はじめに(TiberCADの概要)
半導体デバイスシミュレーションといえば商用 TCAD が一般的ですが、ものすごく高額で一般人が気軽に扱えるソフトではないのが現状です。
とはいえ、
大学で習った半導体の知識について、シミュレーションを通して理解を深めたい、という要望も多数あり。
そんな人のために今回はオープンソースでマルチフィジクスの(光)半導体デバイス解析ができる強力なシミュレータ:TiberCAD をご紹介いたします。
TiberCadはローマ・トルヴェルガタ大学で開発された半導体デバイスのソフトウェアです。
もともとは有償ソフトだったのですが、2024年に無償化することが決まり、現在はオープン化されています(但し、Linux版のみ)。ダウンロード先はこちら→(http://www.tibercad.org/)
マニュアルなどの情報を以下に書いておきます。
http://www.tiberlab.com/images/stories/products/device_sim/tibercad/manuals/usermanual.pdf
http://www.tibercad.org/files/brochure-2015_0.pdf
現在ではソースコードをGithub上に公開する取り組みが進められています。
(https://github.com/tiberlab)
今回の記事では、実行方法やスクリプト構文の詳細には踏み込まず、TiberCAD の特徴・必要なソフト・機能一覧・解いている微分方程式・扱えるデバイスを中心にまとめます。
1. TiberCAD とは?
TiberCAD は 連続体モデル(Poisson・ドリフト拡散・熱・弾性)と、量子計算(EFA、tight-binding)を統合したマルチスケール TCAD です。
商用 TCAD では別々のモジュールになるような物理計算を一つのフレームワークで扱える点が特徴です。
PNダイオードのIV特性や量子井戸を含む光半導体デバイスなどの利得解析などができます。
詳細が知りたい方は、tibercadフォルダ内のexampleを見てみてください。
特徴まとめ
・オープンソース / クロスプラットフォーム(Windows・Linux)
*但し、windowsではwslで動かす必要あり
・GMSH による自由度の高いメッシュ生成
・連続体モデル + 量子モデルの連成計算が可能
・材料データベースが充実(Si, GaN, InGaAs, 酸化物, 有機材料など)
・1D・2D・3D に対応
・応力解析 → 量子計算 → ドリフト拡散のような多物理連成が可能
2. TiberCAD を動かす際に必要なソフトウェア
TiberCAD の利用には GMSH が必須で、セットアップ時に同梱されますが、自分でダウンロードしても良いでしょう。
必要なもの
TiberCAD 本体(Linux版をサイトからダウンロードできます)
GMSH(メッシュ生成用)
*GMSHのダウンロードはこちら(https://gmsh.info/)
ParaView(推奨、VTK の可視化用)
任意:テキストエディタ(VS Code など)
メッシュ生成フロー(1D/2D/3D)
GMSH を使ってGUIベース、スクリプトベースのどちらでもデバイス形状を定義して、メッシュ生成できます。
GMSHで形状を定義したら、物理領域(Physical Line/Surface)を定義して、
.msh ファイルを生成
する流れが必要です。
3. TiberCAD のモジュール構成(できること一覧)
TiberCAD は、複数の物理モジュールを「必要な分だけ組み合わせて使う」構成になっています。
利用可能なモジュールは以下のとおり(マニュアルより)。
| モジュール | 内容 |
|---|---|
| driftdiffusion | Poisson–ドリフト拡散法(電子・ホールの輸送) |
| thermal | 熱伝導・ジュール熱・熱応力計算 |
| elasticity | 連続体弾性、格子ミスマッチ、応力・歪み計算 |
| efaschroedinger | EFA(Envelope Function Approximation)による量子計算 |
| opticskp | k·p バンド計算、発光スペクトル解析 |
| empirical_tb | Tight-binding による原子スケール量子計算 |
| vff | Valence Force Field による原子構造緩和 |
| DSC | 色素増感太陽電池モデル |
| TMM | 伝搬行列法(光学) |
| sweep | パラメータ掃引(IV 特性など) |
| selfconsistent | モジュール間の自己無撞着計算(例:熱–ドリフト拡散) |
一つのフレームワークで半導体デバイスに必要なほぼ全ての計算ができることが強みです。
4. TiberCAD の物理モデルと解いている微分方程式
