はじめに
セキュリティ・キャンプ2026全国大会 チューターを務めてきました。感じたこと・学んだことを書き残しておきます。スライドも作成したので、もしよろしければご参照ください。
感じたこと・学んだこと
私は何を教えられるのか
まず、最初に悩んだことは、「私に教えられることは何もない」と感じていたことです。
一つ目、受講生のレベルが高いと感じていたからです。競プロをしっかり取り組まれている方、NeovimやLinuxを使いこなしている方、CVEを取られている方など。チューターの私よりも、熱心に技術に取り組まれているように見えました。
単に技術力がすごいという点ではなくて、技術に熱心に向き合うその姿勢に圧倒されました。
二つ目、学習の行き詰まりを感じていたからです。土台は数学やCS、最先端からはコーディングエージェントがあります。私はどちらにも自信がありませんでした。コンピュータを、訳が分からないと思うようになっていました。
これの何が問題なのでしょうか。問題点は三つあります。
一つ目、私のチューターの仕事像と私のマインドに矛盾が生じることです。私はチューターの仕事を受講生に有益な情報を届けることだと信じ込んでいました。すると、自分がチューターとしてなすべきことは何なのか分からなくなります。
二つ目、私の学習意欲の後退です。チューターが受講生をサポートするためには、チューター自身が受講内容を深く理解する必要があります。しかし、「私に教えられることは何もない」と意欲がない状態で、自分自身も学ぶことができませんでした。
三つ目、そもそも論、受講生やセキュリティキャンプに対して失礼な気がします。全国受講生としての参加は(多くの場合)一生に一度の舞台です。そういった舞台に対して、チューターがこのような無力感を抱えたまま臨むのは、良いことだと私は思えませんでした。
その結果として、何が起こったのでしょうか。
専門講義1日目、私は受講生の合間をただ歩いていました。受講生に自分から話しかけるわけでもなく。まるで稼働しているアリバイ作りに思えました。質問を、講師にエスカレーションをしました。自分の無知を露呈することが怖くて、受講生の質問にビクビクしていました。
なぜ名刺を作らなかったのか
ところで今回私は、名刺を作成しませんでした。
理由として、ホームページも読んでもらいたいという意図ももちろんありました。ただ一方で、名刺で伝えたい「私の技術とは何か」という一文が見つけられなかったという理由もあります。
SecHack365もやりました。セキュリティキャンプもやりました。ハッカソンもやりました。登壇しました。カンファレンスでスタッフもやりました。AtCoderもやりました。応用情報技術者試験もとりました。IBM Zのデジタルバッジを取りました。インターンもやりました。少し前には、ネタ個人開発もして、リポジトリを増やしました。
ここから、何かを抽出して一文書けば良かったと考えました。
でも、私はそれに熱中しているでしょうか。真剣にそれに向き合ったでしょうか。それを伝えたかったのでしょうか。
違います。私は、それに熱中していたのではなくて、それ自体を達成しすることに興味がありました。
さらに言うならば、これらは技術でしょうか?違います。技術そのものではなくて、技術を求めたことによって得られる副次的なものです。SecHack365を修了することそれ自体が技術ではありません。それは技術を学ぶ場です。
ここで、私がやってきたことは、技術そのものを探求することではなくて、技術を探求としたという実績を求めてきたのだと突き付けられます。
私は技術が本当に好きなんでしょうか?
この問いを自分に向けたとき、私は思い悩みます。その結果として、自分の好きな技術をアピールする場として、名刺を作れませんでした。
何のために私はいるのか
チューターとして、何のために私はいるのか、分からなくなりました。
何をすれば、受講生にとって有益なのか、悩みました。
議論を助けるといっても、受講生グループは順当に議論を進めているように見えました。私が介入する必要を感じなく、また私が介入してもむしろ頓珍漢な助言になる気がしました。
ハンズオンについてもうまくいっている人には何もできず、うまくいっていない人には大した助言ができないという悩みを抱えていました。助けるのがチューターなのに、うまく助けられないという状態でした。
私はチューターとして自分のできることを見つけられずにいました。
受講生を褒めること
受講生に積極的に話しかけているチューターの方がいました。私は、気になって、その方に「受講生に話しかけるコツ」を聞いてみました。
「褒めること」を意識しています
私は驚きました。予想外だったからです。私は勝手にその方を勉強熱心だと思っていたので、解決手法や問題点の分析の話をされるのかと思っていました。
言われてみると、これは重要だと思いました。理由は二つあります。
一つ目、気分のいい体験をしてもらうためです。いくらセキュリティキャンプが技術を教える場所だとは言え、それ以前に私たちは人間なわけです。それを考えれば、褒めたほうが望ましいでしょう。
二つ目、受講生の背中を押すためです。受講生の中には、これでいいのか不安を感じている方がいるはずです。それに対して、チューターが褒めることは、その不安な気持ちに対する対症療法なのだと思います。
では、なぜ私はそれをやってこなかったのでしょうか。
一つ目、「白々しい」と思われたくなかったのかもしれません。私は受講生からどう思われているかに過剰反応して、「こいつわかっていないのに褒めている」とか「急にほめてきてなんだこいつ」と思われるのではないかと怯えていました。
二つ目、責任を負いたくなかったからだと思います。褒めて、それを受講生が実践して、失敗したときに、褒めた自分に責任が発生するように思えました。
「受講生を褒めること」は良い方法だと思い、さっそく私は取り入れることにしました。
褒めても、基本的に受講生から大きな反応は返ってきません。でも、それが普通ですし、それでいいのです。そこで、受講生が嫌なのかなと過剰に考える必要はないと思いました。
