はじめに
AI エージェントに知見や手順を渡すことで、これまで一部の人にしかできなかった仕事を、より多くの人ができるようにする。自分ができることを、ほかの人にもできるようにしていく。
この方向性には、私も賛同しています。
成功した取り組みだけでなく、失敗した経験も共有する。何がうまくいかなかったのか、次に同じ状況になったら何を変えるべきかを言語化する。それを再利用しやすい形にして、チーム全体の品質を上げていく。こうした取り組みには、十分な価値があると思っています。
ただ、そこで一度立ち止まって考えたいことがあります。
知見を共有できることと、ほかの人が同じ仕事を同じ品質でできるようになることは、どこまで同じなのか。
特に、対話を通じて相手の考えを引き出し、認識を合わせ、意思決定に貢献するような仕事については、共有から再現までの間に、かなり大きな難しさがあると感じています。
私は講師や相談対応、メンタリングなど、人の成長を支援することを長年ライフワークとして取り組んできました。自分で実践するだけでなく、人に任せ、その様子を見てフィードバックし、伝え方を変えることも繰り返してきました。その経験から、個人的には「伝えたこと」「理解してもらったこと」「実践できること」「違う場面でも再現できること」の間には、それぞれ隔たりがあると思っています。
今回は、その隔たりについて、できるだけ具体例を交えながら整理してみます。仕事の内容や求められる水準によっても違うと思いますので、あくまで私が日々の実践の中で感じていることとして読んでいただければと思います。
本記事での「Skills」の意味
本記事でいう Skills は、特定製品の仕様の話ではありません。手順や判断の観点、注意点をまとめて、人や AI エージェントが再利用しやすくする仕組み、という意味で使っています。
以前から手順書や Tips として共有していたものを、AI エージェントの進化に伴い、仕事の中でより使いやすくしたもの、というイメージが近いかと思います。
また、本記事では主に「人が Skills を共有し合うことで、ほかの人も同じ仕事ができるようになるのか」という観点で書いています。AI エージェントも受け手に含まれますが、対話の中で価値を出す仕事については、AI エージェントはまだその舞台に立つこと自体が難しいと感じています。そのため、ここでは人が受け取って再現する側を中心に考えてみます。
仕事のどの部分を再現しようとしているのか
個人的には、仕事にはレイヤーがあると考えています。
手順と条件が明確な作業であれば、従来からプログラムで自動化できるものがあります。情報を調べる、比較する、整理する、一定の条件に沿って判断する、といった仕事にも、AI の支援を受けやすい部分があると思います。
こうした仕事について、注意点や判断の観点、過去の知見を Skills として再利用できるようにする。それで抜け漏れを減らしたり、チームの平均的な品質を上げたりすることには、私も期待しています。
一方で、私が講師や相談対応で価値を出していると感じる部分には、その手前や周辺にある仕事も多く含まれます。
- そもそも何を解決したいのか
- 本人が口にしている要望は、本来の目的と合っているのか
- どの制約を優先すべきなのか
- 今は答えを伝えるべきなのか、少し考えてもらう方がよいのか
- 相手が次の行動に移れるようにするために、何から説明すべきなのか
ここでいう上位の仕事とは、肩書や人の優劣の話ではありません。目的や前提を定め、状況に応じて判断し、仕事全体を前に進める部分のことです。
これらは、完成した資料や回答だけを見ていても分かりにくい部分です。ただ、私が関わる仕事では、こうした判断が成果に大きく影響していると感じています。
そのため、「仕事を再現できる」と言うときには、どの部分を、どの条件で、どの品質まで再現できるのかを分けて考える必要があると考えます。
研修の現場で感じていること
同じ教材でも、講師によって差が出る
分かりやすい例が、ハンズオン研修です。
同じ教材を使い、同じ操作を説明していても、講師によって受講者の理解や、その後に自分で取り組める範囲には差が出ます。
