学生向け参加支援をいただき、「STORES Tech Conf 2026 “World 2”」に参加してきたので、そのレポートです。
カンファレンスの概要
- STORES Tech Conf 2026 “World 2”
- 開催日: 2026/08/31
- 主催: STORES株式会社
参加のきっかけ
CADCやPIXIV DEV MEETUPのように、単一の企業にホスティングされるテックカンファレンスは、以前と比べて少なくなったように感じています。企業が培ってきた技術や開発文化を、複数のセッションを通してまとまった形で知ることのできる機会は貴重です。STORESがAIを開発現場へどのように取り入れ、実際のプロダクト開発につなげているのかを知りたいと思い、参加しました。
主なトピック
- Kuro
- Mirage
聞いたセッション
Opening Keynote: World 2 by ykpythemind
「モノリス復古の大号令」や、プロダクト単位の組織から機能別組織への移行、社内AIエージェント「Kuro」、本番環境を安全に再現する「Mirage」など、この後のセッションにつながる話題が紹介されました。また、社内で「STORES AI Week」を開催するなど、AI活用を一部のチームだけで完結させず、組織全体に広げようとしている点も印象的でした。
最後の「Worldは無限に新しくなる」という言葉からは、一度の刷新を完成とせず、変化に合わせて開発組織やシステムを更新し続ける姿勢が伝わってきました。
kitapashi 「1人がチームになる、開発組織のフラクタル」
複数のドメインに散らばったセッション管理、コードベース、インフラなどの違いが、品質向上を妨げていたという課題が紹介されました。その解決策として共通のPlatformを整備し、移行中に見つかった差分について一つずつ意思決定しながら、各領域の違いを吸収していったそうです。
この基盤の上で示されたのが、Multi-Agent Orchestrationによる新しいチームの形です。まず、人間がリーダーとなって複数のAIエージェントに仕事を分担させることで、1人でもチームのように動けるようになります。さらに、指示を受けたAIエージェントも、必要に応じてサブエージェントへ仕事を委譲します。人間とAIで構成されたチームの中に、AIとサブエージェントによる小さなチームが生まれる構造です。
つまり、リーダーがメンバーへ仕事を任せ、そのメンバーがさらに下位のメンバーを率いるという相似形が、階層をまたいで繰り返されます。チームを見る粒度を変えても同じ構造が現れることが、「フラクタル」という言葉で表現されていたのだと理解しました。単にAIを複数使うという話ではなく、委譲の連鎖によって、個人の中に再帰的なチーム構造を作るという点が印象に残りました。
wattanx 「プロトタイピング with デザインシステム」
STORESのデザインシステムを活用した社内向けプロトタイピング環境の構築について紹介されました。
当初はiframeやSandpackを用いて、社内版のVercel v0のような仕組みを作ろうとしたものの、実装の難しさから断念したそうです。その後、Claude Codeが非エンジニアにも利用されるようになり、「エディタそのものを作るのではなく、既存のツールからデザインシステムを使える環境を用意する」という方向へ発想を切り替えました。
そこで、認証付きでS3にホスティングできるプロトタイプ用リポジトリ「st-lab」を整備しました。その結果、デザイナー以外にもプロトタイプを作る人が増え、開発フローの中で認識を合わせるためにも活用されるようになったそうです。
デザインシステムは、完成したプロダクトの一貫性を保つためだけのものではありません。プロトタイプの段階から利用できれば、短時間でも一定の品質を確保し、関係者が実際に触れられる形で議論できます。MVPの検証や、顧客に触ってもらうための試作品にも応用できそうだと感じました。
杉山 「依頼の受付から要件定義・実装・テストまで、非エンジニアが AI と回す Salesforce 開発」
Salesforce開発を非エンジニアとAIで進める取り組みが紹介されました。
引き継いだ環境には、過去の意思決定の理由が十分に残されておらず、既存の構成を読み解く必要がありました。加えて、Salesforceは年に3回のバージョンアップがあり、影響範囲の確認やテストにも独特の難しさがあります。
また、管理者への依頼がさまざまな経路に分散していたため、依頼の窓口をAIエージェントに集約し、曖昧な要求を具体的な要件へ落とし込む仕組みを整えたそうです。AIを単なるコード生成ツールとしてではなく、依頼の整理から要件定義、実装、テストまでをつなぐ存在として活用している点が印象に残りました。
Shu suzuki 「おまかせスタートについて」 (直前枠)
エンジニア2人で開発された「おまかせスタート」についての紹介がありました。プロジェクトは4月に始まり、7月にローンチ。3カ月で1,363件のPR、約27万行の変更という、非常に速いペースで開発が進められたそうです。
このサービスでは、申し込み後のアンケートや初回ミーティングをもとに、AIがセットアップ作業を支援します。Mastraを利用し、入力された画像やCSVをSkillsで構造化したうえでJSONを生成し、その内容に沿って処理を実行する仕組みです。
