Commentary of
Financial Engineering by a Physicist:
(1) Interest, PV, IRR.
Textbook: Luenberger "Investment Science"
金利と理想銀行
- 「理想銀行」は、要するに時間をまたいでお金を移し替える装置。金融工学ではこれを、かなり機械的に「キャッシュフロー流列を変換する道具」として扱う。
- 「10%の金利を出す銀行」と言うとき、$r=0.1 $ は、要は外部金利とでもいうべきもので、何らかの投資商品だと思って、そこに資金$A$を投下して一定期間後$N$に、$A(1+r)^N$のキャッシュフローを産む
- $A=1$として、期間$N$のCF流列において、期初の手元資金は$(1,0,\cdots,0,0)$と書くことができ、これは理想銀行という投資商品(=流列変換)をかますと、$( 0,0,\cdots,0,(1+r)^N)$というCF流列に変換でき、同値である。
- 銀行取引を組み合わせた結果、保有しているキャッシュフローの形が変わったという意味である。
- 厳密にいうと、「銀行預金そのもののキャッシュフロー」は保有者の立場では$(-1,0,\cdots,0,(1+r)^N)$である。
- つまり最初に持っていたCF流列$(1,0,\cdots,0,0)$に、預金契約$(-1,0,\cdots,0,(1+r)^N)$を足すと、
(1,0,\cdots,0,0)+(-1,0,\cdots,0,(1+r)^N)=(0,0,\cdots,0,(1+r)^N)
- これが「流列を変える」の正体である。要は、手元の即時キャッシュを銀行に入れて、将来キャッシュへ付け替えたということ。
- このことは金融工学では非常に重要であり、価格付では「ある将来CFを、別の既知の取引で複製できるか」を考えるからである。銀行(金利)があると、「現在の金」と「将来の金」は相互に交換可能だからである。
- つまり、時間軸上の変換関数であると思えば良い。時間軸上での価格の付け替え可能性を金利が規定しているわけである。
コメンタール:PVとNPV
$(-1,0,\cdots,0,(1+r)^N)$という「預金契約」のNPVは$0$である。PVという言葉の使い方に注意が必要である。
というのも、金融ではしばしば、所与の金利$r$において、
- 将来の受け取り部分$(0,0,\cdots,0,(1+r)^N)$の現在価値PVは$1$
- 契約全体$(-1,0,\cdots,0,(1+r)^N)$の正味現在価値NPVは$0$
を区別する。
つまり、所与の金利$r$という外部的前提を要請した際において、
- $(1+r)^N$を、N年後にもらう権利のPVは1
- それを得るために今1払う契約全体のNPVは0
である。つまり、PVもNPVも、金利$r$を所与として要請しない限り、一意に定まることはない。
金融の実務家からすれば、そんな当たり前のことを何故わざわざ明言するのかと疑問に思うかもしれない。ここが、数学や物理などの自然科学のバックグラウンドを持つ人間と、1歩目から金融へステップインした人間の違いであろうと思う。あくまでも、金融工学とそこから体系的に導かれる各種概念の整理を、数学や物理のバックグラウンドのある人間にとって、「気持ちのいい」形で解説することを目指すのが本稿の狙いである。
この際、なぜ契約全体のCFに対して、$NPV=0$になるのかといえば、この預金は市場金利通りのフェアな契約だからと言える。つまり、現在の$1$と、N年後の$(1+r)^N$とは等価である(すなわちNPVという時間変換において、両者のCFは同値である)ということが、金利$r$を通じたNPVの計算で示されている。
現在価値の計算の数学的構造として、注視しておかなければいけないことは、現在価値というの次のような写像として定義されるということだ。それは、現在価値という写像は、数学的には
CF \times r \longrightarrow PV
ということであり、すなわち$^\exists N \in \mathbb{N}$として、
\mathbb{R}^N \times \mathbb{R} \longrightarrow \mathbb{R}
で定義されるということだ。
勿論、ここでの議論は、PVを所与のあるCF流列として捉え、当該期間の期初におけるCFと見る、つまり$CF_0 = PV$として、
CF_i \times r \longrightarrow\, ^\exists CF_i^*=\left( PV,0, \cdots, 0,0 \right), \,\,i \in \mathbb{N}
すなわち、$^\exists N \in \mathbb{N}$に対して、
\mathbb{R}^N \times \mathbb{R} \longrightarrow \mathbb{R}^N
とする議論も、場合によっては行われており、Lunberger本でも、しばしばそのように取り扱う場面がある。
期間$N$に渡る、CFベクトルを、期間$0$における、現在価値として等価表現する___、線形代数で言う、固有値の計算のようなものであり、期間$0$という、単位ベクトルに現在価値を掛けて表現するようなものである。
- Luenberger本における、金利と現在価値算定の文脈で、より本質的なのは、PV計算の公式そのものよりも、キャッシュフローを市場金利で割り引いた時、理想銀行で複製できるキャッシュフローは、その価格が一致しなければならないという、いわば無裁定条件の考え方である。
- ここが重要であり、例えば、単位期間1年とし金利10%において、$(-1,0,1.21)$の$NPV$が$0$だと言えるのは、単にIRRを解いたからというより、むしろ以下のような無裁定・複製可能性から言えることである:
- 市場に年利10%の理想銀行がある
- 1$を預ければ、2年後に1.21$になる
- 従って、「今1$払って、2年後に1.21$受け取る契約」はフェアな交換である
- よって、その正味価値は0である
- IRRは、この事実を別の角度から言い直しているだけに過ぎず、そもそもIRRはキャッシュフローを所与として$NPV=0$の制限を要請することで計算されるだけに過ぎない
つまり、
- 価格理論の主役は、無裁定条件と現在価値であり
- IRRは、当該のCF流列が暗に要求している利回りを逆算した指標
ということになる。
※もっと露骨に言えば、金融工学ではIRRは主役ではない。IRRは複数解の存在や再投資仮定などで少しくせがある代物である。
コメンタール:CF流列の表現について
NPVの計算や、IRRの計算を、ルール通りに行っている限りにおいてはあまり出て来る疑問ではないかもしれないが、CF流列をベクトル表現し、その際のNPVやIRRの計算を考えていると、時点$t=0$におけるキャッシュフローの数値の取り扱いについて混乱することがある。
まず整理すると、ある時点$t=0,1,2,3 ,...$に沿った、キャッシュフロー流列を
c= (c_0, c_1, c_2, c_3, ...)
