ウーブン・バイ・トヨタがマルチエージェント化された Azure OpenAI Service を車載ソフトウェア「MISRA」準拠に活用、コード修正の約 80% を自動化
https://www.microsoft.com/ja-jp/customers/story/23667-woven-by-toyota-co-ltd-azure#section-block-body
目次
- はじめに
- 第1部: 課題 - 車載ソフトウェア開発の壁「MISRA準拠」
- 第2部: 解決への道筋 - 生成AIの導入と進化
- 第3部: 革新的な解決策 - マルチエージェントシステムの威力
- 第4部: AIがもたらす未来 - ソフトウェア開発のパラダイムシフト
- おわりに
はじめに
本記事では、Woven by ToyotaがMicrosoft Azure OpenAI Serviceとマルチエージェントシステムを活用し、車載ソフトウェア開発における「MISRA」というコーディング規約への準拠作業を、約80%も自動化したという画期的な事例を紹介します。この取り組みは、ソフトウェア開発のあり方を大きく変える可能性を秘めており、特にAI技術やソフトウェア開発に興味を持つ非専門分野の学生の方々にとって、刺激的な内容となるでしょう。
本記事のポイント
- Woven by Toyotaによる車載ソフトウェア開発の課題とAIによる解決策
- 生成AI(GPT-4o, o1モデル, o3-mini)の進化とマルチエージェントシステムの威力
- コード修正の自動化、リファクタリング、そして開発プロセスの変革
Woven by Toyotaの挑戦の全体像を、以下のマインドマップで概観してみましょう。
第1部: 課題 - 車載ソフトウェア開発の壁「MISRA準拠」
第1章: Woven by Toyotaの挑戦
第1節: モビリティの未来を紡ぐWoven by Toyota
コアメッセージ: Woven by Toyotaは、自動運転や先進運転支援システム(ADAS)など、モビリティの未来を形作る新技術開発を推進しています。
Woven by Toyotaは、トヨタグループにおいて、人、モノ、情報、エネルギーの移動を進化させ、よりつながり、人の可能性が拡がる世界の創造を目指しています。具体的には、自動運転(AD)、先進運転支援システム(ADAS)、ソフトウェアプラットフォーム「Arene OS」、モビリティのためのテストコース「Woven City」、そしてトヨタのグロースファンド「Woven Capital」などを通じて、未来のモビリティ社会の実現に取り組んでいます。これらの先進技術は、ソフトウェアによって支えられています。
第2節: MISRAとは? - 安全性と信頼性のためのコーディング規約
コアメッセージ: MISRAは、自動車業界で広く採用されているC/C++言語向けのコーディング規約であり、車載ソフトウェアの安全性と信頼性を高めるために不可欠です。しかし、その準拠は容易ではありません。
トピック1: MISRAの概要と重要性 📜
MISRA(Motor Industry Software Reliability Association)は、組み込み制御システム、特に自動車に搭載されるソフトウェアの安全性と信頼性を向上させることを目的としたコーディング規約を策定・提供している組織です。この規約自体も「MISRA」と呼ばれ、主にC言語やC++言語で開発されるソフトウェアに適用されます。
自動車の機能が高度化・複雑化する現代において、ソフトウェアの不具合は人命に関わる重大な事故につながりかねません。そのため、MISRAのような厳格なコーディング規約に準拠することは、安全な車社会を実現する上で極めて重要となります。
MISRA C/C++とは?
