第1章:はじめに ― UXは“感覚の話”だと思われがち
私はBIPROGYのデザイン組織に所属し、10年以上にわたってUI/UXおよびサービスデザインに携わってきました。BIPROGYにおけるUI/UXの取り組みについては、以下の記事で詳しく紹介しています。
様々な業務システムに関わってきましたが、業務システムの世界では、UIが整っていて機能が動いていれば「十分」と考えられがちです。また、業務システムにはUXは関係性が薄い、あまり考慮しなくてよい(UXってBtoC向けにやることでしょ?)と思われていることも多くあります。
しかし、実際の現場では「入力が面倒で使われない」「誤操作が多い」「問い合わせ対応に追われる」など、日々の“使いづらさ”が業務効率を下げているケースが少なくありません。
このように、UXの重要性を説明するとき、多くの場合「見た目の話」や「感覚的な体験の話」と受け取られてしまいます。
なぜなら、“使いやすさ”や“体験の質”といった概念は目に見えないうえ、成果として測りづらいからです。
結果として、「UX改善=コスト」と判断され、後回しにされることもあります。
私自身、業務システムのUIUX改善を担当する中で、「どんな効果があるの?」「業務システムにUX改善は本当に必要?」と問われたことが何度もあります。
UXの価値を伝えるには“感覚”ではなく“効果”で語る必要があるのです。
本記事では、UXの価値をお客さまに理解してもらうための考え方と伝え方を、業務システムでの改善に沿って整理します。
「UXの必要性をどう説明するか」「改善効果をどう見せるか」「提案時にどんな言葉を選ぶか」―― そのヒントを、できるだけ実務に近い形でお伝えします。
第2章:なぜUXの価値は伝わりにくいのか
UXの重要性を理解しているデザイナーにとっても、「なぜそれが必要なのか」を他者に説明するのは、意外と難しいものです。
特に業務システムのように機能性・効率性が最優先される領域では、UXの価値が誤解されやすくなっています。
1. UX=見た目の話、だと思われている
多くの人にとって「デザイン」という言葉は、“見た目を整えること”とほぼ同義です。
そのため、UXと聞くと「ボタンの色を変える」「画面をシンプルにする」などUIデザインのことと同等に捉えられがちです。
しかしUXは、見た目の美しさではなく、操作の流れ・理解のしやすさ・安心感といった“体験の設計” に焦点を当てています。見た目を整えることはあくまで結果の一部であり、UXの目的は「業務をより自然に進められる状態をつくること」です。
この違いが共有されないままでは、価値を伝えることは難しくなります。
2. 成果が目に見えにくい
UX改善の効果は、広告のCTR(クリック率)のようにすぐ数字で表れるものではありません。業務システムでは、改善の効果が現場の行動変化や心理的負担の軽減として現れることが多く、時間をかけてじわじわと成果につながることがほとんどです。
そのため、定量的なKPI(重要業績評価指標)がないと「デザインで変わるの?」という疑問を持たれやすく、短期的なROI(投資対効果)で判断されると、UX施策は後回しにされてしまいます。
3. 感覚で伝えてしまっている
実は、UXを伝える側もつい「直感的にわかりやすい」「スムーズに操作できる」といった抽象的な言葉を使いがちです。これらは正しい表現であっても、ビジネスの意思決定にはつながりにくい表現です。
UXを理解してもらうためには、「どの業務が、どんな理由で、どのように改善されるのか」をビジネスの言葉で翻訳して語る必要があります。
4. UXには共通言語が少ない
開発者、営業、経営層 ―― それぞれが「良いUX」を違う意味で使っているケースも少なくありません。
この状態では、UXの議論は“主観のぶつかり合い”に陥りやすくなります。本来、UXは部門を横断して顧客価値を共創するための共通基盤ですが、その共通言語が欠けていることが「伝わらない」最大の理由のひとつです。
💡 小まとめ
- UXが「見た目の話」と誤解されている
- 成果が短期的に見えにくい