このやり方が受講生にどのような影響を与えたのか、直接確認することはできませんでしたが、私はポジティブな影響を与えられたら良かったなと思っています。
受講生に関心を持っていることを示す
もちろん前項のことは素晴らしいのですが、私なりに咀嚼してみたところ、一つ、受講生の関わり方を思いつきました。
それは、受講生に関心を持っていることを示すことです。
どのような方法で、それを実現すべきでしょうか。
私は、受講生に「大丈夫そうですか?」と進捗を確認することにしました。大抵、「大丈夫です」と言われるのですが、諦めず色々な人に聞いていきます。
なぜこのことが重要なのでしょうか。
一つ目、チューターが受講生に対して助けを求めてやすくするためです。何も言わないチューターが徘徊するより、定期的に声をかけてくるチューターの方が声をかけやすいです。
二つ目、こちらは個人差があるのですが、関心を向けられていると、やる気が出ます。やはり人間、放置されていると思うと、やる気が失せます。
分からないのは経験がないから
専門講義B2でGo言語の演習を行った際、受講生がGoのsyntax errorについて悩んでいた時、私は助言を出すことができました。なぜなら私はGoでプログラミングしたことがって、その経験があったからです。自信をもってアドバイスができました。
B1のログ検索の際、私は受講生にあまり良い技術的な助言をできませんでした。解答へと誘導するヒントを出すことはできましたが、それは進行的なものであって、技術的ではありませんでした。
ここから気付いたことは、分からないのは経験がないからなのだということです。B1のログ調査をうまくできなかったのは、それをやったことがないからです。
また、苦手意識があることと学習意欲があることは相互作用があるのだと思いました。苦手意識があるから勉強を避ける。勉強を避けるから苦手意識が生まれるのです。そして、「分からない」を生み出すのだと思いました。
ともに試行錯誤をする
後述しますが、理想的な根本対策は事前学習しておいて、知っておくことです。知っているチューターと知っていないチューターでは後者のほうが良いでしょう。
ですが、知らないことに直面した時、チューターはどうするべきでしょうか。私は共に試行錯誤をすることだと思いました。
セキュリティキャンプ内でCTFが開催されました。しかし、私はCTFの経験がほとんどありませんでした。それでも受講生の間を回って、困っている方がいないか探しました。
ある受講生の方が、CTFで困っていました。私は自分の持っている知識から、これはSQLインジェクションだと推定しました。ですが、単にSQLインジェクションだとわかっても、それにどうSQL文をインジェクションするは分かりませんでした。私はその受講生とともに色々な文を試し、テーブル一覧を取得し、その中で怪しいテーブルからデータを表示するか模索しました。
その過程で、私はSQLインジェクションやOWASP Top 10など、自分の知識をその受講生に伝えようと試みました。
この行動に関して、ほかの受講生やチューターの方からお褒めの言葉をいただきました。チューターとして貢献できていないと感じていた私は、この件で、とても手ごたえを得ることができました。嬉しかったのを覚えています。
私は、その受講生の方の熱心な姿勢に多くのことを学びました。私が一つのことを提案すると、その方は自ら新しい仮説を立て、LLMなどを使いつつ検証をしました。未知のことでも、面倒くさがったりせず、それを試そうとしていました。
私は、今年で数え年23歳になり知識だけなら、少しは増えた気がしています。しかし、知識が増えただけで、試行錯誤をすることや、技術を学び理解しようとする意志のようなものは、むしろ減っている気がしました。
準備をする
これらの解決策は準備することでしょう。
日頃の勉強こそが、良い結果を生み出すのです。
私はその重要性を、分かっています。これ以上書くと、ただ私の言い訳を並べるだけになるので割愛します。
「音楽が鳴っている限り、踊り続ける」
某氏と「現在のLLMは持続可能か」について話しました。確かに、値上がりすることはあっても、ハードウェアの向上やパラメータ数の効率化を考えれば、AIがなくなることはないという話になりました。
職業ITエンジニアにとって、AIは今後避けては通れないでしょう。趣味でやるなら問題になりませんが、ビジネスならば生産性を向上させなければなりません。なぜなら、競合他社に負けるからです。
「音楽が鳴っている限り、踊り続ける」必要があるのです。
ITエンジニアは、AIを上手く使いこなす必要があるように思えます。AIを鵜呑みにせず、AIを使うことを放棄しない難しい塩梅です。
AIが書いても、Approveをすればその人の責任です。これはB4の講義でもその趣旨の話がありました。
LTで発表しました
LT発表では、セキュリティキャンプネクストの落選理由を分析しました。
私はAIを鵜呑みにしてしまったところが大きな敗因だと思っています。なぜ深堀をできなかったのか、それは私の技術に対する好奇心な気がします。「もっと知りたい」、「ここがわからないままだと気になって仕方ない」。そういう気持ちがあれば、もう少しいいものができたのかもしれないです。
私個人の意見として、AIをうまく使えば、学習の効率化に役立てるのではないかと、考えています。ただ、うまく使わず、AIの出力に受動的満足をしてしまうと、それは学習になりません。
ご飯がおいしい&受講生を繋げた
セキュリティキャンプのご飯はとてもおいしいです。モチベーションにもつながり、大変ありがたいです。
ご飯では、様々な場所から話し声が聞こえてきて、交流の場として機能していると感じました。
私は、手持ち無沙汰の受講生を、隣で名刺交換している受講生に繋ぎました。チューターとして、こういうサポートができたのはうれしい限りです。
おわり
私はセキュリティ・キャンプ2026全国大会 チューターを通じて、自分の問題点を見つめました。元々、分かっていたとしても、向き合うきっかけになりました。
私は自身の問題に対して、解決策を見いだせていません。ただ、試行錯誤の重要性を思い出したこと、チューターとして最後まで諦めなかったことは、希望になると考えています。