はじめに
何度か機会をいただき、本の類を書いてきました。
最初の本は2007年です。『入門 タグチメソッド』という本のとある章について「深く書いてみませんか?」という依頼が著者の立林さんに行って、「それならボクよりも、実際に仕事でやっている秋山君が書いたほうがいいんじゃないの?」(by 立林さん)という流れで書くことになりました。
その少し前、大西さんから「直交表を用いたテストについて、超絶易しい解説記事を書いてみない?」って言われて『ソフトウェア・テスト PRESS Vol.2』に記事を書いていたので『何とかなるかー!?』と気軽に書くことを決めました。(お世話になり、尊敬している立林さんからの依頼を断るわけにはいかないという事情もありました。)
昨今は、個人出版(Amazon Kindle ダイレクト・パブリッシングや達人出版社などを利用)することが容易にできますし、同人誌的なオフセット印刷による薄い本を技術書典などで頒布することもできます。昔と比べたら本を書くことの敷居はずっと低くなっているように思います。本を書くチャンスは満ち溢れ、誰もが『≪その気≫にさえなれば出版できる』時代となっています。
でも、『何を書き、何に気をつけるか』については、昔とそれほど変わっていないようです。
そこで、本エントリーでは私が経験した(特に、複数名で共著を作るときに)『書く前に決めておいて本当に良かったこと』、『書く前に決めておけば良かったこと』について記載したいと思います。いわゆる『文章讀本』に記載しているような作文のノウハウ(=文章を書く技術)は本エントリーの対象外です。そちらは山ほど良い本がありますので。
※ 文章を書く技術については、例えば、『明文術 伝わる日本語の書きかた』を読まれることをおすすめします。
本エントリーが、『≪その気≫になった人』に少しでもお役に立つこと、もしくは、『その気になっていない人』が少しでもその気になることにつながるとうれしいのですが。
本の大きさ
紙の本の場合は、物理的な大きさから決める必要があります。大きさによってレイアウトが変わりますし、図・表などもページの大きさに影響を受けるからです。電子書籍の場合もプリントすることを考えますと、最初に決めたほうが良いと思います。
出版社から出版する場合は、何かのシリーズに位置づけられることが多いでしょうから、編集者から「A5判、ヨコ組、1頁の組版:1行35字詰×28行=980字詰」といった指定を受けることになります。内容によっては「新書サイズでタテ組」でということになるかもしれません。同人誌など、自分たちで製本する場合には、自分たちで決める必要があります。おそらく、A5判もしくはB5判となると思います。それぞれの大きさは下表の通りです。
A5判 | B5判 | |
---|---|---|
大きさ | 148mm × 210mm | 182mm × 257mm |
1ページの文字数 | 1行35字詰×28行=980字詰 | 1行40字詰×35行=1400字詰 |
例 | Software Testing ManiaX | 201 CREATED |
大きいほうから、A4(ノートパソコン)、B5(週刊誌)、A5(ハードカバー書籍)、B6(バイブルサイズのシステム手帳)、A6(文庫本)、B7(パスポート)をイメージしていただければOKです。A4の半分の大きさがA5、A5の半分の大きさがA6というように、数字が一つ上がるごとに面積が半分になります。(縦横比は変わりません。)
A5判は、見開きでA4サイズになります。また、ページ数が増えて厚くなっても持ち運びやすい大きさです。B5判は学生のときに板書用のノートとして使っていた人が多いのではないでしょうか。広々と書ける一方で1ページあたりの文字数は多くなりますので文章中心の作品だと(読者が)つらいかもしれません。B5判は写真や絵が多い場合に適しています。
なお、本の厚さは使用する紙の種類によって変わります。薄くて丈夫な特殊な紙はそれなりに高価ですので、販売価格(原価)を考えると、トータルで、200~300ページ/冊を目安(概算)にするのが良いと思います。
全体の構成とページ数
本の大きさが決まれば、次は全体の構成と目標のページ数を決めます。
考慮すべき目次について一覧表で示します。下表のページ数は200ページ程度の書籍を想定したものです。同人誌などの場合は、全ての項目を書く必要はありません。
項目 | 内容 | 頁数 |
---|---|---|
