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正妻SHINOBIと、令和の沼らせ女子NAYAの間で——キーボードに操を立てようとして失敗した話

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キーボードとは、文字を入力するための道具である。

少なくとも、NAYA Createを使い始めるまでは、そう思っていた。
現在、私のデスクには二台のキーボードがある。

長年連れ添ってきた、TEX SHINOBI。
そして最近付き合い始めた、左右分離型キーボードのNAYA Create。

一台は、私の指癖も、独自の運指も、何も言わずに受け止めてくれる正妻。
もう一台は、見た目は最高に洗練されているのに、付き合ってみるとこちらのエネルギーをゴリゴリに削ってくる、令和の沼らせ女子。

私はいま、この二台に挟まれて、もだえ苦しんでいる。

image.png

ホームポジションから離れられない男

SHINOBIの最大の魅力は、やはりトラックポイントだ。
キーボードの中央に鎮座する、真紅のポインティングスティック。
ホームポジションから手を離すことなく、マウスポインターを操作できる。
右手をマウスまで移動しなくていい。
親指をトラックボールまで運ばなくていい。
人差し指をわずかに伸ばせば、そこにポインター操作がある。
入力とポインティングが分断されない。
この連続性こそ、トラックポイントの最大の魅力だ。
長年SHINOBIを使ってきた私にとって、これはもはや入力デバイスの一機能ではない。
身体の記憶である。

TEX SHINOBI

TEX SHINOBIは、ThinkPadの伝統的な7段配列を思わせるメカニカルキーボードだ。
中央にはTrackPoint。
物理配列は、一般的なキーボードで長年使われてきたロウスタッガード。
キーの「行」が横方向へ少しずつずれた、見慣れた配列である。
ロウスタッガードは、人間の指の動きに対して本当に合理的なのかと問われれば、議論の余地はある。

だが、何十年も一般的なキーボードを使ってきた身体にとって、そのずれは欠点ではない。
むしろ、考えずに指を置ける安心感だ。
SHINOBIは、私がどの指でどのキーを押そうと、何も言わない。
少し崩れた運指も、自己流のショートカットも、すべて黙って受け入れる。

「あなたは、あなたのままでいい」

そんな顔で、いつも同じ場所にいる。

正妻の包容力にも、限界はある

もちろん、正妻にも欠点はある。

SHINOBIは一体型キーボードだ。
左右の手を一台の中央付近へ置く以上、両腕は身体の内側へ集まる。
気づけば肩が入り、胸まわりが閉じ、長時間の作業では首や肩に重さが残る。

さらに、トラックポイントにはドリフトがある。

触れていないのに、ポインターがゆっくりと歩き出す、あの現象だ。
以前なら、
「また始まったか」
と笑って済ませられた。
ところが、長年連れ添った相手の欠点というものは、ある日突然、気になり始める。
一度気になると、悪いところばかり目につく。

寛容だったはずの自分が、いつの間にか細かな癖まで数え始めている。

そんなとき、目の前に現れたのが NAYA Create だった。

光を弾く素肌をまとった、令和の沼らせ女子

NAYAは、見るからに若い。
未来的なシルバーの外装。
左右へ分離したボディ。
優しく湾曲するキーの並び。
磨かれた表面は、若々しく張りのある素肌のように光を弾く。
細身で洗練されている。

机へ置いた瞬間から、自分が美しいことを完全に理解している。
それでいて、媚びてはいない。

「気に入ったなら、そっちが合わせれば?」

そんな距離感で、デスクの左右に自分の場所を確保する。
昭和的な意味での「ギャル」と呼ぶには、あまりにスタイリッシュだ。

これはもっと現代的な存在である。
SNSでは完璧。
写真も動画も洗練されている。
自分の価値を知っている。
一緒にいるだけで、自分まで新しい世界へ連れていってもらえそうな気がする。

ところが、実際に付き合ってみると、こちらの集中力と体力を容赦なく吸い取っていく。
見た目は最高。
思想も新しい。
だが、交際コストも最高水準。
まさに、令和の沼らせ女子である。

NAYA Create

NAYA Createは、左右を独立して配置できる分離型キーボードだ。
両手の幅や角度を、自分の肩幅に合わせられる。

腕を自然な位置へ開けば、肩まわりの窮屈さが減る。
SHINOBIの前では無意識に身体を縮めていたことを、NAYAは遠慮なく指摘してくる。
「その姿勢、本当にラクだと思ってたの?」
そう言いながら、こちらの両腕を左右へ連れ出していく。

