はじめに
私はBIPROGYのデザイン組織に所属しています。今までに業種や業界を問わず、様々な案件のUI/UXデザインに携わってきました。BIPROGYにおけるUI/UXの取り組みについては、以下の記事で詳しく紹介しています。
UXデザインで最も大切なのは、機能そのものではなく「ユーザーがどのような体験を得られるか」です。プロダクトに触れる前から「使ってみたい」と感じさせ、魅力的な利用イメージを伝えられるかどうかが、成功を左右します。
本記事では、UXストーリーを3シーン構成で用意し、それを動画生成AI「Veo3」で動画化する実験を行いました。アウトプットを紹介しながら、静止画と比べて伝わり方がどのように変化するのか、UXデザイナー視点でのメリットや課題を考察していきます。
詳細な実験条件や結果の比較は本文にまとめています。
※UXストーリーやアクティビティシナリオについての用語解説は、巻末の付録をご参照ください。
UXストーリーの実現方法
これまでUXストーリーを可視化する方法としては、パワーポイントでシナリオを作成し共有するのが一般的でした。
今回は進化を続ける動画生成AIに着目し、動画でUXストーリーを作成してみることにしました。特に「Veo3」は、テキストでシナリオを記述するだけで高品質な動画を生成できるため、ストーリーをより「体験らしく」表現できる可能性があります。
前提事項
今回の実験は、UXデザイナーが普段のプロセスに動画生成AIを取り入れたらどうなるか、という観点で進めました。
ただし筆者は動画生成プロンプトや動画作成の専門家ではなく、細かいチューニングや最適化を突き詰めているわけではありません。
また、本記事で取り上げるのはすべて架空のシナリオです。実際のサービスや特定の企業を題材にしたものではなく、あくまで利用体験を想定したサンプルケースになります。具体的なプロンプトも公開していません。
ここでの主眼は、「生成AIで作成した動画がUXデザインプロセスのどの場面で使えそうか」を見極めることです。つまり「映像表現の完成度」を評価するものではなく、「UXストーリーを動画化したときに、どの工程にフィットしそうか」を探る実験としてご理解ください。
実験準備
UXストーリーはシンプルさを重視し、「課題 → 解決 → 満足」の3シーン構成を採用しました。多くのサービスに共通する基本パターンであり、短い動画でもストーリー性を持たせやすいためです。
今回はサンプルアプリ「カフェのモバイルオーダー」を題材に、ユーザーの生活が豊かになるストーリーを考えてみました。
まずはこの3つのシーンを想定し、パワーポイントで簡単なアクティビティシナリオを作成しました。それぞれのシーンは以下のように設計しています。
- 課題シーン
- ユーザーが困っている状況を表現
- 「何かを探している」「何かを待っている」「使い方が分からず戸惑っている」といった雰囲気
- 解決シーン
- サービスや機能を見つけ、実際に利用するシーン
- 操作や行動を通して、安心感が得られる状態
- 満足シーン
- 困りごとが解決され、ユーザーが笑顔になる
- 利用体験のポジティブな余韻を表現
このアクティビティシナリオをベースに、次のステップとしてVeo3を用いて動画を生成しました。
従来の静止画の表現と比べて、どのように伝わり方が変わるのかを検証していきます。
Veo3で動画を生成してみた
準備したシナリオ画像をもとに、動画生成AI Veo3 を使って3つのシーンを動画化しました。
Veo3では、シーンごとに簡単なテキストプロンプトを入力するだけで、BGMや環境音、セリフを含む短い映像を自動生成できます。
Veo3は最大8秒の動画しか作成できないため、シーン別に動画を生成し、これらを動画編集ツールでつなげてみました。
※QiitaにはGIF形式の動画しか掲載できないため、音がすべて消えてしまいます。作成した動画のメリットが一部伝わりづらいこと、ご了承ください。
生成された動画を見てみると、以下のような印象を受けました。
- 課題シーン:表情の「困惑感」は静止画よりも強調され、状況が直感的に伝わりやすい
- 解決シーン:操作をしている動きが加わることで「行動と感情のつながり」が理解しやすい
- 満足シーン:静止画の笑顔よりも、動画で表情が変化していく過程が自然に伝わる
一方で、演出や背景などの細部を完全にコントロールするのは難しく、想定とは少し異なる仕上がりになることもありました。とはいえ、短時間で「UXストーリーの雰囲気」を動画として形にできた点は大きな収穫です。
