シリーズ最終回です。
前回(第2部)までで、インフラとプラットフォーム/エージェント基盤を見ました。
今回は、それらの上で自分たちのモデルをどう持つかという話題(Frontier Tuning と MAI モデル群)と、キーノートの締めくくりだった Microsoft Discovery / 量子(Majorana 2) を扱います。
フロンティアチューニング: 「自前のhill-climbing machine」
Microsoft AI(MAI)責任者の Mustafa Suleyman 氏が登壇し、「AI学習に使う計算量はこの15年で1兆倍になった」という話から入りました。スケーリング則がまだ効いている、という前提です。
ここで提示されたのが Frontier Tuning(プライベートプレビュー)という考え方。各組織が、
- 自分たちの環境・コンテキスト・ツール・rubric(良し悪しの基準)
- 自分たちのRLE(Reinforcement Learning Environments / 強化学習環境)
を使って、継続的に自社の目標へ向けて改善し続ける仕組み=hill-climbing machine を持つ、というもの。共有モデルだけの場合と違い、ワークフローやノウハウ、社内データから生まれた成果が自社のmote(堀)として残る点が強調されていました。
デモでは Land O'Lakes が「バターのレポート生成」タスクで精度90%超・ベースライン比10倍効率を達成、という例が出ていました。約80%では不十分なタスクを、環境を介して引き上げるという話です。
7つの新 MAI モデル
「開発者を常にフロンティアに置く」ために、画像・音声・文字起こし・コーディングにまたがる7つの新モデルが発表されました。主なものを整理すると、
| モデル | 概要 |
|---|---|
| MAI Image 2.5 / Flash | 高品質な画像生成・編集。PowerPointに実装済み、Foundryでも利用可 |
| MAI Transcribe 1.5 | 43言語対応の文字起こし。ライバル比で高速・高精度とアピール |
| MAI Voice 2 / Voice 2 Flash | 15言語の音声生成。低レイテンシ重視 |
| MAI Thinking One | 推論モデル。35Bアクティブパラメータ(MoE)で「中量級」 |
| MAI Code 1 Flash | VS Code / GitHub CLI向けの軽量コーディングモデル(〜5Bパラメータ規模) |
注目したのは、MAI Thinking One がベンチマークを狙い撃ちせず、distillationなしでゼロから登ったと説明されていた点。クリーンかつ商用ライセンス的に素性の明確なデータ系譜であることが、エンタープライズ投入の安心材料になる、という主張です。
加えて、これらは自社シリコン Maia 200 と co-design されており、Maia 200上で end-to-end に動かすと 1.4倍のperformance/wattゲインが出るとのこと。モデルは Foundry だけでなく OpenRouter / Fireworks / Baseten でも提供され、重みを自分でチューニング可能になります。
Mayo Clinic との連携
Mustafa 氏は最後に、ヘルスケア領域で Mayo Clinic と組み、医療向けフロンティアモデルを構築して病院などに展開すると発表。Mayo Clinic CEO の Gianrico Farrugia 氏が登壇し、「Mayoの臨床現場の知見」と「Microsoftのモデル」を掛け合わせ、患者第一で安全・信頼できる医療ソリューションを目指す、と語りました。「モデルは教科書知識はすでに優秀。これから取り込むのは数十年分の臨床実践だ」という整理が分かりやすかったです。
Microsoft Discovery が GA
ここから「フロンティアのさらに先」へ。科学的発見のループを連続的・プログラマブルにする Microsoft Discovery が GA になりました。モデル・HPC計算・科学知識のナレッジグラフ・自動ラボ・シミュレーションを、1つのエージェント型ディスカバリーループに束ねるものです。
デモが秀逸で、「ペットボトルを溶かさず(ダウンサイクルせず)、酵素(タンパク質)で何度でもリサイクルする」研究を題材に、
- 論文の執筆
- タンパク質候補の生成(HPCで小セグメントを置換しながら数百万回探索 → 80候補へ)
- 実在する自動ラボへDNA配列を送って実験を依頼
という流れを、VS Codeライクな画面から実行していました。「タスク用のエージェントがなければその場で作れる」という柔軟さも示されていました。
量子: Majorana 2
締めくくりは量子。昨年の Majorana 1 で基礎物理(新しい物質状態)を実証した上で、今年は Majorana 2 を発表。
- 他方式がマイクロ秒級の寿命なのに対し、Majorana 2 のqubit寿命は20秒〜最大1分程度
- これは Majorana 1 比で約1000倍
- 同じqubitフォームファクター(1/100mm)で、クレジットカードより小さいチップに100万qubitを載せられる規模感
「Majorana 1 で物理を証明し、Majorana 2 でエンジニアリングのスケールに入る」という言い方でした。
実際のセッションからの学び
- Mustafa 氏の「only you get to control the resulting model(最終的なモデルを制御できるのは自分だけ)」という一言が、Frontier Tuning の狙いを端的に表していました。共有モデルの消費者から、フロンティアの参加者へ、という転換です。
- Discovery のデモは「エージェントが物理世界(自動ラボ)にまで手を伸ばす」ことを実演していて、デモの中でも一番未来を感じました。
まとめ(シリーズ総括)
- Frontier Tuning: RLEとrubricで「自社専用のhill-climbing machine」を作り、ノウハウを自社のmoteにする
- 7つの新MAIモデル: 画像・音声・文字起こし・推論・コーディングを網羅。Maia 200とのco-designで効率化、外部プラットフォームでも重み調整可
- Mayo Clinic との医療向けフロンティアモデル
- Microsoft Discovery がGA、自動ラボまで含む科学発見ループを実現
- Majorana 2 でqubit寿命が約1000倍、量子はエンジニアリング段階へ
3回を通して見ると、今年のキーノートは「フロンティアモデルを消費する側から、フロンティアにフル参加する側へ」という一本の線で貫かれていたのかなと感じました。Satya の締めの言葉どおり、技術が力を集中させる物語にするか、開発者・科学者・企業の機会を開く物語にするか——後者を選ぶための道具立てを一気に出してきた、という印象です。

