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RubyAdvent Calendar 2022

Day 9

「マトリョーシカ人形」の先にあるもの、あるいは、処理の流れを追うということ

Last updated at Posted at 2022-12-08

これは、2022年の Ruby アドベントカレンダー1 の9日目の記事です。
昨日は @universatoさんによる8日目の記事「【Ruby】# frozen_string_literal: trueマジックコメントは必要?【RuboCop】」でした。
明日は石谷 太一さんによる10日目の記事「YAML上の位置を取得する」です。

はじめに

タイトルの「マトリョーシカ人形」ですが、伊藤淳一さんブログに掲載された「マトリョーシカ人形のようなメソッド設計を避ける」という記事にて、コードの構造の話として出てくるものです。

上記の記事(元記事と呼びます)を読んで思うところがあったので、本記事を書くことにしました。

ふたつのコード

詳しくは、元記事をご覧いただくとして、そこでは以下の2種類のコードを比較しています。

マトリョーシカ人形なコード

本記事では(A)と呼びます:

def main
  パンを焼く(, )
end

def パンを焼く(, )
  焼く(パンを発酵させる(, ))
end

def パンを発酵させる(, )
  発酵させる(パンを整形する(, ))
end

def パンを整形する(, )
  整形する(パンをこねる(, ))
end

def パンをこねる(, )
  こねる(, )
end

main

工程の全体像がつかみやすいコード

本記事では(B)と呼びます:

def main
  生地 = パンをこねる(, )
  整形された生地 = パンを整形する(生地)
  発酵した生地 = パンを発酵させる(整形された生地)
  パンを焼く(発酵した生地)
end

def パンをこねる(, )
  こねる(, )
end

def パンを整形する(生地)
  整形する(生地)
end

def パンを発酵させる(整形された生地)
  発酵させる(整形された生地)
end

def パンを焼く(発酵した生地)
  焼く(発酵した生地)
end

元記事では、この(A)のコードよりも(B)のコードの方が、より分かりやすいと説明しています。

確かに私が見ても、(A)の方はいまひとつイケてないと感じます。ですが、私が感じているコード(A)の問題点としては、次の2点だと思いました。

  • 引数の引き廻し
  • メソッドの命名

と同時に、元記事で指摘されたような、コード自体の構造に関しては「これはこれで問題ではない」とも思っています。

マトリョーシカ人形の、その先へ

コード(A)の構造には問題がないこと説明するために、まず前記の問題点2つを以下の様に修正してみましょう。
本記事では(C)とします:

class 製造機
  def initialize(, )
    @粉 = 
    @水 = 
  end
  
  attr_reader :, :
  
  def パン
    焼く(発酵した生地)
  end

  def 発酵した生地
    発酵する(整形した生地)
  end

  def 整形した生地
    整形する(生地)
  end
  
  def 生地
    こねる(, )
  end
end

製造機.new(, ).パン

このコード(C)は、構造としては元の(A)と基本的に同じで、前記の2点についてのみ、修正を加えています。

ひとつ目の、「粉と水」を延々とメソッドの引数として引き廻している点は、全体を製造機クラスとしてまとめ、「こねる(粉, 水)」でしか使わない「粉と水」を、インスタンス変数を介して直接渡す形に変えています。
この修正により、(A)でメソッドに付いていた引数が、(C)では全く無くなっています。

ふたつ目の、メソッドの命名に関しては、元の(A)では「動作」を表していたのに対して、修正した(C)では「動作」の結果できた「もの」に変えています。
よく言われている通り「クラス名は名詞、メソッド名は動詞」となるケースが多いのですが、ここではメソッド名が「名詞」(もの)になっています。

ひとつ目の修正により、メソッドに引数が付かなくなったことと、ふたつ目の修正により、メソッド名が名詞に変わったことで、(C)におけるメソッドの意味合いが「処理手続きの記述」ではなく、「定義の詳細化(具体化)」へと変化しています。

つまり、(C)のコードの構造というのは、

  • 「製造機」の説明
    • 「パン」とは「発酵した生地」を「焼いた」ものです
    • 「発酵した生地」とは「整形した生地」を「発酵した」ものです
    • 「整形した生地」とは「生地」を「整形した」ものです
    • 「生地」とは「粉と水」を「こねた」ものです
  • 「製造機」に「粉と水」を入れて「パン」を得ます

