はじめに
この記事は論文やレポートを書く学生を主な読者として想定し、論文に出てくるような、ややこしい記号(-, ハイフン; -, マイナス; –, en dash, —, em dash)の使い分け、および一発で入力する方法がよくわからない記号(μ, マイクロ; °C, セルシウス度)の入力方法をまとめます。Microsoft Wordにおける半角で入力すること、英文フォントで入力すること、日本で一般的な日本語106キーボードを用いることを想定しています。
私自身がよく忘れてしまうので、自分の備忘録としつつもどなたかの参考になればと思いまとめます。特に記号の使い分けについて、私はとある雑誌の校閲作業に短期間ながら従事していたことがありまして、そこでの基準も参考にしながらまとめています。業界によって基準はちがうと思いますので、あくまでも参考程度にご理解いただけますと幸いです。
動作確認環境
Windows 11 Home (OS ビルド 26100.6725)
Microsoft Word for Microsoft 365 MSO
(バージョン 2508 ビルド 16.0.19127.20192) 64 ビット
入力方法 簡単まとめ
一般的な名称 | 記号 | 入力方法 ※1 |
---|---|---|
ハイフン | - | キーボードから直接入力 |
マイナス | − | 2212 → alt + x
|
en dash(エヌダッシュ) | – | 2013 → alt + x
|
em dash(エムダッシュ) | — | 2014 → alt + x
|
プラス | + |
Shift + ;
|
かける(乗算記号) | × | 00D7 → alt + x
|
Multiplication dot(乗算記号) | ⋅ | 22C5 → alt + x
|
わる(除算記号) | ÷ | 00F7 → alt + x
|
スラッシュ(除算記号) | / | キーボードから直接入力 |
オーム | Ω | 03A9 → alt + x
|
セルシウス度 | °C | 00B0 → alt + x → C |
マイクロ | μ | 03BC → alt + x
|
※1: A + B は「Aを押しながらBを押す」、A → B は「Aを押した後にBを押す」という意味。
1. 横棒類 (-, ハイフン; -, マイナス; –, en dash, —, em dash)
- ハイフン (-): キーボードから直接入力 (「ほ」のところ)
- 用法
- 主に、英単語を連結したり、複合語を形成したりする際に用います。化合物の名称においては、位置番号と英単語を連結する際に用います。マイナスの代用には用いません。
- 使用例
- ・ red-colored rose
- ・ RT-PCR
- ・ Nagata-cho (永田町)
- ・ propan-1-ol
- Unicode
- U+2010
- マイナス (−): 2212を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 用法
- 数学における引き算や負の数を示す際に用います。また、化学や物理学の文脈で、負電荷を表すことがあります。
- 使用例
- ・ 5−9 = −4
- ・ CH3COO−
- Unicode
- U+2212
- en dash (–): 2013を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 用法
- 数値の範囲や区間を示す際に用います。特に、引用した文献のページ数を記載する際に用います。
- また、単語間の関係性(並列や対立)を示すこともあり、複数の人物名を含む定理や手法の呼称に用いることがあります。
- 使用例
- ・ WATSON, J., CRICK, F. (1953), Nature 171, 737–738.
- ・ the wavelength range of 600−800 nm
- ・ Keto–enol tautomerism
- ・ Taniyama–Shimura conjecture
- ・ Kruskal–Wallis test
- Unicode
- U+2013
- em dash (—): 2014を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 用法
- 区切り、挿入、副題をつける際に用いるようです。しかし、私は直接的に科学論文での使用例を見たことが無く、使う機会はほとんどないと思います。
- 使用例
- ・ We do this to avoid confusion and wasted effort—dangers that are particularly acute in interdisciplinary research.
- ※ DOI: 10.1177/1745691610393528 より引用
- Unicode
- U+2014
2.四則演算に関する記号 (+,プラス ; -, マイナス; ×, ⋅, かける; ÷, /,わる; など)
- プラス (+): shiftキーを押しながら「;」キーを押す
- 用法
- 数学における足し算や正の数を示す際に用います。また、化学や物理学の文脈で、正電荷を表すことがあります。
- 使用例
- ・ 5+9 = 14
- ・ Ca2+
- Unicode
- U+002B
- マイナス (−): 2212を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 用法
- 数学における引き算や負の数を示す際に用います。また、化学や物理学の文脈で、負電荷を表すことがあります。SI組立単位を表現する際にも用いられ、詳細は後述します。
- 使用例
- ・ 5−9 = −4
- ・ CH3COO−
- Unicode
- U+2212
- かける (×): 00D7を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 用法
- 数学における掛け算を示す際に用います。内積と外積を区別している文脈では、外積を意味します。学名においては雑種であることを意味します。SI基本単位を組み合わせる際の乗算には「×」ではなく「⋅」が用いられ、詳しくは後述します。
- 使用例
- ・ 5×9 = 45
- ・ Rosa × damascena Mill.
