なぜ調べようと思ったのか
技術選択は常にトレードオフの集合体だと私は考える。私たちが日々直面する SSR か SPA か、標準 API か専用ライブラリかといった選択も、その例外ではない。
そこで、過去に「勝てなかった技術/廃れた技術」がなぜ市場から退場したのか、その要因を分解して理解しておくことは、現代の技術選定において「負け筋」を嗅ぎ分ける上で極めて有効なはず。ここで言う「廃れた(Obsolete)」とは、実運用からほぼ姿を消し、公式サポートも終了した状態と定義する。
調査内容
以下の項目について、その技術が退場に至った経緯と要因を深掘りする。
- ダイヤルアップ: ブロードバンドに駆逐された経緯(普及率の推移、決定打となった要因)
- Betamax vs VHS: 技術的優位性が必ずしも勝利に繋がらない古典的な事例(画質以外の決定要因、流通とライセンス戦略)
- Flash: プラグイン技術の終焉と HTML5 への移行背景(セキュリティ、標準化、ブラウザ対応)
- SSR ↔ SPA: 一度廃れたかに見えた技術の再評価(レンダリング戦略の変遷とハイブリッド化)
- 横断要因の抽出: 速度/コスト/UX/互換性/標準化/エコシステム/ライセンス/セキュリティといった共通項を探る。
何で調べるか
以下の情報源を基に調査を進めた。
- 用語定義: DevX 用語集、Cambridge Dictionary 等("obsolete", "deprecated" のニュアンス確認)
- 歴史・統計: Wikipedia(ダイヤルアップ普及率)、Britannica/IEEE Spectrum(VHS/Betamax 技術史)
- 公式情報: Adobe Flash EOL アナウンス、Microsoft のサポート終了告知
- 近年の動向: web.dev「Rendering on the Web」、Next.js/Lit 公式ドキュメント、patterns.dev(Streaming SSR)
- 事例集: Business Insider 等の「過去 20 年で廃れた技術」系記事
予想
調査前の仮説を立ててみた。
- 技術的な優位性だけで勝敗が決まることは稀で、むしろ可用性(速度/安定性)×UX× 流通 × 標準準拠といった総合力が重要なのでは。
- クローズドな仕様、専用プラグインへの依存、厳しいライセンスといった特徴を持つ技術は、長期的に不利になる傾向があると思う。
- Web のレンダリング戦略は、どちらか一方に振れるのではなく、SSR+CSR/Streaming/Incremental といったハイブリッドなアプローチに収束していくと予測する。
調べた結果
1. ダイヤルアップはなぜ退場したか
2000 年代初頭に米国で約 40%のシェアを誇ったダイヤルアップは、2010 年代にはわずか 3%へ激減した。ブロードバンド常時接続の普及が、速度・同時性・UX の面で決定的な差を生んだからだ。象徴的な出来事として、AOL が 2025 年 9 月 30 日をもってダイヤルアップサービスを公式に終了すると発表。これにより、レガシーな接続方式の時代は名実ともに幕を閉じる。
▼ 要因分解
- 速度: 56kbps という上限は、数十〜数百 Mbps が当たり前になったブロードバンドの前では無力だった。
- UX: 通話回線との排他利用、接続待ちのシーケンス、都度接続の手間など、スマートに使えない点がよくない。
- コスト: 従量課金や通話時間に依存する料金体系が、定額常時接続に太刀打ちできなかった。
- 互換性: ストリーミングや大規模な JavaScript を前提とする現代の技術構成は、高帯域でなければ体験が成立しない。
結論: 速度・UX・料金体系の三点において競争合理性を完全に失い、市場から淘汰された。
2. Betamax はなぜ技術で勝り、規格で負けたのか
画質面で優位とされた Betamax が VHS に敗れたのは有名な話。録画時間(当初 VHS が長かった)、ライセンス戦略、流通コンテンツの量が勝敗を分けた。1981 年には販売シェアで VHS が明確に優位に立っていた。
勝敗要因として「コンテンツの可用性」や、JVC が採用した「オープンな供給体制」を指摘する声は多い。
▼ 要因分解
- 互換性/エコシステム: VHS は多くのメーカーにライセンスが供与され、店頭での機種バリエーションと価格競争を生んだ。レンタルビデオ市場も VHS が席巻した。
- UX: 「長時間録画できる」という一点が、家庭用 VTR としての実用性で勝った。
