記事の内容は私個人の見解であり、所属する大学・学部学科・サークルを代表するものではありません。
はじめに
AdventCalendar21日目です。私は九州大学素粒子理論研究室修士2年の甲斐と申します。今回は、九州大学物理学自主ゼミサークルPhysiKyuが実施しているAdventCalendar2023に参加させていただくことになりました。記事を自分自身で作成し投稿するということが初めてなので、温かい目で見守っていただけると幸いです。
この記事の内容について「余剰次元空間」というキーワードを選びました。私自身があまりPhysiKyuの活動に参加していないので、この記事を誰に向けて書いたら良いものかと非常に悩みました。また修論作成の時期でもあり、あまり時間を捻出することができなかったので、今回は研究会で発表してきた内容の一部をできるだけ噛み砕いて書きたいと思います。特に後半の話はかなり専門的な内容になるので詳細は書きません。興味のある方はぜひ色々な文献を読んでみてください。
余剰次元空間について
ここではまず「余剰次元空間とはいったい何なのか?」ということについて述べ、次に余剰次元空間のイメージをできるだけ簡潔に図に描いてみたいと思います。最後に「そもそも余剰次元って存在するの?」という疑問について私が理解する限り答えていきます。
そもそも余剰次元とは?
我々は物理の現象を取り扱うために空間という箱を用意します。例えば1次元を考えたとすると、そこではある1つの方向に運動する質点の運動を記述することができます。2次元であれば平面を運動する質点、3次元であれば立体的な空間を運動する質点というように、次元が上がるにしたがって物が運動できる方向が線、面、立体と増えていくことが分かります。
余剰次元空間とはこの考え方を拡張して、我々がよく知っている3次元空間に加えてさらに次元を持っている空間、つまり物が運動できる方向が3つの方向に加えてたくさんの方向をもっている空間を考えることに対応しています。(高次元空間とも言います。)
上の図はn次元空間の概念図を表しており、縦、横、奥行きの3方向に対して垂直な方向が(n-3)方向ある様子を描いてみました。
余剰次元空間のイメージ
ここまでの話を聞いて「空間の方向は縦、横、奥行きの3方向しかないのでは?」と思われた方がいらっしゃるかもしれません。私もそう思います。ここでは「この宇宙には縦、横、奥行きの3方向しかないのになぜ3次元よりも高い次元の空間を考えることができるのか?」ということについて述べていきたいと思います。
この疑問に対して簡単に答えるとするならば、「n次元時空のうち(n-4)次元空間をコンパクト化している」となります。このコンパクト化とは無限に伸びる座標軸に対し境界条件を課すことによって有限の大きさにまとめるイメージです。下に図を用意してみました。
例えばこの図の場合、無限に長い1次元の軸を余剰次元空間だと考えます。それに対し0と1を同一視するという境界条件を課すことによって、この軸は有限の大きさを持った円周になります。したがって、n次元時空のうち余った(n-4)次元空間の基底すべてに境界条件を課すことによって小さくコンパクトになった空間を構成することができるのです。
当然ではありますが、この余剰次元空間は空間であるのでDブレーンといった高次元の物体を入れることができます。このとき、Dブレーンの配置の仕方や空間の幾何学的性質から自由度が生まれます。この自由度は下の図のように4次元時空の1点に集約されているので、4次元の理論の中にある内部自由度に翻訳することができます。したがって、余剰次元空間の自由度は4次元時空にある様々なパラメータの起源を説明できるという利点があり、余剰次元空間の物理は盛んに研究されています。
余剰次元は存在するのか?
ここまで余剰次元空間のイメージについて述べてきましたが、「本当に余剰次元空間は存在するのだろうか?」と思われた方がいらっしゃるかもしれません。この疑問に簡単に答えるとするのであれば「超弦理論が10次元時空を予言しているから」となります。ここから始まる2つのsubsectionでは超弦理論に関する簡単なレビューとなぜ10次元時空が予言されたのかについて述べていきます。かなり専門的な話になるので読み飛ばしていただいてもかまいません。
万物の理論
私自身が素粒子の研究に携わっているので、まず素粒子の物理について先に述べていきたいと思います。素粒子の振る舞いは加速器実験における高エネルギーの現象によって観測することができます。それらの現象は電磁気力と弱い力の統一理論である「電弱理論」、強い力を記述する「量子色力学」、素粒子に質量を与える「ヒッグス機構」によって非常に高い精度で記述することができており、この理論の枠組みのことを「素粒子標準模型」と呼びます。
この標準模型は高エネルギーにおける様々な物理を記述することができますが、重力をこの枠組みの中に組み込み、統一的に扱うことは非常に困難です。そこで電磁気力、弱い力、強い力、重力の4つの基本的な力すべてを記述できる理論の候補として「超弦理論」が予想されています。このすべての力と物質を説明できる理論は「万物の理論」とも呼ばれています。
超弦理論はすべてを説明できる魅力的な理論に見えますが、我々の直観とは相反する帰結を導くこともあります。その中の1つに「我々は10次元時空にいる」というものがあります。
時空の次元とアノマリー
ここではどのようにして時空の次元が決まるのかについて議論していきたいのですが、私自身が理解していないところが多数あるので大部分を割愛させていただきます。
超弦理論における弦の描像は超対称性を持った共形場理論によって記述されます。共形場理論は共形対称性を持った場の理論のことですが、古典的な範囲を超えて量子効果も含めた議論をしようとするとワイル不変性が破れてしまいます。この量子効果による不変性の破れのことを「アノマリー(量子異常)」と呼びます。我々にとってこのアノマリーはなくなってほしいものであるので、「この理論からアノマリーは消えてください」という要請をします。そうすると、この仮定から我々が住んでいる時空の次元が10次元であると勝手に決まってしまいます。つまり、共形場理論におけるワイル・アノマリーを打ち消すように時空の次元が定まってしまうのです。
この議論の他に、超弦理論における光子の質量が0になるという条件を課すことによって時空の次元を10次元に決定するという議論もあります。詳細は大栗博司さんの「大栗先生の超弦理論入門」に大変分かりやすく書いてあります。
余剰次元空間の課題
ここからは余剰次元空間に関する研究についてより詳しく書いていきたかったのですが、上記の内容が意外と多くなってしまったことと筆者の時間的余裕がなくなってしまったこともあり、余剰次元空間の研究における重要なキーワードをいくつか列挙していきたいと思います。
- 余剰次元空間の実験的検証
- 余剰次元空間に伴う新粒子の探索
- ゲージ場とヒッグス場の統一理論
- クォークとレプトンの世代数および質量階層性
- 物質場の入れ換え(フレーバー対称性)と幾何学的な性質(モジュラー対称性)
etc...
まだまだたくさんトピックはあります。気になる方はぜひ色々な文献を読んでみてください。
おわりに
このような機会を初めていただいて、記事を書くのって疲れるなと思いました笑。しかし、私自身がこれまで勉強してきたことをアウトプットする作業としてとても貴重な機会でもあったなということも同時に感じました。まだまだ勉強不足なところもあり間違ったことを言っていそうな気もしますが、この記事を読んでくださった皆様が少しでも余剰次元空間もしくは素粒子物理学に興味を持っていただけたら幸いです。
長くなりましたがお時間をとってご覧いただき、誠にありがとうございました。
参考文献
- 大栗博司, "大栗先生の超弦理論入門", 講談社, 2014
- Green, Shwarz and Witten, "SUPER STRING THEORY", CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS, 2012, VOLUME 1
- 江口徹, 菅原祐二, "共形場理論", 岩波書店, 2018