- Unicode
- U+00D7
- かける (⋅): 22C5を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 用法
- ドット演算子、Multiplication dotと呼称されることがあり、「中点」や「ビュレット」とは異なります。数学において掛け算を示す際に用いられ、内積と外積を区別している文脈では、内積を意味します。SI組立単位を表現する際に用いられ、詳細は後述します。
- 使用例
- ・ y = a⋅x
- ・ kg⋅m2⋅s−3
- Unicode
- U+22C5
- わる (÷): 00F7を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 用法
- 日本や英語圏では、数学における割り算を意味する記号として用いられます。しかし、国際標準化機構によって、「÷」ではなく、「/」が割り算の記号として定められたため、科学論文で用いる機会は無いと思います。
- 使用例
- ・ 45÷5 = 9
- Unicode
- U+00F7
- スラッシュ (/): キーボードから直接入力 (「め」のところ)
- 用法
- 数学における割り算を意味する標準的な記号として「÷」ではなく「/」が用いられます。日常生活でも「/」を目にすることが多いかと思いますが、科学論文では単位を構成する記号として登場することが多いと思います。
- 使用例
- ・ 5/10 = 2
- ・ m/s2
- Unicode
- U+002F
3. SI単位を表記する際に用いる記号の入力方法
3.1. はじめに
科学論文でたくさん登場する数値とその単位は、基本的には国際単位系(SI)に準じていると思います。ここでは、国際単位系(SI)第9版(2019)日本語版に準じ、SI単位を表記する際に用いる記号の入力方法について記述します。
このSI単位は、「基本単位」(3.2.で紹介)と「組立単位」(3.3.)から構成され、さらに「接頭語」(3.4.)を用いることであらゆる単位を表記することができます。ここでは特に、Wordで入力する際に注意したい記号を取り上げて紹介します。
3.2. SI基本単位
SI基本単位は下表のとおり、7つあります。これらは、すべてキーボードから直接入力できますので安心です。
量の名称 | 単位の名称 | 記号 |
---|---|---|
時間 | 秒 | s |
長さ | メートル | m |
質量 | キログラム | kg |
電流 | アンペア | A | 熱力学温度 | ケルビン | K |
物質量 | モル | mol |
光度 | カンデラ | cd |
3.3. SI組立単位
SI組立単位は、基本単位のべき乗の積と定義されています。つまり、基本単位をいろいろ組み合わせていろんな単位を表記できます(下表右列)。そのように組み合わせた単位の中でも、下表のように固有の記号を持つ22個のSI組立単位があります。
3.3.1.では、下表の右列のように、基本単位を組み合わせるときに注意が必要な記号の入力方法を、3.3.2.では注意が必要な2つの単位固有の記号(Ωと°C)の入力方法について紹介します。
量の名称 | 単位の名称 | 固有の記号 | 基本単位のみによる表現 |
---|---|---|---|
平面角 | ラジアン | rad | m/m |
立体角 | ステラジアン | sr | m2/m2 |
周波数 | ヘルツ | Hz | s−1 |
力 | ニュートン | N | kg m s−2 |
圧力、応力 | パスカル | Pa | kg m−1 s−2 |
エネルギー、仕事、熱量 | ジュール | J | kg m2 s−2 |
仕事率、放射束 | ワット | W | kg m2 s−3 |
電荷 | クーロン | C | A s |
電位差 | ボルト | V | kg m2 s−3 A−1 |
静電容量 | ファラド | F | kg−1 m−2 s4 A2 |
電気抵抗 | オーム | Ω | kg m2 s−3 A−2 |
コンダクタンス | ジーメンス | S | kg−1 m−2 s3 A2 |
磁束 | ウェーバ | Wb | kg m2 s−2 A−1 |
磁束密度 | テスラ | T | kg s−2 A−1 |
インダクタンス | ヘンリー | H | kg m2 s−2 A−2 |
セルシウス温度 | セルシウス度 | °C | K |
光束 | ルーメン | lm | cd sr |
照度 | ルクス | lx | cd sr m−2 |
放射線核種の放射能 | ベクレル | Bq | s−1 |
吸収線量、カーマ | グレイ | Gy | m2 s−2 |
線量当量 | シーベルト | Sv | m2 s−2 |
酵素活性 | カタール | kat | mol s−1 |
3.3.1. 組立単位に用いる記号の入力方法