C言語やC++言語は、ハードウェアに近い処理を記述でき、実行速度も速いため、車載システムのようなリソースが限られた環境やリアルタイム性が求められるシステムでよく利用されます。しかし、これらの言語は自由度が高い反面、意図しない動作やバグを生み出しやすい側面も持っています。MISRAは、そのような危険なコーディング作法を禁止したり、より安全な記述方法を推奨したりすることで、ソフトウェアの品質向上を目指します。
トピック2: MISRA準拠の難しさ - 数百ページの規約と専門知識の壁 🧱
Woven by Toyota AD/ADAS Recognition IntegrationチームのSenior Engineerである澤井陽輔氏が指摘するように、「MISRAへの準拠は決して簡単なものではありません」。
その理由はいくつか挙げられます。
- 膨大な規約: MISRAの規約は、PDFで数百ページにも及ぶ詳細な内容であり、全てを正確に理解し記憶するには相当な時間と労力が必要です。
- 専門知識の必要性: C/C++言語の深い知識に加え、MISRA規約特有の考え方や背景を理解しているエンジニアは限られています。特に近年では、C/C++を扱えるエンジニア自体が減少傾向にあるとも言われています。
- 静的解析ツールの限界: 開発したソフトウェアがMISRAに準拠しているかは、多くの場合、「静的解析ツール」という専用のソフトウェアでチェックされます。しかし、ツールが検出したエラーを修正するのは人間のエンジニアであり、その数が膨大になるケースが少なくありません。
MISRA準拠プロセスの一般的な流れは以下のようになります。
第2章: MISRA準拠にかかる膨大なコスト
第1節: エンジニアの負担 - 膨大なエラー修正作業 😓
コアメッセージ: MISRA準拠のためには、静的解析ツールで検出された多数のエラーをエンジニアが手作業で修正する必要があり、これが大きな負担となっています。
実証実験レベルで開発されたソフトウェアを、実際に製品として市場に出せるレベル(プロダクションレベル)に引き上げる際には、MISRA準拠が必須となります。この過程で、静的解析ツールによるチェックが行われ、規約違反と判定された箇所は全て修正されなければなりません。
この修正作業は、ソフトウェアの規模が大きくなるほど、また、初期の設計段階でMISRAを意識していなかった場合ほど、膨大な量になる傾向があります。
第2節: 具体例 - 認識モジュールソフトウェアにおける6万件のエラー修正
澤井氏によれば、例えば、先進運転支援を行うための「認識モジュールソフトウェア」の場合、約6万件ものエラーを修正した経験があるとのことです。これは、エンジニアにとって非常に大きな時間的・精神的負担となり、開発全体のリードタイム長期化やコスト増にも繋がります。
このような背景から、Woven by Toyotaでは、このMISRA準拠のためのコード修正作業の効率化が喫緊の課題となっていました。
第1部 まとめ
Woven by Toyotaは、安全で信頼性の高いモビリティ社会の実現を目指す中で、車載ソフトウェア開発におけるMISRA準拠という大きな壁に直面していました。MISRAは安全性確保に不可欠な規約である一方、その複雑さと準拠にかかる膨大な修正作業が、開発効率を著しく低下させる要因となっていました。この課題をいかに克服するかが、同社の重要なテーマでした。
第2部: 解決への道筋 - 生成AIの導入と進化
第1章: 生成AI活用の着想と初期実証実験
第1節: 「ムダの徹底的排除」とAI - 小出氏の視点 💡
コアメッセージ: トヨタ生産方式の「ムダの徹底的排除」の考え方をヒントに、AIによる知識労働の代替可能性に着目し、MISRA準拠作業の効率化を目指しました。
Woven by Toyota AD/ADAS Perception & PredictionチームでMLOpsのTech Lead Managerを務める小出粋玄氏は、トヨタ生産方式の創始者の一人である大野耐一氏の著書『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして』に触れ、「知識労働におけるムダを ”AIエージェントで代替可能な知識労働” と再解釈すると、日々の業務にまだ多くのムダが潜んでいることに気づきます」と語っています。
MLOps (Machine Learning Operations) とは?
MLOpsは、機械学習(Machine Learning)モデルをビジネスで実用的に運用するための原則とプラクティスです。開発(Dev)と運用(Ops)を組み合わせたDevOpsの考え方を機械学習システムに適用したもので、モデルの設計、開発、デプロイ、監視、再学習といったライフサイクル全体を効率的かつ確実に管理することを目指します。
この視点から、膨大な時間を要するMISRA準拠のためのコード修正作業もまた、AIによって効率化できる「ムダ」の一つと捉えられました。2023年には既に、この課題解決に生成AIを活用するアイデアが浮上しており、2024年6月には、業務効率化を目指すAD/ADAS開発ワークフローにおける生成AI活用プロジェクトが正式にスタートしました。
第2節: GPT-4oによる初期実証実験 - 50%の自動修正達成 🎉
コアメッセージ: Azure OpenAI ServiceのGPT-4oを用いた初期実証実験で、MISRA準拠エラーの約50%を自動修正できる可能性が示されました。
このプロジェクトの一環として、MISRA準拠に関する実証実験(PoC: Proof of Concept)が行われました。担当したのは、小出氏と同じチームのMLOps Engineerである持丸裕矢氏です。当初は業務時間の1割程度を使うサイドプロジェクトとして開始されましたが、その成果は予想を大きく上回るものでした。
トピック1: サンプルコードでの検証
まず、C言語で書かれたサンプルコードのMISRA準拠エラー修正を、MicrosoftのAzure OpenAI Serviceが提供する生成AIモデル「GPT-4o」に試行させました。その結果、エラー修正率は**約50%**に達しました。
生成AIとは? GPT-4oとは?