ここが TCAD 的に最重要ポイントです。
各モジュールがどんな PDE を解いているのかをまとめます。
4.1 Poisson–ドリフト拡散方程式(電子・ホール輸送)
マニュアルの式 (3.13) に、tiberCAD が解くドリフト拡散方程式が明記されています。
Poisson 方程式(分極も含む)
-\nabla(\varepsilon \nabla \phi - P) = -e ( n - p - N_d^+ + N_a^- )
電子・ホールの連続の式
-\nabla( \mu_n n (\nabla \phi_n + P_n \nabla T) ) = R
-\nabla( \mu_p p (\nabla \phi_p + P_p \nabla T) ) = -R
特徴:
熱起電力(Seebeck効果・Peltier効果)が入る
極性材料(GaN系)の分極電荷 P が自然に扱える
SRH・radiative・Auger などの再結合モデルを利用可能
4.2 熱伝導方程式
熱流束は Fourier の法則に従い、
\mathbf{J} = -\kappa \nabla T
熱平衡は
\nabla \cdot \mathbf{J} = H
ここで H はジュール熱など複数の熱源を足し合わせたもの。
4.3 連続体弾性(Elasticity)
運動方程式(静的平衡)は
\frac{\partial \sigma_{ij}}{\partial x_j} = f_i
応力–ひずみ関係は Hooke の法則
\sigma_{ij} = C_{ijkl}\,\epsilon_{kl}
歪み–変位関係
\epsilon_{kl}
= \frac{1}{2} \left(
\frac{\partial u_l}{\partial x_k}
-
\frac{\partial u_k}{\partial x_l}
\right)
さらに
格子ミスマッチによる歪み
逆圧電効果(converse piezoelectric effect)
を body force として扱える点が GaN/AlGaN 系デバイスに非常に重要。
4.4 量子計算(Schrödinger, kp, Tight-binding)
EFA Schrödinger 方程式
単一粒子 Schrödinger 方程式を包絡関数近似で解く。
量子井戸・量子ドットでキャリア密度を得るのに使われます。
kp モデル
8-band などの kp ハミルトニアンから
バンドギャップ
有効質量
DOS
を算出。歪みも取り扱える。
Tight-binding
原子スケールの量子計算。
InGaN などのランダム合金の波動関数・局在なども解析可能。
以下は参考資料
https://pubs.aip.org/aip/apl/article-abstract/105/13/133504/384807/Trap-assisted-tunneling-in-InGaN-GaN-single?redirectedFrom=fulltext
5. 扱えるデバイス例
TiberCAD は素材・構造を問わず、メッシュさえ作ればシミュレーションできます。
マニュアルの例から代表的なものを整理します。
5.1 バルクデバイス(Si)
pn ダイオード
MOSFET(2D)
I–V 特性の計算は sweep モジュールで可能
5.2 GaN/AlGaN デバイス(HEMT)
分極電荷
格子ミスマッチ
シュottky ゲート
高移動度電子ガス(2DEG)
の取り扱いが標準で可能。
実際に HEMT の完全な例がマニュアルに詳細展示されている。
5.3 量子デバイス
量子井戸(EFA)
量子ドット(TB + VFF)
ランダム合金 InGaN の波動関数と局在性の評価、光利得解析など
5.4 太陽電池
Dye Solar Cell(DSC モジュール)
有機材料(Alq3 など材料データベースに含まれる)
5.5 ナノワイヤ・MEMS
ZnO ナノジェネレータ(逆圧電効果 + ポアソン方程式)
応力・ひずみ計算と電気計算の連成が可能
6. TiberCAD の強み
オープンソースでマルチスケール対応
GMSH で複雑な幾何構造を自由に扱える
分極・歪み・量子計算を統合的に扱える数少ない TCAD
GaN 系、InGaAs 量子井戸、有機デバイスなど応用範囲が非常に広い
実務レベルの半導体 TCAD として十分な機能をもつにもかかわらず、無償で使える点は大きなメリットです。
扱っている内容は有償ソフトのTCADと同様なので、このツールで半導体デバイスシミュレーションの理解を深めておけば、現場で有償のTCADを使うことになってもスムースに移行できるでしょう。
※本記事は筆者個人の見解であり、所属組織の公式見解を示すものではありません。
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