また、私自身も、同じ教材を毎回まったく同じように説明しているわけではありません。
受講者のバックグラウンドや前提知識、当日のタイムスケジュール、実際の進捗状況を踏まえて、使うページや説明の詳しさ、伝える情報量を調整しています。オンサイトでもリモートでも、ちょっとした反応や質問から「今の説明では、想定していたほど伝わっていないかもしれない」と感じることがあります。
例えば、次のような判断です。
- 「このページは、今日の受講者と研修の目的を踏まえると、説明しなくてもよさそうだ」
- 「ここは理解が曖昧なまま進むと後で困りそうなので、今日は詳しく話そう」
- 「このページをすべて説明すると、今の受講者には情報量が多すぎるかもしれない。今日は要点に絞ろう」
- 「この質問が出たということは、この部分の前提をもう少し丁寧に説明した方がよさそうだ」
こうした判断を、残り時間や全体の進み具合も見ながら、一つひとつの説明の中で行っています。詳しく説明することが役立つ場面もあれば、情報を絞った方が理解しやすい場面もあります。
教材は同じでも、どのページを使い、どこに時間をかけ、どの程度の情報を伝えるかは、その場で調整しています。 同じ教材を用意したからといって同じ成果が出るとは限らない理由の一つは、この調整にあると思っています。
用語の補足ひとつとっても
こうした調整は、ページ単位にとどまらず、一つひとつの言葉の説明にも及びます。
例えば Power Apps の研修では、プロパティ、OnSelect、フォーム、コントロールといった言葉が出てきます。普段から使っている側にとっては当たり前でも、初めて触る方からすると、聞き慣れない言葉ばかりだと思います。
私は、一度説明した言葉であっても、後から登場したときに短い補足を繰り返すようにしています。
「プロパティというのは、設定のことでしたね」
「OnSelect は、このボタンを選択したときの動きを指定するところでしたね」
このような補足です。
こちらが説明したことと、相手が理解して覚えていることは同じではないからです。説明している瞬間に、少し集中が途切れていたかもしれません。新しい用語が多く、覚えきれなかったのかもしれません。業務の連絡が入り、一時的に席を外していたということもあると思います。
その状態で、講師が「さっき説明したので、もう分かっているはず」と進めると、分からない言葉が少しずつ積み重なっていきます。本人も、どこから分からなくなったのか説明できなくなってしまうかもしれません。
では、この工夫を「初心者向けの研修では、専門用語を繰り返し補足しましょう」という注意事項にまとめて、別の講師に渡したとします。
それを読んで「なるほど」と思うことと、実際の研修中にできることは同じでしょうか。
講師は、説明しながら操作を見せ、時間を確認し、受講者の進捗を把握し、質問にも対応しています。その中で、今の参加者にとってどの言葉がまだ難しいかを考え、説明が長くなりすぎない形で補足する必要があります。
さらに、Power Apps でできたとして、次に Power Automate や別の技術の研修を担当したときにも、同じ考え方で補足すべき言葉に気づけるでしょうか。
個人的には、一つの注意事項として理解すること、その場で実践すること、違う場面へ応用することは、それぞれ別の課題だと考えています。
教材そのものにも、多くの判断が埋め込まれている
これは、登壇中の説明に限った話ではありません。教材やカリキュラムを作る段階にも、多くの判断があります。
なぜこの内容を入れるのか。なぜこの順番なのか。なぜこのページではこの言葉を選んだのか。なぜここに補足を加えたのか。反対に、なぜここでは詳しく説明しないのか。
一つひとつに、受講者の前提知識や研修の目的、時間の制約、その先で取り組んでほしいことなどが関わっています。
完成した資料には、その判断の結果が残ります。しかし、検討した末に入れなかった内容や、別の順番を採用しなかった理由までは、表面からは見えません。