生成AI(Generative AI)は、テキスト、画像、音声、コードなど、新しいオリジナルのコンテンツを生成できるAIの一種です。GPT-4o("o"はomniの略)は、OpenAI社が開発した高性能な大規模言語モデル(LLM)であり、テキストだけでなく、音声や画像も理解し生成することができます。この実験では、その高度なコード理解・生成能力が活用されました。
トピック2: 社内開発コードでの検証
さらに、社内で実際に開発中のコードに対しても同様の実験を行ったところ、こちらも**約50%**の自動修正が可能であることが確認されました。これは、実用化への大きな一歩となる成果でした。
この初期実証実験のプロセスは、以下のように図示できます。
第3節: Microsoftの評価とプロジェクト昇格 - 業界へのインパクト 🚀
コアメッセージ: Microsoftは、この実証実験の結果を高く評価し、自動車業界全体への大きなインパクトを持つ先進的な事例と位置づけました。これにより、プロジェクトは正式なものへと昇格しました。
Woven by Toyotaは、日本マイクロソフトと定期的にミーティングを開催しており、この実証実験の成果を共有しました。日本マイクロソフト クラウド&AIソリューション事業本部 アプリケーション開発営業本部のソリューションスペシャリストである宮坂航亮氏は、「これは極めて有意義な結果」であると評価しました。
その理由として、Azure OpenAI Serviceの先進的な活用事例であることはもちろん、MISRA準拠はほぼ全ての自動車メーカーやサプライヤーが毎年膨大な労力をかけて行っている共通の課題であり、この解決は自動車業界全体に大きな潜在的インパクトをもたらす可能性があるためです。また、技術的にもReasoningモデルの登場やマルチエージェント活用の拡大といったトレンドがあり、これらを活用することでモビリティ分野の開発スピードを飛躍的に向上させる期待が持たれました。
こうした高い評価を受け、Woven by Toyotaは、生成AIによるMISRA準拠のためのコード修正をサイドプロジェクトから正式プロジェクトへと昇格させました。
第2章: Azure Light-upを通じたシステム構築と進化
第1節: Azure Light-upとは? - 超短期実装ハッカソン 🛠️
コアメッセージ: Microsoftが提供する「Azure Light-up」という超短期実装ハッカソンを通じて、実証実験の成果を実際の開発現場に適用できるシステムへと具体化しました。
プロジェクトが本格化した後、まず行われたのは、Microsoftがユーザー企業向けに提供する「Azure Light-up」への参加です。これは、短期間(通常数日間)で集中的にアイデアを形にする、いわゆるハッカソンスタイルのワークショップです。
2024年12月に第1回が開催され、開発現場に適用するためのシステム構成について議論し、その場でプロトタイプの構築が進められました。
第2節: 開発現場への適用 - UI改善とGitHub連携 (CI/CD)
コアメッセージ: Azure Light-upを通じて、ユーザーインターフェースの改善やGitHubとの連携によるCI/CDパイプラインが構築され、より実用的なシステムへと進化しました。
2025年1月には、第2回のAzure Light-upに参加。ここでは、ユーザーインターフェース(UI)の改善に加え、バージョン管理システムであるGitHubと連携したCI/CD(Continuous Integration/Continuous Delivery:継続的インテグレーション/継続的デリバリー)の仕組みが実現されました。
これにより、元のコードとMISRAエラーのレポートをGitHubのIssue機能(ソースコードの課題を管理する機能)で指定するだけで、MISRAに準拠した修正済みコードが自動生成されるようになりました。これは、開発ワークフローへのAI導入を大きく前進させるものでした。
CI/CDとは?
