AI の文脈で使われるときは、この範囲がまるごと自社の業務になる。受発注だけ決めておいても、AI は同じ口で在庫のことも与信のことも聞かれる。だから顧客とは何か、契約とは何か、売上とは何を指すのかを、業務全体でひととおり決めておく。
作るのは、業務に出てくるモノと、その関係と、守るべき決まりの一覧だ。
| 決めること | 例 |
|---|---|
| どんなモノを扱うか | 顧客 / 契約 / 製品 / 在庫 / 承認 |
| 何と何が繋がるか | 契約は顧客に紐づく。出荷は在庫を減らす |
| どんな決まりがあるか | 与信限度を超える受注には承認が要る。「売上」は返品を差し引いた後の金額を指す |
AI まわりで見かける「オントロジー」は、ぼくが目にした範囲ではおおむねこの意味だった。冒頭で「業務の設計図」と書いたのは、この一覧のことだ。
3. さらに転用されている使い方
ここから先は、その一枚を扱う道具や画面のほうをオントロジーと呼んでいる人を見かける、という程度の観測。
この一枚を書いて管理するための道具が、製品として売られるようになった。すると今度はその画面や仕組みのほうを指して「オントロジー」と呼ぶ用例が出てきた。冒頭の「オントロジーの画面」がこれだった。
「オントロジーに乗せる」なら、手元のデータのどの項目が設計図のどのモノに当たるかを、一つずつ結びつけていく作業のこと。「オントロジー基盤」なら、その設計図を保管して各ツールに配る仕組みのほう。
ふだん使う業務システムでいえば、扱う項目やモノの種類を決める設定側の画面にあたる。実データの一覧は、別の画面で見る。
打ち合わせでついていけなくなったのは、ぼくの頭が哲学の存在論のほうで止まっていたからだ。相手は最初から、画面を指すほうの意味で話していた。
4. なぜ、いま必要になったのか
言葉自体は 30 年前からある。いま名前を聞くようになった理由は、二つあった。
読み手が、実行する側に回った
生成 AI が文章や回答を返すだけの間は、多少ズレても人間が読んで直せた。ところが AI が受注を通す、在庫を動かす、というところまで踏み込むと、言葉の取り違えが、そのまま誤った出荷や、通してはいけない受注になる。
営業が「今月 3 千万」と言うときの売上は、受注が決まった時点の金額を指すことが多い。経理が同じ月について言う売上は、納品が済んで返品も差し引いた後の金額だ。人間はこの差を空気で吸収するが、AI は吸収しない。
売上の定義がずれたまま AI に聞くとどうなるかを測った検証を、アマゾンのクラウド部門である AWS が公開している。「今期の売上は」とだけ聞くと、キャンセルや未配達を含む全注文の合計として 869 万が返る。「配達が完了した注文の合計」と条件を書き足すと 567 万になる。53% の開きだが、計算はどちらも合っている。どの数字を売上と呼ぶかは、AI の賢さとは別のところで、人が決めるしかない。
書く手間が、割に合うようになった
もう一つは書く側の事情だ。この一枚は長らく人が手で書くもので、書ける人も限られていた。会社の業務をひととおり書き起こす手間に対して、見返りは人間向けの検索精度が上がる程度で、割に合わなかった。
いまは、既存のデータベースの構造や社内文書から機械に下書きを作らせ、人が直す形が出てきている。読みに来る側も増えた。当時は噛み合わせたい二つのシステムのために一枚書く規模だったが、いまは集計ツールも業務アプリも AI も、同じ一枚を読みに来る。一枚ぶんの手間で効く範囲が変わった。
