はじめに:なぜSINAD計を作ったのか?
無線機における感度とは、どれだけ弱い信号を捉えられるかを示す重要な指標です。しかし、その測定方法は一律ではなく、色々ある様です。
今回、私が自作のSINAD計を試作したのは、趣味で扱っているHF/VHF帯の無線機(AM、SSB、FM)の感度を、技術的に、そして実用的に合理的な方法で評価したいなと思ったからなんです。
C401トランシーバにtinySAultraとR909-SINADインディケータをつなぎSINAD方式で感度測定
1. 測定方式説明編:感度測定の単位を理解する
無線機の仕様を見ると、感度を示す単位として、μV(マイクロボルト)や dBμ(デシベルマイクロ)、そして dBm(デシベルミリワット)といった、様々な表記が使われています。これらを正しく理解しておかないと、測定しても??になりそうです。
特に、受信機の感度測定で頻繁に登場する1μV(マイクロボルト)を基準にした単位換算は、アマチュアにとって最も重要なノウハウの一つみたいなので頑張って覚えましょう。
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μV(マイクロボルト): アンテナ端子に加わる電圧そのものです。直感的でわかりやすい単位ですが、インピーダンス(通常50?Ω)が考慮されていないため、電力とは直接的な関係がありません。
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dBμ(デシベルマイクロ): 1μVを基準としたデシベル表記です。0dBμとなります。この表記は電圧レベルを対数で扱うため、非常に広い範囲の値を扱いやすくなります。
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dBm(デシベルミリワット):1mWを基準としたデシベル表記で、電力を表します。無線機の入力インピーダンスが通常50Ωであるため、RF信号の強度を電力で考える際に最も合理的な単位とされています。
実用的な単位換算
受信機の感度は通常1μV以下であることが多いため、まずは1μVが各単位でどう表記されるかを覚えておくと便利だと思います。
- 1μV@50Ω⇔-107dBm⇔0dBμ
この関係性は、電力の式から導き出されます。
注意すべき「終端」と「開放電圧」
μV表記ではインピーダンスが考慮されていないので、SGの出力は開放電圧で定義されている場合があります。この場合、終端電圧を基準とした値と比較する際は、測定値から6dBを減算する必要があります。無線機カタログに記載されているμV単位から、dBm換算では注意必要です。
注意すべき「受信音声」側の値
測定法では、受信機の音声出力ラインが600Ωで終端され規格電力0dBmになっている前提で、SINAD値を測ります。
今回の自作SINAD計の場合、測定の基準として受信信号のレベルを0dBm(0.77VRMS)にボリュームで合わせるというテクニックが必要です。これにより、測定結果を客観的に比較できる基準点が確立されます。
2. SINADの原理:なぜSINAD法が合理的と思うのか
無線機の感度測定は、電波形式によっていくつかの手法があるようです。
- ナローFM: NQ法(雑音抑圧)とSINAD法
- AM/SSB: SN法(信号対雑音比)
技術的に比べてみると、SINAD法が技術的にも実用的にも最も優れているのではないかと感じます。その理由は、SINAD法が「了解度」を直接評価しているところです。
FM受信機ではIF段でリミッタアンプが使われるので、キャリアのレベルは受信復調信号にリニアにつながらないため、SINAD法が考えられたんではないかと思ったりします。
更にSSB通信でも、キャリア(搬送波)を除いて変調するため、信号強度はそのまま了解度に結びつきません。一方、SINAD法は音声出力に含まれるノイズと歪みの合計値を測定することで、人間が「どれだけクリアに聞こえるか」という感覚を数値で評価します。これにより、SN法では測りきれないSSBの復調性能を客観的に評価できるのではないでしょうか。
3. SINAD計色々:プロ用から自作まで
SINAD計はプロの世界では、かのHP(現 KeysightならU8903A)のオーディオアナライザにSINAD機能として入っています。また独立したSINAD計としてフジソクFL3010A(現 NF回路設計ブロック)などがありました。これら高精度な測定器が提供され、技術者を支えてきました。
しかし、今は素晴らしい時代です。趣味レベルであれば安価にDIYできます。私はArduinoマイコンで手軽なSINAD計を試作し、tinySAと組み合わせることで簡単に測定できるようにしました。
海外ではアナログ式の自作SINADメータの情報が公開されています。SINAD計
国内でも試作された事例があります。 JH1LHVさんのSINAD
私がDIY試作したSINADインディケータについては次のブログ記事をご覧ください。
R909-SINADインディケータ
測定セットアップのノウハウ
正確な測定を行うには、セットアップにも注意が必要です。
- SG設定: SGと受信機の間に適切な30~40dBの減衰器(ATT)を入れることで、測定レンジを設定値下限から遠ざけ、SGからの直接的な信号の漏れ影響を防ぎ、正確な測定が可能になります。
- コネクタ減衰: ケーブルやコネクタでの信号減衰も考慮に入れる必要があります。(SMA端子をきれいにする)
- オーディオレベル オーディオレベルは600Ω/0.77Vでなくても歪なければよいようです
4. SINAD測定をやってみる
実際に自作SINADインディケータを使って、無線機の感度を測ってみましょう。
- tinySAultraから、測定したい周波数の変調信号60dBμ(-47-6=-53dBm)を送信します。
- tinySAultraの最小出力-115dBmで、受信機感度水準なので、20~30dBのATT入れる。
- 受信信号をライン端子(0dBm@600Ω)から0.77Vに調整し、SINAD計へ入力
- tinySAの信号強度を調整しながら、SINAD値が12dBになる出力点を探します。
- その時のtinySAの出力レベル(ATT補正を忘れず)が、その無線機の感度となります。
R909-SINADを使った事例
(FFTスペクトラム表示モードで観測すると、12dB SINADの時、ノイズや高調波歪の中で1kHzの輝線が突き出てくるのが判る。RF部の性能だけでなく、オーディオ部も受信感度に影響があると再認識。)
PCのSINAD計事例
このように、SINAD法を用いることで、異なる無線方式や受信機であっても、統一された基準で感度を客観的に評価することが可能になります。
5.まとめ
今回のSINAD測定を通じて、手持ち無線機の真の実力と、その測定方法について掘り下げてきました。
自分で実際に手を動かし、DIY計測器を使って測定すると、受信機の設計性能まで評価できるように思います。単に無線機を使って楽しむだけでなく、技術的な理解を深める上でも非常に有益です。
もし今回の記事を読んで、ご自身の無線機の性能に興味が湧いた方は、ぜひ自作のSINAD計に挑戦してみてください。そして、その結果を共有し、一緒にこの奥深い世界を広げていきましょう。
参考資料など
別表第十 証明規則第2条第1項第1号の15に掲げる無線設備の試験方法
RFワールド No.13
SINADのDIY記事
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