CI/CDは、ソフトウェアの変更を頻繁かつ確実にリリースするためのプラクティスです。
- CI (Continuous Integration): 開発者がコード変更を中央リポジトリに頻繁にマージし、その都度自動ビルドとテストを実行します。
-
CD (Continuous Delivery/Deployment): CIで検証されたコード変更を、自動的にテスト環境や本番環境にリリースできるようにします。
この事例では、GitHubにコードがプッシュされると、自動的にAIがMISRAエラーを修正し、修正案をプルリクエストとして開発者に提示する流れが構築されました。
第3節: Reasoningモデル「o1モデル」の登場と飛躍的向上 - 80%の自動修正達成 📈
コアメッセージ: Azure OpenAI Serviceに新たに登場したReasoningモデル「o1モデル」を試したところ、コードの自動修正成功率が一気に約80%へと飛躍的に向上しました。
こうした取り組みが進む中、Azure OpenAI Serviceが提供する生成AIモデルも急速に進化を遂げていました。従来のGPTシリーズとは異なる、新たなReasoningモデルである「o1モデル」が登場したのです。
Reasoningモデルとは?
Reasoning(推論)モデルは、単に情報を記憶・検索するだけでなく、与えられた情報から論理的に考え、複雑な問題を解決したり、新たな洞察を導き出したりする能力に長けたAIモデルです。コード修正のようなタスクでは、エラーの原因を特定し、適切な修正方法を推論する能力が重要になります。「o1モデル」は、このような推論能力に特化したモデルと考えられます。
小出氏によると、「2025年1月にo1モデルを試したところ、コードの自動修正成功率は一気に**約80%**へと上昇しました。当初は70%程度まで修正精度を高めたいと考えていたのですが、その期待をはるかに超えるものでした」。この成果は、開発現場での実用化を確信させるものでした。
第4節: VS Code拡張機能の開発 - 開発者の利便性向上
コアメッセージ: 開発者からの要望を受け、人気のコードエディタであるVisual Studio Code(VS Code)の拡張機能が、生成AIの助けを借りて迅速に開発されました。
2025年1月末、小出氏のチームはWoven by Toyotaおよびトヨタグループ内の協力会社メンバーに対してこの成果を発表し、高い評価を得ました。その際、「Visual Studio Code(VS Code)でも使えるようにしてほしい」という要望が寄せられました。VS Codeは多くの開発者に利用されている人気のコードエディタであり、日常的に使うツール上でこの機能が利用できれば、利便性は格段に向上します。
驚くべきことに、この要望はすぐに実現されました。持丸氏は、「私はVS Codeの拡張機能の開発には詳しくないため、Azure OpenAI Serviceの生成AIに頼りながら、1日で拡張機能を実装し、翌週にはフィードバックしました」と語っています。実はその前に行ったGitHubとの連携も、生成AIの助けを借りながら1日でデモレベルまで作成したとのことです。このエピソードは、生成AIがシステム実装における強力なパートナーとなり得ることを示しています。
VS Code拡張機能の簡単なユースケースは以下の通りです。
第2部 まとめ
Woven by Toyotaは、トヨタ生産方式の「ムダの排除」の精神に基づき、生成AIによるMISRA準拠作業の自動化に着手しました。Azure OpenAI ServiceのGPT-4oを用いた初期実験で約50%の自動修正率を達成し、Microsoftからの高い評価を得てプロジェクトは本格化。Azure Light-upを通じて実用的なシステムへと進化させ、さらにReasoningモデル「o1モデル」の登場により自動修正率は約80%にまで飛躍的に向上しました。開発者の利便性を高めるVS Code拡張機能も迅速に開発されるなど、AIを積極的に活用することで、課題解決に向けた取り組みが加速しました。
第3部: 革新的な解決策 - マルチエージェントシステムの威力
第1章: マルチエージェント化への移行
第1節: Microsoftからの提案 - 単一AIから複数AI連携へ 🤝
コアメッセージ: さらなる精度向上と説明性向上のため、Microsoftは単一の生成AIではなく、複数のAIエージェントが連携する「マルチエージェント」システムへの移行を提案しました。
o1モデルによって約80%という高い自動修正率を達成しましたが、Woven by ToyotaとMicrosoftはさらなる高みを目指しました。ここでMicrosoftから提案されたのが、単一の生成AIモデルで全ての機能を実現するのではなく、それぞれ異なる役割を持つ複数の生成AIエージェントを組み合わせた「マルチエージェント」化です。
マルチエージェントシステムとは?
