3軸リアクションホイール倒立振子を作るアドカレの10日目です。
1. 序論:物理層におけるノイズと熱マネジメント
前回のあらすじと課題
前回 [Day 9] では、STM32G474のピン配置を最適化し、モータドライバとの論理的な接続を確立しました。
しかし、回路図上の「線 (Net)」をただ繋いだだけでは、FOC制御システムは安定動作しません。
直面する物理的課題
Cubliの基板設計において、解決すべき課題は以下の3点に集約されます。
-
ノイズ発生源 (Noise Source):
3つのモータドライバ(パワー部)が12V電源を20kHz〜30kHzでスイッチング駆動するため、電源ラインおよびGNDにスパイクノイズやリプル電流が発生します。 -
ノイズ感受部 (Sensitive Circuits):
姿勢制御を行うIMUや、FOC電流制御を行うアナログ回路は、数mVオーダーの微細な信号を扱います。これらは電源ノイズの影響を受けやすく、SN比の悪化は制御性能の低下に直結します。 -
熱設計 (Thermal Management):
12V入力から3.3V系ロジック電源を生成する際、リニアレギュレータのみで降圧すると電力損失が熱となり、IMUの温度ドリフト(熱による誤差)を誘発します。
本日のゴールは、これらの課題を解決する 「ハイブリッド電源構成」 と 「堅牢なアナログ入力回路」 を設計することです。
2. 電源回路設計:効率と低ノイズの両立
今回は、「発熱抑制(高効率)」 と 「超低ノイズ(高精度)」 を両立させるため、DC/DCコンバータとLDOを直列に接続する2段構成(カスケード構成)を採用しました。
2.1 入力段:USB PD 12V ネゴシエーション (CH224K)
電源入力には汎用性の高い USB Type-C を採用し、USB PD (Power Delivery) 対応のアダプタからモータ駆動に必要な12Vを引き出します。これには「Sink Controller(電力をもらう側の制御IC)」が必要です。
採用IC: WCH CH224K
USB Type-Cには CC1, CC2 (Configuration Channel) という通信ラインがあり、CH224Kはここの電圧レベルを操作することで、ACアダプタ(Source側)に対し「5Vではなく12Vを要求する」というネゴシエーションを行います。
回路構成 (Level Configuration Mode):
今回は抵抗値の誤差を気にせず確実に設定できる 「レベル設定モード」 を採用しました。3つのピン (CFG1, CFG2, CFG3) のHigh/Lowの組み合わせで電圧を決定します。
-
12V設定:
-
CFG1: GND (0) -
CFG2: GND (0) -
CFG3: VDD (1) (※VDDはチップ内部生成の3.3V)
-
この「0-0-1」の組み合わせにより、チップはアダプタ接続時に自動的に12V出力をリクエストするように固定されます(12V非対応アダプタの場合は安全のため5Vで動作します)。
2.2 1段目:高効率降圧 DC/DCコンバータ (Buck Converter)
12Vから直接3.3Vを作ると、電圧差が全て熱損失となり効率が悪いため、まずは中間電圧である5.0Vへ変換します。
採用IC: TI TPS563200 (SOT-23-6)
DC/DCコンバータ(スイッチングレギュレータ)は、入力電圧を高速でON/OFFし、インダクタとコンデンサで平滑化することで電圧を変換します。
これにより 90%以上の高い変換効率 を実現でき、リニアレギュレータでは約2.1Wにもなる熱損失を、数mW〜数十mWレベルに抑え込むことができます。
ただし、スイッチング動作に伴う電圧変動(リプルノイズ)が発生するため、後段でのケアが必要です。

2.3 2段目:低ノイズLDOレギュレータ (LDL1117)
DC/DCの出力に含まれるスイッチングノイズを除去し、アナログ回路やIMU(センサ)へクリーンな電源を供給するため、後段にLDOを配置します。
採用IC: STMicroelectronics LDL1117S33R (SOT-223)
LDO (Low Drop-Out Regulator) は、入力電圧と出力電圧の差分を熱として消費することで、非常に安定した電圧を出力します。
選定したLDL1117は、PSRR (電源電圧変動除去比) が 87dB (@120Hz) という極めて高い性能を持っており、入力側のリプルノイズを約 $1/22000$ に減衰させて出力します。
発振防止のため、出力側には 最低4.7µF のセラミックコンデンサを配置します。
2.4 なぜIMUにLDOが必須なのか?