ロウスタッガードの正妻と、新しい配置を迫るNAYA

NAYAを語るとき、単純に「オルソリニアのキーボード」と呼ぶのは少し違う。
オルソリニアとは、本来、キーが縦横に規則正しく並んだ格子状の直交配列を指す。
NAYAの配列は、完全な碁盤の目ではない。
中央へ向かって優しく湾曲した立体的な配置と、一般的なロウスタッガードとは異なる独自の列構成を持つ。
そのため、ここでは単純な「ロウスタッガード対オルソリニア」ではなく、
長年身体へ染み込んだ、SHINOBIのロウスタッガード
指の軌道や左右分離を意識した、NAYA独自の立体的な配列
という対比で考えたい。

NAYAの理屈は分かる。
左右の手は、最初から離れている。
指の長さも、それぞれ違う。
一体型の板へ、両手を無理に集める必要はない。

人間の身体に合わせてキーボードを変える。
思想としては、極めて正しい。
だが、正しい女性が付き合いやすいとは限らない。

長年ロウスタッガードに甘やかされてきた身体には、その合理性が少々じゃじゃ馬なのだ。
トラックボールは、すぐに機嫌を損ねる
私が使っているNAYAには、トラックボールモジュール「Naya Track」を付けている。

Naya Track

40mmのトラックボールを備え、ボールのZ軸回転によるスクロール、4つの設定可能なボタンなどを搭載したモジュールだ。
機嫌がよいときは、実に滑らかである。
指の動きへ素直についてくる。
NAYAの分離構造と合わせれば、肩を開いた状態のまま、文字入力とポインティング操作を完結できる。

理論上は申し分ない。
だが、この沼らせ女子はすぐに機嫌を損ねる。
数時間使っていると、トラックボールの動きが重くなる。
さっきまで滑らかに転がっていたはずなのに、急に引っかかる。

スマホを見ながら歩いているものだから、道の小さな段差につまずく。
明らかに自分の不注意である。
それなのに、段差をにらみつけて言う。
「あー、最悪。こんなところに段差つくらないでほしいんだけど」

NAYAのトラックボールも、だいたいそんな感じだ。
埃や皮脂を受け止めた支持部分が、急にツンケンし始める。
動きが悪くなった原因は、自らまとった汚れである。
それなのに、こちらの指使いが悪いとでも言いたげに引っかかる。

仕方がないので、私は定期的にボールを取り外す。
クロスでぬぐう。
支持部分の汚れを取る。

すると、何事もなかったように機嫌を直す。
さっきまでの不満など忘れた顔で、再び滑らかに転がり始める。

身体には優しい。
見た目もいい。
未来も感じる。
だが、とにかく手がかかる。

私が彼女を操作しているのか。
彼女の機嫌を取るために、私が動かされているのか。
だんだん分からなくなってくる。

「6」をめぐる文化の衝突

NAYAとの交際で、さらに重大な問題が発生した。
数字キーの「6」である。

SHINOBIでは、私は「6」を左手で打っていた。
一般的なロウスタッガード配列では、「6」はキーボードの中央付近にあり、左手の人差し指でも比較的自然に届く。
長年、そうしてきた。
疑問すら持っていなかった。

ところが、左右が物理的に分かれたNAYAでは、境界が明確になる。
「6」は右側ユニットにある。
つまり、右手で打つ。
NAYAは、何の悪びれもなく言う。

「あーしの世界では、6は右手だから」

説明はそれだけだ。
こちらが何十年、左手で6を押してきたかなど関係ない。
NAYAの世界では、左右の担当が明確に分かれている。
ロウスタッガードの曖昧な国境線は通用しない。

正論である。
分離型なのだから、どちらかのユニットへ置かなければならない。
右側にある以上、右手で押す。
だからこそ動揺する。

正妻であるSHINOBIは、一度も私の運指を指摘しなかった。
左手で6を打ち続けても、黙ってキーを差し出してくれた。
「あなたは、あなたのままでいい」
そう言って、すべてを受け入れていた。