- コスト: 幅広いメーカーからの供給が、結果的に価格を引き下げた。
結論: 単一機能の優位性は、エコシステムの優位性に勝てなかった。これは現代の Web におけるプラットフォーム戦略の重要性を示唆している。
3. Flash の EOL が示した潮目の変化
Adobe は 2020 年 12 月 31 日をもって Flash の更新と配布を終了し、2021 年 1 月 12 日以降はコンテンツの実行自体をブロックした。主要ブラウザも追随し、Flash は事実上 Web から姿を消した。背景には、深刻なセキュリティリスクと、Web 標準技術(HTML5/CSS/JS)への一本化という大きな潮流があった。
▼ 要因分解
- 標準化/互換性: プラグインへの依存は、長期的に見てブラウザの進化の足枷となり、互換性の問題を生んだ。
- セキュリティ: 頻繁に発見される脆弱性が攻撃対象となり、パッチ適用のいたちごっこが続いた。
- UX: モバイルデバイス、特に iOS が Flash をサポートしなかったことが、衰退を決定づけた。
結論: Web はオープンな標準技術へ収斂していく。この流れは長期的には不可避である。
4. 「後追い置換」:SSR vs SPA の再評価とハイブリッド化
かつて主流だった SSR は SPA の台頭で時代遅れと見なされた時期もあったが、近年その価値が再評価されている。Chrome チームのレポートにもあるように、サーバーとクライアントのレンダリングはトレードオフの関係にあり、ハイドレーションコストなどを考慮した折衷案が主流となりつつある。
Next.js のようなフレームワークは、SSR/SSG/ISR/Server Components といった多様なレンダリング戦略を提供し、初期表示速度(TTFB/LCP)・SEO・堅牢性を向上させる。その一方でアーキテクチャは複雑化し、サーバー負荷も増大する。React の Streaming SSR のように、TTFB を犠牲にせず LCP を改善するアプローチも一般化しており、「置換」ではなく役割の最適化が進んでいる。
▼ 要因分解
- 速度/UX: 初期描画の速さ(SSR/SSG/Streaming)と、その後のインタラクティブ性の高さ(SPA)というトレードオフ。
- コスト: 複合的なアーキテクチャがもたらす開発・運用負荷の増大。
- 標準化/互換性: クローラーや低速回線・低スペック端末への配慮(Progressive Enhancement)。
結論: 二者択一ではなく、ページやコンポーネント単位で最適な戦略を混在させるのが現実的な解となっている。
考察
これらの事例から、以下の教訓を導き出すことができる。
- 速度 ×UX× 標準 × エコシステムの総合力が低い技術は、たとえ一部で技術的優位性があっても長期的に淘汰されるリスクが高い。Betamax の教訓は、Web の世界でも「最高のベンチマークを出す技術 ≠ 勝者」であることを示している。
- プラグインやベンダー独自の仕様への強い依存は、セキュリティ・配布・互換性の面で摩擦を生み、いずれ**「技術的負債」と化す**。Flash の栄枯盛衰がその典型例だ。
- レンダリング戦略のような領域では、アーキテクチャはハイブリッドであることが前提となる。情報アーキテクチャに応じて SSR/SSG/CSR/Streaming を適切にマッピングし、多様な実行環境に耐えうる実装を選択することが求められる。
- 将来の「負け筋」を避けるために、標準仕様(MDN/WHATWG 等)への準拠を意識し、利用技術のEOL(End of Life)シグナルを常にウォッチするプロセスをチームに組み込むべきだ。
まとめ
- 廃れた技術の主因は**「速度/UX の限界」「エコシステムの欠如」「標準からの乖離」「セキュリティ・運用コストの高騰」**に集約される。
- ダイヤルアップは速度・UX・料金で競争力を失い、AOL のサービス終了がその終焉を象徴した。
- Betamaxは画質で勝りながらも、録画時間・ライセンス戦略・コンテンツ流通の差で VHS に敗れた。
- Flashはセキュリティ問題と標準化の波に乗り切れず EOL を迎え、Web は HTML5/CSS/JS へと統合された。
- SSR vs SPAの対立は終焉し、現在は要件に応じた最適配置の時代。web.dev や Next.js が示すように、Streaming SSR などのハイブリッドアプローチで使い分けるのが定石となっている。