基本単位から組立単位を組み立てる際に、単位記号に対して積算や除算を行います。この際の積算は1文字分の空白「 」もしくはMultiplication dot「⋅」で示します。除算は斜線「/」もしくは負の指数「−1」で示します。
このうち「⋅」と負の指数に出てくる「−」の入力がややこしいと思いますので下記に取り上げます。(前述の内容と一部重複していますがご了承ください。)
- 乗算 (⋅): 00F7を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 使用例
- ・ C = A⋅s
- Unicode
- U+00F7
- マイナス (−): 2212を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 使用例
- ・ kg⋅m2⋅s−3
- Unicode
- U+2212
3.3.2. 単位固有の記号(Ωと°C)の入力方法
固有の記号を持つ22個のSI組立単位のうち20個はキーボードから直接入力できますが、Ωと°Cはちょっと厄介です。
- 電気抵抗 (Ω): 03A9を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 注意
- unicodeではギリシア文字としてのオメガ(Ω, U+03A9)と電気抵抗の単位記号としてのオーム(Ω, U+2126)の2つの文字が別々に定義されているようです。ただし、unicode標準では、電気抵抗の単位記号として用いる際もオメガを用いることを推奨しているそうなので、ここでもオメガの入力方法を示します。
- Unicode
- U+03A9
- セルシウス度(°C): 00B0を入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す + キーボードから直接「C」を入力
- 注意
- 「°C」で一文字ではなく「°」と「C」を組み合わせた二文字として表記します。
- Unicode
- U+00B0
3.4. SI接頭語
基本単位と組立単位の前に接頭語をつけることで、十進の倍量および分量を表すことができます。"センチ"メートルや"ヘクト"パスカルなど身近なところにもあります。国際単位系では下表のとおり、10−24から1024まで20の接頭語が定義されています。
このうち、19個はキーボードから直接入力できますが、10−6を示す、マイクロ「μ」の入力には注意が必要ですので次項で紹介します。
10n | 名称 | 記号 | 10−n | 名称 | 記号 |
---|---|---|---|---|---|
101 | デカ | da | 10−1 | デシ | d |
102 | ヘクト | h | 10−2 | センチ | c |
103 | キロ | k | 10−3 | ミリ | m |
106 | メガ | M | 10−6 | マイクロ | µ |
109 | ギガ | G | 10−9 | ナノ | n |
1012 | テラ | T | 10−12 | ピコ | p |
1015 | ペタ | P | 10−15 | フェムト | f |
1018 | エクサ | E | 10−18 | アト | a |
1021 | ゼタ | Z | 10−21 | ゼプト | z |
1024 | ヨタ | Y | 10−24 | ヨクト | y |
3.4.1. マイクロの入力方法
- 10−6 (μ): 03BCを入力後、「alt」キーを押しながら「x」キーを押す
- 注意
- unicodeではギリシア文字としてのミュー (μ, U+03BC)と接頭語としてのマイクロ (μ, U+00B5)の2つの文字が別々に定義されているようです。ただし、unicode標準では、接頭語として用いる際もミューを用いることを推奨しているそうなので、ここでもミューの入力方法を示します。
- しばしば、「μ」が入力できない環境で、ラテン文字の「u」を代用することもありますが、国際単位系に基づけば 「u」を用いるのは誤用 です。Microsoft Wordでは「μ」が入力できるので、特段の事情がない限り「u」で代用するのは控えたほうがよいと思います。
- ミュー(U+03BC)ではなく、マイクロ(U+00B5)の使用を推奨する声もあるようです。その理由は、ミュー(U+03BC)を和文フォントで表示した場合、斜体で表示されることがあります(「μ」ではなく「μ」)。SI単位系では接頭辞は「立体」で表記するとされているので、 「斜体」で表記するのは誤用です。ただ、英文フォント(Times New Romanなど)では問題なく立体で表記されるので、個人的にはunicodeが推奨するミュー(U+03BC)の使用で構わないのではないかと思っています。
- Unicode
- U+03BC
編集履歴
2025年10月9日 使用例を一部修正しました