博報堂テクノロジーズの坂井です。
普段はメディア効果の予測や最適化のツールを開発していて、日々数学の力を借りながら開発業務をしています。
数学の領域は多岐にわたりますが、私たち広告会社の仕事によく登場する領域・しない領域があります。今回は広告会社で私自身が接してきた仕事と数学の関係を棚卸ししてみました。主に統計・機械学習とその周辺の数学の話題になります。
今回の整理は私自身の経験をもとにした個人的見解です。すべての業務領域を精査したわけではないこと留意ください。
★★日常的に使う
確率論・統計学・機械学習
生活者の購買行動や広告効果を記述するために、確率・統計・機械学習まわりの数学は日常的に使います。私も先日、負の二項分布に関する記事を書いたりもしました。
確率分布、検定、回帰分析、多変量解析などの手法はお客さま仕事でもよく使われます。
社内には機械学習や生成AIの研究開発をしているチームもあり、どんなモデルがよいか、学習方法は、評価指標はといった議論も盛んです。
人間の行動・反応はまったく決定的でないので、常々確率でモデリングしがいのある対象だなと思っています。
数理最適化
お客様に最適な広告キャンペーンを設計するなど、実務の中で数理最適化が必要となるシーンは多いです。開発した分析ツールの中に最適化機能を組み込むような業務もあります。
既存の最適化ライブラリの力を借りることが多いのですが、既存の手法ではフィットしない問題の場合、問題の特殊性をうまく活用したオリジナルの最適化アルゴリズムを考案・実装することもあります。
個人的には最適化手法はまだまだ感覚的・原始的に扱ってしまっている部分があり、双対理論などをしっかり勉強して幅広い最適化手法を扱いこなしたいなと思っています。
線形代数
テーブルデータはまさに行列の形をしていますので、行列計算はよく使います。幸か不幸か実務でよく使われるPython言語はnumpyを使って高速な行列計算に落とし込むことが多いので、何気ないループ処理を行列計算に変換することもあります。
また回帰分析や多変量解析の手法の一部には行列計算を駆使するものがあり、行列の基底・階数・固有値・固有ベクトルなどの基礎的な概念に立ち戻ることもあります。
ちなみに線形代数の一番の応用といえば連立方程式ですが、実務ではそのまま登場したことはありません。だいたいの実務上の問題が、方程式というよりも最適化の形として現れるからかもしれません。
アルゴリズム論
分析プログラムや最適化プログラムを書いた際に、計算量を評価することは頻繁にあります。「ナイーブに計算すると指数時間だけど、多項式時間に改善できないか」「計算量のオーダーを下げるのは難しいから、定数倍の改善で我慢しとくか」などの会話もしたりします。
集合・論理学
あまり深い知識は使いませんが、データを集計するとき、特定の生活者に条件を絞り込んだセグメントを組み合わせるときなど、集合・論理学の思考はよく使います。打ち合わせの中でも普通に「ド・モルガンの法則を使って~」という会話をしたりします。
★☆ときどき使うかも
微積分
微分・積分いずれも、上で挙げた領域の構成要素の一つとして現れてきます。
微分は、数理最適化の一部として登場することが多いです。目的関数を微分(偏微分)して勾配情報を使うことができれば最適解への収束が速まるため、「この関数ってなんとか微分できないかなぁ」とよく悩みます。
積分は、連続確率変数の分布計算や期待値計算として登場することが多い印象です。概念としては理解する必要はありつつ、積分を自分で手計算するような機会は私はありませんでした。
常微分方程式
普段は微分方程式を解く機会はありませんが、生活者行動やマーケティングの現象が微分方程式と関連付けられることがあり、その結果として得られる関数クラスでモデリングしたりすることがあります。たとえば修正指数曲線モデルやBassのモデルなどが有名です。
※広告からは離れますがコロナ禍で活躍したSIRモデルも微分方程式が背景にある数理モデルです。
個人的にも、生活者行動をオリジナルの微分方程式として立式するような仕事ができたらカッコいいなぁと思っています。
☆☆あまり使わない・使ったことない
たとえば下記の領域は私の視野の範囲では登場頻度は高くありません:
- ベクトル解析
- 偏微分方程式
- 複素解析
- フーリエ解析・ラプラス解析
- 幾何学
- 情報理論
- 位相空間論
- 代数学
これはまだ私がまだまだ未熟だからであり、多岐にわたる広告の業務の中でどこかしら活用できるはずだと思っています。
最後に
仕事と数学の間には
- 仕事で必要だから数学を学んで活用する(必要起点)
- 数学で面白い概念を学び、どうしても仕事で使いたいから活用する(ロマン起点)
の2つのモチベーション方向があり、両者の化学反応が醍醐味だなと感じています。
今後も両方のモチベーションを大切にしながら、人類の知恵を仕事に活かしていきたいと思います。
※本記事は、統計・機械学習の数理 Advent Calendar 202312日目の記事として投稿いたしました。