正直なところ、今 AI に教材作成をそれなりに言語化した上で依頼しても、私がお客様に提供しているものと同じ水準のものが、そのまま出てくるわけではありません。人に依頼した場合も同様です。
資料の体裁を整えたり、構成案を作ったり、イメージ図を作成してもらえることと、対象者や目的に合わせて細部まで意図を持って設計できることには、違いがあると感じています。
判断理由を伝えること自体には意味があります。ただ、それを聞いた方が、別の顧客、別のテーマ、別の制約でも同じ質で設計できるかは、改めて考える必要があるかと思います。
相談・対話の現場で感じていること
相談の中で、問題そのものが変わっていく
相談会になると、さらに入り口が多様になります。
「この機能を使いたい」「この操作を自動化したい」と相談されたとき、すぐに実現方法を説明したくなることがあります。ただ、先に「なぜそれをしようとしているのか」を確認した方がよい場合もあります。
目的を聞いてみると、別の方法の方が適しているかもしれません。本人が実現しようとしていることと、業務上必要なことにズレがある場合もあります。
この観点自体は、「手段から入らず、まず目的を確認しましょう」と言語化できます。私も、相談対応についてフィードバックするときにはこうしたことを具体例や理由も交えて伝えます。
ただ、それで次からあらゆる相談に適切に対応できるかというと、そう簡単ではないと感じています。
- 得意な技術の質問が来ると、つい答える方に意識が向いてしまう
- 相手が急いでいるように見えて、確認を飛ばしてしまう
- 本人は目的を聞いたつもりでも、実際には希望する手段を言い換えて確認しただけになっている
こういったことは、誰にでも起こり得ると思います。
また、相手も最初から自分の目的や制約を整理して説明できるとは限りません。質問を重ねる中で、本当に困っていることが見えてくることもあります。
そのため、相談対応では、最初に渡された情報から回答を作るだけでなく、何を聞き出し、何を確認し、問題をどう捉え直すかまでが仕事に含まれている、という認識です。
認識のズレを見つけて直すことも、仕事の一部
実は今回、このテーマについて AI と会話している中でも、私が伝えたつもりの内容と、相手が受け取った内容にズレがありました。
私は、知見を言語化する価値を認めたうえで、それを実践し、別の状況でも再現することの難しさを話していました。しかし、返ってきた内容には、私が「言語化や育成はできない」と考えているかのような補足が含まれていました。
そこで、「その主張はしていない」「私が話しているのは、それを実践し、別の状況でも再現することが難しいケースもあるのではという疑問だ」と説明し直しました。
「変数が多い」という表現についても、私は条件の数だけでなく、会話の中で動的に変化することや、どの情報を引き出し、どれを組み合わせて判断するかまで含めていました。ただ、その範囲が十分に伝わっていなかったため、補足しました。
こうしたやり取りは、人と人の会話でも起きます。
相手の返答に違和感がある。こちらの意図とは違う前提で考えているのかもしれない。同じ言葉を使っていても、意味する範囲が違うのかもしれない。そう感じたときには、例えば次のように確認します。
「念のための確認で恐縮ですが、私はこの言葉を、こういう意味で使っています。今のお話も、その認識で合っていますか」
この確認をしないまま次の仮説や提案へ進むと、前提がずれたまま議論が積み上がってしまうことがあります。
一方で、すべての言葉を逐一確認していたら、話は進みません。どのズレが意思決定に影響するのか、今ここで確認する必要があるのかを判断する必要があります。
個人的には、相手の反応から理解の状態を推定し、認識のズレを見つけ、必要なところを直しながら進める。その連続に、対話の価値があると思っています。
変数は、あらかじめ一覧にできるものばかりではない
私が「人間のコミュニケーションは変数が多い」と言うとき、それは固定された条件がたくさんある、という意味だけではありません。
研修の例で挙げた「このページは飛ばそう」「この言葉は補足しよう」といった判断も、ある意味では一つひとつが変数です。相談や会議の場になると、これがさらに増えていきます。
