この記事について
はじめまして、田籠(Tagomori)と申します。
2026年に就職を目指している業界未経験者です。
今回、将来的に目指すSREに向けて理想的なSREチーム文化について
考察をまとめました。「未経験が組織文化を語るのか」と
思われるかもしれません。しかし、だからこそ語れる理想があると考えています。
主軸となった体験
私には3つの原体験があります。
1つ目は、ゲームデバッグバイトでの体験です。
配属2日目に2chリーク事件が発覚しました。
私は「所属2日で情報を知らない」というアリバイがあり白扱いでしたが、
グレー判定された方々が集められ犯人特定を行う現場を目撃し、
徹底された情報統制の世界を知りました。
2つ目は、ニコニコ動画での「メーデー!」との出会いです。
NTSBのドキュメンタリーを視聴し、「堅牢なシステムが破滅する過程」から
学ぶ重要性を知りました。
3つ目が、2024年1月2日の羽田空港滑走路事故です。
海保機の乗員5名が亡くなるという痛ましい事故でしたが、
私が呆れたのは日本の報道姿勢でした。「犯人探し」に終始し、
NTSBが何十年もかけて築いてきたBlameless文化を無視する姿勢。
なぜ日本標準にならないのか。この疑問から、この記事は始まります。
第1項 Blamelessとの出会い
第1章: NTSBから学ぶ。
メーデー!との出会い
私がNTSB(米国国家運輸安全委員会)の存在を知ったのは、ニコニコ動画でした。
「メーデー!」という航空事故調査のドキュメンタリー番組です。
当初、私がこの番組を見始めた理由は不純です。「堅牢なシステムが破滅する過程」
に対する恐怖心からでした。しかし、何本も視聴するうちに、私の中で変化が起きました。
恐怖が知識に変わったのです。
航空機事故から学ぶ
様々な事故解説を見るたびに、私は「先人のミスを刷り込むことで、同じミスを避ける」
という戦略を取れるようになりました。恐怖を学習に変換するコーピング戦略です。
そして何より印象的だったのが、NTSBの調査姿勢でした。
NTSBの調査原則
NTSBの調査原則は明確です:
1. 事故調査の目的は再発防止である(犯人探しではない)
これが最も重要な原則です。事故調査の目的は「誰が悪いか」を特定することではなく、
「なぜそうなったか」を解明し、「二度と起こさない」ための知見を得ることです。
2. 調査段階では刑事責任を問わない
調査が完了するまで、刑事責任の追及は保留されます。なぜなら、
刑事責任を恐れた関係者が口を閉ざせば、真実は永遠に闇の中だからです。
心理的安全性なしに、真実は出ません。
3. 「なぜそうしたのか?」を徹底追及する
NTSBの調査官は、ひたすら「Why?」を繰り返します。
- 「なぜその判断をしたのか」
- 「なぜそのマニュアルになっていたのか」
- 「なぜその訓練が不足していたのか」
- 「なぜその文化が形成されたのか」
個人の責任ではなく、システム全体の欠陥を明らかにするのです。
4. システム全体の欠陥を明らかにする
航空事故の多くは、「複数の要因が重なったとき」に発生します。
NTSBが明らかにするのは、単一の人為ミスではなく、
「その人為ミスを防げなかったシステムの欠陥」です。
5. 調査結果は公開・共有される
NTSBの調査報告書は一般公開されます。詳細なタイムライン、
根本原因分析、再発防止策——これらすべてが世界中で共有され、
航空業界全体の安全性向上に貢献します。
なぜ航空業界は世界最高の安全性を実現したか
現代の民間航空は、人類史上最も安全な移動手段です。
2023年の統計では、民間航空機による死亡事故率は100万フライトあたり0.03件。
自動車事故の死亡率と比較すれば、桁違いに安全です。
なぜここまで安全になったのか。
答えは単純です: 過去の事故から学び続けたから。
1970年代、航空事故は頻発していました。テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故では
644人のうち583人が死亡し、これは2025年現在でも民間航空史上最悪の死者数です。
しかし航空業界は、この悲劇から学びました。NTSBをはじめとする各国の
事故調査機関が、Blameless(非難しない)の原則で徹底的に調査し、
再発防止策を積み重ねました。
