SIRモデルの解析
微分方程式系を解析する際の典型的な最初のステップは、平衡状態 (equilibrium) をみつけることである。平衡状態とは、個体が特定の区画に留まることを意味するのではなく、区画を出入りする個体の数が均衡していることを意味する。これは常微分方程式の右辺、すなわち区画に所属する個体数の変化率が0に等しくすることに相当する。
$$
\frac{dS}{dt} = 0, \quad \frac{dI}{dt} = 0, \quad \frac{dR}{dt} = 0
$$
通常、疫学モデルにおいて重要な平衡状態が二つある。
- 無病平衡状態 (disease-free equilibrium; DFE)
- エンデミックな平衡状態 (Endemic equilibrium)
DFEは、集団内に感染個体が存在しないこと、またはSIRモデルの場合、$I^*=0$ であることを必要とする (ここで$^*$は平衡解を示す)。対照的にエンデミックな平衡状態では感染性保持者が半永久的に無くならない、すなわちつねに $I^* > 0$ であることを必要とする。
前回の記事で説明したSIRモデル
$$
\frac{dS}{dt} = -\lambda(I)S, \quad \frac{dI}{dt} = \lambda(I)S -\gamma I, \quad \frac{dR}{dt} = \gamma I
$$
における DFE は $(S^*, I^*, R^*) = (N, 0, 0)$ のとき、つまり全人口が感受性区画に所属するときである。このモデルにおいて、エンデミックな平衡状態は存在しない。なぜなら、疫病が終わると共に感染者は必ず0になるからである。生物学的に言えば、エンデミックな平衡状態には、感染が風土病として持続するために、感受性のある個体の継続的な供給、いわゆる「感受性者補充 (susceptible replacement)」が必要である。この補充過程は、例えば、感受性のある集団への出生や免疫力の低下などを通じて起こり得る。このような補充がなければ、人口動態を含まないSIRモデルのように、感染者数は流行後にはゼロに戻る。
人口動態を考慮したSIRモデル
そこで、今回は人口動態を考慮したSIRモデルについて考えてみる。まず次の生物学的仮定をおく
- 出生率と死亡率は等しく、$\mu$で与えられる
- すべての個体は生殖能力があり、等しく死亡の影響を受ける
- 全ての個体は感染に対して感受性を持って生まれる
最初の2つの仮定は、人口を一定に保ち、3つ目の仮定は数学を簡潔にしてくれます。これらの仮定なしに感染症の動態をモデルかすることは可能であるが、ここではコンセプトを理解するため、簡潔さを優先する。これらの仮定のもと、人口動態を考慮したSIRモデルは次のように書ける:
\begin{align}
\frac{dS}{dt} &= \mu N - \beta \frac{I}{N} S - \mu S, \\\\
\frac{dI}{dt} &= \beta \frac{I}{N}S - (\gamma + \mu) I, \\\\
\frac{dR}{dt} &= \gamma I - \mu R。
\end{align}
このモデルのDFEは $(S^*, I^*, R^*) = (N, 0, 0)$ である。またエンデミック平衡解は各式の左辺を0とし、それぞれ$S$、$I$、$R$に関して解くことによって得られる:
\begin{align}
(S^*, I^*, R^*) &= \left( \frac{\gamma + \mu}{\beta}N, \ \frac{\mu}{\beta} N \left[ \frac{\beta}{\gamma + \mu} - 1 \right], \ N - S^* - I ^* \right)。
\end{align}
平衡状態の安定性
平衡状態を見つけることは、系の長期的な振る舞いを理解するための最初のステップに過ぎない。モデルを理解する上で、どの振る舞いが一般的に実現されるかを判断する必要がある。例えば、平衡点付近からスタートした場合、平衡点に近づくのか、それとも遠ざかるのかを調べる必要がある。これには標準的な線形安定性解析が用いられるがここでは解説せずまた別の機会にまとめたいと思う。
次回は、今回定義した人口動態を考慮したSIRモデルを例に、感染症疫学で最も重要な数量とも言われる $R_0$ について学んでいく。
参考文献
- Julie C. Blackwood & Lauren M. Childs (2018) An introduction to compartmental modeling for the budding infectious disease modeler, Letters in Biomathematics, 5:1, 195-221, DOI: 10.1080/23737867.2018.1509026