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Docling: なぜOCRでは不十分なのか?「テキスト抽出」だけで満足するな。RAGの精度は「構造理解」で決まる RAG精度を向上させるローカル実行可能なデータ変換術

Last updated at Posted at 2025-09-10

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https://docling-project.github.io/docling//

本記事では、多くの企業が抱える非構造化データという課題を解決し、生成AI、特にRAG(Retrieval-Augmented Generation)システムでの活用を可能にするオープンソースプロジェクト「Docling」について、その概要から仕組み、具体的な活用方法までを体系的に解説します。

目次


Part 1: 非構造化データという巨大な壁

このパートでは、なぜ多くの企業データがAIにとって「宝の持ち腐れ」となっているのか、その原因である非構造化データの課題と従来の技術的限界について解説します。

Chapter 1: 企業データに眠る「ダークマター」

Section 1.1: 結論:AI活用の最大の障壁は「非構造化データ」

Core Message: 企業が保有するデータの約90%は、PDFやWord、HTMLといった「非構造化データ」です。これらのデータは人間には読みやすいものの、AIがその構造や文脈を理解するのは非常に困難であり、AI活用の大きな障壁となっています。

  • 結論:
    生成AI、特にRAGのような技術を用いて社内データに基づいた回答を生成させたい場合、AIがドキュメントの内容を正確に理解できる形に変換する必要があります。しかし、データの大部分を占める非構造化データは、この変換プロセスにおいて多くの課題を抱えています。

  • 主要な論点:

    1. データの大部分が対象外: 企業の知識資産のほとんどが、そのままではAIで活用できない形式で保存されています。
    2. 構造情報の欠落: テキストを単純に抽出するだけでは、表、リスト、図などの重要なレイアウト情報が失われてしまいます。
    3. 精度の問題: 不正確なデータ変換は、AIの回答品質(ハルシネーションなど)に直接影響を与えます。
  • 具体例:

    • 契約書(PDF)
    • 製品マニュアル(Word)
    • 社内規定(HTML)
    • 報告書(PowerPoint)

Section 1.2: なぜ非構造化データはAIにとって扱いづらいのか?

Core Message: 非構造化データは、AIが理解するために不可欠な「構造」と「文脈」の情報が、人間が視覚的に認識することを前提とした形式で埋め込まれているため、AIによる自動処理を困難にしています。

非構造化データがAIにとって挑戦的である理由は、主に以下の点に集約されます。

課題の種類 具体的な内容
レイアウトの複雑性 複数ページにまたがる表、段組み、ヘッダー/フッターなど、視覚的なレイアウトがテキストの論理的な順序と一致しない。
多様な要素の混在 テキストだけでなく、画像、グラフ、数式などが混在しており、それぞれを適切に解釈する必要がある。
フォーマットの多様性 PDF、DOCX、HTMLなど、ファイル形式ごとに内部構造が異なり、それぞれに対応した解析ロジックが必要。
品質のばらつき スキャンされた低解像度のドキュメントや、手書きの注釈が含まれる場合など、品質が一様でない。

これらの課題を視覚的に理解するために、以下のマインドマップを参照してください。

Section 1.3: 従来のOCR技術の限界

Core Message: 従来のOCR(光学的文字認識)技術は、主に画像からテキストを抽出することに特化しており、ドキュメントの論理的な構造(何がタイトルで、何が表なのか)を維持することが困難です。

OCRはスキャンされた文書をデジタルテキストに変換する上で強力なツールですが、それだけでは不十分な場合があります。

  • テキストの羅列になる: OCRは文字を認識しますが、それらが文章のどの部分(見出し、本文、箇条書きなど)に属するかの関係性を失いがちです。
  • 構造の損失: 表のセル構造や行・列の関係性が崩れ、単なる単語の集まりとして抽出されてしまうことがあります。
  • コストとセキュリティ: 高度なOCR処理をクラウドサービスに依存すると、コストがかさむだけでなく、機密性の高いデータを外部に送信するというセキュリティ上の懸念が生じる可能性があります。

Part 1 まとめ

企業データの大部分を占める非構造化データは、その複雑なレイアウトや多様なフォーマットのため、AIでの活用が難しいという課題があります。従来のOCR技術では、テキストを抽出できてもドキュメントの構造を維持することができず、AIの性能を最大限に引き出すには不十分でした。この大きな壁を乗り越えるための新しいアプローチが求められています。


Part 2: Docling - AIが読める形にデータを変換する翻訳者

このパートでは、非構造化データの課題を解決するために登場したオープンソースプロジェクト「Docling」の概要と、その強力な機能を支える技術的な仕組みについて掘り下げていきます。

Chapter 2: Doclingの概要

Section 2.1: Doclingとは何か?