その結果が、現在の安全性です。
第2章:かつての重大事故から学ぶ
スリーマイル島の教訓: 多重防御でも破綻する
私がメーデー!から始まりYoutubeでの事故解説を見ていく中で衝撃を受けたのは、スリーマイル島原発事故の解説でした。
1979年3月28日、ペンシルベニア州のスリーマイル島原発で部分的炉心溶融が発生しました。
幸い大規模な放射能漏れは避けられましたが、一歩間違えればチェルノブイリ級の
惨事になっていた可能性があります。
この事故の恐ろしさは、多重防御が全て破綻した点にあります。
- 機器の故障を検知するセンサーがあった → しかし誤作動していた
- 異常を知らせるアラームがあった → しかし大量に鳴りすぎてどれが致命的か認識不能だった
- マニュアルがあった → しかし想定外の状況で役に立たなかった
- 訓練された技術者がいた → しかし状況を誤認した
- バックアップシステムがあった → しかし同時に複数が機能不全に陥った
「堅牢なシステム」は存在しました。しかし、複数の小さな欠陥が
同時に発生したとき、システム全体が破滅に向かったのです。
かつての重大事故の数々が教えてくれたのは
「完璧なシステムは存在しない。だからこそ、失敗から学び続けなければならない」
この原則は、航空業界だけでなく、すべてのシステム運用に適用されるべきです。
そしてSREこそ、この原則を最も必要とする職種の一つだと、私は確信しています。
第3章: 羽田空港事故 - 日本の問題点
2024年1月2日、羽田空港で何が起きたか
2024年1月2日午後5時47分、羽田空港のC滑走路で痛ましい事故が発生しました。
能登半島地震の救援に向かう海上保安庁の航空機が滑走路上に停止していたところ、
札幌から着陸してきた日本航空516便(エアバスA350-941)と衝突。
両機が炎上し、海保機の乗員6名のうち機長以外の5名が殉職しました。
JAL機の乗客乗員379人は、乗務員の誘導により全員脱出に成功しました。
海外メディアはこれを「奇跡」と報じました。
運輸安全委員会(JSTB)は2024年12月に経過報告を公表し、事故は以下の3つの要因が
重なって発生したと結論づけています
- 海保機が管制官の指示を誤認し、滑走路に進入して停止した
- 管制官が海保機の進入に気づかなかった
- JAL機が滑走路上の海保機を認識できなかった
複数の要因が重なった時、システムは破綻する。
スリーマイル島の教訓が、ここでも証明されました。
日本の報道姿勢に呆れた
しかし、私が衝撃を受けたのは事故そのものよりも、その後の報道姿勢でした。
事故直後から、日本のメディアは「犯人探し」に終始しました:
- 「海保機が許可なく侵入」
- 「管制官の指示ミス」
- 「誰の責任か」
- 「海保機長の過失」
Yahoo!ニュースのコメント欄は「海保機が悪い」「管制官の責任だ」という
責任追及のコメントで溢れました。運輸安全委員会が「経過報告」を出し、
「最終報告書はまだ」と明言しているにもかかわらず、です。
さらに驚いたのは、最終報告書が出る前に航空法が改正されたことです。
2025年3月、国土交通省は「パイロットのヒューマンエラー防止」として
「コミュニケーション能力やタスク管理能力を向上するための訓練」を義務化しました。
原因究明が完了する前に、対策が先行する。
これは、NTSBの原則とは正反対です。
NTSBならこうしない
もしこれがアメリカで起きた事故なら、NTSBはこうしたでしょう:
-
調査完了まで刑事責任の追及を保留
- 関係者が安心して証言できる環境を作る
-
「なぜそうしたのか?」を徹底追及
- 海保機長が指示を誤認した理由
- 管制官が見逃した理由
- JAL機が認識できなかった理由
- それぞれの「Why?」を掘り下げる
-
システム全体の欠陥を明らかにする
- 羽田空港の過密スケジュール
- 管制システムの限界
- 訓練体制の問題
- 組織文化の課題
-
最終報告書を公表してから対策を議論
- 原因が明確になってから、実効性のある対策を立てる
しかし、日本の報道は「海保機長の人的ミス」という結論に飛びつき、
メディアは「犯人」を特定しようとしました。
これでは、次の事故は防げません。
なぜ日本はBlameless文化が根付かないのか
