自宅の壁に来ているテレビのアンテナ線(同軸ケーブル)を、LANとして転用できないか調べたことがある人は多いと思います。MoCA(Multimedia over Coax Alliance)という規格を使えばそれができます。北米ではケーブルテレビ事業者が標準採用していて実績があるのに、日本ではほとんど無名です。
無名なのは規格に問題があるからではなく、単に普及していないからです。ただし、日本の放送事情に起因する固有の注意点があります。「使えるか使えないか」は勘や評判ではなく、周波数の数字から機械的に判定できます。この記事はその判定方法をまとめたものです。
実際に自宅で導入した実測結果(工事なしで下り267→483Mbps、レイテンシ15→8ms)は別記事に書きました。この記事では判定ロジックだけに絞ります。
MoCA 2.5とは
MoCAは同軸ケーブル上でイーサネットを通す規格です。最新のMoCA 2.5は最大2.5Gbpsに対応し、1125〜1675MHzの帯域を使います(MoCA Alliance公式)。
アダプタは必ず2台1組で使います。同軸ケーブルの両端に1台ずつ置き、その間をLANとして通します。電源線を間借りするPLC(コンセントLAN)と違い、同軸はもともと放送用の広帯域信号を通すために作られた線なので、通信路としての素性が良いのが特徴です。
周波数で見る: MoCAと日本の放送波はどこで重なるか
判定の核心はここです。MoCA 2.5の帯域(1125〜1675MHz)を、日本のテレビ放送の周波数と並べます。
| 放送 | 周波数帯 | MoCA 2.5(1125-1675MHz)との関係 |
|---|---|---|
| 地上デジタル放送 | 470〜710MHz | 重ならない |
| BS放送の受信機入力(BS-IF) | およそ1032MHz以上 | 重なる |
| 110度CS放送のIF | MoCAの上のほう | 重なる |
(出典: 総務省 — 放送用周波数の割当ての現状、映像情報メディア学会 — テレビ放送用電波の周波数一覧)
地デジだけなら周波数が完全に離れているので共存できます。問題はBS/CSです。アンテナからケーブルに流れてくるBS/CSの信号と、MoCAが使いたい帯域が真正面からぶつかります。
なお4K8K放送の左旋帯域(2224〜3224MHz)はMoCAより上なので直接は重なりません。8K対応の分配器が「3224MHzまで通す」性能を持っているのはこの左旋のためで、結果としてMoCAの1675MHzも余裕で通ります。分配器の対応周波数を確認するときの判断基準になります。
PoEフィルタで解決できるか — 通過帯域から逆算する
MoCAの解説では「PoEフィルタ(ローパスフィルタ)が必須」とよく言われます。これはMoCAの信号がアンテナ線を通って屋外のアンテナまで漏れ、電波として放射されるのを防ぐためです。日本には電波法があるので、意図しない電波の発射は避ける必要があります。
では、フィルタを入れればBS/CSと共存できるのか。スペックを見る限り、できません。
代表的なPoEフィルタ(PPC/Belden)の仕様はこうなっています(仕様書PDF)。
- 通過帯域: 5〜1002MHz
- 阻止帯域: 1125〜1525MHz(35dB以上減衰。上位モデルは1675MHzまで40〜70dB)
地デジ(470〜710MHz)は通過帯域に収まるので、そのまま通ります。しかしBS-IFの1125MHz以上は、MoCAと一緒に阻止されてしまいます。 フィルタはMoCAだけを狙い撃ちできず、そこに重なっている放送波も巻き込む形です。
つまり、フィルタが解決するのは「地デジは見たいがMoCAの電波漏れは防ぎたい」というケースだけで、「BS/CSを見ながらMoCAも使いたい」というケースには効きません。
goCoaxが「衛星放送では使えない」と明記している理由
この干渉は、メーカー自身が認めています。goCoaxのMoCA 2.5アダプタの商品名にはこう書かれています。
Not for Satellite TV (DirecTV, DISH)
北米の衛星放送サービスとは併用できないという宣言です。理由は日本のBS/CSとまったく同じで、衛星放送がアンテナ線に流す信号がMoCAの帯域とぶつかるからです(goCoax公式)。
余談ですが、Amazon.co.jpの日本語の商品名ではこの否定が抜けていて、「ケーブルインターネットホーム用 - 衛星テレビ」のような表記になっている例があります。英語表記が正で、日本語だけで判断すると意味を取り違えます。一次情報(英語の原文)に当たることの重要性を実感した箇所でした。
判定表
| 家の状況 | MoCAは使えるか | 必要なもの |
|---|---|---|
| アンテナ未設置・テレビはネット配信のみ | ◎ 最適 | 不要 |
| 地デジのみ視聴 | ○ 使える | PoEフィルタ(地デジは通り、MoCA帯だけ止まる) |
| BS/CSを視聴している | △ 非推奨 | フィルタでは解決しない。メーカーも非対応と明記 |
| 集合住宅・共聴設備あり | △ 要注意 | 他世帯へ信号が漏れる可能性 |
| 部屋にテレビ端子がない | × 不可 | — |
自宅がどこに当てはまるか確認する手順:
- 屋外にアンテナがあるか(なければ最初の行で確定)
- アンテナがあるなら、地デジのみか、BS/CSも見ているか
- 分配器の型番から対応周波数を確認する(4K8K対応なら1675MHzは通る)
実際に導入した結果
筆者宅は2020年築の戸建てで、各部屋にテレビ端子があります。屋外にアンテナは設置しておらず、テレビはインターネット配信のみで視聴しています。つまり同軸ケーブルは一度も使われないまま眠っていた状態で、上の判定表でいう「◎最適」のケースでした。分配器も8K対応(3224MHz対応)だったため、MoCA帯域を通す性能面の懸念もありませんでした。
goCoax MA2500D(MoCA 2.5)を導入し、工事なしで下り267.9Mbps→483.4Mbps、レイテンシ15ミリ秒→8ミリ秒に改善しました。3回測定した内訳、AirPlayミラーリングやSSH接続の安定性への影響、写真つきの導入手順は別記事にまとめています。
まとめ
- MoCA 2.5の帯域(1125〜1675MHz)は地デジとは重ならないが、BS-IFとは重なる
- PoEフィルタは地デジとMoCAの干渉は解決するが、BS/CSとの干渉は解決しない
- 判定は「アンテナの有無」→「地デジのみかBS/CSもか」→「分配器の対応周波数」の順で機械的に決まる