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AIコード生成で感じた罪悪感の正体

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はじめに:個人開発で生まれた“奇妙なためらい”

個人開発でツールを実装していたときのことです。
AI の修正案を部分的に適用するより、全体を書き直してもらったほうが早い場面がありました。

提示された修正案を、既存コードのどこに当てはめればいいのか探す作業に少し面倒さを感じてしまっていた。
それに、全体を再生成したほうが整合性が取りやすいことも分かっている。

それでも一瞬、「頼んでいいのかな?」という感覚が出てきました。


なぜ「全部書き直して」が合理的なのか

人間は既存コードを読み、必要な箇所だけ直します。
一方 AI は、文脈全体からまとめて生成するほうが得意です。

そのため個人開発では、

  • 部分修正は適用位置の判断が必要になる
  • その判断と反映が人間側の負担になる
  • 全体再生成のほうが整合性を取りやすい

という逆転が起きやすい。

つまり、「全部書き直して」は合理的な選択です。


頼みづらさの正体はひとつではない

遠慮だけではなく、頼みづらさにはいくつかの層がありました。

  • 「これくらい自分で直せるはずだ」という自負心が揺れる瞬間
  • 「プロンプトを考えるより、自分で直したほうが早いかも」という迷い
  • 「全部任せるのは悪いのでは?」という人間相手の努力観の残響

最初の自負心の揺れは、
「自分でできることこそ努力」という旧来の価値観が身体に残っているから。

二つ目の迷いは、
短期的には手で直すほうが早く見えるけれど、
長期的には AI に任せたほうが整合性が高いという構造のズレから生まれる。

そして三つ目は、
AI を“相手”として扱ってしまうことで生まれる遠慮。

どれも、
努力の場所が“手”から“意図”へ移動している最中の揺れ
だと感じています。


遠慮が不要でも、人間の役割は残る

ここで重要なのは、遠慮が不要になることと、責任がなくなることは別だという点です。
AI との開発で人間に残るのは、

  • 何を作りたいのかを明確にすること
  • 出力結果を確認し、採用するか判断すること
  • 意図と制約を管理すること

という役割です。

人間相手の開発では「相手の負担」に配慮していた。
AI との開発では「出力の妥当性」と「仕様の管理」に責任を持つ。

配慮の対象が「相手」から「出力の妥当性」に移動した、とも言えます。


この変化は、個人開発だからこそ見えやすい

今回の感覚は、個人開発だったからこそ、より純粋に見えたものでもあります。

組織開発では、読む努力・理解する努力・共有する努力が今でも重要です。
そのため、AI に全部書かせればいい、とは単純には言えません。

一方、個人開発では条件がかなり変わります。

  • 自分が把握できればいい
  • 壊れてもすぐ試せる
  • 意図の管理者が自分だけ

この環境では、コードを逐一読み込むことよりも、
意図をうまく渡し、必要なら全体を再生成させること
のほうが合理的になる場面が増えます。


努力観の変化

この変化は、頭で理解するというより、感覚として段階的に進んでいく。
多少雑に整理すると、こんな流れになる気がします。

段階 エンジニアの心の声
初期 数行の修正を AI に頼むのはいいけど、丸ごと再生成は怠慢な気がする
中期 全部書き直したほうが安定する。
でも、コミットログが AI の成果物で埋まっていくのを見ると少し寂しい
後期 電卓を使うときに「筆算しなくて申し訳ない」とは思わない。
コードも「書くもの」から「選ぶもの・定義するもの」へ変わりつつある

こうして見ると、変わったのは技術そのものというより、
努力に対する感情の持ち方なのだと思います。


努力の場所は、すでに移動し始めている

従来の努力は、「読む・理解する・手を動かす」ことでした。
これからは、

  • 意図を定義する
  • 仕様と制約を決める
  • 出力を判断する

ことに重心が移ります。

コードを全部理解していない=“怠け” ではなく、
全体再生成=“甘え” でもありません。

小さな結論:AI時代の努力は、「遠慮」ではなく「意図」に向かう

AI に人間相手のような意味での遠慮は必要ありません。

そして人間側の役割が消えるわけでもありません。
役割の中身が変わるだけです。

  • コードを全部理解することだけが努力ではない
  • 部分修正にこだわることだけが誠実さではない
  • 全体再生成は怠けではなく、合理的な判断になりうる
  • 努力は「意図・仕様・制約」を扱う方向へ移っている

怠けているのではない。
努力の場所が変わっただけだ。

AI と開発する時代、私たちがアップデートすべきなのは技術だけではなく、
努力観そのものなのかもしれません。


(補足)

今回の感覚が生まれたのは、実際に自分のサイトを AI と一緒に触っていたからでもあります。
試行錯誤しているサイトはこちらです。

カタカムナジェネレーター|SVG生成・保存 (β版)
https://ririenu-lab.com/katakamuna/

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