なぜ日本は、航空業界が何十年もかけて築いてきたBlameless文化を
学ばないのでしょうか。
私は、以下の文化的要因があると考えています:
1. 「責任を取る」美徳文化
日本では「責任を取る」ことが美徳とされます。トップが辞任し、
関係者が処分を受けることで「けじめ」をつける。
これは一見、潔く見えます。
しかし、この文化は「真実の究明」を妨げます。
「誰かが責任を取れば終わり」では、根本原因は闇の中です。
つまりSREの文脈でいえば障害復旧、ステークホルダへの謝罪賠償。そこで終わってしまっています。ポストモーテムがありません。
2. 「恥の文化」による隠蔽インセンティブ
日本は「恥の文化」です。ミスを認めることは、個人の恥であり、
組織の恥であり、日本の恥とさえ考えられます。
この文化では、関係者は「正直に話す」より「隠す」インセンティブを持ちます。
刑事責任を恐れ、社会的制裁を恐れ、口を閉ざすのです。
3. 「落とし所探し」の犯人探し
日本のメディアと世論は、しばしば「落とし所」を探します。
誰かを「犯人」に仕立て上げ、処分することで、社会が納得する。
しかし、これは再発防止にはなりません。
感情論的には満足かもしれませんが、満足は充足感を齎しますが十全ではありません。
システムの欠陥は放置され、次の事故を待つだけです。
4. マスコミの視聴率至上主義
「犯人探し」はニュースになります。視聴率が取れます。
「システムの欠陥」は地味です。視聴者は興味を持ちません。
結果、メディアは「誰が悪いか」を報じ、「なぜそうなったか」を掘り下げません。
5. 刑事責任と原因究明の混同
日本では、事故調査と刑事捜査が並行して進みます。
警察は「業務上過失致死傷罪」を視野に捜査を開始します。
しかし、刑事責任の追及と原因究明は、本来別物です。
刑事責任を問うのは、原因が明らかになった後であるべきです。
この文化は、SREチームでも起こりうる
羽田事故の報道姿勢を見て、私は思いました。
「これは、SREチームでも起こりうる」と。
障害が発生したとき、組織は「犯人」を探します。
「誰のコミットが原因か」
「誰の設定ミスか」
「誰の判断ミスか」
そして、その「犯人」は処分されます。降格、減給、最悪の場合は解雇。
しかし、これでは次の障害は防げません。
真実は闇の中。同じシステムの欠陥が放置され、次の「犯人」を生み出すだけです。
だからこそ、Blameless文化が必要なのです
NTSBが築き、航空業界が実証したBlameless文化。
これは、SREチームにも適用されるべきです。
次の第2項では、具体的なSREチーム設計を提案します。
「正直に話した方が得」な構造を、どう作るか。
そして第3項にて日本の文化的障壁を認めつつ、現実的な導入戦略を示します。
第二項 理想のSREチームとは
第4章: Blamelessポストモーテムの原則
ポストモーテムとは何か
ポストモーテム(Post-mortem)は、直訳すれば「死後検証」です。
SREの文脈では、障害発生後に行う詳細な分析と再発防止策の策定を指します。
しかし、ただの「振り返り会」ではありません。
NTSBが航空事故調査で実践してきた原則を、SREチームに適用したものです。
そしてその核心にあるのが、Blameless(非難しない)の原則です。
Blamelessの本質: 「誰が悪いか」を問わない
Blamelessポストモーテムの最も重要な原則は、こう表現されます:
「We focus on WHAT happened, not WHO did it.」
(何が起きたかに焦点を当て、誰がやったかは問わない)
なぜこの原則が必要なのか。
人間は、責任追及を恐れると、真実を隠します。
「自分のコミットが原因だ」と認めれば、降格や減給、最悪の場合は解雇。
このリスクがある限り、誰も正直には話しません。
結果、真の原因は闇の中。
同じシステムの欠陥が放置され、次の障害を生み出すのです。
形式的な振り返り会との違い
多くの組織で「事故(特に労災)、障害の振り返り」は行われています。
しかし、それが真の意味でBlamelessになっているかは疑問です。
形式的な振り返り会の特徴:
- 口頭での報告のみ、文書化されない
- 「今後気をつけます」で終わる
- 再発防止策が具体的でない
- 暗黙の責任追及の雰囲気がある
