はじめに
SF小説を書くとき、未来の技術を考えることと、その技術が物語の中で自然に機能するよう描くことは、必ずしも同じではありません。
たとえば、GPSはが利用できない世界で船を航行させたいとします。
代わりの航法手段を設定するだけなら、それほど難しくないかもしれません。
しかし、その手段が使えなくなったとき
- 何が起きるのか。
- 登場人物はどう対処するのか。
- 読者が納得できる解決方法になっているのか。
考えるべきことは次々に出てきます。
この記事では、自作SF小説『Lost Protocol(ロスト・プロトコル)』の第二章「磁気嵐」を題材に、生成AIとの壁打ちを通して技術設定と人物描写を検討した過程を振り返ります。
第二章のアイデアを練る段階ではGeminiと長く壁打ちし、その後、主にGPTを使って文章の修正・整理を進めました。
なお、過去のやり取りをすべて保存しているわけではありません。
この記事は当時の質問と検討事項の記憶、および完成した本文をもとにした振り返りであり、AIの回答を逐語的に再現するものではありません。
また、本文で採用したSF上の設定を、現実の技術で実証済みであるかのように扱うことも避けます。
1. 物語上の目的から技術的な問いを作る
第二章の舞台は、宮城かパースへ向かう船「シラネ」です。
この世界では、船は海底ケーブル沿いに設置されたビーコンの信号を頼りに航行しています。
しかし、磁気嵐によって信号を受信できなくなります。
この場面を成立させるには、少なくとも次の問題を考える必要があります。
- GPSが使えない世界で、船は何を手がかりに航行するのか。
- 海底ケーブル沿いのビーコンを、航法の手がかりとしてどう位置づけるのか。
- 信号が受信できなくなった場合、船の航行にどのような影響が出るのか。
- 失われたように見える信号を、別の手段で再検出できる展開に説得力を持たせられるか。
このように、最初のアイデアを具体的な質問へ分解していきます。
ここで重要なのは、生成AIに「この設定はリアルですか」とだけ尋ねないことです。
「リアルか」という問いは範囲が広く、回答が肯定的でも、どの条件が検討されたのか分かりません。
それよりも、航法手段、信号の受信、障害発生時の影響といった論点に分ける方が、設定のどこを検証するべきか明確になります。
ただし、問いを細かくしただけで技術的な正しさが保証されるわけではありません。
AIの回答は検討材料であり、必要に応じて専門資料などで裏付けを取る必要があります。
2. 「信号が受信できない」と「信号が存在しない」を区別する
第二章では、船のAI-αが受信波形の乱れを99%の確率でノイズと判断し、ビーコン信号を検出できなくなります。
サリはノイズ除去の閾値や受信帯域を調整しますが、状況は改善しません。
この場面で扱っている問題は、単にAIが停止したということではありません。
AIは動作を続けていますが、受信波形を分析した結果、必要な信号をノイズとして扱っています。
ここには、物語上の重要な違いがあります。
システムが完全に停止したのであれば、復旧や修理が問題になります。
一方、システムが動作していても必要な情報を取り出せないのであれば、別の方法でデータを観察し直す余地があります。
そこでテオは、AIの自動補正を切り、加工前の受信波形を表示します。
しかし、波形を表示できても、それだけで信号を判別できるわけではありません。
エリアは画面を見ても答えを導けず、次の手段が必要になります。
この流れを考えるうえで意識したいのは、問題の原因と解決手段を対応させることです。
「AIが信号を見つけられない」という問題に対し、ただ別の機械を登場させるのではなく、何が見えなくなっているのか、どの情報を取り出せれば状況が変わるのかを考える必要があります。
3. 異なる道具と技能を組み合わせる
次にジンが持ち出すのは、受信した電気信号を増幅する旧式のアナログ装置です。
作中では、この装置は現代のAIのように信号の意味を判断せず、入力された信号を増幅して波形として出力するものとして描いています。
この装置だけで問題が解決するわけではありません。
| 登場人物 | 場面で担う役割 |
|---|---|
| サリ | AIの設定を調整し、信号の再検出を試みる |
| テオ | 自動補正を切り、加工前の波形を表示する |
| ジン | 旧式のアナログ装置を持ち出し、操作の方向性を示す |
| カイト | 装置の配線を確認し、緩んだ接続を修正する |
| エリア | ダイヤルを操作し、ノイズの中にある微かな違いを探る |
| ハク | AIの調整だけに固執せず、手元にある別の手段を使う判断をする |
この分担によって、問題解決がひとりの天才的なひらめきだけに依存しない構成になります。
特に重要なのは、エリアが違和感を見つけた後にも、カイトによる接続の修正や、テオによる波形の確認が必要なことです。
エリアが感覚だけでビーコンの正体まで特定するわけではありません。
