要点(3行)
- Garmin fenix 9 Pro - inReach を、使わないまま返した。決め手は、走りながらの位置を衛星で流せないこと。
- 「inReach 搭載」は本当だが、専用機がつなぐのは空をまわり続ける衛星の網、時計がつなぐのは静止衛星。同じ名前でも相手が違う。
- 静止衛星は空の一点から動かない。つなぐには立ち止まってそちらへ向ける。つながるまで 30 秒以上かかることもある。
レース中に、自分がいまどこを走っているかを流したかった。
インスタのストーリーに、現在地が出る地図のリンクを貼っておく。それだけでいい。見ている人がどこにいてもかまわないし、応援が返ってくれば、それはもちろん嬉しい。走っている本人は、何もしなくていい。それが理想だった。
保険も兼ねている。十時間を超えるようなレースで、長いあいだ同じ場所から動かないままなら、誰かが気づいてくれる。
「inReach 搭載」を、そういう意味だと読んだ
ガーミンには inReach という衛星通信の仕組みがある。携帯の電波が届かない場所でも、メッセージのやり取りと緊急要請ができる。手のひらに載る専用機がもとになっていて、自分の周りでは山に入る人が持っている。
その専用機には追跡の機能がある。決めた間隔で位置を記録して、衛星の網に送る。送られた点は地図の共有ページに並び、家族や友人はそこで軌跡を追える。動いている本人は、出発のときに始めておくだけでいい。
その inReach が、時計に載った。
予約を入れて、発売日に受け取った。fenix 9 Pro の inReach 版、文字盤の直径 51mm。218,000 円。手元にあるのは fenix 8 の 47mm で、乗り換えるつもりだった。随分高い。ひとまわり大きくなるのも承知のうえで、それでも衛星で位置が流れ続けるなら釣り合う、と考えた。
日本はまだ、衛星の対応地域に入っていない。そのうち入ると聞いていたし、なにより今月、ヨーロッパでレースがある。まずはそこで使えれば、それでいいと思っていた。
対応表の一行で止まった
届いた箱の写真を撮った。封を切るのは、レースの前でいい。ストーリーに地図のリンクを貼るところまでは、頭のなかでもう終わっていた。
それから、使い方を調べはじめた。
取扱説明書に、機能ごとの対応表がある。それぞれの機能が、どのつなぎ方のときに使えるかを並べたものだ。ここから引くのは 2026 年 9 月時点の記載で、対応の範囲はこれから変わっていく。時計のつなぎ方は三つある。手元のスマホとつながっているとき。時計だけで携帯回線につながっているとき。衛星につながっているとき。真ん中のは、スマホを介さず時計そのものが回線を持つという意味だ。
自分が当てにしていたのは LiveTrack という仕組みだ。走っている間の現在地を、家族や友人が地図で追える。そのリンクをストーリーに貼るつもりでいた。
表の一行を、そのまま横に書き出すとこうなる。
Safety and tracking features, such as assistance, incident detection, Garmin Locate, and LiveTrack
Phone Connection: Yes / fēnix 9 Pro - inReach LTE Connection: Yes / fēnix 9 Pro - inReach Communication Satellite Connection: No
スマホ経由と携帯回線経由では使えて、衛星につながっている状態のときは対象の外にある。
公式サイトの、機能ごとの要件をまとめたページには、もっとはっきりした一文があった。
Garmin smartwatches do not support LiveTrack location sharing over satellite.
衛星で通るのは四つだった。短いメッセージ、決めておいた相手への定型連絡、緊急要請、天気。位置については、メッセージに現在地を載せて送る操作が用意されている。メッセージそのものは衛星でも通るので、押したときの一回分は届く。専用機のように点が積み上がっていくほうは、携帯回線につながっているときの役目になっていた。
「止まってください」が意味すること
なぜそうなのかも、同じページに書いてあった。
Unlike Garmin handheld products that use inReach technology to connect to a global satellite network, Garmin smartwatches use geostationary satellites, which remain in a fixed position in the sky. To establish a satellite connection, you need to stop moving and follow the on-screen instructions provided by your watch.
専用機がつなぐのは、空をまわり続ける衛星の網。時計がつなぐのは、空の一点に止まっている静止衛星。同じ inReach の看板でも、相手にしている衛星が違う。
静止衛星は遠い。空の一点から動かないぶん、こちらが向きと角度を合わせて、つながるまでそのまま保つ必要がある。だから手順に「止まってください」が入る。画面の案内に従って時計を衛星の方角へ向け、正しい角度まで傾ける。機種によっては、手首から外して空へかざすよう案内される。つながるまで 30 秒以上かかる場合がある、と書かれている。
設計が想定しているのは、立ち止まって空を向いた人だった。ここで腑に落ちた。看板の下にあったのは、そういう作りだ。そして自分が欲しかったのは、止まらずに流れ続けるほうだった。
使わないまま返した
箱に戻して返した。返品の条件は未開封・未使用で、写真を撮っただけだったから、そのまま返せた。
決め手は一つだけ、走りながらの位置を衛星で流せないことだった。ヨーロッパで衛星につながったとしても、そこを流れるのは軌跡ではなく、立ち止まって送った一回分だけになる。
ほかは何も問題がない。電池も足りていた。公称では、買った 51mm で、携帯回線の LiveTrack を出したまま 30 時間。日を浴びれば 35 時間とある。十時間超のレースは覆う。大きさも重さも、覚悟していた範囲だった。
看板は本当のことを言っていて、その下に条件が全部書いてあった。読み違えたのは自分の側だった。
一本化は、また待つことにした
持ち歩くものは一本にまとめたい。それをあきらめたことが、前にもある。
ダイビングを始めたとき、潜るための専用機が必要になって、Descent Mk1 をもう一本持つことになった。何でも一本で済ませたいと思っていたので、これはしぶしぶの妥協だった。その後、fenix にダイビングの機能が入って、一本に戻せた。基準を捨てたわけではなく、技術が追いつくのを待っていた、という感覚に近い。
衛星通信でも、いまは同じ位置にいる。時計に載った衛星通信は、圏外での連絡と緊急要請には応えてくれる。衛星だけで位置を流し続けるほうは、まだ専用機の領分にある。
なので当面はこうする。時計は fenix 8 の 47mm のまま。レース中の共有は、これまでどおり fenix 8 とスマホをつないだ LiveTrack で回す。手のひらに載るほうの専用機、inReach Mini 2 を中古で見ておいて、手頃なものが出たら買って、そちらに寄せる。一本にまとめるのは、また今度でいい。
同じ失敗をする人が、いませんように
inReach が載って、しかも電池を食わない MIP の液晶で出る。反射型の画面で、明るいところほどよく見えて、電池がもつ。この組み合わせを待っていた人は、自分の周りにも多い。出たと聞いて、みんな同じことを期待していた。走っている間、自分がどこにいるかが、勝手に流れ続けるのだと。
よくよく調べると、違った。
そこまで調べてから買えばよかった。それはそのとおりなのだけど、inReach という名前を冠していると、どうにも先走ってしまう。名前のほうを、先に信じてしまった。
同じ失敗をする人が、いませんように。