と書くとき、$c_0$ が如何なる値を取るべきかというのは、そのキャッシュフロー流列が「何の」対象に紐づいたキャッシュフローを表現するものなのかによって異なるということ。
例えば、3年後に110円を産む資産を考える時、その資産そのものの「将来CF」は、
(0,0,0,110)
であり、$c_0 =0$である。これが一番素朴な表現であるが、これを「価格100円で今買う」という契約全体としてみると、Buy sideのCF流列は、
(-100,0,0,110)
となり、ここでは$c_0 \neq 0$である。なぜなら、これは対象資産の「将来CF」ではなく、対象資産の取引を含んだ正味CF流列だからである。
ここで、PVとNPVの違いが明確になるわけだが、(というかNPVの定義通りであるが、)
- PVは、将来CF$(0,0,0,110)$のうち、将来部分$(c_1,c_2,c_3)=(0,0,110)$を割り引いて、現在の価値$\tilde c_0$に移したものであるということ
(*,c_1,c_2,c_3) \longrightarrow \tilde c_0 =(c_0,0,0,0)=PV
- NPVは、そのPVから現在時点で払う価格$100$(取得費用)を差し引いたもの
NPV=PV_{\rm{Asset}}-\text{Cost}_{t=0}=\left( c_0 -100,0,0,0\right)
ということができる。
物理的アナロジー
このことを物理っぽくいえば、
- PVは、対象資産のCFについて、将来に渡り散らばった価値を現在時点$t=0$へ引き戻す写像であり、
- NPVは、対象資産CFのPVに、現在時点におけるそのCFの取得費用合わせてみた、いわば時点$t=0$における正味のエネルギー収支
みたいなふうに言える。これは、しばしば次のようにNPVが定式化される所以だ:
NPV = 利益の現在価値-費用の現在価値
したがって、
- 資産の将来ペイオフだけ見ているなら先頭はゼロ
- 投資案件として見ているなら先頭に初期投資が入る
という構造で理解するのが綺麗で、厳密にいえば「将来CF流列」は
(c_1,c_2,...)
だけを本体とし、つまり$c_0$は、取引条件を埋め込むための拡張成分だと考える、すなわち
- 資産のペイオフ本体$=(*,c_1,c_2,...)$
- 価格をつけて投資案件にしたもの$=(-p,c_1,c_2,...)$
と分けると良い。
PV、NPV、現在価値原理、無裁定条件
- PV(Present Value, 現在価値)は、将来のキャッシュフローを、ある割引率で「今の価値」に換算したもの。
- NPV(Net Present Value, 正味現在価値)は、投資の費用も含めたキャッシュフロー全体を現在価値に直したうえで、全部足し合わせたもの。 利益のPVから費用のPVを差し引いたもの。
- つまり、PVは部品の価値、NPVは案件全体の儲けの有無。
現在価値原理
- 現在価値原理とは、ざっくり言えば、将来のキャッシュフローは、適切な割引率で割り引けば、現在時点の価値として比較できるという考え方。
- 理由は単純で、今の1円と1年後の1円は同じではないから。今の1円は運用できるし、流動性もある。未来の1円は待たないと来ない。時間には値段がついているということを、金融工学は、非常にしつこく形式化した学問。
- ただし、ここで注意なのは、「どの割引率で割り引くか」は自明ではない。 ということである。ここで出てくるのが無裁定条件である。
無裁定条件
無裁定(No-Arbitrage) とは、
元手ゼロ、将来損失ゼロで、どこかで確実に利益が出るような取引機会は存在しない
という考え方。この無裁定がなぜ大事かというと、価格の整合性を強制するからである。たとえば、年 10% の理想銀行があるとすると、
- 今 1 ドル預けると、2年後に 1.21 ドルになる
- 逆に、2年後の 1.21 ドルの現在価値は 1 ドルでなければならない
ということ。
この時、もし市場で「2年後に確実に 1.21 ドルもらえる権利」が 0.9 ドルで買えるならどうなるか。
それを 0.9 ドルで買って、同時に銀行から 0.9 ドル借りる。2年後には権利から 1.21 ドル受け取り、借金返済額は $0.9 \times 1.1^2 = 1.089$ ドル。
差額 0.121 ドルが確実利益です。これは裁定機会です。市場がまともなら、こういうズレはすぐ消えるはずであり、裁定機会は消滅する。
だから、複製できるキャッシュフローは同じ価格でなければならない。これが無裁定条件の核心である。
無裁定条件による「現在価値原理」の正当化
つまり、順序として本来、以下のようなロジックである
- 期間構造の違うカネ(CF)を比較したい
- そのために割引現在価値を考える
- しかし割引率は勝手には決められない
- 市場で複製可能なキャッシュフローは同じ価格でなければならない
- この無裁定条件が、適切なPV計算を担保する
なので、現在価値原理は計算ルール、無裁定はその背後にある価格理論であり、須く無裁定は「市場の論理」と言える。