挨拶
こんばんは。いえらぶGROUP執行役員の和田です。
一時「新人のAI禁止」にてちょっとだけ話題になりました。あの会社の人です。
今でもたまに記事とか登壇とかで引用していただいて嬉しい限りです。
Qiita様、ご無沙汰しております。本日はコーディングエージェントではなく、日常的にAIに触れている中でのお話です。
AIで疲れてますよね
あえて断定で行きます。
ここ最近、AIがAIでAIをAIしてAIにAIとAIがAIAIAIAIAIAIAIAIAIAI…。
みたいな感じで文章読んでませんか。
「〇〇についてAIでまとめ」
「今回の実装について解説ドキュメントを作成しました」
「NotebookLMで図表にしました」
なるほど確かにちゃんと読めば勉強になりそうだ。なりそうだ。なりそうだ…。
長い…。AIで要約するか…。AIで生成された文章をAIで要約するってもはや一体何なんだ…。
はい、私はそんな感じです。疲れています。しかし流れには逆らえないので、私もそんな感じです。
AIのない時代はどうだったか?
さて、登壇資料を作っていた時のことです。「そうだ、あの時の話をしよう」と、過去の社内発表資料を引っ張り出してこようとあさっていて見つけた資料がこちら。
………。
このシンプルな感じ、ほっとしません?
発表までに全然時間がなくて、15分で作ったゆえのシンプルさ。なんなら最後のスライドなんか口頭でごまかしてるのが見え見え。
AIだとどう作るのか気になったのでやってみた
AIは特段の指定がなければ、しっかり丁寧に説明をしてくる。読み手に対しての説明責任を果たそうとする。その結果、読む側に「理解する責任」を負わせるコンテンツが出来上がる。
と、いう理解でいたのでこのめちゃくちゃシンプルなスライドを、NotebookLMに読ませて、特に具体的なものなく「スライドを作成して」で作らせてみました。
………。
ガチャガチャうるさいなぁ…。
図を描かれると、目線があっちこっち行って集中できない。
読み終わった後に、「何が言いたかったんだっけ?」てなる読後感。
あれえ?AIで作った資料ってわかりやすいんじゃなかったっけ?
あれえ?
「丁寧」と「わかりやすい」はイコールにならない
AIが作ってくるものを「丁寧」と表現するのが適切かは議論の余地がありますが、あのAIが出してくる重厚なコンテンツは、我々の目と脳を日々消化不良に追い込んでいるのは事実です。
なんだかんだ大は小を兼ねるでしょうし、一つずつ読んでいけば理解が及ばないことは少ないでしょう。
しかし、「伝えたいことが伝わるのか」、その点で言えば必ずしもすべての情報を詰め込むことは適切ではありません。
「我々はなぜ情報を伝えるのか?」、それは行動を変容させるためです。
言い換えれば、行動を変容させないなら伝達そのものは不要ともなりかねません。
AIを使いたいのか?受け手に動いてもらいたいのか?
自分が何のために発信をするのか、時に立ち返る必要がある時代になったのかもしれません。
ひとことで、言え。
たくさん文字を紡がなければ不足がありそうで不安ですが、
矛盾があっては指摘されてしまいそうで不安ですが、
言葉足らずで誤解を招いては本末転倒だと不安になりますが、
それでも発信することで何かを変えたいなら、
削いで・磨いて・選んで・考えてを繰り返して、
厳選した「ひとこと」に凝縮させるという作業も、時に必要なのだと心得たいものです。
おわり。
さすがに全文手書きしました。読みにくかったらすみません。