マルチエージェントシステム(Multi-Agent System: MAS)とは、自律的に行動できる複数の「エージェント」が、互いに協調したり競合したりしながら、全体としてより複雑なタスクを達成しようとするシステムのことです。各エージェントは特定の専門知識や役割を持つことができ、分業することでより高度な問題解決が可能になると期待されます。人間社会で専門家チームが協力して難題に取り組むのに似ていますね。
第2節: 生成AIモデルの選択 - コーディング能力に優れた「o3-mini」
コアメッセージ: マルチエージェントシステムには、コーディング能力に優れた最新の生成AIモデル「o3-mini」が採用されました。
このマルチエージェントシステムを構成する各AIエージェントには、Azure OpenAI Serviceで提供される、コーディング能力に特に優れた最新の生成AIモデル「o3-mini」が使用されました。「o3-mini」は、その時点で利用可能だったモデルの中で、特にコード生成や理解において高い性能を示したと考えられます。
第3節: 主要利用製品・サービス
コアメッセージ: このシステムは、Azure OpenAI Serviceを中心に、Azure App Service、Azure Cosmos DB、GitHub Enterprise、AutoGenといったMicrosoftの様々なサービスやフレームワークを活用して構築されました。
この先進的なマルチエージェントシステムを実現するために、以下の主要な製品・サービスが活用されました。
- Azure OpenAI Service: o3-miniモデルを含む、高性能な生成AIモデルを提供。AIエージェントの「脳」にあたる部分です。
- Azure App Service: WebアプリケーションやAPIをホストするためのPaaS(Platform as a Service)。AIエージェントのロジックを実行する基盤として利用された可能性があります。
- Azure Cosmos DB: グローバルに分散されたマルチモデルNoSQLデータベース。処理データ(コード、エラー情報、修正履歴など)やログの保存・管理に利用された可能性があります。
- GitHub Enterprise: ソースコード管理、バージョン管理、CI/CD連携のためのプラットフォーム。開発ワークフローの中心です。
- AutoGen: Microsoftが提供する、マルチエージェントアプリケーション開発を容易にするためのフレームワーク。エージェント間の連携を司ります。
PaaS (Platform as a Service) とは?
PaaSは、アプリケーションの開発、実行、管理に必要なプラットフォーム(OS、プログラミング言語実行環境、データベースなど)をインターネット経由で提供するクラウドサービスモデルです。開発者はインフラの管理を気にせず、アプリケーション開発に集中できます。
NoSQLデータベースとは?
NoSQL(Not Only SQL)データベースは、従来のリレーショナルデータベース(SQLを使用)とは異なるデータモデルを持つデータベースの総称です。柔軟なデータ構造、スケーラビリティ、分散処理に優れているものが多く、多様なデータを扱う現代のアプリケーションに適しています。Azure Cosmos DBはその代表的なサービスの一つです。
第2章: マルチエージェントシステムの構造と役割 🤖🤖🤖
コアメッセージ: 3つの異なる役割を持つAIエージェント(Coder, Reviewer, Evaluator)が連携し、人間が最終判断を下すという、洗練されたシステムが構築されました。
Woven by Toyotaが構築したマルチエージェントシステムは、主に以下の3つのAIエージェントで構成されています。
第1節: Coder - コード修正担当
- 役割: 最初のコード修正を行います。入力されたC/C++コードとMISRAエラーレポートに基づき、エラーを修正したコードを生成します。まさに「コードを書く職人」です。
第2節: Reviewer - コードレビューとフィードバック担当
- 役割: Coderが生成した修正コードをレビューします。より良い修正を行うための提案や改善点をCoderにフィードバックします。「厳しい目を持つ査読者」のような存在です。
- 連携: CoderはReviewerからのフィードバックに従ってさらなる修正を行い、再びReviewerのレビューを受ける、というサイクルを繰り返します。このイテレーションにより、修正の質を高めていきます。