- UXデザイナー自身が感覚的な言葉で語ってしまう
- 組織内に共通のUX言語がない
これらが重なることで、UXの価値は正しく理解されにくくなっています。
第3章:UXの価値を理解してもらうための3つの切り口
お客さまや経営層に納得してもらうためには、“どのような効果が生まれるのか”を具体的に示すことが求められます。
その際、改善前後の違い(Before/After)を数字で比較できる形にすると、より説得力が高まります。
その比較を成立させるには、事前に測定指標を定め、計測計画を組んでおくことが欠かせません。
ここでは、業務システムにおけるUXの価値を伝えるうえで有効な3つの切り口を紹介します。
1. 業務効率の改善 ― 操作時間を短縮するUX
UX改善で最も説明しやすく、かつお客さまに響きやすいのが「時間の短縮」です。
業務システムでは、1回の操作が数秒変わるだけで、全体の作業効率に大きな影響を与えます。
例: 操作効率の測定 ― タスク時間と操作回数を数値化する
- 入力フローを再設計し、1件あたりの処理時間を3分→2分に短縮
- 検索画面を改善し、1日の平均操作回数を120回→70回に削減
- 1人あたり1日6分短縮の作業時間短縮
UXの価値を伝える表現:
作業時間が1件あたり1分短縮され、月間で約200時間(1日で6分削減×100人×20営業日=約200時間)の効率改善につながりました
UXを「時間=コスト」に置き換えて説明すると、投資対効果(ROI)の話に繋げやすくなります。
2. エラー率の低下 ― 正確さと安心感を支えるUX
もう一つの伝わりやすい効果は「ミスを減らすこと」です。
UXの改善は、ユーザーの誤操作・混乱・問い合わせの削減に直結します。
例:エラー率とサポート件数 ― ミスを減らすUXの効果
- 入力項目の整理とバリデーション改善で、入力エラー率が8%→2%に減少
- 操作手順の簡略化により、問い合わせ数が月120件→60件に半減
UXの価値を伝える表現:
「入力ミスが4分の1になり、問い合わせ対応の工数が半減しました」
UX=「使いやすい」ではなく、「間違えにくい」「迷わない」設計。
その安心感こそが、現場のストレスを減らし、業務の精度を高めます。
3. 利用率・満足度の向上 ― 継続的に“使われる”システムへ
システムは“使われてこそ価値”を発揮します。
UX改善によって利用率が上がることは、間接的に業務効率やデータ品質の向上につながります。
例: 利用率・定着率・満足度 ― “使われ続ける”UXを測る
- 日次利用率:45% → 70%
- 離脱率:30% → 10%
- 新機能利用率:導入2週間で80%到達
- SUS(System Usability Scale)スコア*:改善前 58 → 改善後 78(+20pt)
- 「使いやすい」と答えたユーザー:35% → 70%
SUSスコアとは:
製品やサービスの使いやすさを評価するためのアンケート。回答を0〜100点のスコアに換算し、「総合的な使いやすさ」を定量化できる。
(参考:システムユーザビリティスケールとは?(QuestionPro))
UXの価値を伝える表現:
- UX改善後、日次利用率が45%→70%に上昇
- 平均SUSスコアが58→78に向上(“使いやすい”と感じるユーザーが増加)
このような成果を「ユーザー定着率の上昇」「運用負荷の軽減」として伝えることで、
UXを継続的な価値提供の仕組みとして理解してもらうことができます。
小まとめ ― “感覚”から“成果”へ
| 切り口 | 成果の見せ方(測定指標) | お客さまに響くキーワード |
|---|---|---|
| 🕒 業務効率 | 時間短縮・操作回数削減 | 生産性・コスト削減・品質向上 |
| ⚙️ エラー率 | ミス減少・問い合わせ削減 | 正確性・信頼性・教育コスト削減 |
| 💬 利用率・満足度 | 利用率・SUSスコア向上 | 継続利用・ユーザー満足 |
第4章:UXの価値の伝え方
どれだけ良いデータや改善結果を持っていても、「どう伝えるか」で受け取られ方は大きく変わります。