今回のような簡易な動画撮影の場合でも、制作計画から現場撮影、動画編集など、通常は約10時間を要しますが、AIを使うと1時間程度でできてしまいました。
次のセクションでは、静止画+テキストで作成したシナリオと、Veo3で生成した動画を比較していきます。
「静止画+テキスト」と「動画」の比較
実験から分かったこと
今回のストーリー動画化実験を通じて、感じたポイントを、良かった点と課題点に分けて整理します。
✔ 良かった点
- 体験の流れが直感的に伝わる:静止画よりも「課題 → 解決 → 満足」の時間的変化がわかりやすい
- 感情表現の豊かさ:表情や雰囲気の変化が自然に伝わるため、利用者の気持ちをイメージしやすくなり、開発チームや関係者の共通理解を生み出すことができる
- 文章での説明コスト削減:長い説明をしなくても動画で伝わる。QiitaではGIF形式のため音声は再現できないが、実際にはBGMや環境音、簡単なセリフも付加できるため、解説なしでも状況を直感的に共有できる
※動画でも解釈の幅が生まれるため、要所のテキスト補足を併用すると効果的 - 社内外への説明に有効:企画承認やユーザーヒアリングの場面で「伝わりやすさ」が大きく向上
- 未来志向のビジョン提示:まだ存在しないサービスや機能を「未来の利用体験」として映像で自由に描けるためアイデアを素早く表現できる
✘ 課題点
- コントロールの難しさ:背景や細かい動きは意図どおりにならないことがある
- 表現の過剰さ:感情表現が大げさになり、ニュアンスが異なることも
- テンポ感の調整:動画が長すぎると、逆に説得力や集中力が落ちる場合あり
今後の展望(実務活用の可能性)
今回の実験で得られた気づきを踏まえると、動画生成AIは以下のような実務シーンで活用できる可能性があります。
- ユーザーへのニーズ検証用のプロトタイプとして活用
- 動画によるプロトタイプで、実物を作らずとも利用体験を安価に検証できる
- ユーザーから具体的な意見を引き出すトリガーになる
- プレゼン・企画承認
- 「静止画+テキスト」よりも短時間で企画の魅力を伝えられ、意思決定者の理解を促進できる
- サービス紹介やコンセプト共有
- 初期段階のアイデアを動画化してチームメンバーとイメージを揃える手段として活用可能
- 動画は記憶に残りやすく、議論のベースになりやすい
動画生成AIはまだ表現の精度や演出の自由度に課題はありますが、「UXストーリーを短時間で魅力的に伝える」手段として、今後のデザイン実務に組み込める余地は十分にあると感じました。
まとめ(おわりに)
今回の実験では、アクティビティシナリオを「課題 → 解決 → 満足」の3シーン構成で用意し、動画生成AI Veo3 を使って動画化してみました。
静止画+テキストでは伝えきれなかった「時間の流れ」や「感情の変化」を補完でき、UXデザインにおける可視化の新しい選択肢として大きな可能性を感じました。
一方で、背景や細かい演出のコントロールが難しい、表情がやや大げさになるなどの課題も見えてきました。とはいえ「短時間でストーリーを映像に落とし込める」こと自体が、これまでのプロトタイピングやプレゼン手法にない強みであることは間違いありません。
UXストーリーを動画化することで、利用者や意思決定者に体験を直感的に伝えられるようになります。
まだ実験段階ですが、今後のUXデザイン実務における活用の幅は確実に広がっていくでしょう。
あなたなら、どんなUXストーリーを動画にしてみたいですか?
付録:用語解説
UXストーリーとは
UXストーリーとは、ユーザーがサービスを利用する体験を「物語」として描いたものです。
たとえば「困っている → サービスを使う → 解決して笑顔になる」という流れをシーンに分けて表現します。
操作の手順にとどまらず「そのときユーザーがどう感じるのか」に焦点を当てるため、利用者の気持ちをイメージしやすくなり、開発チームや関係者の共通理解を形成するのに役立ちます。
アクティビティシナリオとは
アクティビティシナリオは、ユーザーが「どんな状況で」「どんな行動をとるのか」を具体的に描いたシナリオです。
物語性よりも、行動や環境のリアルさを重視するのが特徴です。
UXストーリーが「感情の流れを共有する」ことに強みを持つのに対し、アクティビティシナリオは「実際の利用状況を検証する」ことに適しており、両者は補完的に使われます。
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