- 「誰のミスか」は言葉にしないが、全員が知っている
真のBlamelessポストモーテムの特徴:
- すべて文書化され、チーム全体で共有される
- タイムラインを分単位で再構成する
- 「なぜそうしたのか?」を徹底追及する
- システムの欠陥を明らかにする
- 具体的な再発防止策を策定し、実行する
違いは、「形式」ではなく「文化」です。
具体的な実践方法
Blamelessポストモーテムは、以下の要素で構成されます:
1. タイムラインの再構成
障害発生の全過程を、時系列で詳細に記録します。
記録すべき情報:
- 何時何分に、何が起きたか
- 誰が、どの情報をもとに、どう判断したか
- どのコマンドを実行したか
- どのアラートが発火したか
- どのステークホルダーに、いつ連絡したか
重要なのは、「判断の根拠」を記録することです。
「なぜその時点で、その判断をしたのか」
「どの情報をもとに、そう考えたのか」
「他の選択肢は検討したか」
これらを記録することで、「不合理な判断」に見えたものが、
実は「その時点では合理的だった」と理解できます。
2. 根本原因分析(Root Cause Analysis)
表面的な原因ではなく、根本原因を特定します。
5 Whys法の活用:
例: 本番環境でデータベースが停止した
- Why1: なぜ停止した? → ディスク容量が枯渇したから
- Why2: なぜ枯渇した? → ログが肥大化したから
- Why3: なぜ肥大化した? → ログローテーションが動いていなかったから
- Why4: なぜ動いていなかった? → 設定ミスがあったから
- Why5: なぜ設定ミスが発生した? → レビュープロセスで検出できなかったから
根本原因: レビュープロセスの不備
「設定ミスをした人」を責めるのではなく、
「設定ミスを防げなかったシステム」、レビュープロセスを改善するのです。
3. 再発防止策の策定
根本原因が明らかになったら、具体的な再発防止策を策定します。
効果的な再発防止策の条件:
- 具体的である(「気をつける」ではない)
- 実行可能である(理想論ではない)
- 責任者と期限が明確である
- 実行を追跡できる
例:
→原因:VMの設定ミス
- ❌ 「今後は設定を慎重に確認する」(抽象的)
- ✅ 「Infrastructure as Codeを導入し、設定変更を必ずコードレビューする(担当: A, 期限: 2週間後)」
4. 文書化と共有
すべてのポストモーテムは、文書化され、組織全体で共有されます。
文書に含めるべき内容:
- 障害の概要とインパクト
- 詳細なタイムライン
- 根本原因分析
- 再発防止策(責任者・期限付き)
- 学んだ教訓
共有の重要性:
ポストモーテムを共有することで、同じミスを他のチームが繰り返すことを防ぎます。
これは、NTSBが調査報告書を公開するのと同じ理念です。
知識は、共有されて初めて価値を持ちます。
よくある失敗パターン
Blamelessポストモーテムを導入しても、失敗するパターンがあります:
失敗パターン1: 暗黙の責任追及
言葉では「Blameless」と言いながら、会議の雰囲気が「犯人探し」になっている。
兆候:
- 「なぜそんな判断をしたのか?」と詰問口調
- 特定の個人にばかり質問が集中
- 会議後、廊下で「あいつのせいだよな」と噂
対策:
ファシリテーターが、「なぜ」の質問を「システムの欠陥」に向け直す。
「Aさんがミスをした」ではなく「ミスを防げなかったレビュー体制」に焦点を当てる。
失敗パターン2: 文書化されない
口頭で振り返りをして終わり。議事録は簡単なメモのみ。
問題点:
- 詳細が失われる
- 他のチームが学べない
- 再発防止策の実行が追跡されない
対策:
ポストモーテムのテンプレートを用意し、文書化を必須にする。
失敗パターン3: 「人」ではなく「システム」を責める建前
「Blameless」を誤解し、「人は責めないが、システムは責める」となってしまう。
例:
「Aさんのミスではない。システムが悪いんだ」←ここで止まってしまう。
→ しかし、システムを作ったのは誰か? という暗黙の追及
対策:
「誰が作ったか」ではなく「なぜそのシステムになったか」を問う。
単一障害点を”追跡”する。