表紙 | 表紙と裏表紙は特別な紙を使ってカラーにします。表紙のタイトル(サブタイトル)は出版社が最終決定権を持ちますが、希望は聞いてもらえます。タイトルは書籍検索時の重要な情報源となりますので慎重につけましょう。 | 1 |
トビラ | 中表紙です。表紙を白黒にしたものが多いものです。トビラから目次までを前付、参考文献から著作権表示までを後付といいます。 | 1 |
商標 | 「 CMMIはカーネギーメロン大学の登録商標です。」といったように本文で商標を記述する場合は、記載する必要があります。 | 1 |
推薦文 | 一般書籍の場合、大学の先生や業界で著名な経営者等に推薦文をいただく場合があります。 | 2 |
まえがき | 対象読者、読み進め方、謝辞といった本文の前に読んでおいてほしいことを書きます。 | 3 |
目次 | 目次は必須です。進捗の目安にもなります。 | 3 |
本文 | 第1章~第X章。構成として、部、章、節、項となりますが、部を用いたらそれぞれの中で、1, 1.1, 1.1.1というように項番を振る方法もあります。1.1.1より細かいものは、番号を振らずに、まとまりごとに[小見出し]を書くようにすると読みやすくなります。 | 180 |
参考文献 | 参考にした論文・書籍やウェブサイトなどの一覧を書きます。 | 2 |
用語集 | 専門書の場合、用語集があると、その書籍での用語の定義が明確になります。 | 3 |
索引 | 書籍(100ページを超えるようなもの)の場合は索引は必須です。 | 3 |
著者一覧 | 読者に対して、どのような専門性を持っている人が執筆しているかの情報を与えます。 | 1 |
著作権 | 書いていなくても法的には権利がありますが、記載したほうがよいでしょう。 | 1 |
裏表紙 | 価格、ISBN、著名人からの短文の推薦メッセージなどを記載します。 | 1 |
その他 | ズバッと書けないものや共著者間で意見が割れる場合は、コラムとしてまとめて、本文のどこかに挿し入れます。また、各章が偶数ページで終わるように白紙を挿入したり、章の始めのページに中扉をつけるかどうかも決めておきます。 |
本文以外は同一ジャンルの既存の本を真似しても良いでしょう。
本文について
本文はモリモリと書いていけばよいのですが、複数名で書くときには事前に執筆ルールを決めておくと推敲時の直しが少なくなります。そうしないと、例えば、『コンピューター』と『コンピュータ』(要は語尾を伸ばすかどうか)というつまらないことで宗教戦争?が勃発します。
※ 言葉は思考に影響を与えますので、こだわりたい気持ちはよくわかります。でも、一方で言葉は道具です。世につれて変わるものですから『こちらが正しい』という議論はむなしいものです。『読者が読みやすく、かつ、全体の統一を考慮する』あたりで妥協しましょう。
なお、出版社から書籍を出版する場合は、出版社によって『表記ルール』が異なりますから、そちらに従ってください。(こちらも、編集者や校正担当者との戦いになる場合もあります。)
かくいう私も『スマートフォン』を『スマホ』に校正されたときには、ムッっとしました。←おとなしく従いました。
以下は決めておくことをお勧めする『執筆ルール』です。
・表記:
困ったときのバイブルを決めておく
例えば、『日本語表記ルールブック』にしたがうことを決めておくと、もめた時に全員が納得(妥協?)する答えがでやすいです。
送りがなのルールや、接続詞・助詞をひらがなにする、旧仮名遣いや、“くだけた表現”を用いないなど、意見が対立した場合の指針を持つことが大切です。
読みやすさへの配慮をおこなう
一文の長さ:
一文の長さとは文の書き始めから「。」までの文字数のことをいいます。専門家の間でも、適切な長さについて、20文字~100文字と結構幅があります。ここまで(この段落で)、2文書きましたが、28文字と38文字でした。
会話や列挙などは長さを感じにくいので、「うちの部長は80文字でも、100文字でも問題ないって言ってた」といった風に書くと長くても読みやすくなります。←74文字
でも、原則として、『80文字を超えていたら分割できないかを考える』ことをお勧めします。
文の文字数チェックは、文章全体をテキストエディタ(秀丸など)にコピーして「。」を「。\n」(つまり、句点を句点+改行)に全置換してExcelに貼り付けてlen関数で一文の文字数を調べて多いものから分割するといった方法も良いでしょう。←116文字(長い!)
