はじめに
網羅編の「降り」と「安牌」の部分を、定義や数え方まで詳しく書いた詳細編②です。
問いは3つです。
- 他家にリーチされたとき、AIは人間と同じように降りるのか
- どんな状況で降りるのか(何を見て降りているのか)
- 安牌(通りやすい牌)をわざと手に残す「安牌保持」はあるのか
使ったのは、人間の打牌を真似るように学習したモデルです。ここで見えるのは「人間らしい降りを再現するか」で、降りが正しいか、AIが強いかは分かりません。
条件
- モデル: 天鳳2009〜2024年の16年分で学習した強いモデル(6層、約482万パラメータ)
- データ: 2024年のvalid。強制ツモ切りを除く
- 降りの解析: 他家リーチ中の約9,000局面
- 安牌保持の追跡解析: 2024年のvalidから局を80局に1局の割合で取った2,564局(10,225軌跡、判断122,659件)
- 「人間」は天鳳の実際の打牌、「モデル」は出力確率の合計です
「降り」をどう数えるか
他家リーチ中に現物(リーチ者が通った牌)を切っても、それだけでは降りと言えません。要らない牌がたまたま現物だっただけかもしれないからです。そこで、リーチ中の打牌を4種類に分けました。
- 押し: 現物でなく、手を崩さない牌
- 現物をただで切る: 現物だが、手は崩さない(要らない牌が現物だった)
- 降り: 手を崩して現物を切る
- 手を崩して、現物でもない牌
「手を崩す」とは、その牌を切るとシャンテン数が悪くなる、という意味です。
結果1: 降りの割合は人間とほぼ同じ
| 他家リーチ中の打牌 | 人間 | モデル |
|---|---|---|
| 押し | 30.7% | 30.6% |
| 現物をただで切る | 49.1% | 49.1% |
| 降り(手を崩して現物) | 15.4% | 15.5% |
| 手を崩して現物でない牌 | 4.8% | 4.8% |
降りの割合は人間15.36%、モデル15.48%で、差は−0.12ポイントでした。現物を切る約64%のうち、半分近くは降りではなく、「たまたま現物」だったことになります。
手の進み具合で、どう変わるか
現物を切ると手が崩れる局面(押すか降りるかの選択になる局面)に絞って、現物を切る率を見ました。
| 手の進み具合 | 人間 | モデル |
|---|---|---|
| 聴牌 | 17.1% | 18.4% |
| 1向聴 | 48.2% | 48.4% |
| 2向聴 | 72.0% | 71.0% |
| 3向聴 | 86.2% | 83.9% |
手が遠いほど降り、聴牌に近いほど押す、という曲線が人間とそっくりです。
結果2: どんな状況で降りるのか
降りる割合は、状況で変わります。麻雀の感覚と合うか、人間とモデルを並べて見ます。
押す牌が危ないほど、降りる
押そうとしていた牌(手を崩さない非現物のうち、受け入れが最大の牌)の危険度で分けて、現物を切る率を見ました。
| 押す牌 | 手が近い(聴牌・1向聴) 人間 | 同 モデル | 手が遠い(2向聴以上) 人間 | 同 モデル |
|---|---|---|---|---|
| 字牌(場に2枚以上見え) | 24.3% | 26.6% | 73.2% | 74.1% |
| 字牌(それ以外) | 48.5% | 49.7% | 87.7% | 87.9% |
| スジ | 60.0% | 62.9% | 89.8% | 89.2% |
| 無スジの端牌 | 61.1% | 63.9% | 90.8% | 89.4% |
| 無スジの中張牌 | 67.0% | 66.2% | 89.5% | 89.3% |
| ノーチャンス・ワンチャンス | 66.5% | 64.4% | 93.1% | 91.7% |
手が近いときは、押す牌が危ないほど現物に逃げる率が上がります。場に2枚以上見えた字牌なら、ほとんど押します。一方、手が遠いと、どの牌でも約9割が降ります。人間とモデルの差は、ほとんどの行で数ポイント以内です。
スジの判定は、リーチした人全員から見た粗いものです。スジ(60%)と無スジ中張牌(67%)の差が小さいのは、そのためかもしれません。細かい危険度の差までは言えません。
リーチの人数・親子・巡目・順位・ドラ
- リーチした人数: 1人なら15.0%、2人以上なら19.6%(モデル18.9%)。複数人からリーチされると、降りが増えます
- 親か子か: 親のリーチなら16.8%、子なら14.1%。親リーチのほうが降ります
- 巡目: 1〜6巡は14.0%、13〜18巡は16.7%。終盤ほど、少しずつ降りが増えます
- 自分の順位: 1位17.3%、2位16.3%、3位15.3%、4位10.9%。ラス目は、あまり降りません
- 手牌のドラ: 0枚15.7%、1枚15.9%、2枚以上14.1%。ドラを持つと、わずかに降りが減ります
どの項目でも、モデルの値は人間の値に数ポイント以内で付いていきます。順位や親子のような局情報から、人間の降り方のくせまで読み取っているようです。
ただし、これは「状況ごとの割合が似ている」という結果です。モデルが、その情報を実際に使って判断しているかどうかは、次の結果4(入力を消す実験)で見ます。ラス目の降りが少ないのは、ラス目は追わないと順位が上がらないからだと思いますが、理由までは調べていません。
結果3: 降り確率は「確率として正しい」
モデルが出す「降りる確率」を信じてよいかを、校正(calibration)で確かめました。「モデルが降りると言った確率」ごとに、人間が実際に降った割合を見ます。
