📚 連載「AIにとって組織とは何か」第4回 / 全11回
複数の AI エージェントに仕事を分担させるとき、私たちはつい人間の会社を真似る。「設計担当」「実装担当」「レビュー担当」と、まるで求人票の職種のように割り振る。けれど、その「一人分の仕事」というサイズは、そもそも誰のために決まったサイズだったのか。人を雇うときの職の大きさを、容量のまるで違う相手にそのまま当てはめていないだろうか。
この回はまず、分業の粒度がもともと何によって決まっていたのかを正典にさかのぼる。そのうえで、相手の容量を上げたとき最適な粒度がどちらへ動くのかを、決定論モデルで測る。
18 という数字は誰のサイズだったか
近代の分業論はアダム・スミスのピン工場から始まる。スミスはピン作りという一つの仕事を、次のように分解した。
the important business of making a pin is, in this manner, divided into about eighteen distinct operations
「ピンを作るという重要な仕事は、このように約18の個別工程に分けられる」。針金を伸ばす、まっすぐにする、切る、先を尖らせる——スミスはこれを約18に割った。なぜ 1 でも 100 でもなく 18 なのか。その答えは、割ることで何が起きるかにある。
certainly could not each of them have made twenty, perhaps not one pin in a day
分業しなければ、一人が一日に作れるのは「確かに20本にも、おそらく1本にも満たない」。10人で分担した工場はその桁を変える。スミスは分業の有無を、生産量で240分の1から4,800分の1の差だと見積もった。なぜそこまで差がつくのか。スミスは三つの理由を挙げる。
first, to the increase of dexterity in every particular workman; secondly, to the saving of the time which is commonly lost in passing from one species of work to another; and lastly, to the invention of a great number of machines
第一に各工程での熟練度の向上、第二に作業を切り替える際に失われる時間の節約、第三に機械の発明。このうち前の二つが、粒度を決める鍵になる。切り替えの損失について、スミスはこう書く。
A man commonly saunters a little in turning his hand from one sort of employment to another
人は作業を切り替えるたびに「少しのあいだ手が遊ぶ」。切り替えにはコストがかかる。だから工程をまたがず一つに留まるほど、無駄が減る。そして熟練については——
by reducing every man's business to some one simple operation, and by making this operation the sole employment of his life
各人の仕事を一つの単純な作業に還元し、それを「生涯の専従業務」にすることで熟練が上がる。ここに二つの前提が潜んでいる。一つは、人間は一度に多くの工程を高い熟練で保持できないこと(容量の限界)。もう一つは、専従が「生涯」続くからこそ熟練への投資が回収できること(在職の長さ)。18 という粒度は、この容量と在職に合わせて調律された数字だった。自然法則ではない。
なぜ割るのか — 有界な心という共通の理由
スミスの観察は、後に限定合理性として一般化される。人間の認知容量は有界で、私たちは最適化ではなく満足化する——手に負える範囲で「これで十分」と決める。分業はこの容量制約への対処であり、組織とは有界な認知をまとめる装置だ、という見方である(March と Simon)。割るのは、一人では抱えきれないからだ。
同じ問題を、ハイエクは知識の側から照らした。
the knowledge of the circumstances of which we must make use never exists in concentrated or integrated form
私たちが使うべき状況の知識は「決して集約された統合的な形では存在しない」。それは個々人が持つ断片として散らばっている。だから——
We must solve it by some form of decentralization. But this answers only part of our problem.
「私たちはこれを何らかの分権化によって解かねばならない。だがこれは問題の一部に答えるにすぎない」。そしてハイエクは、分権化が向き合う核心をこう定式化する。
The problem is precisely how to extend the span of our utilization of resources beyond the span of the control of any one mind
問題は「リソース活用の範囲を、いかなる一つの精神が制御できる範囲を超えて広げること」だ。ここで言う「一つの精神が制御できる範囲」こそ、容量にほかならない。分業も分権化も、一つの心が抱えきれる範囲が有限だから生じる。割っているのは仕事だけではない。知識と制御も同時に割っているのだ。
そうだとすると、自然な問いが立つ。もし相手の「一つの心の範囲」が広がったら——容量そのものが上がったら——割る理由はどうなるのか。
容量を上げると粒度はどう動くか
この問いを測るために、編集部は決定論モデルを組んだ。骨子はスミスとハイエクの観察をそのまま費用に置き換える。仕事量を g 片に割ると、各片の負荷は容量 κ に対して軽くなる(割るほど一片が小さく、熟練の限界に収まる)。一方で、片を増やすほど片どうしをつなぐ調整辺が増え、その費用は通信コスト c_comm に比例する。総費用を最小にする分割数が、最適粒度 g* だ。
# 決定論モデルの骨子(疑似コード・マジックナンバーなし)
# 仕事量 W を g 片に割る。各片の負荷 = W / g。
# cost(g) = 容量超過ペナルティ(W/g, κ) + c_comm × 調整辺の数(g)
g_star = argmin over g of cost(g)
容量 κ を 2 から 100 へ上げると、最適な分割数 g* は次のように動いた。
容量 κ を 2 → 100 へ上げたときの最適分割数 g*
g* = 50 → 20 → 10 → 5 → 2 → 1
g* = 50→20→10→5→2→1。容量が高いほど、最適な分割は粗くなる(片が少なくなる)。低容量(κ=2)では 50 片に細かく割るのが最適だが、高容量(κ=100)では割らずに 1 片で抱えるのが最適になる。さらに、通信コスト c_comm が高い領域では、片を増やすと調整辺の費用がかさむため、各片を容量超過ぎみに負わせてでも分割を抑える——過負荷を許容してさらに粗くなる。
AI エージェントは、この座標で言えば容量 κ が高く、片どうしの通信コスト c_comm が低い領域にいる。高容量だけを見ても最適粒度は粗い方へ寄る。つまり「人間の一職分」というサイズは、AI にとって自然な単位ではない。人を雇う前提で刻んだ 18 工程を、容量の桁が違う相手にそのまま渡せば、本来は不要な分割と、その分の調整を持ち込むことになる。
この結論は前回(第3回)とつながる。粗い分解は片が少なく、片が少なければ片どうしをつなぐ調整辺も少ない。調整辺が少ない構造は、階層を積む理由を弱め、フラットな形を後押しする。容量が上がると粒度は粗くなり、粗い粒度はフラットを呼ぶ——分業の粒度と組織の形は、同じ容量という一つの変数の上で連動している。
同じ κ と c_comm を入れれば、誰が回しても同じ g* の列が出る。数値(2026-06-23 時点)はモデルの仮定の上での相対的な向きを示すものであり、現実の特定システムの絶対値ではない。確かなのは向きだ。容量が上がるほど、最適な分け方は粗くなる。
References
[1] https://www.marxists.org/reference/archive/smith-adam/works/wealth-of-nations/book01/ch01.htm
[2] https://www.econlib.org/library/Essays/hykKnw.html
連載「AIにとって組織とは何か」の前後
- ← 第3回: 階層は惰性か — 通信が安くなると構造はどう動く
- → 第5回: 管理は消えない、変質する