第3節: Evaluator - 内容確認、評価、変更理由・確信度生成担当
- 役割: Reviewerが十分に修正されたと判断したコードを受け取り、最終的な内容確認と評価を行います。「最終評価を下す鑑定士」です。
- アウトプット: コードの変更内容だけでなく、**なぜそのように変更したのか(変更理由)**や、**その修正がどれだけ確からしいか(確信度)**といった情報を生成します。これは、人間が修正内容を理解し、採用判断を下す上で非常に重要な情報となります。
第4節: 人間の最終判断
- 役割: Evaluatorが生成した評価結果(修正コード、変更理由、確信度など)を確認し、その修正案を採択するかどうかを最終的に人間が判断します。AIはあくまで強力な支援者であり、最終的な意思決定は人間が行うという体制です。
このマルチエージェントシステムのアーキテクチャと処理フロー、各エージェントの役割を以下に図示します。
アーキテクチャ
処理フロー
各エージェント
第3章: マルチエージェント化のメリット
コアメッセージ: マルチエージェント化により、「結果のブレ最小化」と「説明性の向上」という2つの大きなメリットがもたらされ、精度と理解しやすさが同時に高まりました。
Microsoft Corporation Global Black Belt – Asia App Innovation Solution Specialistの畑﨑恵介氏は、マルチエージェント化の目的を大きく2つ挙げています。
第1節: 結果のブレ最小化 - 相互評価とフィードバック 🎯
生成AIは非常に強力ですが、時として予期しない結果や、必ずしも最適ではない結果を出すことがあります。これを「結果のブレ」と呼ぶことができます。マルチエージェントシステムでは、あるエージェント(例: Coder)の生成結果を別のエージェント(例: Reviewer)が評価し、フィードバックを与えるというプロセスを挟みます。これにより、一方向的な処理ではなく、相互チェックと改善のサイクルが生まれ、結果の品質を安定させ、ブレを最小限に抑える効果が期待できます。まるで、複数の専門家が議論を重ねて結論の質を高めるようなものです。
第2節: 説明性の向上 - AIのブラックボックス化解消 🔍
単一の高度なAIモデルに全てを任せると、なぜそのような結果になったのかというプロセスが「ブラックボックス」化し、人間には理解しづらくなることがあります。マルチエージェントシステムでは、各エージェントが特定の役割を担い、その処理内容や判断基準をより明確にすることができます。特に、Evaluatorエージェントが修正理由や確信度を明示的に生成することで、AIが何を行っているのか、なぜその修正が妥当と判断されたのかを、人間が理解しやすくなります。これは、AIの提案を受け入れるかどうかの判断において非常に重要です。
畑﨑氏は、「つまり、生成される結果の精度と説明性を、同時に高めることができます」と、その効果をまとめています。
第3節: 驚異的な成果 - コード生成成功率97.1%、MISRA準拠エラー81.5%自動修正
実際に、このマルチエージェント化は目覚ましい成果を上げました。小出氏と持丸氏によると、社内で開発中のコードを使用した実証実験では、
- コード生成の成功率: 97.1%
- MISRA準拠エラーの自動修正率: 81.5%
という非常に高い数値を達成しました。o1モデル単体での約80%からさらに精度が向上し、より実用的なレベルに達したと言えます。また、単一の生成AIではブラックボックスになりがちだったコード修正理由やその確信度といった、エンジニアが本当に知りたい情報も、マルチエージェント化によって提供可能になりました。
第4章: AutoGenによるオーケストレーション
第1節: AutoGenとは? - マルチエージェントアプリケーション開発フレームワーク
コアメッセージ: 複数のAIエージェント間の複雑な連携(オーケストレーション)は、Microsoftが提供するフレームワーク「AutoGen」によって効率的に実現されました。
これら複数のAIエージェントがスムーズに連携し、一連のタスクをこなすためには、エージェント間の対話や処理の流れを管理する「オーケストレーター」の役割が重要になります。このオーケストレーションは、Microsoftが提供するオープンソースのフレームワーク「AutoGen」を活用して実現されました。
AutoGenとは?