助詞の連続:
「が」、「を」、「の」は連続して2つまでとします。3つ以上連続すると、リズムが悪くて読みにくくなります。
体言止め:
文章を体言止めで終わってはなりません。体言止めは文章ではないからです。
※ 体言止めとは、俳句などで、末尾を名詞で止める書き方のことです。例えば、『古池や 蛙飛び込む 水の音』(芭蕉)、とかです。
効果的に使えば良いリズムとなりますが、文意が伝わりにくくなるというデメリットがありますので、体言止めは、使わないようにします。
受動態:
受動態は、できるだけやめましょう。ていねいに書こうとすると受動態になりがちですので気をつけてください。
文字種:
カタカナ語は、多用しないようにしてください。特に、いわゆるバズワードは寿命が短いので日本語に言い換えることを検討したほうが良いです。また、漢字は常用漢字の範囲とします。(ふりがなを振るくらいならその漢字は使わないようにします。)
それから『同じ文字種が続く』と読みにくくなります。読点を入れたり別の言葉へ言い換えができないか検討しましょう。
半角と全角については、英数字はすべて半角、カタカナは全角とすることをおすすめします。図・表のなかでスペースの関係から半角カナを使いたくなったり、文章のなかに全角の英数字が混ざることがありますが、気づいたら統一するようにします。文字種とは違いますが、フォントも統一します。奇抜なフォントを使うと環境によって文字化けしますので、メイリオとか一般的なものをおすすめします。英数字のフォントも注意しましょう。
文体:
常体「だ・である」もしくは、敬体「です・ます」に統一します。文学書以外では、常体と敬体の混在は許されません。←推敲していないと思われます。
句読点:
句点を「。」に、読点を「、」に統一するようにします。そもそも「。」や「、」について横書き用のフォントが無かった(「。」や「、」の文字は回転しても横書き用にはならない)ので「.」と「,」を使った経緯です。
列挙:
「赤・黄・青」のように短い語を列挙するときは「・」で区切り、長い場合は、「情報処理学会、日本品質管理学会、信頼性学会」のように「、」で区切るようにします。
括弧記号(「」『』“”()[]≪≫‘’〔〕<>【】{})の使い分け:
こちらは、統一していればよいのですが、私は以下の使い分けをしています。
「」 声に出した言葉
『』 声に出していない言葉、書籍名・商品名など
“” ひとまとめにして読んでもらいたいところ(かつ文に溶け込ませたい)
() 補足
[] ボタンや操作など。[キャンセル]ボタン
≪≫ ちょっと目立ってほしいまとまり
【】 目だってほしい単語
イラスト:
PNGフォーマットで300dpi以上、図・表はベクターとします。きれいに印刷するためです。たとえば、Wordなら≪拡張メタファイル≫がよいでしょう。
リンク:
URLは変わりやすいので極力使わないようにします。
引用:
引用については、『正しい「引用」のルールと著作権について』等を参考に正しい引用に務めます。
さて、引用ルールを守れば何でも著者に断らずに引用できるのかと言うとそうではありません。一般に写真・イラストはNGです。特に肖像権がありますので、顔写真は避けるか、本人に確認を取ります。ジャニーズタレントやディズニーがダメなのは有名ですよね。他にも著作権がある『歌詞』はたとえ短くても、引用できない(例の団体に支払いが必要)ということは知っておきましょう。
その他
一般的に本の執筆は長期戦になります。場合によっては数年かかることもあります。そこで、長期戦を前提とした活動が大切となります。
具体的には、まずは、中間成果物(原稿にある表の元となったエクセルや図の元となったパワポなど)を捨てずに一箇所にまとめておくことを強くお勧めします。というのは、推敲時に、修正したくなることが多く、そのときに元文書が見つからないことが多々あるからです。
次に、誰かに修正してもらったものや、出版社に図表起こしをしてもらったところについては念入りに推敲しましょう。例えば、WordからIllustratorにコピー&ペーストするときに一文字目や末尾が抜けてしまうことが発生しがちだからです。
それから『執筆用のツール』を使うときには注意してください。表記のゆれを見つけるようなツールは有効ですし、問題ありません。しかし、たとえば、こちらで紹介されているツール群はとても有効ですが、人によっては環境のセットアップに時間がかかったり、使いこなせなかったりすることがあります。特に複数人で執筆する場合、ツールに振り回わされて本文の執筆がおろそかになることも多いものです。そのような場合には、使い慣れたWord(スタイルは必須)を使うほうが良いかもしれません。
色々と書きましたが、情報をアウトプットすることは自身の技術力向上にもつながりますし、誰かのためになります。上記のなかで参考になったところだけ取り入れて活用いただけたらと思います。