技術相談の場合
例えばリアルタイムの技術相談では、私は次のようなことを行き来しながら会話を組み立てています。
- 相手の話に曖昧な点があれば確認し、目的を確認する
- 直接質問されていることとは別の方法も含めて、いくつかの代替案を出す
- それぞれのメリット・デメリットを整理する。その組織で使えるか、その方の今の技術レベルで再現や引き継ぎができるか、といった点も加味する
- そのうえで、相手が意思決定できる形に整理して伝える
- 一つひとつの言葉を、相手の理解度に合わせて言い換える
相手が手段を選んだ後も、何ステップかに分かれる場合は「こういうステップでやっていきます。まずはこれをやります」と全体を示し、適度に確認を求めながら進めます。難しそうな点があれば補足を加え、例えば式を書くときも、まず少し書いてから解説します。「ここまでが第 1 ステップですが、大丈夫そうですか」と確認し、「では第 2 ステップでは〜」と進めていく、といった具合です。
この流れのどこで何を確認し、どこで補足し、どこは相手に任せるかは、その場の相手によって毎回変わります。
会議の場合
多くの人が参加する会議で、意思決定に貢献しようとすると、変数はさらに増えると感じています。
会議のゴールを共通認識として持ってもらう。話が少し派生したり、方向性がずれてきたりしたら、ゴールに戻す。出席者の中で「バックグラウンドが違うので、この方には伝わっていないかもしれない」と感じたら、解説を挟む。そのうえで、ところどころで助言をさせていただく。私は外部の立場で関わることが多いので、相手との関係性も踏まえて、表現や伝え方も選んでいます。
伝え方については、デール・カーネギーの『人を動かす』を長く実践してきたことが大きいと思っています。20 代後半、利害関係者の多いトラブル対策会議に 100 回以上参加していた頃は、多いときは毎日 10 分ほど、好きなフレーズを読み返していました。関係者全員にとってよい着地点はどこか、何が事実で何が意見や仮説か、どういう言葉なら角を立てずに伝えられるかを考えて、会議に臨んでいました。
例えば、相手の認識が違っているように思えた際、いきなり「それは違います」とは言いません。
「ありがとうございます。もしかしたら私の認識違いかもしれないのですが、今後の意思決定において非常に重要な部分だと思うため、この点について、念のため私の認識もお話ししてもよろしいでしょうか」
といった入り方をして、そのうえで確認できている事実や懸念を説明します。
例えば、障害調査で「製品のソースコードを全部見ればよいのでは」と言われたとき、仮に現実的ではないと思ったとしても、その案を即座に否定せず、「調査のアプローチは 2 つあります」と、網羅的にソースコードを調べる方法とログなどから被疑箇所を絞って調べる方法を並べます。そして「原因を少しでも早く究明したい」という共通のゴールを確認したうえで、それぞれの利点と欠点を示し、相手自身が納得して選べるようにしていました。
議論に勝つことではなく、相手の面子を守りながら、全員が判断できる状態をつくることを大切にしています。ただ、どの言葉を、どのタイミングで、誰に向けて使うかは、その会議の空気や出席者によって変わります。
一覧にしきれない理由
こうした判断には、相手の理解度、関心、感情、立場、こちらとの関係性が関わります。その日の状況、時間の制約、同席している人。言葉だけでなく、表情、間、声の調子、視線、身ぶり。仕事に直接関係する会話も、そうではない会話も関わってきます。
しかも、それらは会話の中で秒単位で変化します。
こちらの問いかけによって新しい情報が出てくることもあれば、言い方によって相手が話しにくくなることもある。説明したことで安心してもらえる場合もあれば、新たな疑問が生まれる場合もあります。
私自身、その仕事を再現するために必要な変数を、最初からすべて列挙できるわけではありません。どこまで存在するのか分からないものもあります。
その中で、何に注意を向け、何を聞き出し、どの情報を組み合わせ、今は何を伝えるかを選んでいます。そして、自分が伝えたことによって、次の状況も変わっていきます。