→予算不足、時間不足、要件の変化など、システムの背景を理解する。
失敗パターン4: 再発防止策が実行されない
ポストモーテムで立派な再発防止策を策定しても、実行されない。
原因:
- 責任者が不明確
- 期限がない
- 優先度が低い
- 実行を追跡する仕組みがない
対策:
再発防止策をタスク管理システムに登録し、定期的にレビューする。
しかし、原則だけでは不十分
Blamelessポストモーテムの原則を理解することは重要です。
しかし、原則を掲げるだけでは、文化は変わりません。
なぜなら、人間には「正直に話す」より「隠す」インセンティブがあるからです。
次の第5章では、この問題を解決します。
「正直に話した方が得」な構造を、どう作るか。
インセンティブ設計という、もう一つの核心に迫ります。
第5章: インセンティブ設計 - 正直に話した方が得な構造
原則だけでは人は動かない
第4章でBlamelessポストモーテムの原則を説明しました。
しかし、正直に言いましょう。
原則を掲げるだけでは、人は動きません。
なぜなら、人間は合理的な存在だからです。
「正直に話す」ことのリスクが、「正直に話す」ことのメリットを上回る限り、
人は沈黙を選びます。
だからこそ、インセンティブ設計が必要なのです。
核心: 「正直に話した方が得」な構造
Blameless文化を実現するための核心は、こう表現できます:
「隠すより、正直に話した方が、本人にとって得である」
この構造を作らない限り、どれだけ「Blameless」と唱えても、
人は真実を隠し続けます。
では、どうやってこの構造を作るのか。
調査段階での保護: 心理的安全性の担保
まず、調査段階では関係者を保護します。
1. 責任・人事評価の一時保留
調査が完了するまで、以下を保留します:
- 責任の追及
- 人事評価への反映
- 降格・減給などの処分
これは「責任を問わない」という意味ではありません。
「調査が完了するまで、判断を保留する」という意味です。
なぜなら、調査段階で責任追及を始めれば、
関係者は口を閉ざし、真実は永遠に闇の中だからです。
2. 証言の保護
調査段階での証言は、原則として不利益な扱いを受けません。
「正直に話したから処分された」という前例を作れば、
次からは誰も正直に話さなくなります。
3. 「話してくれてありがとう」という姿勢
調査官(ポストモーテムのファシリテーター)は、
証言者に対して「話してくれてありがとう」という姿勢を示します。
これは形式的な礼儀ではありません。
本心から、「真実を話してくれたことに感謝する」のです。
なぜなら、その証言が次の障害を防ぐからです。
調査完了後のインセンティブ: 正直者が損をしない
調査が完了したら、結果に応じて対応します。
ケース1: 正直に協力した場合
調査にスムーズに協力し、真実を話した場合:
-
処分は最小限にとどめる
- 重大な過失があっても、訓告や厳重注意にとどめる
- 人事評価にはほとんど影響させない
- 場合によっては処分なし
-
公開の場で評価する(任意)
- 「今回、Aさんの正直な証言により、根本原因が明らかになりました」
- ただし、本人が望まない場合は無理にしない
ケース2: 隠蔽を試みた場合
これが重要です。
隠蔽を試みた場合、隠蔽していた期間に応じて処分を加重します。
加重責任による隠蔽防止: 時間が敵になる構造
ここが、このインセンティブ設計の核心です。
時間経過による処分の加重
- 1日目に申告 → 訓告(または処分なし)
- 3日目に発覚 → 減給1ヶ月
- 1週間目に発覚 → 減給3ヶ月 + 降格検討
- 2週間目に発覚 → 降格 + 減給6ヶ月
- 1ヶ月以上隠蔽 → 懲戒処分検討
重要なのは、この基準を事前に明示することです。
なぜこの設計が効果的か
人間は、隠蔽を始めるとき、こう考えます:
「今すぐ話せば怒られる。少し時間を置いて、状況が落ち着いてから...」
しかし、この設計では:
「1日経つごとに処分が重くなる。今すぐ話さないと、取り返しがつかない」
時間が敵になる構造を作るのです。
人間心理の理解
隠蔽は、最初の24時間が勝負です。
- 0-6時間: 「話すべきか、隠すべきか」迷っている
- 6-24時間: 「もう少し様子を見よう」と決断
- 1-3日: 「今さら話せない」と感じ始める