私は、それを包容力だと思っていた。
だが、NAYAに右手で6を打たされて初めて、別の考えが浮かぶ。

SHINOBIは、本当に私を理解していたのだろうか。
ただ何も言わず、許す自分の尊さに酔っていただけではないのか。
私が独自の運指を続けても、自らの懐の深さを示せるなら、それでよかったのではないか。

疑い始めると、長年の優しさすら違って見える。
たった一つの数字キーによって、正妻との信頼関係が揺らぎ始めた。
令和の沼らせ女子が、正妻との関係を見直すきっかけを与える。
なんとも皮肉な話である。

手が届く場所に正妻を置く
それでも私は、もう少しNAYAと付き合ってみることにした。

右手で6を打つ。
左右分離の距離感に慣れる。
ロウスタッガードによって身体へ染みついた運指を、少しずつ更新する。

SHINOBIは片づけていない。
いつでも目に入る場所にある。
手を伸ばせば、すぐ届く。
触れようと思えば、いつでも触れられる。
それでも、あえて触れない。
これは、自分への戒めである。

手が届かないから戻れないのではない。
戻れるのに、戻らない。
そうすることで、自分が変わろうとしているのだと宣言している。

同時に、いつでも戻れるという安心感も確保している。
NAYAとの交際が苦しくなったとき、正妻のもとへ逃げ込める。
つまり私は、覚悟を決めているようで、何も決めていない。

後ろ暗い交際を続けながら、
「正妻も、きっと分かってくれている」
と都合よく考えている。

そんな許しを得た覚えはない。
だが、SHINOBIは何も言わない。
いつもの場所で、ただ静かに待っている。

そして、禁断の重婚へ

NAYAの分離構造は素晴らしい。
しかし、トラックポイントがない。
SHINOBIのトラックポイントは素晴らしい。
しかし、左右に分離できない。
だったら、両方を使えばいい。

左手にNAYA。
右手にもNAYA。
そして、その中央にSHINOBI。

思いついた瞬間、完璧な解決策に見えた。
左右では、シルバーのNAYAが堂々と自己主張している。
そのキー面は優しく湾曲し、二つのユニットがなめらかな曲線を描きながら、こちらの両手を待っている。
中央には、長年連れ添った漆黒のSHINOBI。
その中心には、真紅のトラックポイント。

NAYAでタイピングすれば、肩を開ける。
ポインターを操作したくなったら、中央のSHINOBIへ手を伸ばせばいい。

身体の健康はNAYA。
指先の操作感はSHINOBI。
ロウスタッガードの安心感も、分離型の合理性も、両方味わえる。

合理的だ。
合理的すぎる。

しかし気づく。
これは重婚ではないか。

一台のキーボードを愛し抜くことを諦め、複数台の長所だけを都合よく受け取る。
正しくない。
正しくないはずなのに、デスクへ並べる私には正解に見える。

NAYAは左右で存在を主張し、SHINOBIは中央で主導権を譲らない。
三者が最初から、その位置へ収まることを知っていたかのように見える。

image.png

だが、実際に重婚生活を始めると、致命的な問題が発生した。
トラックポイントの高揚感を得るためには、手をSHINOBIへ置かなければならない。
SHINOBIへ手を置けば、NAYAを構ってあげられない。
NAYAでタイピングしている間は、ホームポジションにトラックポイントがない。
トラックポイントを操作するために手を中央へ移した瞬間、NAYAがもたらした「手を動かさずにポインティングする」という理想は崩れる。

身体は一つしかない。
キーボードを三つ並べても、ホームポジションを三か所へ同時に置くことはできない。
重婚によって解決するはずだった問題は、より残酷な形で私へ戻ってきた。
どちらも選んだつもりで、実際にはどちらも満足させられていない。

正妻にも沼らせ女子にも中途半端な、背徳のマルチプレイヤーが完成しただけだった。
求めていたのは、二つで一つになる存在

この経験で、ようやく自分が求めているものが見えてきた。
私は、ただ分離型キーボードが欲しかったわけではない。
ただトラックポイントが欲しかったわけでもない。
欲しかったのは、SHINOBIの包容力を持ちながら、NAYAのように両手を自然な位置へ導いてくれる存在だ。