このような日本語での説明(仕様)を、そのまま Ruby に書き下しています。この「製造機」の説明には、処理手順的な話が、まったく現れておらず、中で登場する「もの」の定義が並んでいる構造になっています。

そして元々のコード(A)は、前記の2点のようにイケてないところはあるものの、本来はコード(C)のような形を目指していたのではないか、と推測しています。

だとすると、元記事の様に(A)を手直して(B)の形にすることは、元々のコードの構造を別の形へ変えてしまっていて、全くの別ものを持ってきた様に、私には思えます。
もし(A)のコードを「構造を保ったままで」書き直すのであれば、(A)の先にある完成形(C)のような形へと誘導するやり方になると思います。

私は10人いれば100通りの実装が出てくるのが ruby の醍醐味だと思っているので、元々のコードの構造は尊重したいのです。大きく間違っていない限りは。

処理の流れを追うということ

コードの構造として見た場合、(A)やその完成形である(C)は、単に(B)とは方向性が異なっているだけで、間違っている訳ではない、と思う理由を説明しましょう。

元記事では(A)のコードに対して「処理の流れが直感的に理解しにくくなる」と指摘されています。
私自身も実際に(C)のようなコードを書くと、他者から「処理の流れが読めない」と言われることが良くあります。

確かに、この構造だと処理の流れは読めません。ですが上記のとおり、そもそもコードを処理の流れに沿って実装している訳ではないので、それはある意味、当然なことだと言えます。

それは必要ですか?

そして、ここが重要なのですが「そもそも処理の流れを読む必要があるのか?」という想いがあります。

いま、コードの処理の流れを追うときの目的を考えてみましょう。
多くのケースでは、対象のコードが正しく実装できているか確認したい筈です。
まず(B)の場合、処理の流れに沿った記述になってるので、実行時と同じように、順番に処理内容の確認を繰り返していきます。
一方の(C)の場合、「定義の詳細化(具体化)」を繰り返す構造になっているので、個々のメソッドにおいて定義している内容を確認していけば、それらを組み上げて作った総体としてのコードが正しく出来ているかも確認できます。

つまり、(C)ではコード全体を追わなくても、個々のメソッド単位でチェックすれば目的が達せられます。
この場合、コードの流れを追う場合と比べて、覚えておくべきことが減るため、脳に対する負荷を大幅に下げてくれます。
特にコードの規模が大きくなってくると、処理の流れを追うことが段々とつらくなってくる(覚えておくことが増えてくる)ため、実際かなりありがたいです。

仕様をコードへ

また、(C)のようなコードを書く際、一番最初に(一番上位に)くるメソッドは、仕様に書かれた内容を、ほぼそのまま書き下した形になります。
そのままだと実行できないため、その定義に登場する個々の要素について、段階的に詳細化(具体化)するメソッド定義を記述していく、トップダウンな流れで実装する感じです。

こうした、仕様に書かれた内容が、ほぼそのままコード上に記述されている点は、コードが正しく仕様に沿って実装しているのか、を確認する際の助けになります。

名前重要

ところで、処理の流れが読みにくい構造だと、調べたり直したりする対象の処理の在処を、どうやって見つけるのか、という疑問が湧いてくるかと思います。

これについては、目的となる対象の処理を、メソッドの名前をもとに探し出します。

各メソッドは、登場する要素の定義を記述する形になっているので、調べたい要素の名前(または要素に関連する名前)を、ソースコード上から検索して見つけることが出来ます。
もちろん各メソッドには、適切な命名がなされていることが大前提です。

おわりに

以上の様に(C)のような実装形式には、採用するに足りうるメリットがあると考えています。

もちろん(B)のような手続きを記述する構造が必要なケースもありますし、「処理の手順」自体が重要な意味を持つ場合は、コード上で明確に記述するべきでしょう。
でも、そういうケースばかりではないのも、また事実です。

手続きを並べる書き方も、定義を詳細化する書き方も、どちらかが優れている、ではなくて、自身が書きやすい方で書けば良いのだと、私は思っています。

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