対話では、その判断に長い時間をかけられるとは限りません。限られた時間の中で相手の話を理解し、仮説を立て、言葉を選び、反応を見て修正する必要があります。経験に加えて、その場で複数のことを考えて切り替える速さも関わってくるかなと思います。
私が再現の難しさを感じているのは、このような部分です。
信頼や関係性も、成果を生み出す条件になっている
同じ言葉を伝えても、誰が伝えるか、どのような関係の中で伝えるかによって、受け止められ方は変わります。
これまで相談に乗ってきたこと、相手の事情を理解しようとしてきたこと、小さな約束を守ってきたこと。直接の仕事には関係しない会話も含めて、信頼は少しずつ積み上がっていきます。
例えば、自分が見ていないドラマや映画の話をされたとき、「見ていないです」、「興味ないです」といった感じで返すと会話は途切れてしまうと思います。しかし、「すみません、見てないんですよね。どんな話なんですか」「どんなところが面白いんですか」と聞き返すことで相手の関心に関心を向けることになると思います。こうした小さな積み重ねが、関係性の一部になるケースもあると思います。
その関係があるから話してもらえる懸念や本音もあると思います。その情報を踏まえられるからこそ、より適切な提案や判断につながることもあります。
つまり、信頼は仕事の結果であると同時に、その後の仕事の質を支える条件にもなっている、と考えています。
組織の中で仕事を進める場合には、さらに関係者間の調整が加わります。誰に先に相談すべきか、誰が何を懸念しているか、会議の前にどの認識を合わせておくべきか、といった判断です。
いわゆる根回しやネゴシエーションには、良し悪しもあると思います。ただ、実際にそうした調整を通じて仕事が前に進んでいる場面は少なからずあります。
その過程で使った説明や手順を記録することはできます。しかし、記録を渡したからといって、相手との関係性や、状況を読む判断までそのまま引き継げるわけではありません。
育成する側として感じていること
フィードバックにも、タイミングと関係性がある
育成する側として私が難しさを感じてきたのは、フィードバックも、伝えれば同じ効果が出るものではない、ということです。
初めて講師をする方に、事前に「初心者が分からなくなりやすい用語は、繰り返し補足してください」と伝えたとします。本人は納得していても、その時点では、なぜ重要なのかを実感できていないかもしれません。
実際に登壇して、受講者が途中からついてこられなくなった。その経験をした後で「この言葉が出たときに、意味を短く補足するとよかったかもしれない」と伝えることで、初めて実感を伴って受け取れる、ということもあると思います。
伝える内容が同じでも、本人の経験や、その時点で感じている課題によって届き方が変わります。誰から、どのような関係の中で、どのような言葉で伝えられるかも関わります。
そして、心に響いたとしても、次の実践ですぐ自然にできるとは限りません。意識して取り組み、忘れてしまう場面があり、また振り返る。その繰り返しの中で、できる場面が増えていきます。
私は、こうした過程を含めて人材育成だと捉えています。
AI が登場する以前から、自分の技術や能力を継承するために、手順書を作り、注意点をまとめ、実践を見てフィードバックすることは行われてきました。それでも、私が見てきた範囲では、新人が数か月や一年でベテランと同じように対応できるようになるとは限りませんでした。
恐らく、知見が渡されていないことだけが、再現できない理由ではないからだと思います。
Skills は、育成の中でどう役立つのか
このように考えると、個人的には、Skills は知見を再利用し、実践やフィードバックを支える手段として位置づけるのが良いかと思っています。
以前から手順書や Tips として共有していたものを、仕事の中でより使いやすくする。任せる相手として AI エージェントも加わる。必要な場面で知見を参照しやすくなれば、品質を上げたり、同じ失敗を減らしたりする助けになると思います。