Core Message: Doclingは、PDFやDOCXなどの多様なドキュメント形式を、レイアウトや表構造といった情報を維持したまま、AIが扱いやすい統一された形式に変換するためのオープンソースライブラリです。

Doclingは、単なるテキスト抽出ツールではありません。ドキュメントを人間が読むのと同じように「理解」し、その構造を再構築することを目指しています。

  • オープンソース: 誰でも自由に利用・改変でき、特定のベンダーにロックインされる心配が少ないです。
  • ローカル実行: クラウドサービスに頼らず、手元のマシンや社内サーバーで実行できるため、データプライバシーとセキュリティを確保できます。高価なGPUも必須ではありません。
  • AIのためのデータ準備: Doclingの主な目的は、変換したデータをRAGなどの生成AIアプリケーションでシームレスに利用できるようにすることです。

Section 2.2: Doclingの主な特徴

Core Message: Doclingは、多形式対応、高度なPDF解析、AIエコシステムとのシームレスな連携という3つの強力な特徴を持っています。

特徴 説明
🗂️ 多様なフォーマット対応 PDF、DOCX、HTMLはもちろん、画像や音声ファイルまで、幅広い形式のドキュメントを解析できます。
📑 高度なPDF解析 最新のAIモデルを活用し、ページのレイアウト、読む順序、表の構造、数式などを高精度で認識します。
🤖 AIエコシステムとの連携 LangChainLlamaIndexといった主要なAI開発フレームワークとネイティブに統合されており、RAGパイプラインの構築を容易にします。
💻 開発者フレンドリー Pythonライブラリとしてだけでなく、シンプルなコマンドラインインターフェース(CLI)も提供されており、手軽に利用を開始できます。

Chapter 3: Doclingはどのように機能するのか?

Section 3.1: Doclingを支える3つのコアコンセプト

Core Message: Doclingのアーキテクチャは、「パーサーバックエンド」「パイプライン」「DoclingDocument」という3つの核心的なコンポーネントで構成されており、これらが連携して高精度なドキュメント変換を実現します。

Doclingの内部構造を理解することで、その強力な機能がどのように実現されているかが見えてきます。

  1. パーサーバックエンド (Parser Backends):
    ドキュメントを最初に読み込む部分です。PDFのような視覚的なレイアウトが中心のファイルと、HTMLのように構造がタグで定義されているファイルでは、解析のアプローチが異なります。Doclingは、それぞれの形式に最適化されたパーサーを使って初期情報を抽出します。

  2. パイプライン (Pipelines):
    パーサーが抽出した基本情報に、さらに意味付けを行う一連の処理モジュールです。

    • レイアウト解析: AIモデル(例: DocLayNet)を使い、ページのどこが見出しで、どこが本文かを判断します。
    • 表構造認識: 別のAIモデル(例: TableFormer)を使い、表の複雑なセル構造を正確に再構築します。
      これらのパイプラインはカスタマイズ可能で、特定のニーズに合わせて処理を追加することもできます。
  3. DoclingDocument:
    最終的な出力形式です。これは、元のドキュメントの全ての情報(テキスト、構造、位置情報など)を階層的に保持する、標準化された「デジタル設計図」のようなものです。この統一された形式があるからこそ、後続のAIアプリケーションがデータを扱いやすくなります。

Section 3.2: Doclingの処理パイプライン

Core Message: Doclingは、入力されたドキュメントをパイプライン処理に通すことで、段階的に情報を付与し、最終的に構造化されたDoclingDocumentを生成します。

実際の処理の流れをシーケンス図で見てみましょう。ユーザーがPDFファイルをRAGアプリケーションで利用するまでのプロセスを簡略化して示します。


Part 2 まとめ

Doclingは、非構造化データをAIが活用可能な形式に変換するための強力なオープンソースツールです。その核心は、多様なファイルを解析する「パーサーバックエンド」、AIモデルでドキュメント構造を豊かにする「パイプライン」、そして統一された出力形式である「DoclingDocument」の3つのコンポーネントにあります。これにより、開発者はデータの前処理に費やす時間を大幅に削減し、より高度なAIアプリケーションの開発に集中できます。


Part 3: 実践的な活用方法

このパートでは、Doclingを使って変換したデータを、実際にどのようにAIアプリケーション、特にRAGシステムに組み込んでいくかについて、具体的なコード例を交えながら解説します。

