AIによる思考力の低下は、企業競争力にまで影響する
ここ2~3か月感じていたことを、エッセイ風に言語化しました。
普段AIで5分で終わることを、あえて時間をかけて自力で書いています。
はじめに
話したいことは、AIによるヒトの思考力の低下が、企業競争力にまで影響を及ぼしかねないということです。
1. AIによる思考力の低下
一人あたりのタスクが増え、AI活用も増える
バブル崩壊以降、基本的にどの会社も余裕がなくなり、余剰な人員を抱えることができなくなりました。
そして、生産性を求めた結果、社員一人あたりに求められるタスクの質と量が増えています。
今の時代、タスクの質と量に比例するように、AIの活用も増えていきます。
2年前のAI:思考はまだ人間側にあった
2年くらい前のAIは、タスクを依頼しても一気に結論まで出すことは難しく、インプットできるコンテキストも限られていたことから、FAQ的な使い方や、結論までの過程を細分化して、細切れのタスクをお願いするケースが多かったかと思います。
その際は、結論までにたどり着くために必要な過程やアウトプット、シナリオを自分の頭で考えるなど、自身の思考がしっかりと反映されていました。
ここ1年のAI:結論まで一気に走る
ここ1年くらいでAIは、十分なコンテキストさえ入れれば、結論までAIが一気に走り続け、アウトプットしてくれるようになりました。
その結果、時間のかかる思考系のタスクを日常的にAIにこなさせることになり、自身の思考力が衰えていっていると強い危機感を持っています。
なぜ危機感を持ったのか
その要因を考えると、AIにコンテキストだけ与えて結論まで出したアウトプットには、自分の資料であるにもかかわらず、思考・理念・哲学が一切入っていないことにあります。
AIを使えば、何も考えなくても"それっぽい資料"はいくらでも作れます。
しかし人間は、その人の思考・理念・哲学が一切入っていない"それっぽい資料"に価値を感じることができません。
本来は、
- 課題がどこにあるか、ゴールをどこにするかを、限られた情報から自分で考える
- 自分で悩み、自分なりの仮説や解釈を持つ
- 自分の言葉で説明できる
ことが重要です。
この過程をすべてAIに任せたら、人間はAIにタスクを渡すだけの、思考停止したオペレーターになると思います。
それでも、思考力は磨かなければならない
タスクをAIに対応させる流れは、指数関数的に加速していきます。
さらに言うと、今のAIのフロンティアモデルでは、人間の思考・理念・哲学すらノイズになりつつあります。
だからこそ、AIが賢くなればなるほど、AIのアウトプットをレビューできる知識や能力、批判的思考が必要になる。
矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、これが人間として磨いていかなくてはならない思考力だと思っています。
2. 企業競争力への影響
仮に、AIによる思考力の低下を止めることができなかった場合、何が起こるかを考えてみました。
弊社ARIの理念経営
社員がARIの理念や価値観、そしてD1戦略を深く理解して、それをソフトウェア(技術力)、ヒューマンウェア(人間力)に反映させることで、BXDesignerブランドの一貫性と卓越したサービスを実現する
ARIの理念経営にそのまま当てはめると、生命線は社員一人ひとりの中に「ARIの思考・理念・哲学」があることになります。
思考力が失われると何が起きるか
- AIに設計させたサービスは、業界の平均的な正解にはなるけれど、ARIらしさは宿らず、他社と同質化していきます。
- マニュアルにないイレギュラーな場面で「ARIならこうするよね」という判断ができる力も失われます。
- 言うまでもなく、AIが作る一貫性は金太郎飴の均質さであって、理念という芯から出た一貫性ではなく、まったく差別化になりません。
つまり、時間のかかる思考系のタスクをAIに丸投げすることを繰り返すほど、理念を自分の言葉で理解する機会が失われ、ブランドの真価が問われる瞬間(=AIが答えられない例外の場面)で判断がブレます。
理念経営をやっているからこそ、AIが賢くなるほど、人間側の思考力がなおさら問われる。そう感じました。
3. では、どうするか
AIを使うな、という話ではありません。
AIがどれだけ賢くなっても、AIのアウトプットをレビューできる知識や能力、批判的思考は、人間として磨いていけば良いと思っています。
それが、AIの時代にBXDesignerであり続けるための最低条件だと思っています。
あとがき
ここ最近感じていたことを言語化したく、初めてQiitaに投稿してみました。