はじめに
量子機械学習(QML:Quantum Machine Learning)という言葉を聞くと、何か魔法のような計算を想像するかもしれません。しかし、その実体は非常に論理的な「統計モデル」の一種です。2025年現在、量子コンピュータを「学習可能な計算モデル」として扱う手法が確立され、古典的なコンピュータとのハイブリッド運用が実用フェーズに入っています。
本記事では、エンジニアの視点で「量子回路がなぜモデルとして機能するのか」を深掘りします。
量子回路がモデルになる仕組み
量子機械学習の中核をなすのは、パラメータ化された量子回路(PQC:Parameterized Quantum Circuits)です。
従来のニューラルネットワーク(NN)では、層(Layer)を重ねてデータを処理しますが、量子モデルでは量子ビット(Qubit)に対して特定の操作(ゲート)を並べることで計算を行います。
- 入出力の関係: 回路にデータ(入力)を与え、量子状態を変化させた後、最後に測定を行うことで結果(出力)を得ます。
- モデルの調整: この回路の一部に「可変パラメータ」を組み込むことで、回路全体を一つの関数として定義します。
重みの正体はゲートの「回転角度」
古典的な機械学習における「重み(Weight)」は、量子モデルにおいては「回転ゲートの角度」に相当します。
- ユニタリ変換: 量子ビットの状態を操作する「ゲート操作」のうち、RXやRYといった回転ゲートには角度(θ)を指定できます。
- 学習の対象: この角度を少しずつ動かすことで、回路が表現する関数を変化させます。
- Ansatz(アンザッツ): 回路の構造そのものは「Ansatz」と呼ばれ、どのビットにどのゲートを配置するかがモデルの性能(表現能力)を左右します。
なぜ量子回路を使うのか:高次元空間の探索
量子回路をモデルにする最大のメリットは、量子ビットが持つ「重ね合わせ」と「量子もつれ」によって、指数関数的に巨大な計算空間(「ヒルベルト空間」)にアクセスできる点にあります。
- 表現能力(Expressibility): 最新の研究(2025年)では、高度な表現能力を持つ PQC が、あらゆる連続関数を近似できる「普遍近似能力」を持つことが理論的に裏付けられています。
- 複雑な相関の学習: 古典的なコンピュータでは計算量が爆発してしまうような、データ間の複雑な相関関係を、量子モデルは数ビットから数十ビットの回路で効率的に捉えられる可能性があります。
2025年のトレンド
2025年に入り、ハードウェアとアルゴリズムの両面で大きな進展がありました。
- ハードウェアの進化: Googleの最新チップ「Willow」のように、105量子ビット を超えるデバイスが登場し、より深いモデルの構築が可能になっています。
- DNNとの融合: 量子回路単体ではなく、ディープニューラルネットワーク(DNN)の最適化に量子計算を組み込む手法が注目されています。
- 実行速度の改善: IBMの Gen3 エンジンスタックなどの導入により、回路の反復実行速度が劇的に向上し、現実的な時間での学習完了が可能になりました。
まとめ
量子回路をモデルとして使うことは、決して魔法ではなく、量子物理学の特性を最大限に活かした「新しい形式の関数近似」です。2025年、私たちはノイズを制御しつつ、量子特有の「表現の広さ」を機械学習に組み込むための強力なツールを手にしつつあります。