ただし、その知見を使うための基礎能力や、適用する場面を見極める力は、別に考える必要があると考えます。
例えば、経験豊富なメンバーがそろったチームであれば、短い失敗事例を共有するだけでも、多くのことを読み取り、自分の案件に応用できるかもしれません。
しかし、そのチームで成果が出たことから、同じ記録を初学者に渡しても同じように成果が出る、とまでは言えないと思います。共有された知見が役立ったことと、それを読み解いて使える受け手の力があったこと。その両方が関わっている可能性があります。
知見共有の効果を考えるときには、何を渡したかに加えて、誰に渡し、どの仕事で、どこまでできるようになったのかを見る必要があると考えます。
成果物の点数と、本人の成長を分けて見る
AI や Skills を使うことで、資料や回答の品質が上がったとします。それ自体は、企業にとって価値があります。
ただ、人材育成という観点では、そこで確認したいことが残ります。
本人は、なぜその構成や提案になっているのかを説明できるでしょうか。顧客から前提を問い直されたときに、考え直せるでしょうか。別の状況に持ち込むと問題があることに気づけるでしょうか。
きれいな資料を作れるようになったことと、その資料を使った対話で相手の懸念を引き出し、意思決定に貢献できることは同じではありません。
個人的には、少なくとも次の三つは区別して見た方がよいと考えています。
| 見る対象 | 確認したいこと |
|---|---|
| AI などの支援を受けた成果 | 業務の品質や速度が上がったか |
| 本人の理解や判断 | 前提や理由を説明し、問題やズレに気づけるか |
| 異なる状況への応用 | 相手、目的、制約が変わったときに調整できるか |
もちろん、すべての仕事で全員が熟練者になる必要はありません。一定の品質で安定して仕事を進められれば十分、という場面もあると思います。
ただ、目の前の成果物の点数が上がったことだけを見て、本人の判断力や応用力も育ったと評価してしまうと、任せられる仕事の範囲を見誤ってしまうことがあるかと思います。
私が少し気にかけているのは、出力が似てくることそのものではありません。前提や限界を理解しないまま、一定品質の出力を出せる状態で止まってしまうことです。
その状態のままだと、条件が変わったときに問題を見抜けなかったり、対話の中で必要な修正ができず、仕事を前に進められなかったりするかもしれません。
その人に将来どのような役割を担ってほしいのかによっては、企業として、それで十分なのかを考える必要があると考えます。
まとめ
今回は、AI や Skills による「仕事の再現性」について、講師・相談対応・人材育成の現場で感じていることを整理しました。
私は、AI によって知見の共有や仕事の再現を支援しやすくなったことに、価値を感じています。適切に使えば、人の成長を加速させる助けにもなると思っています。
そのうえで、人が対話や調整の中で発揮している価値については、一朝一夕には再現できない部分が残る、というのが現時点での私の考えです。
自分で考え、実践する。相手の反応を見て、想定との違いに気づく。うまくいかなかった理由を振り返る。必要なタイミングでフィードバックを受け、次の場面で試してみる。Skills は、その過程で活用できるものです。そこに、育成する側の観察や判断、相手に合わせた伝え方が加わることで、学びの速度や深さを高められるのだと思います。
「自分ができることを、ほかの人にもできるようにしていく」という方向性には、私も賛同します。だからこそ、その間にある難しさまで見ておきたいと思っています。
- 何を共有できたのか
- 何ができるようになったのか
- どの条件なら再現できるのか
- まだ何を育てる必要があるのか
AI によって目の前の仕事の品質を上げることと、その人が自分で判断し、対話を通じて仕事を前に進められるように育てること。 個人的には、その両方を意識して、知見の共有や Skills を活用していきたいと考えています。
同じように、AI 活用と人材育成の両立に向き合っている方の参考に、少しでもなれば幸いです。



