はじめに
このたび、技術評論社様より『コードレビューの教科書』を出版させていただきました。
これまで私は、コードレビューに関するさまざまな課題と向き合ってきました。たとえば、レビューをする側と受ける側のすれ違い、指摘の仕方の難しさ、チームによって異なる「よいレビュー」の基準などです。コードレビューは日々の開発で当たり前に行われている一方で、その進め方を体系的に学ぶ機会は、決して多くありません。
本書は、そうした課題に取り組むなかで得た知見を、一冊の本として整理したものです。
この記事では、私がこれまでコードレビューとどのように向き合ってきたのか、なぜ本を書くことになったのか、そして『コードレビューの教科書』にどのような思いを込めたのかを紹介します。
私とコードレビュー
これまでの開発者人生を振り返ると、コードレビューには多くの苦労がありました。
コードレビューは、主にテキストを介したコミュニケーションです。そのため、レビューコメントに指摘だけが書かれていると、その意図や具体的な修正方針まで読み取れないことがあります。何を求められているのかわからないまま修正し、再び指摘を受ける。そのような手戻りを何度も経験しました。
当時の私にとって、コードレビューは学びの機会であると同時に、少なからずストレスを感じる場でもありました。
一方で、修正が必要な理由や具体的な方針を丁寧に説明し、GitHubのSuggestion機能を使って修正例まで示してくれるエンジニアにも助けられました。相手が次の行動に迷わないレビューが、開発を前に進めるだけでなく、レビューを受ける側の心理的な負担も軽くすることを実感しました。そのとき助けてくださった方々には、今でも感謝しています。
その後、経験を積んで自分がレビューする機会が増えると、今度はレビュアーとしての難しさに直面しました。
何を、どの順番で、どこまで確認すればよいのか。どのように伝えれば、相手に意図を正しく理解してもらえるのか。体系的に学ぶ機会がないまま、手探りでレビューをしていました。
これは私個人だけの問題ではありませんでした。チーム内でもレビューの方法が確立されておらず、それぞれのエンジニアが自身の経験を頼りにレビューしていました。その結果、人によって重視する観点や指摘の内容が異なり、レビューを受ける側が納得しにくい場面もありました。レビューの手戻りは、開発を進めるうえでのボトルネックにもなっていました。
そこで、生産性向上に向けた業務改善の一環として、チームのコードレビューを見直すことにしました。その取り組みの一つが、レビューの目的や観点、コメントの伝え方などをまとめたガイドラインの整備です。
レビューを個人の経験や感覚だけに任せず、チームで共通認識を持つ。そのために、これまで暗黙知になっていたレビューの考え方を一つずつ言語化していきました。
このガイドラインの整備をきっかけに、チームメンバーはコードレビューについて本格的に調べ、考え、実践するようになりました。そして、このときの経験が『コードレビューの教科書』へとつながっていきます。
コードレビューに取り組むなかで見えてきたこと
コードレビューについて学び、実践し、その内容を発信していくなかで、個人の技術だけでは解決できない問題が数多くあることに気づきました。
たとえば、レビューに時間がかかる原因は、レビュアーの能力だけにあるとは限りません。変更が大きすぎる、背景や意図が説明されていない、チーム内で判断基準が共有されていない、といった開発プロセス上の問題が隠れていることがあります。
また、レビューで交わされる言葉は、チームの文化そのものを形作ります。質問として意図を確かめるのか、一方的に修正を求めるのか。必須の指摘と提案を区別するのか。よかった点も伝えるのか。小さな振る舞いの積み重ねが、意見を言いやすいチームにも、レビューを怖いと感じるチームにもつながります。
こうした経験から、コードレビューを改善するには、個々のテクニックだけでなく、目的、観点、コミュニケーション、運用の仕組みまで含めて考える必要があると思うようになりました。
出版に至るまで
コードレビュー改善の取り組みをObject-Oriented Conference 2024やオンラインイベントで紹介していたところ、技術評論社様からお声がけいただき、『コードレビューの教科書』の企画が始まりました。
Object-Oriented Conference 2024などの発表資料は、Speaker Deckでご覧いただけます。
書籍としてまとめるにあたり、目指したのは、特定の言語やツールだけに依存しない、コードレビューの土台となる考え方を体系的に伝えることでした。断片的なノウハウを並べるのではなく、「なぜレビューをするのか」から始め、レビューを依頼する側、レビューをする側、そしてチーム全体の視点を一つにつなげたいと考えました。
また、執筆方針を考えるうえでは、近年急速に普及しているAIコードレビューも意識しました。
本格的に執筆を始めた2025年当時、AIコードレビューを利用できるサービスはまだ一部に限られていました。しかし、現在(2026年9月)では、AIコードレビューを導入するチームも増えています。
AIによってレビューの一部を効率化できる一方で、指摘を採用するかどうかや、変更が適切かどうかを判断する責任までAIに委ねられるわけではありません。AIは今後も目まぐるしく進化していくでしょう。しかし、コードレビューの最終的な責任は、これまでと同様に人間が担う必要があると考えています。
『コードレビューの教科書』に込めた思い
コードレビューに、唯一の正解があるわけではありません。プロダクトの性質、チームの人数、メンバーの経験、開発の段階によって、適切な進め方は変わります。
だからこそ本書では、表面的な「こう書けばよい」「ここを確認すればよい」だけではなく、状況に応じて判断するための軸を届けたいと考えました。読者の皆様が自分たちのレビューを振り返り、チームに合った方法を話し合うきっかけになれば嬉しく思います。
また、レビューを受ける側の方にも手に取っていただけるよう、内容や構成にも配慮しました。レビューを受けるのが苦手な人、何をどこまで確認すればよいのかわからない人、レビューに時間を取られ続けている人。そうした人にとって、本書が悩みを整理し、次の一歩を踏み出す助けになれば、著者としてこれ以上の喜びはありません。
※上記の写真は、許可を得て撮影しています。
おわりに
コードレビューは、コードの品質を高めるためだけのものではありません。互いの知識を持ち寄り、考えを言葉にし、チームでソフトウェアを育てていくための大切な機会です。
『コードレビューの教科書』が、日々レビューに向き合う皆さまと、そのチームの助けになることを願っています。