ここでは、UXを“感覚”ではなく“効果”として伝えるためのポイントを紹介します。
1. 現状とUXによる成果を共有する
“何を変えたか”ではなく、“なぜそれが業務上の課題なのか”から話し始めることで、提案の場が「一方的な説明」ではなく、「課題と解決策を共有しながら合意形成していく場」になります。
提案資料・プレゼン構成例
- 現状の業務課題(定量+定性)
- UX改善のねらい(仮説)
- 改善内容(図・画面キャプチャ)
- 成果(定量結果+利用者の声)
- 今後の展開・継続改善の方針
現状の課題を数字で示す
🧩 1.現状の業務課題(定量+定性)
現状の課題を提示し、共有します。その際には、「使いにくい」「デザインがいまいち」などの感覚ではなく、具体的な数値で提示します。
「登録1件に3分」「誤操作が8%」「問い合わせの4割が同じ操作」
→ “UXの必要性を説明する”のではなく、“現状を共有する”姿勢で始める。
UX改善の仮説を語る
🧩 2. UX改善のねらい(仮説)
課題を踏まえて、どうすればより効果的なUX改善ができるのか、仮説を立てます。
「入力順序の変更でミスを防ぐ」
「画面内の情報密度を下げ、認知負荷を軽減する」
UX改善による効果を“数字+体験ストーリー”で示す
🧩 3. 改善内容(図・画面キャプチャ)
🧩 4. 成果(定量結果+利用者の声)
どのような体験が、業務効率につながるのかを数値的根拠を示しながら提示します。
「処理時間が3分→2分に短縮」
「問い合わせ数が120件→60件に減少」
「“マニュアルを見ずに操作できるようになった”という声が増えた」
🧩 5. 今後の展開・継続改善の方針
さらなる体験ストーリーとして、今後の展開と継続改善の方針を共有します。
実際の体験としてユーザビリティ評価でユーザーが困っている様子や、改善後に感動している様子を動画などで見せることも効果的です。
動画での共有による効果は、以下の記事もご覧ください。
2. UXの価値が伝わる表現
「直感的にわかりやすい」「操作しやすい」といった表現は、UX評価として十分価値があります。
ただし、提案や投資判断の場ではこれらに加えて業務上どのような効果につながるのかを補足する必要があります。
以下は、感覚的な表現に“ビジネス上の意味づけ”を添える例です。
| 感覚的な表現 | 補足例 |
|---|---|
| 直感的にわかりやすい | 認知負荷が下がり、判断ミスや操作時間の削減につながる |
| 操作しやすい | 手順が簡素化され、生産性向上が期待できる |
| UIが整理されている | 入力精度が上がり、問い合わせ・再作業コストが減る |
| デザインが改善された | 業務のストレスが減り、利用率や定着率向上につながる |
まとめ ― UXを“共通の判断基準で語れる”状態へ
業務システムにおけるUXデザインは、業務そのものの質を高める行為です。
UXを“体験”から“成果”に翻訳して語ることで、初めてその価値が共有されます。
💡 UXの価値を伝えるためのポイント再掲
-
現状の課題を事実として共有する
UXの必要性を“説得する”のではなく、業務ログ・問い合わせ件数・作業時間など、
現状の課題をデータで可視化することから始める。 -
改善効果を測れるように設計する
操作時間、エラー率、利用率、SUSなど、
Before/After で比較できる指標を事前に用意することが、投資判断の根拠になる。 -
数字とストーリーで意思決定者に伝える
定量データに加えて、「迷わなくなった」「問い合わせが減った」といった 現場の変化を添えると、経営層にも改善の実感が伝わりやすい。
UXの価値を説明することは、”説得”ではなく“合意形成”のプロセスです。
お客さまやチームと共に「何がより良い体験なのか」を探っていく―― それこそが、UXデザインの本質です。
UXを理解してもらう努力こそ、UXデザインの一部。
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