- 1週間以上: 完全に隠蔽モードに入る
だからこそ、最初の24時間で「話した方が得」と判断させることが重要です。
報奨金制度: 理想形態
ここからは、より理想形態の提案です。
経営層の理解が必要ですが、実現すれば強力な効果を発揮します。
障害追跡への金銭的報奨
障害調査への貢献に対して、金銭的報奨を与えます:
- 根本原因を特定した → 5万円
- 実効性のある再発防止策を提案した → 3万円
- 詳細なタイムラインを整理した → 1万円
なぜ金銭的報奨が必要か
「感謝の言葉」だけでは、人は動きません。
特に、自分のミスを認めるという心理的コストを考えれば、
それに見合うリターンが必要です。
金銭的報奨は、こう言っているのです:
「あなたの正直さは、組織にとって5万円の価値がある」
経済合理性の分析
経営層を説得するには、ROI(投資対効果)を示す必要があります。
障害による損失:
- サービス停止: 1時間あたり数十万円〜数百万円
- 顧客流出: 長期的には数千万円
- ブランド毀損: 計測不能だが甚大
- 対応コスト: エンジニアの時間、外部ベンダーのコスト
報奨金のコスト:
- 1回の障害あたり: 10〜20万円程度
- 年間10回の障害としても: 200万円程度
ROI:
- 障害1件を防げば: 数百万円〜数千万円の損失回避
- 投資200万円 vs リターン数百万円〜数億円
- 圧倒的にプラス
「障害は学習の機会」への認識転換
報奨金制度は、組織の認識を変えます。
従来: 障害 = 悪、隠すべきもの
新しい認識: 障害 = 学習の機会、報奨を得るチャンス
この認識転換こそが、Blameless文化の完成形です。
Phase 1: Blamelessポストモーテム(コストゼロ)
まず、Blamelessポストモーテムの文化を定着させます。
これはコストゼロで、今すぐ始められます。
Phase 2: 調査協力インセンティブ(人事権の範囲)
次に、加重責任制度を導入します。
これは人事権の範囲内で実施できます。
Phase 3: 報奨金制度(ROI実証後)
Phase 1と2で効果を実証してから、報奨金制度を提案します。
「これまでの成果」を示せば、経営層の説得もしやすくなります。
人間心理を理解する
インセンティブ設計は、人間心理の理解から始まります。
隠蔽のインセンティブ
人が真実を隠す理由
- 処分を恐れる
- 社会的制裁を恐れる(恥、評判の低下)
- キャリアへの影響を恐れる
- 「少し時間が経てば、忘れられる」という期待
報告のインセンティブ
人が真実を話す理由
- 処分が軽くなる(または無い)
- 感謝される
- 金銭的報奨を得る
- 「隠蔽した場合のリスク」が明確
隠蔽のインセンティブを消し、報告のインセンティブを作る。
これが、インセンティブ設計の本質です。
この設計は理想形態である、という自覚
正直に言います。
この章で提案したインセンティブ設計、特に報奨金制度は、
多くの日本企業では「理想論」と受け取られるでしょう。
「金で釣るのか」
「そんな予算はない」
「経営層が理解しない」
しかし、私はこう考えています。
理想を語らなければ、現実は変わらない。
次の第3項では、この理想と現実の間をどう埋めるか、
具体的な戦略を示します。
第3項 現実との折り合い
第6章: 理想と現実の橋渡し
文化的障壁の現実。
第2項で提案したインセンティブ設計は、理想形態です。
そして正直に言えば、多くの日本企業では「実現困難」と見られるでしょう。
なぜなら、文化的障壁があるからです。
第3章で分析した通り、日本には:
- 「責任を取る」美徳文化
- 「恥の文化」による隠蔽インセンティブ
- 「落とし所探し」の犯人探し
- 刑事責任と原因究明の混同
これらの文化的背景は、簡単には変わりません。
「Blameless文化を導入しよう!」と宣言しても、
翌日から組織が変わるわけではないのです。
実現にはあまりにも多くの課題、しがらみがあるでしょう。
でも、諦めない理由
しかし、私は諦めません。
なぜなら、小さな一歩から始められるからです。
航空業界も、最初からBlameless文化だったわけではありません。
何十年もかけて、無数の事故から学び、少しずつ文化を変えてきたのです。
SREチームも同じです。