AutoGenは、大規模言語モデル(LLM)を活用した複雑なアプリケーション、特に複数のAIエージェントが協調して動作するようなアプリケーションの開発を簡素化するためのフレームワークです。開発者は、各エージェントの役割、能力、そしてエージェント間の対話プロトコルを定義することで、高度なマルチエージェントシステムを比較的容易に構築できます。エージェントたちの「指揮者」や「プロジェクトマネージャー」のような役割を担うツールと考えると分かりやすいかもしれません。
第2節: 生成AIを活用した1日での実装
驚くべきことに、持丸氏は、このAutoGenを用いたマルチエージェントシステムのオーケストレーション部分を、生成AIの力を借りながら、わずか1日で実装したと語っています。これは、AutoGenフレームワーク自体の使いやすさに加え、生成AIが新しい技術の習得や実装を強力にサポートすることを示す好例と言えるでしょう。
第3部 まとめ
Woven by Toyotaは、Microsoftの提案を受け、単一AIからマルチエージェントシステムへと進化させました。Coder、Reviewer、Evaluatorという3つのAIエージェント(o3-miniモデルを利用)が、AutoGenフレームワークによるオーケストレーションのもとで連携。これにより、MISRA準拠エラーの自動修正率は81.5%に達し、コード生成成功率も97.1%という高い精度を実現しました。さらに、修正理由や確信度といった説明性も向上し、AIのブラックボックス化を防ぐことにも成功しました。この高度なシステム構築も、生成AIの支援を受けながら迅速に進められました。
第4部: AIがもたらす未来 - ソフトウェア開発のパラダイムシフト
第1章: 「スーパーエージェント」の誕生
第1節: 自律的なリファクタリング - ベテランエンジニア級のコード改善 🌟
コアメッセージ: マルチエージェントシステムは、単にエラーを修正するだけでなく、コードの可読性や保守性を向上させる「リファクタリング」まで自律的に行い始め、ベテランエンジニア並みの能力を示しました。
複数のエージェントが連携することで自律性が高まった結果、このシステムは当初の期待をさらに超える能力を発揮し始めました。その一つが「リファクタリング」です。
リファクタリングとは?
リファクタリングとは、ソフトウェアの外部から見た動作(機能)を変えずに、内部の構造を改善することです。例えば、読みにくいコードを整理して分かりやすくしたり、重複しているコードを一つにまとめたり、複雑な処理をよりシンプルな構造に整理したりする作業が含まれます。リファクタリングによって、コードの可読性や保守性が向上し、将来的な機能追加やバグ修正が容易になります。家の中を整理整頓して、より住みやすく、使いやすくするのに似ています。
澤井陽輔氏は、「一番驚いたのは、生成AIが自律的にコードのリファクタリングを始めたことです。しかも、かなり正確であり、組み込み実装のあるべき姿を熟知したベテランエンジニアと同じレベルなのです」と、その能力に驚嘆しています。
さらに、このAIシステムは、将来メンテナンスする人のためのコメントや、今後の改善に向けたTo-Doコメント(やるべきことリスト)とその理由までコード中に記述してくれるとのことです。これは、単なるコード生成を超えた、まさに知的な振る舞いと言えるでしょう。
第2節: 澤井氏の驚き - 「これはもう『スーパーエージェント』と呼ぶべき存在」
このような高度な振る舞いに対し、澤井氏は「これはもう『スーパーエージェント』と呼ぶべき存在です」と最大級の賛辞を送っています。エラー修正という特定のタスクを超え、ソフトウェア全体の品質向上に貢献するパートナーとしてのAIの姿が垣間見えます。
第2章: 開発現場における人間の役割の変化
第1節: 「知識労働におけるムダ」の再定義 - AIエージェントによる代替
コアメッセージ: この取り組みは、AIエージェントによって代替可能な知識労働を「ムダ」と再定義し、日々の業務改善の方向性を示すものとなりました。これにより、人間のエンジニアはより創造的で高度な業務に集中できるようになる可能性があります。
小出粋玄氏は、再びトヨタ生産方式の「ムダの徹底的排除」に言及し、「知識労働におけるムダを ”AIエージェントで代替可能な知識労働” と再解釈すると、日々の業務にまだ多くのムダが潜んでいることに気づきます。今回の取り組みは、日々の業務におけるムダに気づき、改善を進めるための方向性を示してくれました」と述べています。