彼女の気づきを、ほかの人物が検証できる形にすることで、チームとして解決にたどり着きます。
これは創作上の工夫であると同時に、問題解決の手順を分解して考える方法でもあります。
ひとつの装置にすべての機能を持たせるのではなく、観測、操作、修理、解釈といった役割を分ける。それぞれの制約を設定することで、登場人物が協力する必然性を作れます。
4. 技術設定はキャラクター描写にも影響する
技術的な問題を検討していると、人物の行動や会話にも目を向ける必要が出てきます。
第二章の冒頭では、ジンが父親から教わったことや、別の親方から最新式の機械の使い方を学んだ経験をカイトに語っています。
この会話は、単なる雑談ではありません。
古い機械と新しい機械の両方に触れてきたジンの人物像を示し、後半で彼が旧式のアナログ装置を持ち出す展開につながっています。
また、エリアは最初から正解を見つけられるわけではありません。
ダイヤルを回しても違いが分からず、試行錯誤を続けた末に、かすかな周期性に気づきます。
ここでは、技術的な問題を解決する手順と、主人公が行動を通じて経験することが重なっています。
生成AIとの壁打ちで考えたいのは、技術的に可能かどうかだけではありません。
- その人物が、その方法を知っている理由はあるか。
- その人物の技能が、実際の行動に結びついているか。
- 台詞が設定の説明だけに終わらず、人物同士の関係を表しているか。
- 解決の過程で、主人公や仲間が担う役割は明確か。
技術設定とキャラクター描写を別々に検討していても、最終的には同じ場面の中で両者を整合させる必要があります。
5. AIの回答を「技術的な証明」として扱わない
生成AIを創作に使う際、注意したいのは、回答の流暢さと正確さを混同しないことです。
AIは、設定を成立させるための説明や、別の案を提示できます。
しかし、もっともらしい説明が返ってきたからといって、それが現実の物理法則や工学的な制約に照らして正しいとは限りません。
今回のような技術設定であれば、次の三つを分けて考えると整理しやすくなります。
① 現実の技術として確認すべきこと
実際の機器がどのように動作するのか、信号にどのような外乱が加わるのか、どんな条件で受信に失敗するのか、といった事項です。現実の技術を根拠にするなら、信頼できる資料で確認する必要があります。
② 物語世界で採用する前提
作中の航法システム、ビーコン、アナログ装置など、作品独自の技術設定です。現実の技術を参考にしながらも、どこまでを現実に基づけ、どこからをフィクションとして設定するかを明確にします。
③ 読者に納得してもらうための描写
装置がどのように使われ、失敗したときに何が起き、登場人物がどう対処するのかという、物語上の見せ方です。
この三つは関連していますが、同じものではありません。
現実の技術として完全には確認できていない仕組みでも、作品独自の前提として明示することはできます。
一方、現実の技術を根拠にしたいなら、AIの説明だけで済ませず、裏付けを取る必要があります。
AIとの壁打ちは、この三つを考え分けるきっかけとして使えます。
6. 壁打ちの成果は、回答よりも問いの具体化にある
第二章の制作過程を振り返ると、AIとの壁打ちは、アイデアを自動的に完成させる作業ではありませんでした。
最初にあるのは、「GPSのない世界で船を航行させたい」「信号を失った場面から再発見につなげたい」という物語上の目的です。
そこから、航法の手段、信号の受信、装置の役割分担、人物の技能、会話の自然さといった論点を検討していきます。
問いを具体的にすると、何が未検証なのかが分かりやすくなります。
逆に、AIが提示した案をそのまま採用すると、どの条件が満たされているのかを見落とす可能性があります。
生成AIは、設定の候補を出したり、考慮すべき論点を洗い出したりする用途では役立ちます。
しかし、回答の正しさを保証するものではなく、最終的な選択と検証は書き手に残されています。
『Lost Protocol』第二章「磁気嵐」では、AIがノイズと判断した信号を、登場人物たちが異なる手段を組み合わせて探し直します。
その場面を考えるために、私自身も生成AIに問いを投げかけ、設定や人物の行動を見直しました。
そこで得られたのは、いつも完成した正解だったわけではありません。
自分が書こうとしている場面に何が必要なのか、どこに説明不足があるのかを見つけるための問いでした。
創作における生成AIの価値は、答えを代わりに決めてもらうことだけではなく、自分の考えを検証可能な問いへ変え、見落としていた論点に気づくための補助として使えることにもあると考えています。
▼ 原文を読んでから分析を確かめたい人はこちら。小説本編をカクヨムにて公開中
https://kakuyomu.jp/works/11054822664411786848/episodes/11054822664744550558