今日から完璧なBlameless文化を作ることはできません。
しかし、今日から小さな一歩を踏み出すことはできます。
そして、その積み重ねが、いつか文化になるのです。
段階的導入の具体戦略
理想と現実の橋渡しは、段階的に行います。
このフェーズでの移行により実現可能性を高められると思います。
Phase 1: Blamelessポストモーテム(今すぐ始められる)
コスト: ゼロ
必要な権限: なし(チーム内で実践可能)
開始時期: 今日から
まず、自分のチームで始めます。
- 障害が発生したら、Blamelessポストモーテムを実施
- タイムラインを詳細に記録
- 「なぜ?」を5回繰り返す
- 全てを文書化し、チーム内で共有
これは、誰の許可も要りません。
今日から、次の障害から、始められます。
成功の指標は以下かと思われます
- ポストモーテムのドキュメントが蓄積される
- チームメンバーが「誰が悪い」と言わなくなる
- 同じ障害が減る
Phase 2: 加重責任制度(人事権の範囲内)
コスト: ゼロ
必要な権限: チームリーダー/マネージャー
開始時期: Phase 1で効果を実証した後
Phase 1で効果を実証できたら、次のステップに進みます。
- 「正直に話した方が得」な構造を明文化
- 隠蔽期間に応じた処分基準を設定
- チーム内で合意を形成
これも、大きな予算は要りません。
人事権の範囲内で実施できます。
成功の指標
- 障害発生時、迅速に報告が上がる
- 隠蔽案件がゼロになる
- チームの心理的安全性が高まる
Phase 3: 報奨金制度(ROI実証後)
コスト: 年間数十万円〜数百万円
必要な権限: 経営層の承認
開始時期: Phase 1・2で効果を実証した後
Phase 1と2で効果を実証できたら、経営層に提案します。
- これまでの成果を数値で示す(障害減少率、対応時間短縮率)
- ROIを計算する(障害による損失 vs 報奨金コスト)
- 小規模で試験導入を提案
ここまで来れば、経営層も無視できません。
実績があるからです。
成功の指標
- 報奨金制度が承認される
- 組織全体でBlameless文化が定着
- 「障害は学習の機会」という認識が広まる
いつか実現したいチーム像
私が所属するSREチームは、こんな文化になっていることを想像しています。
障害が発生したとき
- 誰も「犯人探し」をしない
- 関係者が正直に、詳細に、証言する
- Blamelessポストモーテムが自然に実施される
- 全てが文書化され、組織全体で共有される
ポストモーテムの結果
- 根本原因が明らかになる
- 実効性のある再発防止策が実施される
- 貢献者に報奨金が支払われる
- チーム全体が「学べた」と感じる
組織の認識
- 「障害は悪」ではなく「学習の機会」
- 「隠すより話す方が得」が当たり前
- 心理的安全性が高い
- エンジニアが誇りを持って働ける
これは、理想です。
繰り返しますが、理想を語らなければ、現実は変わりません。
あなたの組織はどうですか?
この記事を読んでいるあなた。
あなたの組織は、どうですか?
障害が発生したとき、「犯人探し」をしていませんか?
関係者は、正直に話せていますか?
ポストモーテムは、形式的になっていませんか?
もし、少しでも「変えたい」と思ったなら。
まず、小さな一歩を踏み出してください。
次の障害から、Blamelessポストモーテムを実践してみてください。
タイムラインを詳細に記録し、「なぜ?」を5回繰り返してみてください。
文書化し、チームで共有してみてください。
それが、文化を変える第一歩です。
一緒に、文化を変えていきませんか?
私は未経験者です。
2026年に、ようやくIT業界人としてのキャリアをスタートします。
しかし、未経験だからこそ、理想を語れます。
現場の「当たり前」に染まっていないからこそ、「おかしい」と感じられます。
NTSBが築き、航空業界が実証したBlameless文化。
これを、SREチームに、日本の技術組織に、そして日本中に広げていきたい。
それが、この記事を書いた理由です。
この記事が、誰かの心に響き、
誰かが小さな一歩を踏み出すきっかけになれば。
それが、私の願いです。
一緒に、文化を変えていきませんか?
ここまで未経験者の理想にお付き合い頂き、ありがとうございました。