- 点が対角線の上に乗ります(校正の傾き1.019、理想は1)
- 人間が実際に降った局面を、モデルの降り確率で見分けられます(AUC 0.977)
結果4: リーチの情報を消すと、降りは減る
モデルが本当にリーチの情報を使って降りているのかを、入力の一部を消して確かめました(他家リーチ中の9,015局面)。
| 入力の書き換え | 現物を切る確率 | うち降り | 人間の打牌との一致率 |
|---|---|---|---|
| なし | 64.6% | 15.5% | 81.2% |
| 局情報のリーチ情報を消す | 64.0% | 15.0% | 81.2% |
| 相手の現物チャネルを消す | 56.5% | 13.5% | 72.5% |
| リーチ宣言イベントを消す | 61.3% | 13.7% | 80.1% |
| 3つとも消す | 55.5% | 11.9% | 74.3% |
リーチの情報を消すと、降りは減ります。ただし、減り方は思ったより小さいです。リーチ宣言のイベントを消しても、他の入力(リーチ後の打牌の並び、牌ごとの枚数、現物など)から補っているように見えます。なぜ補えるのかは調べていません。
入力を消した局面は、学習のときには見ていない入力(分布外)で、数字の大きさはそのまま読めません。見るのは向き(消すと下がる)です。また、これは「使った」ことの完全な証拠ではありません。
結果5: 安牌は「持つ」より先に切られる
「安牌をわざと手に残す」動きがあるかも調べました。
集計だけでは分けられない
最初に、リーチがない局面で、安牌候補(手に1枚で、場に2枚以上見えている字牌)と、場に0枚の字牌を両方持っているときに、どちらを先に切るかを見ました。人間もモデルも、安牌候補の方を先に切ります(巡目が進むほど高い)。ただ、これだけでは「安全のための保持」と「牌効率のための処理」が分けられません。場に見えている字牌は、対子・刻子になる見込みが薄いので、効率の面でも先に切られます。
同じ人の手を追う
そこで、同じ人の手牌を順に追って、牌が手に1枚で来てから切られるまでの「生き残り方」を数えました(他家も自分もリーチなし。対子になる、自分がリーチする、追跡が終わるものは打ち切り)。手が遠い局面(2向聴以上)での、手に残っている割合です(人間)。
| 手に来た牌 | 1回の判断後 | 3回後 | 8回後 | 8回後(モデル) |
|---|---|---|---|---|
| 字牌・場に2枚以上(安牌候補) | 31% | 17% | 7.4% | 7.2% |
| 字牌・場に0〜1枚 | 65% | 33% | 11.0% | 11.4% |
| 孤立した端牌(1・9) | 48% | 19% | 6.6% | 6.8% |
| 孤立した中張牌(2〜8) | 79% | 65% | 39% | (未集計) |
(1回後・3回後は、8回後とは別の集計の値で、概数です。)
安牌候補の字牌が、いちばん早く手から出ていきます。人間は安牌を取っておくのではなく、使い道のない牌として先に処理していました。逆に、場に見えていない字牌(まだ対子・刻子になる見込みがある)は長く残ります。孤立した中張牌が長く残るのは、周りの牌とつながる可能性があるからでしょう。
モデルの予測する残り方は、人間の曲線とほぼ重なります(差は数ポイント以内)。どの牌をどれだけ持つかまで、人間の持ち方を再現しています。
リーチを最初に受けた判断
他家のリーチを最初に受けた判断(4,371軌跡)では、次のとおりです。
- 完全安牌の字牌(場に残り0枚で、誰も待てない牌)を手に持っていた: 12.9%
- 完全安牌を持っていたとき、それを切る率: 人間56.6%、モデル57.5%
リーチを受けても、半分前後は完全安牌を手に残して、他の牌から処理しています。
これは「安牌を抱える打ち方は、平均的には見えなかった」という結果です。強い人だけを取り出したり、持っていた理由(対子候補・役牌など)を分けたりすると違う結果になるかもしれません(未確認)。数が少ない層もあります。
限界
- 降りの解析は2024年のvalidの一部(他家リーチ中9,015局面)、1つのモデル・1つのシードです
- 状況ごとの割合は、局面数が少ない層(リーチ2人以上は802局面など)では、ぶれます。状況どうしが重なる(ラス目は親が少ない、など)ので、1つずつの要因は分けられていません
- 降りの危険度は粗い定義です(スジの判定がリーチ者全員から見た粗いもの)。牌ごとの放銃率のような外部の指標は使っていません
- 安牌保持の追跡は、手の遠さを判断ごとの状態で分けています。長く残る軌跡は、手がずっと遠いまま進んだものに偏ります
- 人間の打牌と一致することは「人間らしく降りる」ことで、「正しく降りる」ことではありません
- 段位・勝率など、人ごとの違いは分けていません
まとめ
- 降りの割合は、人間15.4%、モデル15.5%でほぼ一致
- 押す牌が危ないほど、複数人からリーチされるほど、親リーチほど降りる。ラス目はあまり降りない。モデルも同じ向きに付いていく
- 手が遠いほど降りる曲線も、人間とそっくり。降り確率は確率として校正されている(傾き1.019、AUC 0.977)
- リーチ情報を消すと降りは減るが、思ったより小さい。他の入力から補っているように見える(理由は未調査)
- 安牌候補の字牌は、むしろいちばん早く手から出ていく。モデルも同じ持ち方を再現する
モデルの中身を覗く話は、詳細③に書きました。



