乱立するPhysical AI──同じ型のAIを追う3社、公開度だけが違う
ロボット向けのAI基盤モデルを比べる記事のはずが、3社のうち1社だけコードを1行も見せられない。米ピッツバーグ発のスタートアップSkild AI(スキルドAI)の「Skild Brain」は評価額140億ドルを超えた注目株だが、GitHub公式アカウントgithub.com/skild-aiの公開リポジトリはゼロ件だ。同じくロボット基盤モデルを手がけるNVIDIAの「GR00T」、スタートアップPhysical Intelligenceの「openpi」と並べると、この対照はより際立つ。なぜSkild AIだけがコードを出さないのか。3社を比べながら理由を探る。Physical AI (ロボットなど物理世界を認識し行動するAIの総称)への投資は活況で、2026年上半期だけで188億ドルに達したという(Value Add Pulse)。Skild Brainは、ロボットの身体形状(腕の本数や車輪か脚か)を事前に決め打ちしなくても、ヒューマノイド・四足歩行・固定アーム・移動式アームを1つのモデルで動かせる omni-bodied (身体非依存)設計を掲げる VLA (Vision-Language-Action。映像を「見て」指示を「言語」として理解しモーターへの「行動」指令に変換するAIモデルの総称)だ。GR00T・openpiも同じ枠組みのAIモデルである。
比較1:Skild Brain vs NVIDIA GR00T──「身体非依存」対「ヒューマノイド特化」
NVIDIA公式の導入事例ページによれば、Skild Brainは「何をすべきか」をゆっくり判断する層と、「どう体を動かすか」を素早くモーター指令に変える層を分けた、頭と反射神経のような分業設計を採る。とっさの判断を System1 、じっくり考える働きを System2 と呼ぶ認知科学の比喩から、 System1/System2型 と呼ばれることが多い。この2層構造自体はSkild Brain固有の発明ではなく、比較対象のGR00Tも同じ型を採る。HuggingFace公式ブログによれば、GR00TはSystem2に画像と文章を同時に理解する VLM (Vision-Language Model)「Cosmos-Reason2-2B」を、System1にはノイズを少しずつ取り除きながら動きを作る DiT (Diffusion Transformer)を使う。両者を分けるのはomni-bodiedという対応範囲の広さで、GR00Tは1X Technologies・Boston Dynamics・NEURA Roboticsなど複数のヒューマノイドメーカーに早期採用された(NVIDIA公式プレスリリース)のに対し、Skild Brainは産業ロボット全般を狙う。GR00Tをロボットへデプロイするコードは、GitHub公式リポジトリとHuggingFace公式ブログの両方で以下のパターンが確認できる。
from gr00t.policy.server_client import PolicyClient
# GR00T の推論サーバーに接続する。
# サーバー内部では、System2(Cosmos-Reason2-2B バックボーンの VLM)が
# 低頻度で「何をすべきか」を判断し、
# System1(DiT ベースの行動ヘッド)が高頻度でモーター指令に変換する
# ——という階層アーキテクチャがこの1行の裏側で動いている
policy = PolicyClient(host="localhost", port=5555)
# obs はカメラ画像・ロボットの関節角度などの観測値の辞書
obs = {
"video.ego_view": camera_frame, # エゴセントリック画像
"state.joint_positions": joint_state, # 現在の関節角度
}
# get_action() の呼び出し一発で、System2の意思決定から
# System1のモーター指令生成までが完結する
action, info = policy.get_action(obs)
Skild Brainには、これに相当する公開APIが存在しない。次の比較でその理由に踏み込む。
比較2:Skild Brain vs openpi──閉じた統合型 対 OSS公開型
Skild Brainのソースコードやモデル重みを公開するリポジトリは存在しない。github.com/skild-aiは公開リポジトリ0件・フォロワー18人だ。ABB Robotics・Universal Robots、台湾の受託製造大手Foxconn(鴻海精密工業)といった OEM (相手先ブランドの製品に自社技術を組み込む事業形態)パートナー企業への統合でのみ提供され、開発者が手元で動かせるSDKやチェックポイント(学習済みモデルの重みファイル)は公開されていない(Skild AI公式ブログ)。Foxconnの拠点ではSkild Brainを積んだロボットが部品の組み付けからネジ16本の締結までを自動化しているという。対照的なのがPhysical Intelligenceの「openpi」だ。Apache-2.0で公開されスター数12.9k・フォーク数2.2kと活発。π0・π0-FAST・π0.5の3系統を含み、チェックポイントのダウンロード推論も自前データでのファインチューニングも可能だ。
from openpi.training import config as _config
from openpi.policies import policy_config