身体が覚えているロウスタッガード。
ホームポジションから操作できるトラックポイント。
そして、左右へ分離したボディ。
二つのユニットが左右で存在を主張しながら、なめらかな曲線で一組を成す。
離れているからこそ、こちらの身体を広く受け入れられる。

それぞれが独立しているのに、二つそろわなければ完成しない。
新しい合理性を押しつけるだけではない。
過去の運指を、すべて否定するわけでもない。
「あなたは、あなたのままでいい」
そう受け入れながら、身体だけは少し楽な方向へ導いてくれる。
そんな都合のよい存在が、あるはずもない。

そう思っていた。

理想の存在、その名は 「π」
そんな泥沼の会話の中で登場したのが、TEXの分離型トラックポイントキーボード「π」だった。
2025年のCOMPUTEX TAIPEIで、開発コード名「π」として展示されたプロトタイプである。

展示された「π」は、左右分離型のボディにTrackPointを備え、無線接続やロータリースイッチ、角度調整機構などを盛り込んだものだった。

SHINOBIを思わせるロウスタッガード配列。
ホームポジション付近で操作できるTrackPoint。

そして、左右へ分かれたボディ。
正妻の包容力。
真紅(じゃないけど)のポインティングスティック。

令和の沼らせ女子が持つ、自由で主張の強い身体。
そのすべてを、一台へまとめようとしている。

しかも、その名は「π(パイ)」。
ここまで、左右へ分かれた二つのユニットを見つめてきた。
互いに独立している。
しかし、一方だけでは完成しない。
机の上で左右に存在を主張しながら、なめらかな曲線によって一つの姿を形づくる。

硬質な金属や樹脂でできた入力機器であるはずなのに、手を置く場所は優しく湾曲し、こちらの身体を受け止める。
そして、その近くには、指先を引き寄せるポインティングスティックがある。

そこへ付けられた名が、π。
表向きには、円周率を表す数学記号である。
円。
曲線。
終わることなく続いていく数字。
分離した二つの入力面を結ぶ名称として、十分に知的で美しい。
それでも、この流れで「π」と名乗られれば、別の象徴を勘ぐらずにはいられない。

左右で一対。
優しく湾曲する輪郭。
二つに分かれながら、全体として一つの包容力を持つ存在。
正妻のように受け入れ、NAYAのように主張する。

あまりにも出来すぎている。
この会話の終着点として、あからさまに出来すぎている。

なお、2025年の記事では発売時期や価格の見込みにも触れられていた。
しかし、その後の正式な販売開始や確定仕様については、TEX公式から出ている最新情報を確認する必要がある。
だから現時点の「π」は、私にとって購入可能な製品である以前に、一つの概念なのだ。

ロウスタッガードと分離型。
慣れと合理性。
身体の健康と、指先の幸福。
相反するものを、どちらも捨てなくてよいという概念。

私は「π」というキーボードを探しているのではない。
私のわがままを、二つで一つの身体によって、丸ごと受け止めてくれる存在を探しているのだ。

キーボードを選んでいるのか、選ばされているのか
道具は、人間が使うものだと思っていた。
用途に合わせて選び、設定し、使いこなすものだと。
しかし実際には、キーボードによって身体の姿勢が変わる。
運指が変わる。
作業のリズムが変わる。
正しいと思っていた習慣まで、問い直させられる。

ロウスタッガードは、長年かけて身体へ染み込んだ。
NAYAの分離構造と独特の配列は、新しい合理性を突きつける。
トラックポイントは、ホームポジションから動かない快感を教えた。
トラックボールは、両腕を開いた環境でもポインティングできる可能性を見せた。

どの方式にも、理屈がある。
どの方式にも、欠点がある。

結局のところ、どちらが優れているかではないのだろう。
どちらと一緒にいるときの自分を、好きになれるか。
楽で、慣れていて、安心できる自分。
違和感を抱えながら、新しい運指を覚えようとしている自分。
私はいま、その二人の自分の間で揺れている。

そして今日も、NAYAの左右へ手を置き、右手で「6」を打ちながら、中央に置いたSHINOBIの真紅のトラックポイントを横目で見ている。
手を伸ばせば届く。
だが、まだ伸ばさない。

少なくとも、次にポインター操作が必要になるまでは。

※「π」は開発コード名として紹介された製品です。発売状況、価格、最終仕様は、TEX公式の最新情報をご確認ください。

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