Chapter 4: ドキュメントからAIアプリケーションへ

Section 4.1: 多様なエクスポート形式

Core Message: DoclingDocumentは、MarkdownやJSONなど、さまざまな形式にエクスポートできるため、用途に応じて柔軟にデータを活用することが可能です。

  • Markdown: 人間が読みやすく、ドキュメントの構造(見出し、リスト、表など)を保持したまま出力できます。デバッグや内容の確認に便利です。
  • JSON: 全ての階層構造、メタデータ、ページ上の位置情報などを損失なく保持できます。より詳細な情報が必要なプログラム処理に適しています。
  • RAGフレームワーク: LangChainなどのフレームワークに直接渡せる形式で出力し、シームレスな連携を実現します。

Section 4.2: RAGシステムとの連携

Core Message: Doclingの真価は、LangChainなどのフレームワークと組み合わせることで発揮されます。DoclingLoaderを使えば、数行のコードで高度なRAGパイプラインを構築できます。

RAGは、AIに外部の知識源(この場合はあなたのドキュメント)を参照させながら回答を生成させる技術です。Doclingによって構造化されたデータを使うことで、より精度の高いRAGシステムを構築できます。

なぜDoclingを使うとRAGの精度が向上するのか?
通常のRAGでは、PDFを単純なテキストとして扱い、固定長のチャンク(塊)に分割します。これにより、表の途中で分割されたり、文脈が失われたりすることがあります。
一方、DoclingのHybridChunkerは、ドキュメントの論理的な構造(段落、表など)を考慮してチャンクを作成します。これにより、各チャンクが意味のあるまとまりとなり、AIが文脈を理解しやすくなるため、回答の精度が向上する可能性があります。

Chapter 5: Doclingを始める

Section 5.1: 簡単なインストール

Core Message: Doclingは、Pythonのパッケージマネージャーであるpipを使って簡単にインストールできます。

ターミナルで以下のコマンドを実行するだけで、Doclingが利用可能になります。

pip install docling

Section 5.2: 基本的な使い方

Core Message: Doclingは、Pythonコード内での利用とコマンドラインからの利用、両方の方法を提供しています。

1. Pythonライブラリとしての利用

from docling.document_converter import DocumentConverter

# ローカルファイルパスまたはURLを指定
source = "https://arxiv.org/pdf/2408.09869"

# コンバーターを初期化
converter = DocumentConverter()

# ドキュメントを変換
result = converter.convert(source)

# 結果をMarkdown形式で出力
print(result.document.export_to_markdown())

2. LangChainとの連携 (DoclingLoader)
LangChainを使ってRAGを構築する場合、DoclingLoaderが非常に便利です。

from langchain_docling import DoclingLoader

# 読み込むファイルを指定
FILE_PATH = "https://arxiv.org/pdf/2408.09869"

# ローダーを初期化
loader = DoclingLoader(file_path=FILE_PATH)

# ドキュメントをロード(内部でDoclingが実行される)
docs = loader.load()

# これで `docs` は後続のRAGパイプラインで利用できる状態になります
print(docs[1].page_content)

このDoclingLoaderは、内部でDoclingの変換処理と構造を意識したチャンク化を自動的に行ってくれるため、開発者は複雑な前処理を意識することなく、アプリケーションのロジック構築に集中できます。


Part 3 まとめ

Doclingは、単なる変換ツールに留まらず、実践的なAIアプリケーション開発を強力にサポートします。MarkdownやJSONへの柔軟なエクスポート機能、そしてLangChainなどの主要フレームワークとのネイティブな連携により、開発者は非構造化データを効率的にRAGシステムの知識源として組み込むことができます。簡単なインストールと直感的なAPIにより、すぐにその力を試し始めることが可能です。


まとめ

Core Message: Doclingは、企業内に眠る膨大な非構造化データをAIで活用するための強力な架け橋です。ローカルで安全に実行でき、ドキュメントの構造を維持したままAIが理解できる形式に変換することで、RAGをはじめとする次世代AIアプリケーションの精度と可能性を大きく引き上げます。

本記事で見てきたように、データの90%が非構造化であるという現実は、AI活用における大きな課題であると同時に、巨大なチャンスでもあります。Doclingのようなオープンソースツールを活用することで、これまでアクセスの難しかった社内の知識資産を掘り起こし、ビジネスの競争力を高める新たなインサイトを得ることが期待できるでしょう。

ぜひ、docling.ioGitHubリポジトリを訪れて、その可能性を体験してみてください。

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