「DC/DC直結でもデジタル回路は動作するのでは?」と思うかもしれません。しかし、精密計測においては「エイリアシング」と「積分誤差」が致命傷になります。
電源ラインに乗ったスイッチングノイズ(数百kHz)が、IMU内部のADCサンプリング周波数と干渉すると、本来存在しない「低周波のうねり」としてデータに現れます。これはIMUのバイアス変動(ドリフト)と区別がつきません。
倒立振子制御ではジャイロセンサの値を積分して角度を求めるため、電源由来の微小なオフセット誤差も、時間とともに積分されて制御不能な角度誤差へと成長してしまいます。
LDOによるクリーン電源の供給は、ソフトウェアフィルタでは取り除けないノイズに対する 「物理層での根本対策」 なのです。
3.1 オペアンプ入力段のRCローパスフィルタ設計
STM32G4の内蔵オペアンプを「PGA Internally Connected モード」で使用するため、増幅後の信号(チップ内部)にはフィルタをかけられません。
したがって、オペアンプに入力する直前 で確実にノイズを除去する必要があります。
-
回路定数:
- 制限抵抗: $R_{in} = 100\Omega$
- フィルタコンデンサ: $C_{in} = 1nF (1000pF)$
-
カットオフ周波数 ($f_c$):
$$f_c = \frac{1}{2\pi R_{in} C_{in}} \approx 1.59 \text{ MHz}$$
このフィルタ回路により、PWMスイッチング時の「リンギング(寄生L/Cによる高周波振動)」や、モータケーブルがアンテナとなって拾う「放射ノイズ」を効果的にカットし、誤った電流値のサンプリングを防ぎます。

3.2 デカップリングコンデンサ(パスコン)の配置戦略
パスコン(バイパスコンデンサ)は、ICの電源ピン直近に配置することで、瞬発的な電流供給を助け、高周波ノイズをGNDへ逃がす重要な役割を持ちます。回路図上では同じGND/VDDでも、PCBレイアウト上の配置場所によって効果は大きく異なります。
-
STM32G474:
5箇所あるVDDピンすべてに対し、最短距離 に $0.1\mu F$ のセラミックコンデンサを配置します。 -
ICM-42688-P (IMU):
VDD, VDDIOピンの直近に$0.1\mu F$コンデンサを配置します。ここが疎かになるとSPI通信エラーや測定値の乱れに直結します。 -
DRV8313 (Driver):
大電流が流れるVMピン(12V入力)の直近に、高周波用の $10\mu F$ (セラミック) と エネルギーバッファ用の $100\mu F$ (電解) を並列配置(抱き合わせ)します。これにより、急峻な負荷変動による電圧降下を防ぎ、ノイズの発生源を抑え込みます。
4. 保護回路:回生エネルギーの吸収
今回はUSB Type-Cコネクタを使用するため、物理的な逆接続(プラスマイナス逆)のリスクはありません。したがって、逆接続保護回路は省略し、回路をシンプルにします。
しかし、「回生電圧」 への対策だけは必須です。
4.1 回生電圧対策 (Bulk Capacitance)
倒立振子がバランスを崩した際や、手でホイールを強制的に回した際、モータは発電機となり電流を電源ラインへ逆流させます(回生動作)。
一般的なUSB ACアダプタは、電源ラインへ逆流してくる電流を吸い込む(シンクする)ことができません。対策をしないと、行き場をなくしたエネルギーによって電源電圧が12Vを超えて異常上昇し、STM32やドライバICを過電圧破壊してしまいます。
対策:大容量コンデンサによるエネルギー吸収
12V電源ラインに、ダムの役割を果たす 大容量の電解コンデンサ を配置し、回生エネルギーを一時的に吸収させます。
- 部品: アルミ電解コンデンサ
-
スペック: 470µF / 25V
- 耐圧: 回生時の電圧上昇を見込み、12Vラインですが 25V品 以上を選定します(16V品は危険です)。
- 容量: 経験則として、2804クラスのモータ3個であれば 470µF 程度あれば安心です。
- 配置: ノイズ源であるモータドライバ (DRV8313) の電源ピン ($V_M$) の極力近くに配置します。デンサ ($470\mu F$ 程度)** を配置し、回生エネルギーを一時的に吸収させる設計としました。
5. 結論と展望
本日の設計により、以下の堅牢性を確保しました。
- 熱対策: DC/DC導入により、12V入力でも発熱を無視できるレベルに抑制。
- ノイズ対策: LDOと多段フィルタにより、アナログ回路へのPWMノイズ混入を阻止。
- 信頼性: 保護回路により、実験中の不慮の事故や回生電圧による破壊を防止。
これで、最強の脳(AI)と最強の筋肉(FOC)を支える 「強靭な肉体(回路)」 の設計図が完成しました。
次回予告 [Day 11]
基板設計が完了したので、いよいよ魂(ソフトウェア)を吹き込んでいきます。
まずは 「センサフュージョンと姿勢推定」。
SPI通信でIMUを叩き、取得した加速度・ジャイロデータを Madgwickフィルタ で融合させ、精度の高い「傾き」をリアルタイムで算出する実装編です。