from openpi.shared import download
# 使用する学習済みモデルの設定と、チェックポイントの保存先を指定する
# (Skild Brainには、こうして「自分でチェックポイントを選んで使う」という
# 選択肢自体が存在しない)
config = _config.get_config("pi05_droid")
checkpoint_dir = download.maybe_download("gs://openpi-assets/checkpoints/pi05_droid")
# 学習済みポリシー(この例ではpi0.5系モデル)を読み込む
policy = policy_config.create_trained_policy(config, checkpoint_dir)
# observation は複数カメラ画像・ロボット状態・自然言語プロンプトの辞書
example = {
"observation/exterior_image_1_left": exterior_image,
"observation/wrist_image_left": wrist_image,
"prompt": "pick up the fork",
}
# infer() の戻り値の "actions" キーから行動チャンクを取り出す
action_chunk = policy.infer(example)["actions"]
GR00T・openpiはいずれも LIBERO・SimplerEnv (ロボット基盤モデルの性能を横並びで測る代表的な標準ベンチマーク)での再現手順を公開し、第三者が同条件で検証できる。Skild Brainにはこれに相当する公開データがない。OSS公開は中身を検証・改造できる代わりに学習パイプラインを自前で用意する手間を負い、Skild Brainのような閉じた統合型はその手間を引き受ける代わりに中身がブラックボックスになる。
数字が語るSkild AIの実力──ただし測定条件は非公開
タスク成功率60〜80%、積載量の耐性は自重の1.5倍まで、 TCO (総保有コスト。導入から保守までの総額)は10分の1。NVIDIA公式の導入事例ページはこう主張し、4,000〜1万5,000ドル程度の汎用ロボットが25万ドル以上の専用システムに匹敵すると謳う。この主張も、前段のGR00T採用実績・階層アーキテクチャの説明と同じくNVIDIA自身の発表に基づく一次情報であり、測定条件の詳細は確認できていない。投資額と実業績の乖離を指摘する声もある。Silicon Canalsは、Skild AIが14億ドルを調達し評価額140億ドルに達した一方、売上は約3,000万ドルにとどまると指摘する(調達自体はThe Robot Reportも報じる)。同記事は、1X Technologiesのヒューマノイド「NEO」が実は遠隔操作(テレオペレーション)で動いていたと後に判明した例も引き合いに、業界の誇大宣伝リスクに注意を促す。
あなたのチームが組みたいのは、どのモデルか
Skild Brainだけはコードで比較できなかった。github.com/skild-aiの公開リポジトリが0件である通り、開発者向けのSDKもAPIドキュメントも存在しないからだ。これは情報不足というより3モデルの立ち位置の違いだ。openpiはApache-2.0でモデル重みごと公開する「オープンな開発者プラットフォーム」路線、GR00Tはコードを公開しモデル重みに独自ライセンスを課す「準オープンなエコシステム形成」路線、Skild Brainは大手製造業とのOEM統合でのみ提供する「クローズドな垂直統合」路線だ。自分でモデルを検証・改造したいならopenpi一択だ。量産済みヒューマノイドで大手ベンダーに乗るならGR00T、生産ラインへの導入を外部パートナーシップとして任せるならSkild Brainが選択肢に入る。「閉じたロボット基盤モデル」を選ぶ理由があるとすれば、コードではなく実運用まで請け負うパートナーシップそのものにある。あなたのチームなら、どれと組みたいだろうか。
参考文献
- Skild AI公式ブログ - Ushering the reindustrial revolution
- Skild AI公式ブログ - Building the general-purpose robotic brain
- NVIDIA公式導入事例 - Skild AI Case Study
- The Robot Report - Skild AI Raises $1.4B Building Omni-Bodied Robot Skild Brain
- Value Add Pulse - Robotics Startups Record Venture Funding 2026
- State of Robotics 2026 - State of Robotics 2026 Report
- HuggingFace公式ブログ - GR00T N1.7
- GitHub - NVIDIA/Isaac-GR00T
- GitHub - Physical-Intelligence/openpi
- GitHub - skild-ai
- Silicon Canals - A two-year-old robotics startup...valued at more than fourteen billion
- NVIDIA公式プレスリリース - NVIDIA Announces Isaac GR00T N1 — the World's First Open Humanoid Robot Foundation Model