MISRA準拠のための膨大なコード修正作業は、まさにAIエージェントによって代替可能な知識労働の一例でした。このような作業をAIに任せることで、人間のエンジニアは、より設計の上流工程や新しい技術の研究開発、より複雑な問題解決といった、創造性や高度な判断が求められる業務に注力できるようになるかもしれません。
第2節: トヨタ生産方式の精神とAI活用
この事例は、トヨタ生産方式の根底にある「絶え間ない改善(カイゼン)」や「ムダの排除」といった精神が、AIという新しい技術と融合することで、ソフトウェア開発という知識集約型の領域においても革新的な成果を生み出せることを示唆しています。
第3章: Microsoftへの期待
第1節: 最先端AIアプリ実装の容易化への貢献
コアメッセージ: Woven by Toyotaは、Microsoftが最先端の生成AIアプリケーションの実装を容易にしたことが、今回の取り組みを可能にした要因の一つであると評価しています。
小出氏は、「こうした取り組みが可能になったのは、マイクロソフトが最先端の生成AIアプリの実装を容易にしてくれたからです」と、Microsoftの技術やサポート体制を評価しています。Azure OpenAI Serviceのような強力なAIプラットフォームや、AutoGenのような開発フレームワークの提供が、企業によるAI活用のハードルを下げ、イノベーションを加速させていると言えるでしょう。
第2節: AIの社会浸透を支える基盤としての役割
最後に小出氏は、「マイクロソフトには、今後もAIの社会浸透を支える基盤としての役割を担っていただきたいと思います」と、将来への期待を述べています。AI技術が社会の様々な分野で活用され、課題解決や価値創造に貢献していく上で、Microsoftのようなプラットフォーマーが果たす役割はますます重要になるでしょう。
第4部 まとめ
Woven by Toyotaが開発したマルチエージェントシステムは、MISRA準拠エラーの修正にとどまらず、ベテランエンジニア並みのリファクタリングまで自律的に行う「スーパーエージェント」と呼べる存在へと進化しました。この成果は、AIが知識労働における「ムダ」を削減し、ソフトウェア開発のパラダイムを大きく変革する可能性を示しています。人間のエンジニアはより創造的な業務に集中できるようになり、トヨタ生産方式の精神とAI技術が融合することで、開発現場に新たな革新がもたらされることが期待されます。Microsoftの技術とサポートが、この先進的な取り組みを支えました。
おわりに
Woven by ToyotaによるAzure OpenAI Serviceとマルチエージェントシステムを活用したMISRA準拠コード修正の自動化事例は、AI技術がソフトウェア開発の現場にどれほど大きなインパクトを与えうるかを示す、非常に興味深いケーススタディです。
特に、以下の点が重要であると考えられます。
- 課題設定の明確さ: 「MISRA準拠の効率化」という具体的かつ重要な課題に焦点を当てたこと。
- 段階的なアプローチ: 小さな実証実験から始め、成果を確認しながら徐々にシステムを進化させていったこと。
- 最新技術の積極的な活用: GPT-4o、Reasoningモデル(o1モデル)、最新のo3-miniモデル、そしてマルチエージェントフレームワークAutoGenといった、最先端の技術を臆せず取り入れたこと。
- 人間とAIの協調: AIに全てを任せるのではなく、AIの提案を人間が最終判断するという、人間中心のAI活用を実現したこと。
- 説明性の重視: AIの判断根拠(修正理由や確信度)を可視化することで、ブラックボックス化を防ぎ、信頼性を高めたこと。
この事例は、自動車業界に限らず、ソフトウェア開発に関わる多くの企業やエンジニアにとって、AI活用の大きなヒントとなるでしょう。また、これからAIやテクノロジー分野を学ぼうとする学生の皆さんにとっても、AIがどのように実社会の課題解決に貢献できるのか、そして未来の働き方がどのように変わっていくのかを考える上で、示唆に富む内容であったのではないでしょうか。
Woven by ToyotaとMicrosoftのこの挑戦は、ソフトウェア開発の新たな地平を切り拓く一歩と言えるかもしれません。今後のさらなる発展に期待が高まります。
関連情報
あくまで想像を膨らました内容のため、より詳細な情報や関連事例については、Woven by Toyotaや日本マイクロソフトの公式発表をご参照ください。