ただし、AIを導入すればすべてが順調に進むわけではありませんでした。AI向けマニュアルの具体性が足りない、Skillsが期待どおりに動かない、必要な情報がアンケートではなくメールで送られてくるため、アンケートの内容を半分ほどしか活用できない、といった問題があったそうです。
ここから展開されたのが、「AIは世界を根本的に汲み尽くせない」という話です。たとえば、椅子は高さや重さ、素材といった情報として記述できます。しかし、実際の生活では「疲れたから座る」「講演を聞くために使う」「大切な人からもらった」といった、状況や記憶を含む意味を持っています。対象を情報として整理した世界と、私たちが経験している世界は同じではありません。
だからこそ、現場の「生活世界」を理解し、言語化して、システムへ落とし込むことにエンジニアの価値があるという話でした。STORESであれば、事業者の営みを理解し、その背景を技術へ反映していくことになります。「汲み尽くせない生活世界に立ち戻りながら技術家を更新し続ける」という考え方は、AI時代のエンジニアの役割を考えるうえで、今回最も印象に残った内容の一つです。
Satomi Nishiyama 「World 2 で、World 2 の Database を作る」
本番データを安全に再現する検証環境「Mirage」が紹介されました。
STORESでは新規コードの80%がAIによって生成されている一方、修正が本番環境で本当に有効かどうかをAIだけで検証することはできません。本番環境には個人情報が含まれるため、データをそのまま開発環境へ持ち込むこともできません。この検証のボトルネックを解消するために作られたのがMirageです。
Mirageでは、特定のオーナーの環境を、個人情報を保護した形で仮想的に再現できます。環境ごとの差異を意識せずに利用できるようパターンを統一し、各サービスのデータを取り出すExtractorも共通化されています。人間が指定する必要があるのは、主にマスキング対象のデータですが、その設定作業もSkillsによって省力化されています。
大量のデータを扱うMirage Databaseの構築や、利用するGemのデバッグなどには苦労したそうです。一方で、実際にMirage上で修正を実行し、不具合が解消されたことを確認できるデモからは、実データに近い検証環境の有用性がよく伝わりました。同じ環境を共有できるため、チーム内の認識合わせにも役立っているそうです。
AIによる実装を増やすには、コードを生成する仕組みだけでなく、安全に検証できるデータ基盤も必要です。Opening Keynoteで語られた「データ基盤の上にプロダクトがある」という言葉を、具体的な形で示すセッションだったと思います。
Closing Keynote 「猫の手も借りたい」 by shia
社内AIエージェント「Kuro」の“体験入社”を振り返り、「組織に馴染めているか」「期待どおりの仕事ができているか」「代替は可能か」という観点から評価していました。
Kuroは月間250〜280人に利用され、直近30日間ではDAUが100人を超えたそうです。社内での周知に加え、MCPやSkills、Datadog、BigQueryなど、仕事に必要な“手足”をあらかじめ用意したことが利用の広がりにつながりました。親しみやすいペルソナも、社内で受け入れられた理由の一つだったそうです。
Kuroに期待されていたのは、開発だけでなく業務知識も身につけ、多方面の仕事を手伝う同僚のような存在です。仕事を適切に引き受けてもらうことで、人間の有限な注意力を、より本質的な課題へ向ける狙いがあります。そのためには暗黙知を伝える仕組みを整え、外部システムとの接続を増やす必要がありました。接続先はセキュリティを考慮し、ホワイトリスト方式で段階的に開放したそうです。
品質評価については、AIエージェントの成果を単純な指標だけで測る難しさも語られました。人間とKuroが作成したPRへのコメント数を比較しても、変更行数やAI活用イベントの影響など、複数の要因を考慮しなければ正しく評価できません。現時点では、多方面で活躍しながら致命的な問題を起こしていないことから及第点とされ、“本採用”ではなく半年間の契約延長というユーモアのある結論になりました。
既製のAIエージェントと比較すると、Kuroはトークンコストで優位性がある一方、管理者の運用負担は大きいとのことでした。今後は既製品にはない機能を加えつつ、特定のモデルへの依存を避け、モデルを差し替えられる構成を維持していくそうです。「猫の手も借りたい」というタイトルには、AIに仕事を任せることで、人間自身も限られた注意力を有効に使いたいという思いが込められているように感じました。
閉会の挨拶 by 藤村
- 我々はWorld 2に移住してしまった
- ただ、だいぶ人間やることあった
- mirage大変そう
- kuroも人間が作った
- 「面白い仕事がだいぶソフトウェアはある」
- 人間がコードを書いていた最後の夏なのでは
感想
World 2の時代にシフトしており、社会から見た「エンジニアの価値」がより顕著に要求されるようになってきていると感じました。